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zoom RSS サブプライム危機と金融工学の敗退

<<   作成日時 : 2008/08/04 08:14   >>

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   最近読んだ新書で、米国発のサブプライム危機とは、実は日本の80年代のバブル=不動産バブルと非常に近い性格を持った、「住宅バブル」に起因するらしいことが分かった。金余り、過剰流動性が、証券化した不動産・住宅ローン債権(格付け会社のトリプルA格付けの乱発で、優良投資手段に偽装されていた)の買付、転売という、新金融技術を駆使して、米国民が生涯の夢をかけて投資する住宅価格の異常なほどの価格騰貴(=ブーム、00年から06年の6年間に住宅価格が2倍に高騰)を招き、これを背景に、米国住宅市場に世界中から投機資金が流入して、住宅バブルを煽り、そのバブルが遂に崩壊した(07年8月17日)という。以下に、小生のコメントを書く。

1.欧米銀行の金余りが、米国住宅金融への投機資金となった
  今回読み終えた新書は、春山昇華著『サブプライム問題とは何か:アメリカ帝国の終焉』(宝島社新書、2007年11月)である。
  世界中の銀行が、通常のように市民の預金を集めて、これを生産部門の工業、或いは商店の運転資金に融資するというような、従来型の融資では儲けが少ないという状況になり、米国で考案された新金融工学に基づき、レバレッジを利かせた手法で膨らませた資本(例えば、1億円の資金を担保に、米国で10億円を借り入れて、10倍の資金に膨らませた上で投資する。すなわち、投資資金に借金資金を組み合わせて大金化する手法)を元に、ブームとなっている投資分野に金を集中投下すれば、短期的には高金利を稼げると言うことに気付いて、危険な投機に金融機関自身がのめり込んだという。これは、右肩上がりの価格上昇期にのみ有効な「投機」である。

  住宅バブルの中で、住宅価格が急上昇する限りは、プライム層の健全な市民だけではなく、新移民・貧困層のサブプライムのカテゴリーの市民にすら、住宅ローンを組ませて、これまでのカード・ローンなどの一括返済もやらせて、住宅ローン一本に借金を統括することで、むしろ一時的には多額の余剰現金さえも貧困層の懐にねじこみ、対価としては長期的な返済義務を押しつけて、消費を煽ったのだという。
  貧困層米国新移民達に、アメリカン・ドリームを早期に味わわせて(日本に比べれば広大な中古住宅を提供)、新車購入、浪費などまで実現してやり、しかし、支払い金利優遇の2--3年を経過したら、これまで6%程度の金利支払いが、一気に10%強へとはね上がり、地獄を味わわせるという、詐欺的なローンの押しつけで高金利を稼ぎ、欧米の銀行・金融機関には多大の儲けを確保するという、仕組みだったらしい。日本のサラリーマン・ローン地獄とほぼ同じ仕組みである。

2.全ては社会主義放棄から始まった
  それでは、欧米の銀行などという、長らく金融業を着実に行ってきたはずの、また数々の金融危機も経験したはずの、手堅いはずの金融機関さえもが、一種の高利貸し業者(闇金融業者)的な分野にまで手を広げることとなった、究極の理由は何だったのか?

  著者はどうやら、冷戦解消という世界構造の変化が、工業部門のBRICs諸国、東欧への移転をもたらし、他方先進国ではITバブルがはじけて製造、工業部門への投資資金が不要となったことで、巨額の資金余剰を生み、これが投機分野への資金の流入、バブルの形成となったと見ているらしい。

BRICs諸国、東欧台頭の原因は、結局の所、社会主義経済体制の放棄により、従来の社会主義経済圏が、自由競争経済体制に移行し、外資をも受け容れて、安価な労働力を利用した工業化を推進し、急速な経済発展を実現できたからだ。

