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zoom RSS イスラエルの建国思想

<<   作成日時 : 2009/05/10 11:19   >>

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 今ポール・ジョンソン著『ユダヤ人の歴史・現代編:ホロコーストとイスラエルの再興--交錯する恐怖と希望』(徳間文庫、06/12)を読んでいる。現代イスラエルがどのような経緯で、またどういう理由で建国されたのか、に関して、極めて包括的な説明をしている。特に、「民族としてのユダヤ人」が、ヒトラーの個人的意志とナチ党の政策により抹殺、殲滅されようとしたこと、ユダヤ人に一般的には好意的であった英米両国ですら、第二次大戦中には、国内の反ユダヤ感情が根強く、ユダヤ人難民の受け容れに消極的で、結局は有事に際しても確実にユダヤ人難民を受け容れてくれる「祖国」の建国が不可欠とユダヤ人自身が確信したこと、などが歴史的経緯として書かれている。ユダヤ人側の「イスラエル建国の必要性に関する信念を固定化させたホロコースト」という視点は、小生もこれまで気付かなかったものである。
 2千年もの空白を経てなおかつ「主権国家」を古の故郷の土地に、現地のアラブ人を排除してまで(出来る限りユダヤ人側も土地の買収ですませようとしたが、足元を見たパレスチナ・アラブ人達はとんでもない高額を要求したという)建国した理由として、ユダヤ人の論理を肯定できるか否かは、全く第3者の日本人、アジアの人々にとって、難しい問題ではあるが、彼ら自身の歴史的視点、心理を理解する手段として、本書はなかなか優れた入門書と言える。
 本来、上記著書を読んで貰うべきだが、少しだけ概説する。

1.東欧のユダヤ人(オスト・ユーデン=Ost Juden、アシュケナージ)の苦難の歴史が、民族郷土の必要性を感じさせ、シオニズムを産んだ
 ロシア生まれ、オスト・ユーデンの一人ハイム・ヴァイツマンは、隠れマスキール(ユダヤ人啓蒙主義者)の男性教師と出会い、ベルリン大学その他の西欧の大学で勉学を重ね、フライブルクで化学博士号を取得、マンチェスター大学で生化学を教えるようになった。英国でヴァイツマンは、大英帝国支配階級の好意を利用して、民族郷土を建設するという夢を持ち、1910年に英国市民権を獲得した。ジャーナリストの友人の紹介を得て、ヴァは、保守党指導者達であるアーサー・バルフォア、ウィンストン・チャーチル、ロイド・ジョージらと知り合い、彼らをシオニズムの支持者にした。
 第一次大戦中、ドイツと同盟していたオスマン・トルコ領に、英軍が進出するのを好機としてヴァが、首相になったロイド・ジョージ、バルフォア外務大臣に工作した。また、シオニズムを支持していた2代目ロード・ロスチャイルド(ウォルター)は、大戦勃発時から戦費調達を支援していたが、バルフォア外務大臣とロスチャイルド卿との間の協議で、バルフォアからロスチャイルド宛の書簡(バルフォア宣言)で、英国政府がユダヤ人のための民族郷土をパレスチナに創設することを支持することが誓約された。この宣言は、1917年11月2日付で発表された。

