ブルガリア研究室

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zoom RSS バルカン諸国の経済的忍耐力

<<   作成日時 : 2012/06/22 11:59   >>

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  バルカン半島諸国(ギリシャを除く)の内、EUへの加盟を果たし、EU域内への移民労働の自由を確保し、更には、EU資金からの援助を毎年投入されて、それなりに有利な地位を占めているのは、ブルガリアとルーマニアの2カ国のみだ。他の、いわゆる「西バルカン諸国」は、何れも、色々な外交的困難を抱えつつも、EUとの加盟交渉を継続している段階だ(もっとも、クロアチアは、既に加盟が決まっている:2013年7月加盟)。

  そして、最近の世界経済の不況は、自由化し、経済浮揚していこうとしているバルカン諸国の将来を厳しく脅かしている。
  このような状況下にあるバルカン諸国につき、最近英Economist誌は、同誌の関連シンクタンクであるEconomist Intelligence Unit(EIU)によるバルカン諸国経済に関する分析記事を掲載したところ、6月21日付Novinite.com紙記事を元に(http://www.novinite.com/view_news.php?id=140528)下記に要約して、ご紹介する。

  結論を先に言うと、「バルカン諸国の抱える後進性こそが、むしろ現状では、厳しい経済事情を緩和する緩衝材ともなっている」、と言う考察が、何となく最後の頼りという気がする。日本でも、昨年の東日本大震災から学んだ一番の教訓は、「家族」の大切さであったが、バルカン諸国では、「伝統的な大家族制」という「村社会的な部分」こそが、人々の福祉を支える最後の砦でもある、ということであろう。

1.バルカン諸国を覆う悲観主義的感覚
  コソボ、アルバニア両国は、国民の平均年齢が若く、この故、悲観主義の声が小さいが、他のバルカン諸国では、大部分の国民が悲観論で、現状を悲観視している。

  仕事、医療、教育、年金などに付き、何時も心配しているのだ。つまり、エスニック憎悪感情とか、喪失した(隣国により奪われた)と思う領土への思い以上に、これらの物質的な心配事が、彼らの心を占めているのだ。

2.生活水準改善、西欧、中欧との格差解消に悲観的
   多くの人々は、経済状態に関し、失望している。中欧、西欧諸国に比べて、何時も自分らの方が貧しいと自覚しているからだ。その上、彼らの経済がマシになるのも、中欧、西欧経済が好調なときであって、北、西の諸国の経済が不況に陥ると、バルカン諸国経済はもっと悪くなるからだ。

3.今次世界不況の悪影響
   エコノミスト誌姉妹機関EIUの調査では、バルカン半島の移行期経済を抱える諸国(アルバニア、ボスニア、ブルガリア、クロアチア、マケドニア、モンテネグロ、ルーマニア、セルビア)は、08--09年の世界不況の際には、09年のGDPが▽5.2%(縮減)を経験するなど、一番悪影響を受けた。2010年にも、GDPは▽0.4%の縮小を見た。なかでも、バルカン諸国経済中最大規模を誇るルーマニア経済の不調が、全体の数字を引きずっている。

   2011年に関して言えば、旧ユーゴ諸国とアルバニアは、少しながらも成長を記録した:セルビア=1.6%、マケ=3%、ボスニア=1.2%、モンテネグロ=2.2%。しかし、クロアチアの場合は、成長率0だったし、今年2012年も▽0.6%と予想される。

4.最大の問題は失業
    バルカン諸国における最大の問題は、失業率。西バルカン諸国で最大の国家セルビアの場合、2011年11月の失業率は24%だった。この数字は、4年前に比べて、10ポイントも増えたのだ。

