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zoom RSS 「汗かき経済学」試論

<<   作成日時 : 2010/10/08 13:25   >>

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 物作り産業が生み出す製品・商品で世界市場に輸出しまくり、外貨を一方的に貯め込む、そういう経済手法を「汗かき経済学」と名付けてはいかがであろう。かつての日本がそうであったが、汗かきの現場が中国とか、東南アジア、インド、バングラデシュなどに移りつつある。もちろん日本国としては、痛し痒し、将来が心配ではあるのだが、汗かきの対価が安い国に、輸出産業拠点が移っていく、と言うことに経済合理性がある以上、どうしようもない。

1.先進国から新興諸国へのモノ作り産業移転に関する考察
 小生自身もそうだが、世の中の多くの人々は、日本国の高度成長路線と、それに続いたアジアの雁行追随諸国群(日本の経済発展を真似して、輸出主導の工業化を急いだ韓国、台湾、シンガポール、香港、などを指す用語)が台頭した80年代初頭に、その後に中国とか、インド、ブラジル、ロシア、東南アジア諸国、などの新興国が続くとは、予想もしていなかった事態だ。とくに、BRICの内、ブラジルを除く3国では、何らかの形で社会主義経済体制がとられていたから、まさかこれら諸国が社会主義思想を捨てて、乃至は手直しして、資本主義的競争の前面に出てくるとか、日本を追い越すまでに台頭するとは、想像すらしていなかったのだ。
 しかし、現在進行しつつある事態は、まさに日本が他の先進諸国と同様に、モノ作り産業の分野から衰退しつつあり、老衰した「成熟、先進諸国」の群れに加わりはじめている、という、まさかの事態である。

2.モノ作り産業とは何か?
 もちろん、この用語は、普通の解釈では、日本がお家芸として推進し、世界の市場を席巻した分野で、最初は生糸・絹織物工業、次いで綿紡績・綿織物工業、化学繊維工業、そして繊維産業に代わり、重工業系の鉄鋼業、造船業、精密機械工業、また最後には、家電製品工業、自動車産業といった分野が台頭して、日本の輸出産業立国としての屋台骨を支えた。

 自動車産業は、部品点数が2万個にも上る機械産業の頂点とも一時言われ、80年代になって日本製自動車が世界を席巻すると、もはや日本の工業力は世界のどこにも対抗馬が無くなり、Japan as Number Oneという形勢には、不安要素がゼロのように感じられたものだ。しかるに、日本国は、その輸出の巨大な比率を米国に依存するという、不安定な要素を抱えていたし、国内の賃金を徐々に引き上げて、モノ作り産業における「低賃金」という有利な条件を、自ら徐々に放棄していくということも経験した。

 家電産業分野は、やがて、電子産業と名前を変え、更にはIT化という、米国シリコンバレー発の「技術革命」の波の中で、むしろ米国と、その後は台湾、韓国、中国、北欧などにコンピュータ、半導体、携帯電話などの主導権を奪われ、予期せぬ技術戦略的、市場・投資戦略的な敗北を重ねてしまった。

IT革命と、自動車技術の発展が、ある意味停滞期に入ったことも、技術革新の最先端を歩むことで市場を独占支配するという、日本の工業立国戦略を脆弱化し、むしろ、工業は本質的には、汗をかく重労働=Sweat Labor=の対価=賃金の安い国が有利だ、という側面を再び想起させることとなった。すなわち、台湾、韓国が日本より優位に立ち、更には中国、東南アジアにモノ作りの拠点が奪われる結果となった。モノ作りは、汗かき産業であり、汗をかく労働に相応しい若い労働力が、豊富に存在し、低賃金で調達可能な方が、優位に立ちうるのである。

 もちろん、日本が体験しつつ生み出した理論:工場は、臨海工業地帯が有利だ(そのまま完成品を近くの港湾から輸出できるから、輸送費が節約できるし、原材料の輸入に際しても、臨海工業地帯は、運賃の面で有利)とか、労働力を規律正しく、コストを安く活用するための、労務管理システムとか、原材料をジャストインタイムに工場に届けるシステムとか:は、中国、東南アジアの諸企業といった、新しい汗かき産業の担い手によって、模倣され、継承されている。ということは、これらの理論は、いつの間にか新興国側にも周知のノウハウとなってしまって、日本のみを有利にする要素ではなくなったのだ!

3.汗の対価の蓄積=資産
 モノ作り産業の技術進歩が停滞期にはいると、結局汗をかく産業という側面が再び露わとなり、汗のコストが安い国が優位に立つ、という小生の今回の試論は、何もモノ作り産業衰退という、最近の趨勢を嘆くためにのみ、ここに新たに提唱しているわけではない。

 長年の高度成長期(60−−70年代)を経て、世界に冠たる栄華を謳歌したはずの日本国で、何故、今日巨大な国債の山という、廃墟のような景色が国民の間に意識されるばかりで、むしろ蓄積された国内の膨大なインフラ資産とか、未だに必ずしも完全に衰退し、廃墟とは化していない膨大な工場群とか(最近盛んらしい工場見学ツアーとかは、過去に形勢された資産を懐かしむためのツアーなのか?)、80年代以降に手に入れた優雅な自宅とか(特に地方都市などの、土地の価格が相対的に安い地域では、豪邸が目立つ)、毎日の食卓に上る美味なる食品、という、現在の栄華に満足しようとしないのであろうか?

