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zoom RSS 経済発展の鍵:バルカン発展の可能性

<<   作成日時 : 2008/02/14 15:24   >>

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  最近コソボにおける民族自決=独立問題に関し、長々と書いてきた。バルカン半島という地域は、西欧で18世紀においてなされた国民国家形成が、オスマン帝国の支配下にあったせいで歴史的変化が19世紀〜20世紀へと約1世紀以上も遅れたし、更にバルカンの中の辺境的な一部では、国民国家形成への動きが21世紀の今になって起きている、ということなのである。歴史の動き、変化・発展への動きが、時間の流れが、少し遅すぎると外部の人間には思えるのだが、当事者にとっては、長年の歴史的な制約の下、ようやく今頃になってチャンスが訪れたと言うこと。
バルカン半島における、遅れた歴史の時間を回復、短縮して、発展軌道に乗るための「発展の鍵」について、97年5月に小生が考えたテキストを元に、今回はご紹介したい。

1.日本人的エートス
  バルカン半島の一部地域では、訪問してみると、未だにオスマン帝国時代の雰囲気がそのまま残っているような、ムスリム地区があったりする。世界各地において、歴史の時間は、必ずしも一様に流れてはいないようだ。
  かつてはアジアも、欧米人の目から見て、1世紀も、2世紀も遅れた社会が残存し、いつまでたっても近代化は難しいと見られていた。アジアの中では、ある時期日本だけが突出して早く近代化を成し遂げたのだが、97年の時点であるインド人学者は、日本人の精神構造・道徳観・考え方(エートス)に注目して、「日本人を偉大で将来性のある国民にした日本人の性格」として、次の4点に注目した:
  @時間への忠実性
  A教育重視
  B教育ある人への尊敬
  C目標に向かっての勤労意欲と邁進
  このような「日本人的エートス=発展の鍵」なしには、いかなる経済政策や構造調整計画も成果を上げることはできない、というのが開発途上国にとっての明確な教訓であると、同人は断定したのである。

2.発展の鍵:バルカン発展へのキーワード?
小生がながらく悩んできた、何故人類には発展の早い民族、国家があり、また遅れる国があるのか、という疑問への回答に上記のインド人の観察は「手がかり」を与えてくれるのであろうか。
  確かに、よく教育され、時間を守り、仕事への規律・意欲が高い、という日本人の長所をよく見てくれているし、一部の開発途上国などでは、こう言った日本人的「勤勉さ」が欠如していると思うことが多い。
  然し、これらの日本人的特性を欠如していると思うことは、必ずしも途上国のみではない。アイルランド、英国、米国などの先進国でも同じような思いに駆られる場面は多いはずだ。日本人なら、日本なら、こんな馬鹿な間違いはしない、こういうことはてきぱきと正確にやってのけるだろう、と感じる機会、経験は多くあるはずだ。にもかかわらず、欧米先進国は日本と比べても結構しっかり発展を確保しているし、今後もそううらぶれた国になるとは考えられないのではなかろうか。この差はいかにして生じるのかが、大問題である。
  単一民族による(または、ある一定の主導的支配民族が主体となった)国民国家を形成した後に、産業革命を経て、市民社会を実現し、その後民主主義、資本主義を発展させてきた「西欧型」発展という「歴史法則」、歴史モデルに照らして、遅れた各国では、今はどの歴史発展段階にあるのか、という視点で比較することが多いのだが、然し、そういった歴史過程以外にも、何らかの根本的な人類進化、人間社会進化の法則があるのかもしれない。その意味で、日本人のエートスに着目し、これらを発展の鍵と位置づけた視点も面白い。
  然るに、上記インド人の指摘したところは、実は、産業革命・プロテスタント革命における視点と似ているという気がする。時間に忠実=これこそは、近代社会、産業社会の共通項的特性であるはず。労働者が出勤時間を厳守しなければ、工場の生産性は高まらなかったのだ。然し、ポスト・インダストリアル・ソサイアティー(脱工業化社会)と呼ばれ、「情報化社会」といわれる今日は、時間に縛られない「在宅勤務」などがもてはやされ始めた。「教育」についても最近は、日本型の「定型的人格形成」方式の教育に疑問の声が高まっている。むしろ「個性尊重」、「個人の能力開発」面で定評がある「欧米型」教育が理想視され始めている。実際には、例えば「米国型」教育における「落ちこぼれ」の多さ、「全体的に見ての能力面での低さ」につき反省の声も高まっている。教育一つとっても「理想的」な形態はそう簡単に決められない。然し、「人材育成」が途上国経済の嵩上げに欠かせないことは、東南アジアでの成功例などからも、中国発展の鍵として「豊富な人材」があることからも確かだ。

