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zoom RSS シルヴィー・ヴァルタン(Silvie Vartan)の思い出

<<   作成日時 : 2011/06/01 11:30   >>

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 偶々、小生が貯め込んだ過去ファイルの一つを読んでいたら、09年10月16日付のSofia Echoというネット英字紙に掲載されたシルヴィー・ヴァルタン(Silvie Vartan)に関する記事のコピーが見付かった。10月28日にソフィア市NDK(国立文化宮殿)でSilvieがコンサートをするという予告記事だ。彼女が8歳で亡命した母国ブルガリアに、共産政権終了後、色々慈善活動で援助していることは知っていたが、この記事には、父親がアルメニア系のブル人と書かれているのだ。その点を小生は、この記事で知ったはずなのに、記憶からすっかり消えていた。そこでこのことを再発見した今、少し、彼女について書きたくなったのだ。

1.アルメニア系ブルガリア人家系
  Silvie Vartanは、仏人ロック歌手の先駆けの一人であるが、日本ではフレンチ・ポップ歌手として認識されているようだ。wikiにも、膨大な情報が書かれているので、参照願いたい:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3
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  小生がまだブル語を勉強しはじめた頃(1968年頃)、どういう訳か、普段禁止のはずの西欧映画、仏映画の「アイドルを探せ」(1964年製作)が、ソフィアの映画館で上映されていて、シルヴィー・ヴァルタンの若々しい姿を、そして、陽気で軽快なこの「アイドルを探せ」という、日本でもすっかり有名だった音楽(主題歌)を聴くことも出来た。その理由として、ブル人学友らは、「彼女は、ブル人だから特別なのさ。もっとも、マケドニア系ブル人との噂もあるよ」と言っていた。

  そういうわけで小生も、マケドニア系ブル人と認識していたのだが、今回wikiで調べてみると、実は父親はアルメニア系ブル人(とはいえ、仏国籍を有していた)、母親はソフィアに住んでいたハンガリー人だという。どうりで、このwikiに併記されているブル語では、Silvi Vartanyan というアルメニア風の姓となっている。

  もっとも、彼女自身何度も、出生時から姓はVartanであり、Vartanyanではないと否定している由。何れにせよ、祖父、父双方ともが、元来仏国籍を有していたらしい。父親は、在ブル仏大使館のプレス担当であったという。仏国籍で、仏大使館勤務だったのに、共産党政権下のブルから家族で査証申請して、仏国に亡命できるまでに、数年間を要した(しかも、祖父母は、結局査証を許可されず、ソフィアに残されたという。祖父も仏国籍を有していたのだが)と言うから、ブル社会主義政権も、結構うるさかったのだ。恐らく、祖父、父親、双方とも、仏国籍とブル国籍の二重国籍者だったのであろうし、父親は仏大使館勤務でも外交官身分はない、現地職員だったと思われる(外交官なら、ブル当局から査証など貰わなくとも、家族共々悠々と出国できるはずだ)。それに、元来が、アルメニア系だから、祖父または曾祖父は恐らくトルコから移民してきた世代であろう。

2.未だにブル語をキープしている  
  Silvie Vartanの出生は、ソフィア市近郊(北方)のソフィア県Svoge郡Iskrets村にて、1944年8月15日という。丁度小生よりほぼ1歳年上と言うことになる。そして、彼女が8歳の1952年に仏のパリへと移住できたという。とはいえ、幼少時を送ったブルガリアの記憶は彼女にとって貴重らしく、今も、仏語、スペイン語、英語、イタリア語、ブルガリア語の5カ国語に堪能であるという。
                                         
 ちなみに、オスマン帝国により、或いはアタチュルク政権にも迫害されて、各国に亡命を余儀なくされたアルメニア人達にとって、現在は仏国に安住しているとはいえ、最初に亡命者として、寛大に受け容れてくれたブルガリアなどの国家は、恩のある存在で、Silvieが共産政権瓦解後のブルガリアに対し、慈善事業(Association of Silvie Vartan for Bulgaria)を立ち上げ、ブルの恵まれない孤児などに支援をしているのも、そういったアルメニア系市民としての心情を代弁しているのだろう。
                                                           
3.ハスキー・ボイス 
  今のIT革命のおかげで、Silvie Vartanの過去の映像、楽曲なども、グーグルで検索するだけで、結構簡単に出てくる。
 小生の記憶では、1965年頃、日本の深夜ラジオなどでは、アイドルを探せと言う曲は、しょっちゅう流れていて、全く意味不明な仏語ながら、彼女の甘い、少しハスキーな、軽快な歌声は、日本で大学生だった小生の耳にも心地よく響いたものだ。