2.19世紀の啓蒙主義、ロシア、西欧での同化主義の試みが「左翼的非ユダヤ的ユダヤ人(マスキール)」を生み出したが、結局は差別はなくならず、ユダヤ人は嫌われ続けた
  第一次大戦中とその前後に、ほとんど全ての欧州諸国で、プロレタリア革命を実施することで、「空想としてしか存在しないユダヤ人、への迫害を無くせる」と信じたユダヤ人の左翼知識人が存在した。彼らは、民族としてのユダヤ人を否定し、自分自身もユダヤ人ではないと信じたがったし、他の貧しいユダヤ人同胞達にも冷淡だった。しかしこれらマスキール達は、悲劇的敗北を喫する。いくら各国の革命運動に邁進し、その生活する国家に同化しようと努めても、各国の大衆は執拗にユダヤ人として彼らを嫌悪し、対ユダヤ人暴力は増大していった。
(1)ロシアの暴力革命を実現したユダヤ人達は、粛清された
  ロシア革命を推進したトロツキーらのボリシェヴィキ幹部ユダヤ人達は、しかし非ユダヤ人のレーニン、スターリンに革命を横取りされ、特に強いアンティ・セミティズム傾向を持つスターリンが政権を掌握後は、大規模なユダヤ人粛清が強行され、多くのユダヤ人(特に共産党内部のユダヤ人)がその犠牲となった。 
(2)ドイツのローザ・ルクセンブルクら
当時のロシア領ポーランドで、完璧なユダヤ人家庭(ラビの家系)に生まれたローザ・ルクセンブルクは、マルクス同様に、ユダヤ教、イディッシュ語文化に何らの興味も示さず、富裕な材木商の父親の金で上流階級としての生活を押し通す。彼女はドイツ人と形式的に結婚してドイツ市民権を獲得した。ユダヤ人大衆、労働者の生活に対し、何らの関心も示さず、革命理論家としてのカフェにおける論争に明け暮れ、「ユダヤ人問題」すら全く存在しないと主張した。知識階級としての優越意識丸出しに「労働者階級の願望」を語る同人に対し、労組活動家らは我慢できず、攻撃したが、彼女はこれを無視したという。

3.近代ドイツの発展に貢献したユダヤ人は、反ユダヤ感情の根強いオーストリー出身のヒトラーにより、第一次大戦敗戦、戦後「ワイマール共和国の混乱」の戦犯、スケープゴートとされて、ナチ党の「ユダヤ民族絶滅作戦」のターゲットにされた  
  著者は、1870年から1904年までの間、ドイツは突如欧州大陸に強国として出現し、欧州随一の文化・文明の花を開花させた。そのドイツ国内でユダヤ人は同時に、強力な民族として活躍を開始し、両民族は互いに助け合って、ドイツ国家の発展をもたらした、という。「知識に対する貪欲さ」において、共通の基盤を持った両民族は、協力関係にあった、と。ノーベル賞設立後1933年までの期間に、ドイツは他のどの国より多くこの賞を受賞し(全体の約30%)、そのうちほぼ1/3、生理学・医学賞では半分がユダヤ系ドイツ人が受賞した由。故に、著者によれば、このユダヤ人を大量殺戮したと言うことは、一種の「尊属殺人」行為である。
  そのような関係にあったドイツ人がユダヤ人に牙をむいた理由は、第一次大戦における敗北というショックであった。国力がもっとも充実した時点で起きた第一次大戦において、自信満々戦争に突入したはずが、なぜ敗れたのか?敗北の責任を誰かになすりつけないではいられなかったのだ、という。戦前のドイツでは、人々は順法精神に富み、巷で暴力事件などあり得なかったし、反ユダヤ暴動なども起こりようが無かったのだが、戦後は一変して、ドイツ国内では暴力沙汰が日常茶飯事となった。絶望のはけ口として暴力が、右翼によっても、左翼によっても用いられた。

