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zoom RSS 大東亜戦争に関する新常識!?その一

<<   作成日時 : 2011/05/11 13:37   >>

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東日本大震災の影響で、上下水管破断の不便から逃れるため、小生は3月半ばから、4月下旬頃まで、実質的には田舎で疎開生活をしていた。その間、ネット環境とは切断されたため、読書三昧という、逆にすばらしい環境を得ていた。
 その、乱読というか、買ったのに積んどくだけ、という憂き身にあっていたかわいそうな本を読みまくった中で、まず第一に読み終えたのが、今日ご紹介しようと思う別宮暖朗(だんろう)氏の『大東亜戦争の謎を解く---第二次大戦の基礎知識・常識』(2006年5月、光人社発行)という書物だ。
 この本の場合は、別宮氏と共に、軍学者の兵藤二十八(にそはち)が著者に名を連ねている。対談ではなく、原稿を交互に行き来させる形で、両名が知恵を出し合ったようだ。もちろん、別宮氏の他に、軍事専門家の兵藤氏が筆を加えることで、間違いも減り、より信用のおける書物となっているように思う。ネット世界の中には、別宮氏の所説に対し疑問を呈する人々も多いので、このような共著スタイルとなったのかもしれない。
 いずれにせよ、以前ご紹介した別宮著書(http://79909040.at.webry.info/201006/article_5.html)同様に、どの頁を読んでも、これまでの史書の常識を突き崩してくれる斬新な新説ばかりで、「基礎知識・常識」という副題を掲げていることは、何かのジョークにしか思えない内容である。
 どの頁を読んでも、面白すぎる新しい発見、新説に充ち満ちていて、目がくらむほどなのだが、少しだけ小生が特に気に入った部分を紹介させていただく。
                   
1.ヒトラーの「国家社会主義」では、資本家を上手く利用したが、帝国陸軍統制派の「国家総動員」という名目の、隠れ社会主義は、官僚統制経済の弱点をさらけ出したダメ手法で、日本経済から投資(エンジン)、成長を奪ってしまった
(1)ヒトラー施策は大成功(p48) 
  別宮氏によると、ヒトラーは、企業国有化について質問された際に、「もし企業家がこれは出来ないと言えば、私は国有化すると言うだろう。それでは出来ると言えばどうか?国有化などするはずがない!」と応答したらしい。ヒトラーは資本家の価値をよく知っていたのだ。

 ヒトラーは、軍の正面装備調達と公共事業を増大させ(しかも均衡予算の中で、内需拡大政策を採った)、それらの発注は専ら「政府の指し値で契約」することで、企業にも努力と負担を強いたほか、企業には新規雇用を勧奨し、さらには各種学校を設立したり、男女ともに教育年限を長期化するなどで、国内の失業をあっという間に解消した。
 また、ヒトラーの推進した公共事業は、高速道路(アウトバーン)建設ばかりではなく、緑化事業、環境整備事業など極めて先進的政策を含んだ。労働者が低価格で海外旅行できる保養制度、青少年向けの旅館建設、などの福祉事業も多く実現され、大衆に歓迎された、という。
 要するに、ヒトラーは、非国有化政策を維持しながら、社会主義的積極財政で、経済的な成功を導き、ドイツ国家を再生したのだ。

(2)日本陸軍は、大失敗(p71)
  陸大を優等で卒業した永田鉄山らの統制派は、ヒトラー時代初期の経済政策の成功を見て、これを真似しようとした。国家総動員法を1938年に制定するなど、企画院の革新官僚達と陸軍統制派が結託して、君主制のままに、日本国を国家計画経済体制の社会主義国家とすることが狙いだった、という。また、「資本と経営の分離」という理論で、企業経営者の手足を縛り上げた・・・すなわち、借入、販売、仕入などに関する経営者の自主性を奪った。また、役人が天下りして、社長職に就き、株主の権利を奪った、という。

 この結果、それまで破竹の勢いで伸びていた日本経済は、官僚統制が開始された(法制化は、上記の通り1938年だが、それ以前から統制経済化は実行されはじめたという)1935年頃から停滞してしまい、1936年からは国民一人当たりGDPの低下が始まり、これは戦後の1956年まで復調しなかったのだ、という。要するに、1956年ドッジ・ラインで経済自由化が実行されるまで、日本経済は成長率ゼロの、「失われた20年間」を経験していたという。
 別宮氏によれば、この20年間の中で、空爆などで国内経済が悪影響を受けたのは、1944年末〜1945年夏までの半年だけであり、結局成長率ゼロの情けない経済をもたらしたのは、稚拙な官僚統制経済システムだったからだという!!??

