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zoom RSS 増量改革という実験

<<   作成日時 : 2009/11/06 11:49   >>

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 今回は、上海在住の田中信彦というコンサルタントが書いておられる記事(https://www.blwisdom.com)で説明されている「増量改革」という中国式改革手法に関して、コメントしてみたい。古い部分を温存しつつ、新規部分では大胆に新しい発想を取り入れ、世界の趨勢に合わせていく、というのですが、人間の頭の切替が上手くいかないというか、思想的な混乱というか、それなりに難しい側面を伴っているようだ。

1.中国式の漸進的革命手法
  中国の改革開放経済の柱となった考え方に、「増量改革」という手法があるという。古い社会主義経済部門とそれに付随する共産主義的法律は、そのまま温存して「据え置く」が、資本主義的な自由・競争主義経済部門は、古い町の郊外など、全く新しい地区に、新しい町を建設するし、この「増量」部分の新街区では、新しい発想の新法を適用するというやり方で、新しい部分の発展・発達をスムースに始動させる、というやり方だったそうだ。結果としては、この「増量改革」という手法が軌道に乗り始めた15年前から、中国における増量部分は、据え置き(旧体制)部分に対し、6:4乃至は7:3と言う風に急成長を遂げ、旧体制部分が徐々にその影を薄くしているという。

 もっとも、新体制部分=資本主義経済部門の急成長で、インフラ部分への依存度、需要も増したから、エネルギー(製油、発電、石炭など)、金融、通信、鉄道輸送などの「据え置き」部分での経済パイも最近は増えつつあり、簡単に旧体制的部分=共産党が掌握する部分が消滅するという方向にはなっていないとも言う。更には、増量部分からの税収も増えたから、旧体制部分の代表ともいうべき、党・政府官僚、警察、軍といった支配機構側の予算も潤沢となっていて、支配機構の増殖という傾向もあり、更には、これら支配機構高官による収賄、汚職構造が益々肥大する傾向にもあるという。

2.黒社会(暴力団) 
  そういえば、最近(11月1日付)の産経紙によると、現在重慶市で「黒社会狩り」が大規模に展開されているが、そこで明白になる事実は、中国社会における二つの特質だという。

(1)正義の欠如
  公安(警察)幹部=市公安局副局長職を16年間務めた文強(男)が、殺人、強盗、誘拐などの凶悪犯罪を意図的に放置したり、弟の妻に約30カ所の非合法賭博場を取り仕切らせたりして、黒社会を庇護下に置き、裁判所の判事、弁護士なども買収して、民事・刑事裁判をねじ曲げていたという。もちろん公安の方にも、権力のみならず、金でも買収して、捜査そのものもねじ曲げていた。「商売=カネで黒社会を養い、権力で黒社会を保護」していたという。司法の腐敗は、胡錦涛指導部が、その撲滅をお題目のように唱えているが、いっこうに正常化できないらしい。
 (注:ブルガリアなどの新興国でも、司法の腐敗は大問題であるが、警察、予審判事、検察、判事、弁護士、など全ての段階で金が動くので、正義を貫くことは困難だ。ブルガリアの場合、税関の腐敗も大問題で、最近の報道によると、汚職の温床といわれる首都空港の税関で勤務する税関職員の場合、身内、親戚、友人などにマフィア関係者がいるかどうか、という調査を行った。しかし、なかなか簡単にはこの調査に皆が協力しないので、真相は明らかではないが、噂では、大部分の職員に何らかのマフィアとのコネがあるし、マフィアから得られる裏報酬の方が、正式の給与を上回るらしい。)

(2)権力闘争
  今回重慶市の摘発で、中国世論は拍手喝采しているが、一連の摘発は重慶市トップの薄煕来党書記(政治局員、最近赴任)の主導によるもので、同人は、かつての遼寧省時代の部下を呼び寄せて公安局長に任命して、今回の地元公安権力・司法界における腐敗構造部分を摘発しているという。
  要するに、地元における自浄作用はあり得ないので、外部から来た人間が対処している。その上、今回のキャンペーンの本当の目的は、薄書記の前任者で、現在広東省トップの汪洋党書記(政治局員)の権威・声望を失墜させることにある、と噂されているという。長年重慶市における腐敗を放置した罪で汪洋(胡錦涛派)を、江沢民派の薄煕来が貶めている、という権力闘争の構図が指摘されているらしい。

3.鉄道技術をコピーして輸出
  おなじく3日付の産経紙によると、日本の川崎重工他、並びに独、仏、加の高速鉄道関連技術の提供を受けてきた中国の鉄道科学研究院が、これら技術に改良を加えたものを「自主開発」と主張していて、ロシアに対し既に高速鉄道建設で協力を合意したほかにも、ブラジル、米国(ネバダ〜カリフォルニア州)、ベトナム、英国にも輸出が検討されているという!!