  @89年のベルリンの壁崩壊(ソ連、東欧の社会主義放棄、資本主義経済体制への転換)、
A92年中国ケ小平の南巡講話による改革開放路線推進、
B91年インドにおける保有外貨払底後の、捨て身の経済改革としての「経済自由化」(ナラシマ・ラオ政権が、公営企業による独占生産体制を排除し、「混合経済」体制を放棄し、民間企業の参入、自由競争を奨励した。また、対外関税も引き下げ、外資規制も緩和した。)、など、
  90年を境に、世界には、社会主義という妄想の中で、居眠りしていた豊富な人材と巨大な労働人口が、優良で安価な経営者、労働力として、世界最先端の工業技術を先進国から導入して、急激に新興工業国として台頭し、中国が世界の工場に、インドがソフトウエアの頭脳に、東欧が欧州の工業地帯に、それぞれ急成長したのである。これら新興工業国の台頭で、資本効率は格段によくなったが、予想外に短期間(90年を起点として、15年ほどしか経過していない)に成長を達成してしまったので、欧米・日本などの余剰資金の吸収力は弱まった。

  また、中東・ロシアなど産油国が02年以降(特に07年以降)のエネルギー価格急騰で多額の資金を貯め込み(主としてこれら資金も欧米の大銀行の口座に貯金されている。もっとも、一部資金は、最近は産油国自身の政府系ファンドなどとしても蠢き始めている)、これらも欧米の銀行で高金利の投資先を待つことになった。

3.世界の余剰資金が膨大となり、高金利の投資先を必要とした
  結局、中国、インドでのインフラ投資、工場設備投資などに、世界の資金がもっともっと吸収されれば良かったのだが、中国、インドでは、労働力が安価なため、相対的に少なめの投資資金で効率よく産業整備がなされ、先進国で余っている巨大な資金は、よりバブリーで、高金利で、短期決戦的な米国内の投機市場で狂い咲きをすることとなった。それが米国の住宅金融市場という、投機市場だった、ということになる。

  ITという技術革新も、あまりに進歩が早すぎて(或いは技術革新の頭打ちが早すぎて)、十分な資金吸収をしないうちに、90年代末までの10年ほどでバブルがはじけてしまい、せっかくIT革命で生産が活発化していた先進国内部の工場も、稼働率が低下した上、中国、東欧などの新規工場も稼働を開始して、工業製品価格が低下して、先進国製造業は再稼働できなくなった。資金需要は、結局、バブリーな住宅投機に向かったのだ。

  もっとも、BRICs諸国の台頭で、これら諸国におけるエネルギー需要、鉄鋼・食糧などの資源需要が高まったため、燃料、資源、食品を中心に価格上昇が起き、今度は余剰な世界の資金がこれら商品の先物市場に殺到しているようだ。商品先物市場でも、やがてバブルがはじける可能性があろう。中国、東欧などに過剰に設立された生産設備は、商品の過剰生産、モノ余り、製品価格の低迷、原材料高、という歪みをもたらしており、何れ調整局面となるからだ。

4.赤字垂れ流しで、世界各国の経済成長を助けた米ドルの覇権はどうなるのか? 
  春山氏は、第二次大戦後の米国は、膨大な米国内市場を世界に開放し、米ドルという基軸通貨を世界に垂れ流すことで、欧州、日本、韓国、そして最近は中国、インドなどの経済成長を支えてきたと論じる。

  更には、このような米国の覇権体制が、ドルに対する信用不足という形で近い将来崩壊するとしても、その場合、例えば欧州が米国の代わりに経済覇権を握ったら(ユーロを世界の基軸通貨としたならば)、欧州は世界経済のために、やはりその市場を開放し、赤字を垂れ流すこととなり、今の米国と同じ役割を演じなければならなくなるだろう、と予測している。すなわち、世界経済を牽引する最先進国には、その国内市場を開放し、輸入を拡大して、後進国の経済成長を促進する義務があるし、またそうしないとその通貨は、世界基軸通貨にはなれない、という。

5.多極化:アジアでは日本も中国、インドとともに、1極となれ
  EUは、未だに統一国家ではないし、米国ほどの纏まった国家としての体制も、軍事力もないのであり、果たして通貨とか経済規模だけで、米国に代わる覇権国家となれるのか、という疑問もわく。
  他方、金融技術に頼って、ぼったくり的に儲けることで、覇権体制をより長引かせようとしたようにも見える米国が、今後も長らく世界に貢献できうる品格ある覇権国家なのであろうか?という疑問も感じる。
  とはいえ、中国にも、インドにも、ロシアにも、次の覇権国家になって貰っては、どうも困る(我々としては、これら諸国が米国以上に良き覇権国家になる、と言うふうにも信頼できない)のではなかろうか?