  そういえば、この頃フランス歌謡は意外に日本で、世界で人気があった(たぶん、ベトナム戦争への批判精神から、反米感情が強かったからと思う)。フランス・ギャル(France Gall)という、舌っ足らずの仏人女性歌手も、毎晩日本のラジオで歌声が流れるアイドルの一人で、Silvie Vartanと人気を分かっていた。このギャルのレコード(1965年製作)を、小生はどこで何時買ったか、よく分からないが(恐らく80年代に購入)、未だに手元に置いている。

  ところで、映画主題歌となった「La plus belle pour aller danser」(邦題は映画タイトルと同じ「アイドルを探せ」)はwikiによれば、エレガントなハスキー・ヴォイスと美貌で彼女を一躍世界的スターとならしめた由。しかるに、日本でも大ヒットした本作のフランス語原題は、正しく翻訳すれば、「踊りに行く一番の美人」という意味である由。 
  この点が小生にとっても不思議なところで、実はブルで上映されたときのブル語の映画題名も「Tqrsete idola(タルセーテ・イドラ)」で、日本語題名の「アイドルを探せ」と全く同じなのだ。恐らくは、歌詞の中で、「アイドルを探せ」という言葉が出てきているのだろう。小生仏語は全く分からないのだが、danserなどは、踊りを意味するはずで、「踊りに行く一番の美人」というのが、正しい訳だ、と言うことは理解できる気がする。

   ちなみに、あるブル語紙に掲載された彼女のプロフィルは次の通り:
     Silvi Vartanシルビー・バルタン=歌手、資産:3百万Lv(150万ユーロ)以上。
 「ブ」出身の仏歌手。60年代の世界的歌手。過去のヒット曲アルバムの売り上げ、コンサートなどで未だに稼いでいる。元夫(離婚)は有名仏ロック歌手のJohn Holiday。
  近年彼女は、「ブ」国内で慈善事業を活発に展開。自分の名前を冠した協会を通じて、「ブ」国内孤児院、保健機関などに人道援助を提供。
 

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
 シルヴィー・ヴァルタンならフレンチ・ポップ歌手として名前だけは知っていましたが、何とアルメニア系ブルガリア人家系だったのですか!
そして「アイドルを探せ」のフランス語原題は、「踊りに行く一番の美人」の意味だったとは。これでは直訳よりも意訳で紹介する
ほうが受けたでしょう。

 日本の文化人のフランス好きは反米感情も手伝っているようですね。確かに英米に対抗する欧州の大国はフランスくらいだし、食事やファッションの地として憧憬もあるのでしょう。英米も文化面ではフランスにコンプレックスを抱いているような。
mugi
2011/06/03 21:29
 Silvie Vartanをご存じでしたか。我々60年代に学生時代を送った世代には、深夜ラジオのアイドルとして、France Gall、およびイタリアのジリオラ・チンクエッティ(カンツォーネ歌手)とともに、しょっちゅうリクエスト曲が流されたのです。
 60年代半ばの、世界の流行が、仏、伊の歌謡曲だったのは、恐らくベトナム戦争への反発、反米感情故です。大学は、そもそも左翼がうようよしていて、共産党系ではない、新左翼が非合法活動の先頭を走っていました。
 そういう時代のヒロインの一人で、数少ない国際的に有名なブル人のSilvieが、アルメニア系だった、ということを、今更「再発見」するとは、不思議なものです。
 そういえば、英米系食事が不味いとか、豪州の食事が不味い、などという、アングロサクソンはダサイという偏見も、元左翼系の人々が好んで流す偽情報の一つかも。
 日本人は、マック、ケンタッキー、コーラなどが好きだし、今では世界中がこれらをすいています。60年代左翼は、コーラには、米帝国主義の麻薬が含まれていて、洗脳される・・・などのデマまで流していた(ほぼ誰も信用しなかったけど)。
室長
2011/06/04 06:41
 ジリオラ・チンクエッティも知っています。彼女の「雨」など、私の中学時代の校内放送でよく流されました。既に'70年代でしたが、日本の地方ではまだ人気があったのやら。youtubeでも紹介されています。
http://www.youtube.com/watch?v=0WA9LIu4jiM