 別宮理論では、統制経済では、「物動」が中心視され、原材料や中間製品を企画院が割り当てた。これをやられると、「設備投資」は不可能で、総動員法の本来の目的である軍事生産の強化も、結局は何ら進展できなかった、という。官僚は、配給は出来ても、投資は出来ないのだ、という。

(3)小生流の付加説明
(ア)モノの流れまで、細かく指令しても、経済は動かない
  小生の意見では、実は、モノの統制という手法=計画経済の最大の弱点は、小生の見たブルガリア経済、COMECON経済の実例では、経営者・企業側のインセンチブ(金儲けのために頑張るという気持ち)をちっとも刺激しないと言うこと、消費者の満足があり得ない、ということ。

 モノの段階で、ほぼ全てを指令されると、例えば原材料は、どこのどの企業から仕入れ、その価格はいくらで、自分の工場ではどういう製品を作り、卸売企業への納品価格はいくら、というように、モノの流れから、価格の全てまでを中央官庁(国家計画委員会=俗称ゴスプラン)から命令されるので、本当は、実に全てがスムースに流れ、企業経営者は気楽な商売、と言う風に見える。ところが、実際には、全てが穴ぼこだらけで、上手く行かない方が普通だった。経営者達は、実情を知らない官僚達からの指令に、毎日激怒しつつ、何とか自分の頸が繋がるように、最低限のつじつま合わせに奔走するしかなかったのである。

 まず、原材料・中間製品生産企業が、計画数値を満たさず、また納品期日も全く守らない(実は守れないという客観条件が存在する場合がほとんどだ)から、工場の稼働は、原材料の多くが納品される月末に集中せざるを得ない(月初には、工場は電源を入れるが、電力を無駄遣いするだけで、本当は誰も働いていない)。月末に駆け込み生産を行い、何とか生産指令の数値を充足しようとするのだ(月末には、工場の電力需要が、更に膨れあがるから、電力不足となるが、国家は住宅街を停電としても、工場電力は何とか供給しようとと努力する)。

(イ)タルカーチ頼りの企業
  ところが、原材料納品企業は、1社ではなく、数社に上ることが少なくない。どうしても、月末まで待っても、届かない部品などがあれば、工場側の月末駆け込み生産の空騒ぎも、虚しい空振りとなる。要するに、一つの部品が欠けた、「しがかり品」の山が出来るだけなのだ。最終製品には成らないから、結局次の月に、欠けている部品の納品があるまで待つしかない。
 或いは、相手側企業に、「督促人」*を派遣し、袖の下まで支払って、何とか早く部品供給をお願いしなければならない。或いは、闇の世界からでも、必要なモノは、調達しないと行けない。つまり、計画を達成しない、ダメ企業ほど、袖の下という恩恵を享受するという、全くおかしな経済となるのだ。また、計画に違反して、闇市場に売れ筋の部品とか、中間製品を流す企業経営者も、闇所得で潤う。
   (注:*督促人=tolkach:タルカーチ、ロシア語。企業・工場のために、不足する原料、中間製品、などを、相手企業と交渉して(突っつくという意味の、tolkat’が語源)、或いは何とか闇市場で調達してくる便利屋、後押し屋のこと。このような用語が、ロシア語で存在していたと言うことは、計画経済では、そのようなことが頻繁に起きると言うことなのだ。)

 また、全ての企業について言えることは、品質が悪くとも、悪徳企業経営者に袖の下を支払ってでも、ゴスプランの指令通りの数値に近い成績を上げることが、経営者の評価基準であるから、色々な裏技を使ってでも、数量だけは達成する、ということが経営者の才覚となり、良質で、消費者が喜ぶ製品、などという視点は、限りなくゼロに近くなる、ということ!
 つまり、社会主義国では、例え国家の年次統計で、生産が増大し、経済が上手くいっているように見えても、相当な原材料、中間製品、燃料が、無駄遣いばかりされていて、実際の民生向上とか、国家の収入という面では、本来の効果が少ないことすら、あり得るのだ。

(ウ)トヨタは、夢の世界
  また、トヨタ式の「看板方式」=Just in time納品制度などは、モノ不足、競争不足の社会主義圏では、夢の夢であるということ。工場の隅っこには、「しがかり品」、或いは、結局最終製品にまで完成しなかった廃棄品、あまりに低品質で、さすがに卸売業者に突き返された売れない製品、などが山積みされているのだ。
 そもそも社会主義圏の国では、トラックなどの運搬機械すら何時も不足していて、「自分の工場には普段から部品を貯め込んでおかない、納品企業側が、自分のトラックで部品をJust in timeに納品せよ」、などという殿様経営だと、どの部品も納品されず、瞬く間にこの工場は操業不可能となるだろう。Just in time納品制度は、モノの供給側に余力があり、かつ納品競争があるからこそ可能となる、日本の下請け制度によってのみ可能なシステムといえる。

(エ)汚い、暑い、しんどい工場現場 
  食品企業などでは、農場で取れるトマトなどの収穫時期は、ある1週間などに集中するが、瓶詰めの瓶がそれまでに揃わないとか、農場の収穫現場で、トマトを入れる木製の箱が足らないとかで、工場に運び込まれる頃には、或いは瓶に入れるまでに、工場内で時間が無駄遣いされる間に、トマトまたは中間加工品がすっかりくたびれて、一部が腐敗していたりする。腐敗トマト、腐敗中間加工品を捨てる場所を探す暇もないから、工場の周囲には、廃棄トマト、廃棄中間加工品が溢れ、放棄されていて、異臭を放つ。工場内では、トマトを熱処理して殺菌し、瓶詰めにする工程で、熱気が激しいから、夏期で気温そのものが暑い上に、工場内は、殺人的暑さになるから、労働者は、来年は他の職場を探し、この工場からは速く逃げようと、毎日そのことしか考えない・・・。