  そういう迷いからか、未来予測として最近言われていることは、世界が多極化して、米国1極体制が終わる(とはいえ、米国が最強の1極として、当分残る)、という言い方だ。その場合、日本はそれでも、米国との同盟関係を強めていくしかないのだろう。

  そもそも、多極化論者達は、米国、欧州(EU)、ロシア、中国、インド、ブラジル・・・などと簡単に多極の構成要素を決めて、日本自身はマージナルな国家として米国への依存を強めるのみと見ているが、アジアの場合、中国、インドの他にも、日本、ベトナムなどは、それなりに国民の知力も、競争力もあるので、中国に対抗できる勢力として、独立路線で生き残れると小生は考える。希望的観測といわれればそれまでだが、是非ともそういう方向で努力していかねばならない。日本がこければ、韓国、台湾もこけるしかないであろう。

6.多極化の後は、世界全体の経済レベルの平準化? 
  今後、世界全体の労賃とか、教育程度が徐々に平均化されて、平等的な世界が出現するまでに、あとどれだけの時間が必要か、見当もつかない面があるのだが、小生としては、最近のPC技術、インターネット技術の普及が、世界における「情報格差」を縮めており、この故に、アフリカを含めて、世界各地の、各国における経済進歩を後押ししているのだと思う。

  情報格差(知恵の格差)の縮小が、社会主義という、馬鹿げた制度を崩壊させたし、一種の多民族・世界国家である米国と、米国が国語として採用した英語が、インターネット技術とともに世界標準語となってきたことも、ある意味で世界における「情報格差」を縮減し、今後とも後進国、発展途上国における経済改革、成長を後押しする可能性が高いのでは無かろうか。
  そうであれば、労賃の低い新たな新興国に、中国、東欧などから更に一部の大量生産工業が移転され、これら諸国(例えば、ベトナム、インドネシア、フィリピン、タイ、ブラジル、アルゼンチン)が発展するという、発展の水平波及、世界全体のレベルの平準化が、思った以上に短時間で達成されうるのかもしれない。

  何れにせよ、後進国が次々に世界経済に参入してくるのだから、日本における工業部門は、中々労賃を上げることができず、その意味で先進国の多くとともに、日本でも、低賃金層が減る可能性は少ないのかもしれない。先進国と後進国の所得格差は、徐々に狭まっていくと言うことであろう。確かに、これまでは、中国に生まれた人々は、日本に生まれた日本人をうらやんでいたかもしれないが、これからは所得格差も縮小し、そういう風に羨ましく思う必要性もなくなるだろう。但し、一国の中の所得格差は、むしろ今後も拡大していくのであろう。グローバル経済として、競争が世界レベルになるのだから、国際的に活躍できる(または資産隠し、税金回避のために、海外のタックス・ヘイブンを巧妙に利用できる)、ほんの一部の人間だけに富が集中する虞が大きいのだ。

7.金融機関への規制、統制強化の必要性
  また、日本、或いは欧州先進国における銀行預金が、国内に投資先が無く、外国における投機市場に、産油国の余剰資金とともに、投入される可能性は、今後も残っているのである。そういった無謀な投機市場を効果的に、前もって防止するような、国際金融のメカニズムが必要だ、ということも、本書から得られる教訓である。規制をかいくぐる、新たな金融手法が、続々と発明され、政府当局、国際金融機関なども、その危険性を察知するのにいつも手遅れとなる傾向だ、という点も、本書で指摘、警告されている。

  先進国の金融機関は、預金者、投資者により良い利回りを提供しようと競争する中で、結局は投機に走らざるを得ず、そうして、実はバブル崩壊、多大な損失、という愚挙を繰り返すのであろうか。そういう視点から言えば、80年代のバブルに懲りた今の日本の銀行のように、多大な資金を抱えていても、運用先がない(運用する頭脳もない)、と死蔵して、低金利しか支払わない(そのくせ、銀行員の給与は、やたらに他産業に比べ高すぎる水準へと既に再び回復しているらしいのだが!)というのも、バカな投機に走るよりはまだましと言うべきか?


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