 英米の食事や文化への否定的な見解は、元左翼系の人々が好んで流す偽情報の一つなのでしょうか??ネットでもファーストフードは健康に悪い、マックやコーラには、米帝国主義の麻薬が含まれていると言う意見を見かけます。
 確かにマック、ケンタッキーは高カロリーで、食べ過ぎれば健康によくありませんし、出来ればスローフードの方が好ましい。ただ、スローフード礼賛者はフランスやイタリアの食文化を持ち上げる傾向がありますね。これも反米感情の表われ?
mugi
2011/06/04 21:47
元来、ファーストフードは、急ぎの時、或いはおやつに食べるもの。特に若者の食欲を、放課後などに、一気に満たすために適合しているというか。
スローフードとか、手間暇かけた、或いは伝統色の洗練された味には、ファーストフードはやはりかなわないのでしょう。しかし、多くの多民族が暮らす米国で、平均的に誰もが好きだという、そういう食文化を生み出した。
 米帝国主義の麻薬説は、当然お笑いですが、そういえば小生自身は、コーラ、マックとは縁が薄いです。もっとも暑い夏には、コーラがおいしいけど、マック食べるよりは、ピッツァの方がよい。
 とはいえ、小生の感じでは、英米の食事が不味いなどと、実態と異なる(アメリカでも、すばらしいレストランはいっぱいある。ただし、イタリアン、フレンチ、グリーク、ドイツ、中華、パキスタン、などの名前が付いているし、そういう各国料理の店以外で、アメリカ料理なら、ロブスター専門、ステーキ専門店などという感じで分かれている)。
室長
2011/06/05 09:05
1966年制作の「ウルトラマン」第2話に登場し、現在もでてくるバルタン星人はヴァルタンからとられたそうです。宇宙を放浪するところと彼女の出生とは似ていたのかもしれません。
madi
2011/06/19 12:17
madiさん、コメントありがとう。
 ウルトラマンの1966年製作版が「バルタン星人」で、当時有名だった仏人歌手ヴァルタンから命名していた・・・・まあ、日本の娯楽映画界は、結構いい加減な命名方法をしていたというか。
 それでも、不思議な縁で、ウルトラマンとブルガリアがつながったと考えれば、小生もそれなりに嬉しい気がする。フランスという国も、その文化も、ブルガリアだとか、アルメニアとか、色々東欧系の要素も多く抱えているのも面白い。
 昔(1975年頃と思う)、ブルガリアの外務次官が来日して、その時に、東京タワーが、パリのエッフェル塔を抜いて当時としては「世界一高い塔」である、と説明したら、「世界一の塔はパリのエッフェル塔であって、日本の塔が世界一などとは聞いたこともない、ウソだ」と断言して信じようとしませんでした。共産主義者は何時もウソを言っているから、日本人も世間知らずに、ウソの宣伝など言っているという感覚らしかった。
 同行していたブルガリア大使館館員達(彼らはもちろん当時世界一が東京タワーと知っている)も、フランス語大好き外務次官の「確信」には戸惑っていたけど、さすがに、いなかっぺ丸出しで、東洋人が世界一を作れるはずなど無い、という、本国のえらいさんの「確信」を打ち砕くよりは、そっとほっとこう、と言う雰囲気で、小生も、呆れたけどほっときました。
 もっとも、こういう、唯我独尊というか、他人の言葉は信じない、自らが勉強したことしか信じない、と言う頑固者は、結構どこの国にもいますが。
 
室長
2011/06/19 14:24
(続)
話がそれましたが、小生にとってはバルタン星人というのも、全く知らない世界ですから、Silvie Vartan本人も、このことを聞けば、なぜ自分の名前が東洋の不思議な物語に、不思議な形で登場しているのか?と不思議に思うだろうなあ、東京タワーが世界一という話以上に、びっくりするだろうなあーーとも思います。

 Vartanの両親は、不自由な共産主義体制から、一家全体で抜け出すために、出国査証を共産党政権に認めさせるために、数年も苦労したのですが、しかし「宇宙放浪」とは、少し無関係な感じです。きちんとフランスという脱出先の目標があった。
  そもそも、Silvie Vartanは、我々日本人の大学生がラジオ音楽として聞いていた感じでは、シャンソンの上手な仏歌手ということで、小生もブルガリアに行ってから初めて、実はブルガリア系らしい、と知ったほど。しかも、元来が、アルメニア系・・・・こういうところが、バルカンの歴史を勉強して面白いところです。
室長
2011/06/19 14:29

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