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zoom RSS Sofi Marinovaの敗退:そんなに深刻に考えるな!

<<   作成日時 : 2012/06/03 12:05   >>

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  ブルガリアは、1989年末に共産主義体制を突き崩す「変革(Change)」という宮廷革命を実現し、1990年代以来これまで約20年強、経済、政治体制の自由化を経験してきた。2007年には、EU加盟も果たし、EUという組織を通じて、欧州先進諸国からの経済的支援も得てきた。米国は、NATOの枠組みで軍事面での防衛を保障し、それと引き替えに、色々と政治改革につき、米大使らが進言を繰り返してきた。

  おかげでブルガリアは、この20年間にある程度の経済成長と、生活水準の向上を果たしたが、人口は若者達の外国への移民増大もあり、社会主義時代の900万人弱から、今では700万人強(735万人ほど)と、国内人口は実質200万人弱も減少した。また、生活水準向上は必ずしも所得の平準化を意味せず、一人当たり平均賃金は約4万円にすぎない(注:別の数値では、平均月給は現地貨で月500--750Lv(1Lv=50円ほどという最新レートでは、2.5万円〜3.8万円)ほど)という。このような、EU加盟国の中でもルーマニアと最低を競う低い給与で、何とかつましく暮らしている、と言うのがブル人の平均像だ。

  我々日本との比較で言えば、ブルガリアという国は、1878年にオスマン帝国からいったん独立したものの、1944--89年まで45年間、再びソ連帝国の頸木の下に置かれ、本当の独立国ではなかったとも言えるので、たかが20年強の年月で、短期間に先進国水準の生活レベルに到達するのは、無理という気がしないでもない。だから、さほど強く「劣等感」などに悩まされる必要性もないのだが、実は国民心理としては、結構劣等感に犯されているらしい。もちろん、バルカン半島の諸民族は、表面は強気というか、いつも攻撃的な姿勢で、決して簡単には弱気とか、劣等感に苛まれている、という心情を漏らすことは少ない。日本人の方がよほど日頃から、謙虚で、弱気に見えるのだが、実はそう言う外見に囚われた見方にも、やはり問題があるのだろう。むしろ、内面的には、こっそりと、ブル人は劣等感に苛まれているらしいのだ。却って日本人の方が、表面弱気だが、実は本当は自信に満ちあふれている、と言う裏の国民心理も見えてくる。日本は、本当の先進国なのだから、当然でもあると思うが。

  さて、長々と前置きしたが、本題は、先日このブログで紹介した、ブルのロマ人歌手Sofi Marinova(http://79909040.at.webry.info/201203/article_1.html)のバクーにおける敗退と、それに関するブル人記者のコメントだ。上記のように、未だに経済的な繁栄の実感が薄く、生活水準向上につき十分な満足感を得ていない国民が、その劣等感、敗北感を「ロマ歌手の敗退で、ブルガリアは対外的に恥をさらした」という反応、罵声で示したことに、この記者は、「情けない。国民皆がこぞって支援し、楽しんで応援していけばよいのだ」、と苦言を呈している。まさに的を射た評価だ。  

★ブルガリアのEurovision大会における悲嘆:そんなに大げさに考えなくとも良い!
 (筆者:Milena Hristova、http://www.novinite.com/view_news.php?id=139792
   (小生注: 3月24日付Novinite.com紙報道で、ブルのジプシー歌手Sofi Marinovaのバクー市(アゼルバイジャン首都)での成績は振るわず、ファイナルステージへの進出に失敗したことが判明した。
  このファイナル出場さえ成し遂げられなかった惨めな「敗退」につき、元来が対ジプシー差別感情の根強い国内からは、またもや極端で、人種差別論的な非難の声が渦巻いたという。)


1.罵声には値しない
  なかには「ブルガリアが、自ら過ちを犯したのだ、だから対外的な辱めを受け、国の尊厳が汚されたのだ」とまで論評した人々も居た。今では、これらの初期の激烈な罵声は遠のいたが、冷静な批評をすべき時であろう。

  自分の見るところ、Sofiはまたもや、素晴らしい歌声を持つと言うことを証明した。前向きの性格、自信、そして自然な振る舞い、更にはクールな態度。他の歌手達は、少し音程が崩れていたが、Sofiはそうではなかった。確かに、歌は凡庸で、この選択は良くなかったし、時折耳障りなところもあった。衣装も、趣味が悪かった。また、舞台上で、たった一人で歌わせる、と言う演出も、まともとは言えない。