 要するに、GDPのほぼ200%という、余りにも膨大な国債の山(というマスコミのミスリーディングな報道ぶり)は、それなりに国民を借金漬け、という負の側面にのみ注目させる結果となっており、その故に、この借金の山を築いた自民党には人気が集まらず、実際には更に無駄遣いを加速させている、無責任集団の民主党が、相変わらず自民党より人気が高いという、不思議な現象を招いている。

 小生が指摘したいのは、結局、高度成長期の我々の汗は、国内に舗装道路を張り巡らせ、治水治山のインフラも整備し、膨大な資産を形成したが、それなりに将来、少なくとも金利部分は支払っていかねばならないほどの、膨大な負債の山も築いた、ということ。他方で、世界標準の計算の仕方では、日本国家の借金=純債務は、900兆円マイナス金融資産分の約500兆円=400兆円程度で、GDPを約500兆円とすると、日本の純債務は80%程度と、ほぼ欧米諸国と同規模の債務残高でしかなく、決して悲観するほどではない、という考え方もあるということ。
 もっとも小生は、国債の累積を気にしないという、一部の脳天気な経済学者に与するつもりは毛頭無く、やはり国債依存度はどんどん低めに誘導すべきだし、この故に、増税という道筋もやむをえないと考えている。

 他方で、小生が強く強く強調したいのは、団塊世代のかいた汗の価値を無視して、単に後の世代にツケを回した、借金の山をこしらえた、という議論ではいけないと言うこと。舗装道路も、ダムも、工場群も、やはり貴重な財産、資産であり、今これらは日本経済に役立っているのだ。例えば最近の産経紙では、ロシアの国道、その他の道路が、穴ぼこだらけで、舗装がボロボロに崩れ、この故にロシア国内のトラック輸送は、時間的に滅茶苦茶にのろいし、燃費もかかる、自動車の損耗も激しい、など、経済面で大きな負の側面になっているという。同じようなインフラ整備の遅れによる経済的損失は、新興国、後進国においても、極めて大きな問題だ。これに比べれば、インフラ投資の面で、不要な空港を作りすぎたとか、田舎の漁港建設に金を使いすぎたとか、田舎の人口の少ないところにまで、立派な舗装道路は不要だったとか、公共工事への過剰投資部分への批判ばかりが目につく。もちろん、そういう「失政」部分は反省すべきだが、膨大な資産、経済への貢献部分も見逃してはならないはずだ。

4.汗の対価が金融資産として、どう計算されるべきか? 
  まず日本の団塊世代が活躍した60−−70年代の約20年間の、「低賃金労働」時代の貢献ぶりを、全く架空だが、一種の金銭計算として、模擬的に考えてみたら面白いのではないか?という発想で、計算してみよう。

 当時の欧米の平均労賃が、恐らく時間当たり10米ドルとして、他方我々の労賃は、2米ドルとしよう(1米ドル=360円〜240円の時代だから、決してそう低い労賃として設定しているわけではない)。そうすると、日本の労賃は、欧米の1/5程度の低い賃金となる。この賃金較差で、輸出が大いに有利となり、日本に巨額の輸出代金が流入し、国富が増大したのだ。
 つまり、10−2=8ドル分が、それも数百万人分の労賃較差収入として、日本国の国富に貢献したこととなる。その上、我々は時間外労働も負担したから、単に8時間分の較差ではなく、一人当たりでも、日々8ドルx10時間=80ドルもの差額を築き上げてきたのではないか?輸出関連労働人口が5百万人と仮定すると、年間日本国では、80ドルx250日x5百万人=1千億ドルとなる。1千億ドルという数字は、1米ドル=250円平均と考えると、年間25兆円が、我々の汗かき貢献の対価として、日本国の国富が増大された、と言う風に計算できるのでは無かろうか?
  要するにこの数字は、実際にはそのままの数字で国庫収入となったわけでも何でもないであろうが、自国通貨のレートが低い時代において、いかに多額の「比較優位収入」が、国家として計上し得たか、というカラクリを示す意味では、有効な計算と思われる。(低賃金で重労働はお気の毒と見る人もいれば、他国の低賃金の故に、自国の「汗をかける職場が奪われて、けしからん」との見方もあり得るのだが。)

