ブルガリア研究室

アクセスカウンタ

zoom RSS 生産力過剰の悪夢

<<   作成日時 : 2009/02/21 18:50   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

前回書いた「個性尊重の罠」は、社会主義圏生活の長い小生が、戦後の日本における教育思想の根幹を見抜いて、これが左翼思想を子供達に植え付けるための一種の詐術だったことを暴露しようという試みである。今回は、昨年末頃に何度か試みたグロ−バリズム経済崩壊の謎に、再び挑戦して書いてみる。

1.生産力の過剰:実現し得なかった夢
  元来のマルクス思想は、資本主義社会が進化していくと、必ず生産力が消費を上回り企業は倒産の危機に瀕するので、市場を求めて帝国主義諸国間の覇権競争が起き、戦争に至る、というものだったように思う。

  他方で、社会主義国家では、生産手段を国有化して、生産力への投資を「合理的に、計画的に」制御して、不必要な生産余力を避け、しかも生産手段は国民が所有する(実際には、国家所有形態)ので、国家間の対立は起こらなくなるし、(資本家が存在しないので)富の分配も公平となり、平和社会が実現するので、国家間の戦争の原因は全て排除される、という理論があったように思う。何れにせよ、合理的、計画的に投資される社会主義経済では、生産力に余剰が生じても、この富は人民の生活を豊かにするために、正しく分配されるので、人民は豊かになり、もはや不必要に労働する必要性さえなくなり、自分が働きたいと思うときにのみ働けばよい、という程度に労働は緩和される(共産主義の段階)という(ユートピア思想)。
  ところが、生産力の過剰、余剰は、実際に生産手段を国有化した社会主義諸国では、一度も実現した例がない。「資本家を全廃」した結果、また市場における「競争」を排除した結果、また官僚による間違った「経営」の結果、技術革新が停滞し、経済は破綻して、生産力増大への「投資資金が常に不足」して、生産力の余剰などが実現したことはなかった。唯一の例外が、冷戦時の「軍拡競争」によって、投資が例外的に優先された武器生産部門で、この分野では余剰生産能力があったので、カラシニコフ機関銃、低技術レベルのミサイル、地雷、戦車、場合によっては戦闘機などの航空機、などが、輸出に回された。これらの余剰生産力は、戦争時を想定して過剰な投資を武器部門に回した結果であり、かつ、その他の商品生産では、技術水準が低すぎて、COMECON圏内を除き、輸出商品を殆ど何一つ開発できなかったので、外貨獲得のためには武器輸出しかなかった、とも言える。

   計画的な資源割り当てと、計画的な投資で余裕を持った生産力を建設して、人民の必要とする消費物資、必需品を潤沢に供給できるはずだった計画経済制度は、実際には、期待されたほどの生産余力など一度も実現できず、不合理な資源配分で無駄ばかり多いはずの資本主義社会では、むしろ有り余るほどの豊かな消費物資が生産され、巷にあふれかえって、東西の生活水準較差が耐え難いほど明白となって、ソ連型社会主義は自滅した。

2.グローバリズムの悪夢:中国が世界の工場となって、生産力の過剰が現実となった
  社会主義経済体制が、過った経済理論に基づき、カネ(資本)の自由な流れを断ち切り、個人の知恵と工夫の意欲を排除して、結局は成長力を阻害して自滅したのに反して、資本主義社会では、逆に「金儲けへの意欲」、「個人的な知恵と工夫の動員」に成功して、技術革新と新規生産能力の拡大が実現され、マルクスが予言したような生産力の過剰が、現実に生まれた。
  問題は、どの段階が「生産力の過剰」なのかの判断基準だ。共産圏が固定化していた冷戦期には、資本主義圏で本当に技術革新と生産力向上を実現していたのは、日本、西欧、そして日本に追随したNIES諸国だった。それでも、世界の成長を牽引するこの3つの核のみでも生産力の過剰限度が近づきつつあると、かなり多くの人々が悲観的に感じて、投資を控え始めていた。

  ところが、社会主義圏の衰退の中、冷戦体制におけるソ連帝国の敗北を予期した中国では、ケ小平という卓越した指導者が出現した。同人は訪日時に日本の成功の秘密を悟って「黒猫でも、白猫でも鼠を捕るのがよい猫だ」、「先に豊かになれる者から豊かになれ」と主張して、社会主義思想の抜本的改革を提議し、中国における資本主義手法の採用を大胆に進め、結果として中国は、日本、その他の先進国から最新の生産技術を安価に導入し、かつ、これらの先進技術と異常に安価な自国の労働賃金を組み合わせることで、中国は「世界の工場」へと変身した。
  上記の3つの核の生産力のみでも、生産力は過剰と考えられたのに、中国という巨大人口の国家(しかも元来社会主義国で、「市場」として考慮されていなかった国家)が、「世界の工場」として躍進するや、中国自身の膨大な人口も「消費市場」として勘定に入れて考慮されるようになって、従来の「生産力過剰」との議論は、後退した。