2.歌謡祭は、そもそもがさほど洗練された、上等なイベントでもない
  しかるに、実は、今次(第47回)Eurovision大会勝者であるスウェーデン人のLoreenについても、同じような評価が下せるはずだ。もう少しSofiよりは洗練されてはいたが。とはいえ、他の評論家のように、色々と両者を同じ平行線上に並べて、比較する気には、自分はなれない。比較することが、そもそも、やり過ぎという感じだ。スウェーデンは、音楽の輸出で、米国、英国に次いで世界第3位なので、一生懸命、国を挙げて、この大会に取り組んでいたのだ。

   しかし、ブル人は、この音楽祭としてのメリットが十分見出しにくい、Eurovision大会に、スウェーデン人ほどの熱意を注いだろうか??

   そもそも、父権主義的で、いかなる異端分子も弾圧するアゼルバイジャンという国で、この欧州の音楽祭が開催されたことが、悲劇的な環境と言えた。 Eurovision大会が、これまで存続してこられた理由の一つは、国家間の競争でもあるからだ。

3.ブル人は、なぜ応援しない?
   しかし、ブル人は、不思議な国民だ。
   「Eurovision大会:公式歴史」の著者John Kennedy O'Connorは、次のように言う:誰も手をこまぬいて、「本当にあれは酷い歌だ、へたくそな演技だった」などとは言えないのだ。それはまるで、「皆が自分を憎んでいる」というようなものだから。
   ところが、ブル人のみは、その「誰も、そんな風には言えないはずだ」と言うことを言うのだ。「酷い歌だ、演技も最悪だ」と。そして誰も、「皆が自分らを憎んでいる」などとは言わないのだ。

4.敗北に対する過剰警戒心、劣等感から解放されよう
   実は我々は、外国人の期待に応えられない、と言うことを認めるという勇気が全くないのだ。我々は、Sofi Marinovaの歌が、少し洗練されてはいないが、しかしブルの今の空気を反映した歌声なのだ、と言うことを認める勇気に欠けているのだ。
  次回には、ブル人大衆も、この大会参加へのブル人組織者達も、この大会を楽しいイベントとしてとらえ、まあ一種のジョークだなどと斜に構えないで欲しいものだ。ブル人達は、その劣等感を克服し、Eurovision大会は、日々自分たちが装飾に用いているスパンコール程度の賭け事にすぎないのだと、気楽に感じで、もっと色々ラジカルなスタイルとか、アイデアを試してみるべきだろう。Azis*などを出してみたらどうか?
   (注:*Azisとは、「おねえ」系の、極めて卑猥な歌を専門とする歌手。下卑たファッションと、極端なパーフォーマンスで有名歌手の仲間入りをした。Sofi Marinovaの場合は、ジプシー系歌手の中でも特に秀でた高音の魅力があるが、Azisでは、国際的にはやはりゲイ達の祭典で歌うくらいが関の山と思われる。筆者は、Azisの名前を出すことで、Sofiならよっぽどマシだったと臭わせたいらしい。)

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

 ブルのロマ系の女性歌手、歌謡祭で敗退したのですか。この音楽祭の開催地がバクーというのも不可解な印象を受けます。アゼルバイジャンについて私は事情は全く知りませんが、旧ソ連圏でもイランの隣国でした。wikiで見たら住民の多くはアゼリー人で、彼らは圧倒的にシーア派が多いとか。それでもイランよりもずっと世俗的のはず。

 ブル人の複雑な感情は分かりませんが、この出来事に対する世論は興味深いですね。Sofiがもしブル人ならば、これ程の騒ぎになったでしょうか?ふと、ドーピングで金メダルをはく奪されたカナダのベン・ジョンソンのことを思い出しました。彼が米国のカール・ルイスを破り優勝した時、時のカナダ首相自ら電話で祝福したのです。
 しかし、ドーピングが発覚するやカナダ人は彼をバッシング、ジャマイカに帰れ!のような罵倒もあったとか。サッカーのジダン(仏)が頭突きをした時も、かなり騒動となりました。先進国でもこの有様なら、ブルも少数民族問題で世論が沸騰するようですね。
mugi
2012/06/04 21:49
こんにちは、
 まあ、ジプシー歌手がブルの代表としてEurovision大会に出場できた、と言うことが、第1歩とでも考えるべきかも。
 敗北直後には、罵声が飛び交った、ということは、それなりに期待した市民も結構多かったというべきかも。結局、Chalgaという、ギリシャ的メロディーに依存する「バルカン」風味が強い音楽には、北部の欧州では、ファンが得られなかった・・・これも予測通りです。

