ブルガリア研究室

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help リーダーに追加 RSS ブルガリアの歌

<<   作成日時 : 2007/07/01 12:06   >>

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 今回は、食べ物、飲み物から離れて、歌の話をします。あまり得意な分野ではないのですが、やはりブルガリア研究者としては、少しは蘊蓄を語るべき分野の一つと思う。小生の感じでは、ブルガリアの歌といっても、オスマントルコ時代に流行っていた旧来の民謡などと違い、20世紀の初め頃には、ラジオ、レコードなどの近代機器の普及により、全く新しい種類の歌が(これらのメロディーは、あるいはロシアの歌とか、あるいはフランス、ドイツなどの歌謡の影響を受けているのかもしれない)流行ったのではないかと思う。
 いずれにせよ、詳しく勉強したわけでもないので、小生の限られた経験に基づく、小生の好きな歌(必ずしも歌えない)のみを下記に紹介する。

  ブルガリア語の歌

1.波子=Namiko
 この歌は、第二次大戦中に三国同盟に参加していたブルガリアと日本との、特殊な友好関係を反映して、ブルガリアで大流行した曲という。
  武雄と波子という日本人の恋の物語としてブルガリア人が作詞したものらしい。「雨のブルース」という戦前の日本の歌謡曲(淡谷のりこが歌って日本でヒットした)が元の曲であり、メロディーはそのままに、歌詞のみはブルガリアで新作し、戦時中のブルガリアで流行した由。
  小生があるブルガリア人から頂いたテキストを下記に紹介する:(注:下記のテキストでqはブルガリア語の特殊な母音で、アとウの中間音を表記するために用いています。たとえば、琴欧州関出身地のヴェリーコ・タルノヴォはVeliko Tqrnovoと表記でき、本当は「タルノヴォ」または、「トゥルノヴォ」と、どちらにも表記しうるややこしい母音です。)

Kapki dqzhdovni rqmyat   雨粒が激しく落ちてくる
sqlzi syakash roni nebeto  涙が空を陰らせるようだ
navqn e pusto mrachno kakto predi 家の外は、前のように誰もおらず暗いままだ
kogato kaza mi prosti . あなたが私に、許しておくれと言ったとき。

Namiko, peeshe mi tqzhno  「波子」と悲しげに私に向かって歌った
kakto prez sqlzi se pey 涙の間から歌声が聞こえるかのごとく
proshtavay skqpa  「おまえ、許して
az shte se vqrna pak. 自分は、また戻ってきます」。

Vishnite veche tsqvtyat サクランボの花はすでに咲いています
Namiko te chaka lyubimi  波子は愛するあなたを待っています
ela, vqrni se viy vech prolet e tuk あなたはもう帰るべきです、ここではすでに春の季節がきています
ne me ostavay v samota. 私を孤独なままに放置しないで。

Den, sled den, dnite minavat  一日一日がむなしく過ぎていきます
vechno shte te chakam sama  私は結婚せずに、あなたをいつまでもお待ちします
vqrni se skqpi  あなた、戻ってきて
vqrni se, ti vqrni.  あなた、帰ってきて。

2.イリーヤが僧坊を建てた=Gradil Iliya kiliya=コミックソング
 街の歌(gratska pesen)と言われる流行歌である。要するに酒場で男どもが盛り上がる少し卑猥な歌。
 要旨:イリーヤという若い坊さんが、十字路の脇に僧坊を建てた、イリ−ナという娘が押し掛け女房となろうとしたが、イリヤは、色々と難癖を付けて追い返す。

Gradil Iliya kiliya
na pqtya na krqsto pqtya,  イリーヤが十字路の脇に僧坊を建てた
gradil Iliya kiliya , of aman aman
na pqtya na krqsto pqtya.  イリーヤが十字路脇に僧坊を建てたのよ。

Ot dole ide Irina   低地の方からイリーナさんがしゃなりしゃなりとやってきた
Irina moma hubava, イリーナは美人さんだよ
ot dole ide Irina , of aman aman
i na Iliya govori,  低地からやってきたイリーナが、イリーヤを口説いたよ
Vzemi me bat'o Iliya
Kalugeritsa da stana  あたい坊さんの奥さんになりたいの、結婚してよ
Vzemi me bat'o Iliya , of aman aman
Vqv tvoyta tyasna kiliya,  是非あたいと結婚してよ、あなたの狭い僧坊に一緒に住みましょ
Kalugeritsa da stana, of aman aman
Vse cherno raso da nosya.  あたい坊さんの奥さんになって、これからはいつも黒い衣装を身につけるは

Ne mozhesh mome Irino
kalugeritsa da stanesh , 娘さん・イリーナさん、あんたは坊さんの嫁にはなれないよ
Che ti sa rusi kosite , of aman aman
i ti igrayat ochite.  なぜなら髪は金髪で、目がくりくりとして落ち着きがないじゃない。

Kosite shte gi pochernya  髪の毛は黒く染めますよ
Ochite shte gi ukrotya,  眼もこれからはきょろきょろしませんってば
Vzemi me bat'o Iliya , of aman aman だからお願い結婚して
Vqv tvoyta tyasna kiliya,  あんたの狭い僧坊にさ、一緒に暮らそうよ
Kalugeritsa da stana , of aman aman
Vse cherno raso da nosya. 坊さんの奥さんになって、いつも黒い着物を着るからさ。