5.米中の金融覇権闘争
 上記のように考えてみれば、今日中国の平均賃金が、未だに日本人の1/20とかの低水準といわれるから、いかに多くの比較優位収入が中国国内にもたらされ、それが結局は、中国の外貨資産、国家外貨準備となって、世界中から資源を買いあさり、或いは米国債を買い取り、日本国債も買い集めたり、ユーロ建ての欧州各国の国債も買い占めたりして、世界の金融に対しても、支配し、ゆさぶるための金融資産となっているのである。

 「汗かき経済学理論」は、これまで、小生も、どの経済書を見ても書いてなかった気がするので、昨日ふとこういうことを考えてみたら、と思いついた時は、凄い発見だと思ったものだ。しかし、小生は、きちんとした経済学者でもなく、細かい論証とか、そういうことは出来ないので、大雑把になんとか計算してやろうと、無理矢理上記のような計算をしてみたのだ。きちんとした経済理論ではないことは承知の上。しかし、こういう発想はやはりおもしろ。
 
 低賃金労働と、為替を人為的に安く抑制することで、中国がどうやら、とんでもないほど巨額の国家収入・利得を得られるということに気付き、現在この積み上がった外貨を使っての新手法で、世界制覇の道を推進しようとしているのでは無かろうか?そして、米国は、日本をバブル崩壊で叩いたときのように、新しい金融詐術で、中国に罠を仕掛けようと、虎視眈々と狙っている・・・・これが小生が、従来から想定している国際情勢の構図である(昨年12月にこのブログで紹介した、『ドルと米国は復活する?』(http://79909040.at.webry.info/200912/article_2.html)という記事参照)。世界の金融世界における覇権戦争を、中国側の資金の根源を推測する手法としても、「汗かき経済学理論」は、面白い視点であると思う。

 それにしても、元来モノ作りに関心が深い日本国民としては、「汗かき職場」の更なる消失と、それに反比例するような中国の巨大化に、益々不安を覚えてしまうのだ。しかし、汗かきの分野が、工場労働から、サービス分野へと転換していくのも、先進国としての宿命でもある。宅配便の配達で汗をかくのと、EMS企業の工場で組み立て流れ作業のコンベアーの速度に追われながら、一日中緊張と汗を積み重ねるのと、どちらも汗かき現場には違いはない。もっとも、今回の試論では、輸出産業関連の汗こそが、国富・外貨の原資であるから、これを重視して国際競争力を考えてみる、という手法を提唱したのだ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「汗かき経済学」興味深く読ませて頂きました。そういう視点で考えると、また違った見方ができますね。

日本人で今一番お金を持っているのは、老人世代だと聞きます(もちろん格差はありますが)。でも使わない。企業の内部留保も結構あるとか。表に出てこない資産が眠っているようです。消費を控えるのは、将来への不安感からか、孫子の為なのでしょうか。不安ばかりを煽るマスコミや経済評論家の影響も大きいと思いますが、やはり安定した雇用が確保されることで、将来の不安が解消され、市場に出回るお金が増えるのでしょう。民主党は「雇用対策」とスローガンは出していますが、具体的政策に欠けるので、旗を振る割りには、国民は冷めた目で見ていると思います。日本人はお金を得る為にだけでなく、働くこと自体に喜びを感じると思います。「働いたら負けかな」などという考えには唖然としますが、人としてどうなのでしょう。

「減税すべき」「いや増税すべき」と、いろいろな意見がありますが、どちらにしても、希望を感じさせる政策がきちんと説明されて為されるべきで、要は「お金を活かす」ということを納得させられるか、心理的な面をフォローすることも大切なように思います。
(実際の対策については、正直難しくてわかりません。中途半端なコメントで申し訳ありませんでした)
ハハサウルス
2010/10/08 23:24
ハハサウルス様、
 小生の試みた計算からは、もちろん労賃が安いアフリカなどの場合、すぐ生産拠点として、輸出基地として、台頭できるかは怪しいけど、ある程度波に乗って民族資本、技術者なども十分存在する新興国では、輸出による外貨獲得で、国富を急激に増大できるらしい、と推測できます。
 他方で、労賃の安い新興国との競争では、先進国の比較不利が明白で、政府の景気対策などは、ほぼ無意味かも知れません。
 むしろ今の日本は、円高を利用して、外国に投資するしかしょうがない(昔の英国のように)ように見えます。為替介入も、EU、米国が自分たちの通貨安を望んでいるから協調してくれないので、成果は短期的です。もっとも、せっかく円高だから、安いユーロとか、ドルを少し買いだめしておく、貯金しておく、と言う感覚なら、損は少ないというか。
 もちろん、これらはマクロの話で、ミクロの世界では、日本人職人芸の伝統工芸品とか、繊維製品でも他国にない技術とか、まだまだ日本での物作りが全て衰頽するというわけでもない。しかし、徐々に衰頽していくプロセスは避けがたい。所得格差は、いずれにせよ、徐々に平準化されるのが人類全体の公益だろうし。
室長
2010/10/09 08:59

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