4.増量改革でも腐敗が拡大
  現在小生が読んでいる塩野七生著『ローマ人の物語37最後の努力(下)』(新潮文庫、09年9月発行)には、皇帝コンスタンティヌスが、なぜこれまでの首都ローマを棄てて、当時は田舎都市に過ぎなかったビザンティウム(ビザンティオン、後のコンスタンティノープル、イスタンブール)に新首都を建設したか?に関して、次のように述べている(p14):
第一に、既成のものでも使えるものやシステムは、そのままで残して活用する。
第二は、そのままでは不都合なものやシステムは、自分がよしとするものやシステムに改めたうえで活用する。
第三は、それでもなお不都合が多ければ、新しく別に創り出す。ただしこの場合でも、既成のものやシステムでも破壊はせずに「新成」と共存させ(注:中国式に言えば、「増量」と「据え置き」を共存させ)、「既成」が「新成」に人材やエネルギーを吸い上げられて自然に衰微していくのを待つ(注:中国式に言えば、据え置き部分が増量部分に吸収され、自然消滅するのを待つ)。


 要するに、塩野七生氏が述べている、コンスタンティヌスの改革手法は、まさに現代中国が採用した「増量改革」手法の神髄と全く同じなのだが、中国の場合、北京の中南海地区という毛沢東が指導部を置いた地区(要人居住区域)から、共産党指導部が抜け出さず、単に増量経済部分のみを沿海部大都市新街区とか、或いは多くの地方拠点都市の郊外部分にのみ「新成」させたので、結局は政治部分の改革速度が鈍り、共産党独裁という旧体制(注:共産党官僚の独裁という形態は、中国の古代以来の王朝における「士大夫階級という官僚独裁体制」と余り変わりがない、といわれる)部分が、なかなか自然消滅しないのだ。

 増量部分では、市民の意識も、生活水準も、生活様式も、ほぼ日本、韓国、欧米先進国と余り変わらず、裕福になり、世界旅行も楽しんでいるし、人権意識なども芽生え始めていると言うが、自然消滅すべき「据え置き」部分の延命策も顕著であるらしい。

 「既成」部分も、黒社会という闇の暴力機構を活用したり、鉄道技術、通信技術、軍事技術などに新規投資して、「既成経済部分の増殖」にも腐心することで、権力構造を温存しようとしているとも言える。増量=新成部分の拡大を警戒して、据え置き=既成部分も出来るだけ長く延命させない限り、共産党官僚達も延命できないからだろう。彼らの権力延命には、公的権力が活用できる人民解放軍、武装警察、公安(普通警察)の他に、闇の武闘手段としての黒社会も必要不可欠であるらしい。司法も、国家権力、地方権力、及び黒社会から牛耳られているので、腐敗構造は、上から下まで貫徹されているようだ。
 これほど大規模の不正義、腐敗は、小生が専門のバルカン半島でも稀というべきであり、スケールが違うと思えるほどである!!中国における民主化、改革事業が、いかに困難かを改めて認識させてくれるし、そんな中国と安易に提携できるなどと夢想する鳩山外交にも、「よく考えなさい」といいたい。
 

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
「増量改革」なる言葉は初耳です。中国社会の黒社会(暴力団)は根が深く、せいぜい逮捕されるのは雑魚程度でしょうね。
「中国の特有の人間関係 「幇」」というブログ記事は、黒社会の関係を思わせて面白いですよ。
http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2007/10/000353.html

 私はついインドとつい比較したくなりました。もちろんインドもまた相当な不正義、腐敗が蔓延っており、宗教、カーストでも複雑な問題を抱えています。カースト間の対立があり、改革となると思うように進まない。中国よりはずっと言論の自由があるにせよ、御用記者やイエローペーパーの多さといったマスコミと権力の癒着は当り前。これも「長ーい歴史」を持つ国の悪しき伝統です。
 それでもインドの周辺国で、この国と安易に提携できると夢想する愚かな指導者はいませんよ。スリランカやネパールなど、指導者や反政府ゲリラさえ、インドの威を借りて利用しようとする。鳩山外交にそのような手法が取れるなら結構ですが、望み薄ですね。
mugi
2009/11/07 21:20
mugiさん、ご教示いただいたブログ、面白そうです。
 インドにおけるマスコミと権力の癒着現象、実はブルガリアにもあるようで、「国教無き記者団」だったかの欧州NPOの評価で、ブルの新聞の「自由度」は、ここ数年毎年下がってきているそうです。
 インドの場合、色々な対立があるが、「民主主義原則」も確立されていると、あるインド人大使が小生に語ってくれました。名前は忘れたけど、インド東南部の州の富裕な家系出身らしい同大使は、「俺は結構自分自身の意志で、勝手に動ける」と豪語していました。なぜなら、自分の州の代表として、連邦外務省内に同人の「指定席」があるので、外務省主流派の命令などを無視しても、いかなる造反をしても、結局は同人の「大使職」という肩書きを下回る待遇は外務本省としても不可能で、故に、中央アジアとか、ベラルーシとか、本流の人に不人気な任地しか回ってこないものの、「大使職」から解雇されるようなことはない、というのです。

 同人によれば、中央官庁内部でも、それなりに各地方の既得権益がぞれぞれに確保されていて、それを保証してくれるのが「インド式の民主主義」だと言っていました。
室長
2009/11/08 10:14
 インド大使のお話は面白いですね。元からインドは中央集権色が薄く、地方の州知事は地元だと国の首相より権限がある。地元では地域ぐるみの強いコネクションがあり、「自分自身の意志で、勝手に動ける」有様。これが汚職腐敗の温床にもなりますが、逆に中央の命に従わず、縦割り行政ではない独自の地方自治がやれるという面もある。

 どうも日本人は中央の意向に従うのが強いのに対し、インド人は地元が中央と思っている節があるような。アメリカもまた州により法律が異なりますよね。もしかすると、アメリカやインドの地方意識は日本以上に強いのかも。
mugi
2009/11/08 20:57

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