 ともかく、小生は、自由化後の流行として流行った歌、歌謡曲がChalgaで、その担い手の一部が、必ずしも美人歌手のみではなく、ジプシーだったり、Azisのようなゲイであったり、Slaviのような禿頭(毛を完全に剃っている)のラッパーだったり、と、種々様々な歌手が出て居ることが興味深かった。

 一種の混乱を抜け出て、やはり才能のある歌手が定着していくのでしょう。その一部が、やはりジプシー歌手である可能性も大です。
 なお、Eurovision歌謡祭は、アゼルバイジャンのような旧ソ連、或いはイスラエルなども含む、より広い欧州文化圏を目指すようで、もちろんトルコも参加しています。トルコでは、なぜSofi Marinovaのように、自国語、トルコ語の歌で勝負しないのか?と言う論調もあった(英語歌詞だったので)そうです。だから、ブル人は、ブル文化で押し通して、この評論のように、より気楽に楽しんでいけばよいのです。負けても恥じるほど、崇高な文化戦争の場ではあり得ない。今回の次点:2位も、ロシアのある田舎の村から出てきたおばあちゃん達でした!・・・そういうアマチュアでも、電話、ネットなどで、支持が多ければ優勝できる、これがEurovision大会らしい。
室長
2012/06/06 15:56
こんばんは。

 何時も強気な自信家のイメージのあるバルカン民族ですが、実は劣等感に苛まれている??俗にいう「弱い犬ほどよく吠える」ですか。何やら朝鮮半島人を連想しました。偉そうにしているネット弁慶も、現実では孤独な敗者だったりするように。
 意外なのはブルにもAzisという「おねえ」系歌手がいたこと。この人はまさかムスリム?「おねえ」系歌手がブルでも活躍するとは、世界的にこの手のタレントが受ける時代でしょうか。

 ただ、日本人も米国アカデミー賞などにノミネートされると、とかく異常にはしゃぐ傾向があるし、欧米の賞への崇拝が強いはず。ここに明治以降の欧米コンプレックスを見る思いです。
 そして日本と好対照と思ったのは、ブルの若者が海外に移民すること。日本の若者は内向き傾向だし、日本はもうダメと言う若者ほど国内に籠っており、そんなブロガーも見かけました。もっとも移住したところで、どうなのやら。
mugi
2012/06/06 21:55
こんにちは、
 欧州の小国では、幾つかの外国語をしゃべれるというのは、普通の能力ですから、外国移民の心理的障壁は、日本人に比べて低い。
 最近も、英国が、夏のオリンピックを前に、ブル、ルーマニアから来て、路上乞食するジプシー達を、バスで本国へ送還する、と言う荒療治したし、フィンランドでも、同じく両国ジプシーの路上乞食が増え、治安が悪化しているとして、極右政党が路上乞食禁止法案を提出したとか。
 つまり、西欧諸国においては、ルーマニア、ブルからの「移民乞食」達に手を焼いている。他方、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどの農場では、ブルからの季節労働力への依存度は高い。イタリア、ギリシャの不妊夫婦は、ブル・ジプシーの妊婦(8ヶ月ほどで来訪、出産後赤子を引き渡したり、養子縁組したり)から赤子を買い取るマフィアに依存してもいる。
 もっとまともな、才能あるブルの若者は、今では全世界に向け出稼ぎに出る。日本も既に相互査証免除国ですから、コックとか、ウェーターなどの職場にまでブル人が東京に来ている。しかし、西欧の主要都市には、どこでも数千人規模のブル人移民労働者が居ます。肉体労働:建設業、清掃、農業などの他には、西欧の大学に留学し、そのまま知的労働者として残ったり。
 小生二女の元職場(英国ロンドンの百貨店内アクセサリー売り場)では、モルドバからの移民労働者が居ました。ポーランド、その他の東欧からの移民は、ブル以上に多い。ロンドンでは、ポーランド食品の店が普通にあるほど。
 最近の報道では、イングランド北部の田舎町で、波にさらわれた少女を人命救助したブル人青年が、自分は溺れて死亡したという。
 ブル人若者の留学先、移民先としては、英国が一番多く、8万人もいるらしい。結局現代のインターネット世代にとっては、英語国が一番身近な存在なのかもしれません。
 
室長
2012/06/07 11:29

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