Ne mozhesh mome Irino
Kalugeritsa da stanesh,  だめだよイリーナさん、あんたは坊さんの嫁にはなれないよ
Che ti sa tqnka snagata , of aman aman
i ti igrayat vedrata!!!!  なぜなら、あんたの体はよく引き締まって細いし、その上、お尻は結構活発に動きますよねー。
 (注:だめ、だめと断り続ける修行僧のイリーヤが、この最後の言葉で(細身の体とか、お尻とかへの言及)本当は結構スケベー坊さんであるという馬脚を現してしまいます。歌詞にはこのほかに、もっと卑猥なバージョンもあるようです。いずれにせよ、メロディーは楽しいし、歌詞も滑稽で愉快です。)

3.社会主義時代の革命歌=Hey pole shiroko
 バルカン山脈内の隠れ家からパルチザンの勇士らが姿を現し、麓の広い平野に降りて革命を成就する、という社会主義時代の愛国歌。実際には、ブルの「社会主義革命」などは存在せず、単にソ連軍がドナウ川を渡河して侵入してきて、当時のブル王国にはもはやこれに抵抗する軍隊も、政治家もおらず、唯々諾々と無血入城を許したのが事実なので、フィクション的な歌に過ぎないが、いかにも雄大なバルカンの山を思わせるメロディーが小生の気に入った。もっともメロディーはやはりというべきか、どうもロシアっぽいのが玉にきず。

Hey pole shiroko,  広い平野
shiroko zeleno hey,  広々として青いよ
Hey Balkan ti roden,  バルカン山脈よ、
hey Balkan ti nash,  おまえは我々のために生まれた
Kolko mqki znaesh,  どれほどの苦しみを知っていることか
kolko taini kriesh,  どれほどの秘密を隠し持っていることか
Eh Balkan ti roden nash!!!!  あーバルカンよ、おまえは我々のために生まれたのだ


Vqv polyata ravni ,  ひらったい平野に
momqk slaven se yavir,  偉大な青年が現れたよ
Ot Balkana sleznal ,  バルカンの山から下りてきたよ
pqshka vqv rqka,  手に銃を持って
Komandir na otryad,  小隊の司令だ
slaven partizanski,  偉大なパルチザン兵士だ
Eh Balkan ti roden nash.  あーバルカンよ、おまえは我々のために生まれた。


4.トラキヤ地方を失ったことを悲しむ望郷の歌
ブルガリアのロマン歌謡(1920年代町の酒場ではやった歌)で、題名はアコ・ザジャリシュ・ニャコイ・デン=Ako zazhalish nyakoy den(何時か恋しくなったら)という。メロディーは、1920年代のモダーンな感じの、本当にうっとりするようなもの。他方、歌詞は、20年代の領土回復という民族主義的な意識に訴える部分もあるもの。
  ブルガリアの民謡歌手ならだいたい歌える名曲なので、ブルガリアに旅行して、メハナ、あるいはハーンチェと呼ばれる歌手付きのレストランに行ったら、この歌をリクエストしてみてはいかがでしょう。アコ・ザジャリシュ・ニャコイ・デンを歌って、と言えばよい。
    
Ako zazhalish nyakoy den za Dramska rakiya
  何時かドラマ*のラキーヤが恋しくなったら
(注:*ドラマ=現在ギリシャ北部にある町、エーゲ海トラキア地方の町)
doydi na gosti s konya sharkoliya.
  元気の良い馬に乗って、訪ねていらっしゃい
Tatko rakiya shte ti nalee
父さんが、ラキーヤを注いでくれるでしょう
starite pesni shte ti popee
古い歌を歌ってくれるでしょう


Ako zazhalish nyakoy den za Odrinsko vino
  何時かオドリン*のワインが恋しくなったら
    (*オドリン=現在トルコ領のエディルネ市、「ブ」国境に近い大きな町)
doydi na gosti krotko i milo.
おとなしく家に訪ねておいで
Mama shte vino ot izba izvadi
  母さんが樽からワインを汲み出してくれるでしょう
i moyte zhalbi shte ti obadi
  そして、私の苦しい気持ちなどを皆さんに聞かせましょう

Ako zazhalish nyakoy den za momini ustni
何時か若い娘のキスが恋しくなったら
preskochi s konya portite pusti.
  馬で開いた扉から飛び出しなさい
S Odrinsko vino i lyuta rakiya
  オドリンのワインと強いラキーヤと
momini ustni shte te opiya.
娘のキスで、あなたを酔わせてあげましょう。

   (注:19世紀末頃から20世紀初頭にかけて、オスマン帝国からの独立、2度のバルカン戦争、第一次大戦などを経て、ブルガリアはオドリン、ドラマ、その他のトラキア地方の領土を失い、多くの「ブ」人が現在の「ブ」領土内に亡命してきました。失った故郷の家、ワイン、ラキーヤへの郷愁をロマンチックに歌い上げた当時としては極めてハイカラな歌です。メロディーも全く民謡調ではない、新しい感覚の歌です。)

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
初めてコメントします。すごく充実した記事ですね!
本当に研究室のような感じです。興味がある方にはたまらないでしょうね。
これからもよろしくお願いしますね。
tapo
2007/07/03 21:02

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