  バルカン諸国中ブルのみは、失業率が11%と、相対的には悪くないが、これは、唯一のEU加盟国(ルーマニアを例外として)として、移民労働が可能だからだ。約100万人ものブル人が、外国で移民労働していると言われていて、その中では、スペインのみで60万人(主として、農業などの季節労働力)と言う数字が突出している。(注:ブルの人口は、735万人といわれるが、実際に常時国内に止まっている人口は、700万人を切ると言われている。100万人が、ほぼ何時も移民労働として国外にいるという数字は、100万人対700万人と考えると、人口の14%が国外で出稼ぎしているという状態が続いている、と言える。北米への移民も数多い。)

  バルカン諸国の経済は、緊密にユーロ圏経済と結ばれていて、この故にユーロ圏における需要の減退は、すぐにこれら諸国の経済に厳しく反映する。例えば、US Steel社は今年1月に、セルビアにおける民営化されたSmederevo製鉄工場を、セルビア政府にたった1ドルの価格で返還したが、その理由は、ユーロ圏における需要の縮小だった。Smederevo工場では、5400名が雇用されているのだ。

5.外国直接投資(FDI)、観光産業、対ギリシャ輸出など
  全ての予測が悪いわけではない。セルビアには外国直接投資が増えているし、クロアチアでは、夏の観光シーズンにおけるブームが予想されている。それでも、警鐘は鳴り響いている:特にギリシャ経済との連携が強い諸国が、足を引っ張られそうだ。イタリア経済と連携している場合も、ギリシャ連携ほどではないものの、悪影響が予想される。

    (小生コメント:ブルガリア、ギリシャなどは、観光業という側面で、意外に多くの利益を確保、吸収できうる余地を残すとも言える。最近のNovinite.com紙記事によると、不況の中でも、今年の春のイースター休暇時には、大勢のブル人が、隣国ギリシャに車で観光に押しかけた。車に乗って数時間で、テッサロニキ(ギリシャ北部の港町)近郊のリゾートホテルに行って、楽しむことが出来るのだから、隣国同士では安い観光が可能となるのだ。他方で、ギリシャ人も、大勢が国境を越えてブルに来訪した。ブル国内で安い食料品、その他の消費物資を買い付けることも、目的の一つなのだ。
   ブルには、ルーマニア、マケドニアと言った隣国からの観光客とか、或いは、ロシアからも観光客が益々増えている。観光地のホテル宿泊料金とか、レストランでの料金が安価なのも、ブル観光の魅力なのだ。
   或いは、ギリシャ人の場合、本国の銀行預金を心配(預金の引き出し制限を不安視)して、国境を越え、ブルの銀行に預金を預ける動きも活発だ。つまり、不況下でも、それなりに動く経済もあると言える。ギリシャ企業の中には、国境に近いPetrich町に工場を移転する、と言う動きさえある。
   ルーマニア市民も、脱税した資金を、国境を越えたRuse市のブル銀行に預金する、と言う事例もあるようだ。
   社会主義時代に比べれば、人々は、個人の創意工夫で、金を貯め、安全な分野(民宿観光業など)に投資しており、それなりに金と人は活動している。社会主義時代の貧困とは、質を異にすると見るべきであろう。)


  EIUの予想では、ギリシャへの輸出比率が10--12%を占めるモンテネグロ、マケ、ブル、アルバニアが悪影響を受けそうだ。

  ギリシャへの移民労働者からの本国送金に依存する度合いが一番高いのが、アルバニア経済だ。ギリシャの移民労働力の2/3がアルバニア人なのだ。

  マケ、セルビア、ブルの3国は、外国資本の直接投資(FDI)の減少で一番傷つくだろう。更に、ギリシャの銀行資本の弱体化が、悪影響を加速するだろう。南東欧諸国では、ギリシャ系銀行資本が、銀行部門の市場シェアで約2割を占めているのだ。

6.未だに低い生活水準
  バルカン半島のどの国に行っても、人々は生活苦を訴えるだろう。モンテネグロの平均給与は491ユーロで、セルビアでは360ユーロだし、他の国でも同じようなレベルだ。他方で、物価水準は高騰している。特に公共料金(電気代、水道代、ガス料金、中央暖房料金など)が急騰している。