  しかし、中国、インドのような後進国が「市場」として勘定にはいるためには、これら新興国にも多くのカネが入ってこなければならない。すなわち、現実には「世界の工場」として中国、或いは「若干のインドの生産力」が、上記の3つの生産力の核に追加されたのに、「生産力過剰」との限界線が意識されなかったのは、米国、産油国などにおける例外的な好景気、過剰消費力が存在したからだった。
  要するに、グローバリズム経済の成立とは、一時的な好景気によって、米国がバブル経済を謳歌し、産油国が原油高によるバブル景気を謳歌して、世界中から輸入しまくり、消費しまくって、世界中のカネの流れが異常に早くなっていた段階のことだった。過剰生産力は、目に見えにくくなっていたし、消費意欲は世界中に溢れているように見えた

  しかし、現実には、米国は自国内における主要産業=自動車生産における技術革新に失敗していたし、ITバブルもはじけて、右産業における世界における牽引車としての役割も、IT技術革新の停滞期に入って、失っていた。
  結局米国における過剰消費は、貧困層向けの劣悪住宅ローンを優良住宅ローンなどと複雑に組み合わせて粉飾した「金融工学」商品を、世界中に売りまくって(世界中から借金して)賄われていたのだ。この金融詐術が暴露され、バブルがはじけてみれば、世界中のカネの流れが逆流しようとして(実際には対米投資は回収不可能となり、カネは動かなくなった)、世界中がカネ不足に陥り、中国の「世界の工場群」も生産継続が不可能となったし、ロシアの金満家達も大損を抱えてしまったし、中東産油国の大富豪達さえもが大損を抱えて不動産投資、消費を控えることとなった。
  結果として残ったのは、世界的な過剰消費の消滅、「世界の工場」という余剰生産力の廃墟(中国の工場の多くが、生産停止直前)。その上、日本、西欧、NIESの「生産力」すらも、あまりの世界的な金詰まり、消費減退で、いまや「過剰生産力」となっているのだ。

3.世界的な「失われた10年」の可能性
  実は、1930年代の「世界恐慌」は、ローズベルト大統領のニューディール政策ではなく、第二次大戦という「戦争という浪費」によって、ようやく収束させることが出来たと見る経済学者が多い。
  考えてみれば、最近まで米国の主要産業は、自動車製造、航空機製造、宇宙開発、そして膨大な軍需産業と見られていた。日本、或いは新興工業国などが得意とした家電などの耐久消費財、或いは単車、自動車などの輸送機器に比べて商品単価が異常に高い航空機とか宇宙開発、「武器」は、高度化した資本主義国が最後に頼るべき主要産業という見方が、かなり昔から、銀行家、経済学者などの間で、秘かに囁かれていた。従って、結局資本主義経済体制の矛盾を解消してくれるのは「戦争でしかない」という、まるでマルクスの予言が正しいというような議論すら、銀行家、経済学者らの一部では囁かれていたのだ。

その意味では、例え失敗に終わったと言っても、繁栄の絶頂期に米国がベトナム戦争の罠に突き進んだこと、最近ブッシュが、国家の財政を自ら破綻させるかのように、イラクとアフガニスタンという二正面戦争に走ったことも、上記のサイレント・ウイスパラー達(陰でひそひそ話していた人たち)の直感では、遂に最後の手段を採用したか、というような感覚もあったはずだ。
  他方で、戦争に代替する偽の繁栄維持装置として、「金融工学」による盲目的、博打的な投資技術という詐術もが動員されて、米国経済をかえって徹底的な底抜け状態に追い込んだと見るべきかもしれない。

  大前研一氏が言うように、今回の米国における金融崩壊は、日本の不動産バブル崩壊後の「失われた10年」以上に、挽回が難しい異常事態である可能性がある。第二次大戦後、米国経済が世界最強で、ドル札への信頼が揺らいだことはほとんど無く、ドル札さえ刷れば通貨が生まれ、米国経済は復活するという、そういう手品・奇跡は、今回こそは不可能かもしれないし、アフガニスタンにおける戦争への投資という流動性拡大戦術も、米国経済の底が抜けた(頼るべき産業分野がもはや無い、軍需産業も今度こそは起死回生の妙薬になり得ない)今日の米国においては、効果が薄いかもしれない。

  そうであれば、結局対米輸出頼みだった中国経済も瀕死の状態となり、その中国を迂回経路として実体は対米輸出に依存していた日本経済も、大打撃を受けたほか、起死回生の妙案を簡単には見いだせない・・・・これが今日我々が直面している現実ではないだろうか。米国経済が、「失われた10年」以上の苦境にあるとすれば、今回の恐慌は、10年以上にわたり、世界全体を苦しめる可能性すら念頭に置かねばならないだろう。
  もっとも、経済ほど予測の難しいものはない。楽観的な米国人が、何らかの奇策で、それこそ「オバマの奇跡」で、世界経済を氷結期から解凍してくれるのを期待しよう!???(どうも今のところ、小生にも、何か光明のようなものは視界に入ってこない。一つの期待は、まだまだ貧しい東南アジア諸国、中国内陸部、インドの田舎では、何とか後進国特有の上昇志向、少額投資でも有効な経済成長が再開し、世界の需要を牽引して欲しい、と言うことであろうか。)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
生産力過剰の悪夢 ブルガリア研究室/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる