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help リーダーに追加 RSS 南オセチア紛争、アブハジア紛争(2)

<<   作成日時 : 2008/08/20 14:12   >>

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  読者の皆様、残暑未だに去らぬ中、暑中お見舞い申し上げます!しかし、暑い夏も8月15日を過ぎると、なぜか少し風が冷たくなったように感じるから不思議だ。温度計の目盛り以外に、心理的なものがあるのかもしれないが、人体面でも、この頃までには暑さへの耐性ができたのに、他方で、気温の方は徐々に、ほんの僅かながらも涼しい方に向かっているので、朝夕の気温の低下をより敏感に感じるのであろう。
  ちなみに、南オセチア情勢に関し、従来から旧ソ連圏などに関して、冷静、客観的な観察を続ける河東氏のブログ(http://www.akiokawato.com/ja/)が参考になると思うので、皆様にも読んでいただきたく、ご紹介致します。また、小生も少し追加記事を書きます。

1.産経新聞記事:制限主権論
  本日(8月20日)付の産経紙は、1面から「プラハの春から40年、今またグルジア、露変わらぬ支配意識」と題して、今回のグルジアに対するロシアの軍事作戦が、「ブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)」に基づく、他国の主権を一切尊重しない、一方的な行動であると批判している。もちろん、プーチン政権成立以降、ロシアが徐々に原油輸出価格の高騰に助けられて、再軍備の余力を持つようになり、かつ資源支配による「ソ連帝国再興」を目指す動きを示していることは、日本を含め、欧米諸国(西側諸国)にとっては不気味であり、「新冷戦期」に入ったとも言われ始めていることは、皆様もご承知の所。
  ポーランド、チェコ両国に、米国がミサイル防衛網を設置しようとしていることも、核戦略面での一方的措置として、露が警戒し、対米不満を強めた要因の一つといわれている。

制限主権論に関し、少し説明すると、冷戦期のソ連は、世界共産主義運動の盟主、ソ連を中心に結成したワルシャワ条約機構(軍事同盟)の盟主として、社会主義陣営諸国の離反を許さず、かつ、社会主義陣営の利益を損なう社会主義国家に対しては、その主権をある程度侵害して、内政にまで干渉する権利を有する、というもの。具体的には、「プラハの春(1968年)」というチェコの政治変革に際し、当時のチェコ政府指導部が、「人間的な社会主義」を採用しようとして、ソ連共産党の指導を拒否して新路線を確立しようとしたことが、ソ連・東欧型社会主義陣営からの離脱(ユーゴ同様*の西側陣営への逃亡)の試み、との疑惑を呼び、ソ連軍とワ条約機構加盟国軍隊によるプラハへの進駐を招いたのである。チェコという主権国家への社会主義陣営軍隊による一方的侵略が行われ、外国軍隊によるチェコ政治路線の修正という蛮行が実行されたのである。
   (注*:それでは、チェコと違い、ユーゴはどうして「ソ連圏」からの「逃亡」を容認されたのだろうか?<実際には、1948年6月にスターリンがチトー率いるユーゴをコミンフォルムから追放したのである。その理由は、チトーがソ連のやり方に自己主張して反抗したから。>
  その理由は(1)そもそも第二次大戦中にユーゴは4年間に及ぶ独自のゲリラ戦争で、対独闘争を行い、ソ連軍到着以前から自国の解放にはそれなりに自力で成功していた。(2)この自力解放、自らの「共産党ゲリラ闘争」の能力につき、ユーゴ共産党は誇りを抱いていたので、ソ連からの圧力にも断固拒否する勇気があった。(3)ソ連としても、ユーゴの山岳地帯におけるゲリラ闘争に関しては、例え近代的なソ連軍が武力介入しても、簡単に勝てる自信が全くなかったので、ユーゴについてはチトーの独自路線を批判しつつも、武力介入せず、放置せざるを得なかった、のである。)

2.ロシア連邦軍の大量投入
  1991年12月のソ連邦解体後、独立を獲得したグルジアの場合、前回書いたように、アブハズ人の自治共和国と、オセット人の南オセチア自治州が、グルジア共和国としての領域に留まることを欲せず、むしろロシア連邦への帰属を希望する声が強く、グルジアからの分離独立、或いはロシア連邦内北オセチア共和国との合併を求めて紛争を開始していたのである。この「未承認国家」状態(92年にアブハジア、南オセチア双方とも「独立」を宣言した)が続いていたのを、グルジア側は、領土保全という主権国家の論理で、アブハジア自治共和国、南オセチア自治州双方に対し、グルジア軍を派遣して、反乱を鎮圧しようとし、他方ロシアは、この両地域の「民族派」武装兵力を支援したり、最近ではロシア連邦軍を「平和維持、ロシア人保護」名目で進駐させたりしていた(注:露政府は近年アブハズ人、オセット人には出稼ぎ目的を含め、自動的に「ロシア旅券」を発給しているので、「ロシア人保護」は、必ずしも従来から同地にいたロシア人住民を意味しない)。
  今回8月8日以降の展開は、グルジア軍が南オセチアで軍事作戦を発動したのを奇貨として、従来の「露版平和維持軍」に追加して、ロシア軍が更に大規模に投入されたのである。

3.ロシアの拡張主義体質
  産経紙によると、チェコでは今回の紛争が、1968年のプラハの春に際するソ連軍・ワ同盟軍侵攻の再現として、相変わらずロシアは、自陣営から西側陣営に鞍替えすることを武力阻止する、と批判しているようだ。

  小生の見るところ、プーチン政権、或いはどうもプーチンの傀儡であるらしいメドヴェージェフ政権が、2月のコソボ独立という「西側の一方的得点」に対抗する意味で、グルジア国内の二つの少数民族による「民族自決、独立」支援を、北京五輪というどさくさに紛れて今回演出した、という筋書きが濃厚である。

  産経紙によれば、1968年も、2008年も、ともにソ連、或いはロシアが、石油収入増大・価格高騰の利益で、資金が潤沢で、軍事介入費用をけちる必要のない時期に起きたことでも、共通点があるという。

  要するに、ロシアは帝政期において、東へ東へと国境を拡張したし、南もオスマン領、コーカサス地方を徐々に浸食してイランにまで食指を動かしたように、国家の体質として、膨張主義、拡張主義の意識が強く、今回もソ連解体で失った失地の一部を奪回するための戦略にすぎないのだろう。グルジアを懲罰することで、アゼルバイジャン、ウクライナ、モルドバといういわゆる「GUAM諸国(最近アゼルバイジャンが対露配慮を示す傾向もあるので、アゼルバイジャンを除くGUM諸国という枠組みもある由)」に対し、「ロシアの利害を忖度せずに、西側傾斜を強めることは、許さないぞ」ということを、武力行使を通じて明示し、脅迫行為に及んだということである。米国のみが世界の覇権国家ではないことを、改めて国際社会に誇示した、ともいえる。

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