7.バルカン諸国の後進性こそが、社会的緩衝材
  所得が減少し、貧困度が増し、失業率が高まっている割には、今のところ、政治的、社会的不安定さは、驚くほど抑制的だ。 社会不安が、予想より深まらない理由を考えてみよう。

  @そもそもこれら諸国は、遅れた社会という利点を有している。これが経済の下降線に緩衝材として働いている。例えば、相対的に農業部門の比率が高いこと、大家族制という旧来の伝統が、悪影響を緩和してくれること
  Aこの地域では、伝統的な左翼勢力、或いは労組の影響力の「自由化後の極端なほどの減退」があり、これが大規模なデモの組織などを行うべき社会、政治勢力に求心力を失わせていること。
  B世論調査で判明する現象は、無気力感が広く蔓延していて、社会的な活力が喪失されていることだ。

8.今後も伝統的緩衝材は、効力を保つのだろうか?
  問題はこのような状態が、それなりに持続性を持つのかと言うこと。ユーロ圏における経済動向が、今の状態が、単なる嵐の前の静けさなのか、或いは今後も継続しうる忍耐なのかを決定することとなろう。

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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
 西欧文明の根幹をなす古代ギリシャと現在のギリシャとは繋がりが薄く、オスマントルコに支配された影響が現在でも色濃いのです。現代ギリシアは、アングラ経済の発達した、いまだ近代化されていない「前近代社会」。すでに近代を通過し、「後近代」に入っている他のヨーロッパ諸国とは根本的に違う国。統計データがまったくあてにならないのがギリシアです。「西洋文明の原点」のイメージをうまく利用してきたギリシアですが、この虚像は崩壊。しかし、アングラ経済でもわかるとおり、したたかな国であり、国民であるようです。
Alex
2012/07/18 20:04
 室長様、お世話になります!

 他のヨーロッパ人から見たギリシアは、こんな感じだそうですよ。
http://www.youtube.com/watch?v=w-dfLjvhRZo

 ギリシアは冷戦時代に西側だったし、英国女王エリザベス二世の夫であるフィリップ殿下
もギリシア生まれです。他にもNATOやEU加盟国でもあり、ユーロも”西洋文明の原点”と
いうだけで大幅な財政赤字にも関わらず加盟したようです。オックスフォード大学など、欧米の大学ではギリシア語の講義が存在。ギリシア神話、大理石の壮大な建築物、哲学、数学、科学、オリンピック、写実的で躍動感溢れるギリシア建築など、確かにギリシア文化は西洋文明に極めて重要な役割を果たしています。新約聖書もギリシア語で書かれましたね。
 
 19世紀にオスマン・トルコからのギリシア独立戦争に義勇兵として参加したイギリス人の詩人、ジョージ・バイロン。ギリシア神話に傾倒したドイツの詩人、ヘルダーリンなどギリシアを勘違いしている、古代ギリシアを美化しすぎている人々は欧米人に多いです。