  ロシアの赤色革命では、左翼の暴力が勝利したが、戦後のドイツでは右翼(失業軍人、ヒトラーもその一人)の暴力が社会的支持を得た。ローザ・ルクセンブルク、アイスナーなどの過激左翼が暗殺された。1919年から1922年までの期間にドイツで起きた政治的暗殺376件中22件を除いて、左翼運動家が標的となったという。暴力の主体は、旧軍人のならず者で、しかも裁判所の対応は甘く、裁判にかけられることは稀で、しかも4ヶ月以上の実刑に服する者は更に少なかった、という。
  そのような、反ユダヤ主義、反左翼感情の高まる世相の中で、父親の代からの反ユダヤ感情の権化というヒトラーが台頭した。ヒトラーは世相を利用し、敗戦の責任をユダヤ人に押しつけ、何でも暴力に訴える風潮も利用して、反ユダヤ運動を煽った、という。
著者によると、ナチにとってアンティ・セミティズムは運動の中核を成し、目的そのものだった。ナチ・ドイツは、第二次大戦という戦争状態を利用して、ユダヤ民族の抹殺に専心したし、対ロシア赤軍作戦、西部での連合国との作戦という、戦争における重大局面においてすら、鉄道、その他の輸送資源を優先的に、ユダヤ人の殲滅施設への移送に割り当てたという。大戦が敗戦に終わる景色が濃厚となってからも、戦争終結までに「民族絶滅」という目的を達成しようと、親衛隊、その他を動員して、益々「絶滅作戦(ホロコースト)」に邁進したというのだ。886万人いた欧州のユダヤ人のうち、約600万人をナチ党が殺害したという。

4.第二次大戦中、英米両国はユダヤ人難民の大量受け容れを拒否した
  17世紀に始まった東欧におけるユダヤ人迫害は、アシュケナージ達の移民の波となって、西欧、米国に大きなユダヤ人社会を産んだ。特に巨大となった米国のユダヤ人社会こそは、イスラエル建国への国際的支持取り付けの原動力となった。
  ロシア、東欧における繰り返されたポグロム、ナチによるホロコーストという、あまりに大きいユダヤ人の受難は、「受難を通じての救済」というユダヤ人の歴史的命題を呼び起こし、民族郷土創設というシオニズムが支持を得ることとなった。シオニストらによって、第一次大戦後、東欧の各地から、バルフォア宣言実行のために英国がパレスチナ委任統治を通じ準備した、パレスチナへの移民が促進された。1930年代の一時期、ナチもドイツ系ユダヤ人のパレスチナ移住を積極援助したという。

  もっとも、英国は第二次大戦中、その重要性が認識された中東石油資源への支配を継続するためにも、アラブ民族への配慮を優先し、パレスチナへのユダヤ人の移住を制限し続けた。なお、チャーチル自身は親ユダヤだったが、他の閣僚達は冷淡で、大量のユダヤ人難民が自国に押し寄せてくることを極端に怖れた由。また米国も、国内の大衆、在郷軍人会などの反ユダヤ感情がこの戦争中根強く、更にローズベルト大統領自身もユダヤ人に対し冷淡で、ユダヤ人の亡命者、難民達をほとんど受け容れなかった(大戦中米国が受け容れたユダヤ人はたったの2.1万人)。

5.自分の主権国家を持たねば、民族の安全保障が出来ない
ともかく、近代、現代の欧州で、一部のユダヤ人知識人達がいかに努力しても欧州民族に同化できなかったこと、ドレフュス事件で仏国民の反ユダヤ感情が暴露され、第二次大戦でドイツにおける反ユダヤ感情が、「ユダヤ民族絶滅計画」にまでエスカレートしたこと、更には親ユダヤの英米さえ、有事には難民受け入れを拒否したことから、文明社会が全く信用できないことをユダヤ人達は確信した。
  そうであれば、永続的で自給自足の、また何よりも主権が行使できる安全地帯を確保することが絶対必要だ、とユダヤ人らは考えるに至った。いったん緊急の事態となれば、全世界のユダヤ人達が逃げ込める、敵の手が絶対に届かない場所がなくてはならない。ホロコーストからユダヤ人達が学んだのは、まさにこの1点だった。
  第一次大戦は、バルフォア宣言によって、シオニスト国家を可能とし、第二次大戦は、シオニスト国家を不可欠としたのだ。ユダヤ人の圧倒的多数が、いかなる犠牲を払ってでもユダヤ人国家を建国しなければならないと確信したのである。例え犠牲を払うのが自分たちだけではなく、他の人々(注:パレスチナのアラブ人)を巻き込んででも、新しい国家建設が必要であった!!



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ロバート・ジェラテリー

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