3.アジア型発展の方程式 
  「アジア型」というものについても考えてみよう。
よく言われる特徴は、@「開発重視独裁」=「開発主導型権威主義」政権の存在だ(注:最近は、すでにこの段階を通り抜けた国が増えてきた)。必ずしも民主主義が発達しているわけではなく、言論統制もあるが、他方、政治指導者らが国家発展、経済成長を重視して、日本、欧米に視察団を送ったり、留学生を派遣したり、外資を導入したり、通貨政策に心配りしたりといった、マクロ経済学にも忠実に行動して、ともかく上からの開発、成長政策を推進するとの決意に満ちていること。
  次いで、A国内資本の発展のために、一部経済グループなどを政府自身が後援して伸ばしてやるという、ある意味では「えこひいき」だが、民族資本を育成するという決断がある。また、民族資本以外では、華僑資本、華人資本などと提携し、これらにも優先的な開発権を与えるなどして徐々に「華人」の現地化を促し、これを民族資本化するとの方針をとる国もある。
  これは、華人をも含めて現地に存在する「能力ある人材」に多いに頑張って貰い、国家発展に活用する、というやり方。人材開発にかかる時間を節約するための便法、といえよう(タイ、マレーシア、インドネシア、など)。
  B「勤勉さ」もアジア発展の一つの鍵であると思われる。手間のかかる農業=「米作」によりアジア諸民族には内在的に「勤勉さ」が培われてきていた、との見方もある。他方、必ずしも「米作」がキーではなく、日本(又は米国映画)が示した「電化製品」などの「豊かさ」への願望こそが、勤勉による所得向上、「成功」による生活水準向上への「意欲」に火をつけた、とも言える。アジア、アフリカでは「映画」、「テレビ」などが教えた「新しい生活様式」への願望こそが、勤勉、貯蓄、教育、能力開発、経済成長の鍵であるようにも思える。
  C然し、欲望に火がつくことで全ての国が成長に結びついているわけではない。一部の国では「手っ取り早い金儲け」=「犯罪」という方向に向かってしまうからだ。
  やはり「勤勉」が成功に結びつく条件が必要で、これには、「政治的安定」=政情安定、「社会的安定」、「公平な社会」ということがないと上手くいかない。即ち国民に「努力は報われる」ということが示されていないと勤勉性は育たない。
  この意味でも「アジア型」はそれなりに成功している。「開発独裁」、「権威主義」、「民主主義的未発達」という三角関係にはあるが、それなりに「長期安定政権」が実現されてきた国が多い。タイなどは例外のようにも映るが、然し、根本的には「王政」という安定要素があって、経済的に成功した人は、その財産が脅かされるとは感じていないようだ。「公平」という点が十分かというと少し疑問もあるが、汚職とか、独裁者、又は権威主義者の「腐敗」の程度も、フィリピンのマルコス政権は例外として、意外と「国家のために献身」している指導者が多いから上手く言っているのではなかろうか。インドネシアのスハルトも、長期的な政情安定における貢献は大きい。
  D「モデルの存在」も欠かせない要素に思える。欧米制度をアジアに翻訳した日本の事例が参考となっている面は大いにあると思う。日本は、欧米に学ぶために明治以来多額の調査費、留学生派遣費、外国人学者招聘費などを負担した。「日本モデル」が存在する今日のアジア諸国は、あらゆる面で、模範を研究しようとすれば、日本に人を派遣したり、日本大使館に資料を要請したり、ODAを要請したりすれば良かった。単に費用的な面で有利であるばかりでなく、調査に要する時間という点からも、極めて短時間に「凡例」が見つけられ、「決断」が早くなる。ましてや一部上層部の人々で「開発独裁」体制を採っているのであるから、決断は早い。ODA融資、華人資本による投資などインフラ整備なども迅速に展開できるのである。明治以来百年かかった日本と比べて、今日の東南アジア、又は中国の有利さは計り知れない。
  モデルは必ずしも日本ばかりではない、韓国、台湾、他の東南アジアにおける成功例、欧米での経験、などが今は迅速に手に入る・・・「情報社会」が実現しているから。即ち「情報革命」も今後の途上国経済発展にとり有利な条件となっている。
E「信用」:日本は第一次大戦時、欧州諸国の工業生産力が軍事関連に集中したとき、消費物資を大量に輸出して儲けたことがある。然し、このときは「何でも売れる」ということで、品質の悪い商品を大量輸出、結果として日本製品は「安かろう、悪かろう」の評判をとり、その後の輸出に障害となった。今の時代、戦後の日本が長期に亘り営々と築いてきた「日本製品への信頼感」、「ブランド力」のお陰で、例え実際は東南アジア製でも、日本メーカーのブランドさえ付いていれば欧米で売れる。日本の品質管理に学んだ韓国、台湾も性能は改善してきたと思うが、依然彼らの独自ブランドでは信用が薄い(注:すでに一部韓国ブランドは欧米で日本ブランドに勝ち始めているが)。安さが魅力で売れている面がある。特に中国製は安いからこそ売れる。にもかかわらず、彼らも製品デザイン、品質などは、「コピー商品」生産により徐々に向上してきた。かくして、アジア製品の評判は上向いてきている。納期、決済面での「几帳面さ」、「約束厳守」などの点でも、日本人が築いてきた「信用」をモデルとして、それなりに良くなっていると思われる。商売はやはり信用が第一の条件で、この点中国人、韓国人にも、儒教による「信」の概念がしっかり歴史的に存在してきたのである。