 実際のギリシア人は古代ギリシア人と程遠いように思えます。過ぎ去った過去の栄光という言葉ほど、この国にふさわしい言葉はありません。例えば、この映画をご覧ください!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0
http://www.youtube.com/watch?v=J2zyZC1Iqls
Alex
2012/07/18 20:37
Alexさん、こんばんは、
 昔文明が栄えた国で、今はそれほどさえない国というのは、ギリシャばかりではないですね。エジプト、イラン、中国、インド・・・・??
 イタリアも、ローマ時代の方がむしろ立派だった、などと失礼な感じを抱いてしまうこともありました。他方で、レストランなどでの食事のおいしさ、特に、地元の人に連れて行ってもらうと、本当に、観光客用ではない、家庭的でおいしい、安い、素晴らしいレストランとか、ローマ市内で案内してもらって、感動した思い出もあります。
 ギリシャも同じ。小生にとっては、古代のイメージと比べれば、やはり頭は悪そうなギリシャ人が目立つけど、でも、おいしい、楽しいレストランもあったし、小生にとっては、バルカン風食品の宝庫、おいしいものの宝庫、という側面が強いし、小生が一番好きな大歌手もいます。
 昔の栄光とは、直接結びつかなくとも、言葉も、文化も、それなりに連続性、継続性もある。そういう目で見て欲しい。実は小生結構ギリシャ大好き人間なのです。
 ギリシャ北部から生産され、英国で食べられる濃厚なヨーグルトなども、小生にはたまらない美味。昔の栄光より、今の普通のギリシャを、好意的に見て欲しい。金融面での今の惨状は、このブログでも取り上げたように、共通通貨というのが、無理の塊だった!!気の毒な、との視点もある。まあ、人間の歴史は、色々な契機があって、今がある。昔は光で、今早見のみでしょうか??やはり、21世紀の今の方が、一般ギリシャ人には幸福なのではないか?奴隷達も、いつの間にか普通のギリシャ市民に席を並べているはずだし!
室長
2012/07/19 20:45
訂正です。
 最後の方で、「今早見のみ」とあるのは、→「今は闇のみ」でしょうか??と読んでください。
室長
2012/07/19 20:48
 初めまして! ブルガリア大好きなのにこの研究室を存じ上げずすみません。「バルカンの後進性こそ緩衝材」という部分に大きくうなずいてしまいました。田舎のインターチェンジ周辺が独自性を失って同じ景色になっているのと同じようにEU加盟による弊害が露呈しているこの頃、バルカンの独自性が保守的な日本人にはほっとする存在に感じられてなりません。
むとくんず
2012/08/27 19:56
むとくんずさん、
 ようこそこのブログに。
 小生は、社会主義時代の1967年以来4度もブルガリア勤務を経験しました。社会主義時代と、自由化後の双方の姿を見ました。
 やはり自由化後の方が、人々の個人的才能が生かされ、経済も格段に豊かになりました。
 とはいえ、バルカン諸国では、家族、親戚による相互扶助など、古い伝統、モラル、などの部分で、富裕となった者が、近しい親戚などの生活を面倒見るなどの形で、貧富の格差、才能のない者、などの苦しみを緩和している、と思う。
 特に、ジプシーなどは、大家族制をとることで、なんとか餓死者を出さずに済んでいると思う。
 経済の近代化というのは、表面世界中を同じような風景に変えてしまうという意味で、寂しい面もあるけど、家電製品の品質が良くなるなど、庶民の生活水準を大きく引き上げました。我々先進国の人間は、昔の風情、歴史的風景を残してくれ、と思いますが、これは欧米人が日本の下町とか、伝統的寺院などを好み、「欧米化市内で欲しい」というのと同じで、他所の国に対して、発展を諦めろ、というようなもの。異国趣味、エキゾチシズムという自らの都合で、他所の国に、近代化は止めろなどという押しつけの議論は良くない。
室長
2012/08/28 09:43
室長様 
 ご丁寧にありがとうございます。自分もたまたま自由化直後のブルガリアを訪れたことがあります。ジフコフ廟に「ここはトイレです」の落書きがあったことが思い出されます。ところがその数年後には社会主義を懐しむ人たちが台頭してきたとブルガリアの友人が言っておりました。当時6か月だった娘がこの4月、大学に入学してロシア語を勉強しています。自分も年をとるわけだと感じるこの頃です。このブルガリア人とはブダペスト南駅でザグレブ行きの夜行列車を待ちながら友人になったのですが、家内よりも長い付き合いになりました。彼女は、マクドナルドがブルガリアに初めて進出した時の約款を翻訳したとも言っておりました。資本主義が導入されて20年。それでも、古き良きヨーロッパがブルガリアにはあるのではないかと幻影を抱き続けています。