(オ)ソ連式社会主義ほどの大失敗は、ドイツ、日本では聞かない 
  別宮氏は、満鉄が大規模に展開した、各種の子会社、生産系企業なども、結局は「親方満鉄」の放漫経営で、満鉄の鉄道収入から穴埋めして貰っていて、結局満鉄グループ全体としても、一度も黒字経営となら無かったといい、官民合同資本の企業ですら、結局官僚統制経済の支配下にあった諸企業は、適切な投資などにおいて失敗し、経営面で評価できない、という。

  しかし、上記のようなソ連式「計画経済」の欠陥ぶりを、いっぱい研究してきた小生の感覚では、ナチス・ドイツの混合経済の成功ぶりはもちろん、日本の革新官僚達の失政と言っても、失敗の程度はさほど深刻には思えない。大部分の重要企業に関しては、経営を資本家側から全て奪ったわけでもないようだし、戦時中の日本人が、皆ひもじい思いをしていたわけでもないし、それなりに、ブルガリア、ソ連、ルーマニア、北朝鮮などほどの、欠陥経済を経験していたとは言えないだろう、と思う。国有企業しか存在しない、ソ連式経済とは違い、混合経済なら、それなりに、少しはモノの供給体制、流通に余裕があり得るから、上記に示したほどのバカげた混乱はあり得ないのだ。

 さて、この書物には、他にも紹介したい部分がいっぱいあるので、今後も更に、続編を書きたいと思う。今日は、ここで少し息切れとなってしまった。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
「災い転じて福となす」という諺がありますが、震災での疎開生活のため、読書三昧が出来たとは結構なことでした。仙台の私行きつけの図書館は未だ閉館中、古本チェーン店も閉鎖していることが多いので、私も家にある本を読んでいます。

 今回紹介された本も目からウロコのお話満載のようですね。ヒトラーの公共事業でアウトバーン建設は有名ですが、それ以外にも目を見張る積極的経済政策がとられていた。ヒトラーユーゲントも娯楽の乏しい田舎の若者には、文化的なサークルとして歓迎されたそうです。単に反ユダヤ主義を掲げていただけでは、あれほどの支持は得られなかったはず。

 対照的に日本では官僚統制経済で閉塞してしまい、成長率ゼロの、「失われた20年間」を経験していたとは…何やら平成のご時世と極めて似ていますね。何でもお上頼りにする日本人の欠点が招いた結果でしょうか。
mugi
2011/05/12 21:58
mugiさん、コメントありがとうございます。
 陸軍が統制経済政策を主導し、実質的な「隠れ社会主義をやっていた。或いは、戦後も、傾斜生産方式とか、通産省主導で、戦前と同じように、一種の官僚統制経済を継続してきた、だから、日本は隠れ社会主義国家だと、よく言われていました。
 しかし、とはいえ、官僚が指令を発するけども、企業は私企業だし、個人商店とか中小企業のような、資本主義の部分もあるから、ソ連式の社会主義に比べればよほどましで、タルカーチとか、闇経済への物資の横流しとかの部分は、あまり聞かないし、消費物資、家電製品、などの民生品も品質がよいし、全く別の経済と思う。
 また、日本の官僚が、戦後もかなり戦前、戦時中の統制時代の手法を継続していたとはいえ、やはり戦後は米国式の自由化とか、財閥解体とか、農地解放とかの施策もあり、より競争主義的な、良い資本主義になったとは思う。
室長
2011/05/12 23:25
とはいえ、戦前、戦時中には、やはり軍の意向を笠に、商工省、企画院などの革新官僚達が、大企業の、特に重工業企業に対し、役人の天下りとか、時には社長の派遣とかまでして、企業の経営権に干渉し、自由な投資を妨害し、よって、軍隊にとって本当は一番大切なはずの鉄鋼生産なども、全くのゼロ成長で、生産力が伸びなかった、経済全体としても、20年にわたり、ゼロ成長の泥沼に陥っていた、という話しですから、驚きます。道理で、お寺の鐘を鋳つぶし、家庭のフライパンとか鍋までも供出させたにもかかわらず、まともな兵器の増産にも失敗して、じり貧になり、戦争に負けました。
 アメリカの場合は、生産過剰のため、一時閉鎖していた製鉄所を再稼働するなどして、第二次大戦中に鉄鋼生産を大増産しているし、戦闘機、空母なども、どしどし増やしていたそうで、まあ日本が原材料基盤の面で乏しい国であったにしても、本当に適切な投資で、生産力を強化できなかったと言うことらしい。そして、その元凶が、やはり「社会主義だったからだ」と別宮氏に指摘されると、小生としてはやはり社会主義では企業側にインセンチブが働かない、と納得できます。
室長
2011/05/12 23:27

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