4.バルカン半島、東欧では?
さて、アジア型の考察は実は、小生の課題からすればどうでも良い。ここらで早く、バルカン、東欧などに視点を戻すべきであろう。
 問題点は二つ:
(1)今現在バルカンが遅れた状態にあることは事実として、この状態がいつ頃改善されるのか、ということ。
 比較的短期に成長軌道に乗れるようならば、東南アジア、中国の場合でさえ、1945年以降、日本と同時に「スターとした」と仮定すれば、成長軌道に乗るには1980年代後半(1985年と仮にしよう)までの40年間が必要であった事に鑑みれば、決してバルカンを特殊視する必要はない。然し、今のバルカンを1945年のアジアと同一視するのは行き過ぎであろう。インフラの面ではかなり立派なものがあるのであるから、1960年代くらいには位置づけるべきであろう。従って、後25年で今日のアジアの成長軌道に近づけばよいのではないか。尤も、起点としては1992年頃にすべきであろうか。1992+25=2017年になっても政情不安が続いたり、まともな経済の成長軌道に乗れないようであれば問題である。然し、小生の感じでは恐らくそれほどの時間は必要ないのではないか、15年後、2007年頃には結構成長軌道に乗り始めるのではないか、と思う。
  (注:後知恵であるが、今現在2008年初頭の時点で考えると、民主主義・資本主義の定着、政情安定、成長軌道という4点セットの揃ったバルカン諸国としては、80年代後半から成長軌道に乗ったギリシャ、00年頃から成長軌道に乗ったルーマニア、ブルガリア(これら2国は07年正月からEU加盟を実現した)と3国は問題ないし、スロベニア、クロアチアは元来が「中欧」に分類すべき国家で、バルカン諸国とは言えないので、とっくに成長軌道に乗っているが、マケドニア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナなどの旧ユーゴ圏、及びアルバニア、コソヴォなどは、未だに「国民国家形成」という段階でもたついている感があり、難しい側面があるようにも見える。もっとも、旧ユーゴ圏も、西欧など外国への出稼ぎ収入があり、現状でも所得水準などは、ブルガリアに比べて、必ずしも遅れているようには見えない。とはいえ、EU加盟の見通しの遠さなど、課題が多い。)