むとくんず
2012/08/28 16:36
とむくんずさん、こんにちは、
 たぶん、Georgi Dimitrov廟のことを仰有っていると思います。既に取り壊されています。
 あなたの仰有る古き良き欧州というのは、必ずしもブルでは感じられる雰囲気なのかどうか?確かに、ソフィア市中心部の街並みは、色からしてもウィーンを模倣したものですが、ブルの基層文化として感じられるのは、結構オスマン帝国時代の雰囲気で、特にKoprivshtitsaなどの山間部盆地の古い町は、オスマン時代にブル人のみが集まって作った集落で、邸宅(2階部分が突き出ていて、少し頭でっかち)などの建築様式も、小アジア半島のトルコの町にも残っている風景とよく似ているようです。
 マケドニアのオフリド湖畔の一歩にも、そういう風景が残っていて、懐かしい気分になりました。
 ともかく、古き町のたたずまい、エキゾチシズムなどが、我々の心を捕らえることは確かですが、近代化を拒むような、そういう停滞志向には、賛成できません。
室長
2012/08/29 10:19
 そうでした。ジフコフじゃなくてディミトロフ。教えてくださってありがとうございます。自分も小さな街が好きです。ブルガリアの友人のオススメはヴェリコ・タルノボでしたが、自分としては妻籠のような所に思われました。アルバナシという木造建築の村は心に残っています。
むとくんず
2012/08/31 22:52
こんにちは、むとくんずさん、
 アルバナシは、VT市近郊の村で、Koprivshititsa町同様に、木造のオスマン時代の建築物が残っています。このブログで、極道の妻シリーズで紹介したように、Iliya Pavlovという、MG財閥を築き、暗殺されたマフィア経済人の遺骸がアルバナシのある修道院の墓地に眠っています。
 この修道院と隣接する敷地に、ジフコフが共産主義時代に建設した「迎賓館」が、今もMG財閥(とはいえ、今では財閥というほどの規模の会社ではないけど)の所有物=ホテル+レストランとなって残っています。小生もこの旧迎賓館で、昼食したことがある。アルバナシで一番高いところにあり、遠くを見渡せて、美しい景色が楽しめます。
室長
2012/09/01 09:18
こんにちは、読者の皆様、
 本件記事は、どういう訳か突如ページビュー(PV)数が、3千を超えるという、我がブログの中でも異常なほどの「当たり記事」となりました。
 どうやら、Yahooのdailynews配信で、バルカン半島の干ばつ、食糧危機トピックの中で、どういう訳かこの記事が、参照記事の一つとして例示されたからのようです。
 Yahooさん、ありがとう。
室長
2012/09/01 09:24
祝!そうです。自分も「バルカン半島干ばつ」から来ました。そして、そうですそうです、アルバナシがジフコフの迎賓館。私たち家族がここを訪れたのは1993年のクリスマスでした。入口の鉄柵にはまだ、ソ連国旗のような槌と鎌の社会主義のシンボルマークがついていました。ここで、タジン鍋に似た陶器にヨーグルトがいっぱいかかったトマトの煮込みをいただきました。
むとくんず
2012/09/13 20:47
こんにちは、
 93年では、未だに自由化初期の混乱期ですね。とはいえ、一番混乱したのは96年らしい。まだ社会主義時代の「遺産」ばかりの時代のはず。
 小生が最後のブル勤務を経験したのは、02−−05年で、既にかなり自由化が進展し、個人商店も増え、パザールなどの野菜、果物も品数豊富で、新鮮で、おいしい食べ物が食べられた。レストランも中華など、安くておいしかったし、ブル料理店もおいしくなってきていた。
 いまは、もっともっと経済が良くなっていると想像するのですが、それでも、外国移民労働が増え、彼らの国内送金と、観光業による収入で、何とか経常赤字を免れているだけ。すなわち、貿易赤字は数千億円に上るようです。
 でも、最近の4連休には、ギリシャに向けて何万人もブル人が観光で出国したし、セルビア方面にも数千人が観光で出かけたらしい。庶民が近隣外国に自由に車で観光できるという、社会主義時代の夢は、実現されている(最貧層を除けば)。
室長
2012/09/14 12:16

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