(2)第二の問題点は、実は「焦り」にあると思う。国家の発展軌道への「乗り込み」はそう簡単ではない、歴史の時間はそう短いものではない、という小生流の考え方は、バルカンではあまりポピュラーではない。特に欧米型個人主義思考では、隣国の西欧、中欧でこんなに「豊か」なのに何故自分らは、とか、資本主義化して国内にも富裕層ができたのに何故自分だけは貧しいか、とかの疑問をストレートに感じて、「欲望」への歯止めをかけず、手っ取り早く「犯罪」で富をつかもうという風潮が強まり、いつまでたっても「マフィア型の不安定、不公平な社会構造が定着」し、真の成長路線には到らないのではないか、という疑問である。
  この点については、然し、小生は楽観的である。かって、上記インド人のように、日本人の「勤勉、規律、几帳面」をあまりにも重視して、アジアの他の民族には到底日本のような成長を実現できない、「日本のみが問題」(Japan Problem)という議論が米国を中心に広まったことがあった。これが単なる「黄禍論」の一つにすぎなかったことは、今日の日本以外のアジア諸国の発展ぶり、或いは英、米経済の好調からも明らかだ。
  それなりに、教育、勤勉、信用、規律、資本(外資、ノウハウも含む)、人材(外資導入は一番手っ取り早い人材導入といえる、能力開発の時間を極端に短縮できる)、政情安定、その他の「経済発展の主要要素」が整っていれば、どこの国でも、国民でも、きちんとした発展軌道に乗れるのである。アジアにおける「例外としての日本」というのは単なる「前例不足」でしかなかった。
  よって、共産主義時代にそれなりに教育も普及したし、ある程度の「工業化」の経験もあるし、秘密警察などの「治安・公安・諜報」面では有り余る経験を有するバルカン諸国は、民主主義についての経験に多少の不安はあるが、「西欧モデル」が身近にあり、それこそ言語面でもあまり不自由を感じない(欧州言語間の習得は意外に楽、根本的に印欧語族として近い言語であるため)し、留学、旅行も車でも行ける(国際バスも発達している)近距離である。経験の習得に困難はない。
  唯一最大の難関は、「低賃金」を武器に「勤勉に働き」、辛抱強く国家・国民経済全体の嵩上げまで努力する忍耐心があるかどうか。なぜなら余りに近く、余りに簡単に行ける距離にある西欧、アメリカへの移住という「最短距離」を選ぶ人が多くて、国内経済面での嵩上げに「努力を傾注する意欲」の面で、アジア諸国に比べ劣る可能性があるから。
  それでも、EU加盟*後のギリシャの経済成長ぶりから見ても、「競争」、「資本自由化」のもたらす効果はてきめんで、結局かなり短時間での西欧との「ギャップ解消」が実現すると思う。勿論、数字で見れば西欧と比べ、2倍、3倍の所得格差は残ろうが、それはこれまでの10倍以上という大幅な較差では最早ないであろう。(*注:ギリシャは、1981年にEC(欧州共同体)の10番目の加盟国となった。)
                      

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