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zoom RSS 米国留学で成功した女学生の話

<<   作成日時 : 2012/06/29 17:08   >>

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   最近のブルガリアに関する報道では、中世の「吸血鬼」伝説を裏付けるような遺骨がSozopol(Burgas県東部の黒海沿岸の町、古代ギリシャ、ビザンツ時代にはApolloniaと呼ばれたギリシャ人植民都市)町の貴族層の墓地から発掘された*とか、同じくこの町の古代遺跡、修道院跡から出土した宝石箱に入っていた小骨が、洗礼ヨハネ(St. John the Baptist)の遺骨らしいとか、考古学的な発掘情報が多く、これらはキリスト教への関心が高い欧米では、それなりに大きな話題となっているそうだ。
     (注:*考古学者の説明では、墓地から出てきた700年以上前の男性の遺骨には、心臓部分(胸の辺り)に、鉄棒が刺さっていた由。これは、この遺骨の主が、再生して吸血鬼として悪さをすることを怖れて、埋葬者らが遺体に鉄棒(または鉄串)を差し込んだもので、ブルでは、この他にも、各地で既に100体ほどの同様の埋葬遺骨が発見されている由。通常吸血鬼伝説は、ワラキアのヴラド「串刺し公」(ドラキュラ公)の話が有名だが、ブルでも中世以来、吸血鬼伝説は盛んであったという。ブルの吸血鬼遺骨報道が、世界を駆けめぐった理由の一つは、最近有名となった吸血鬼に関するハリウッド映画とも関連があるかららしい。)

  もっとも、これらの報道は、何れもブルの野心的な考古学者らが、世界的名声、或いはブルへの観光客誘致を狙ってぶちあげている「観光用宣伝」という感じがしないでもない。確かに、経済危機で痛手を負っているブルガリアの経済振興策としては、キリスト教信者による観光客増大は、干天の慈雨となりうるものかもしれないが、仏教徒の我々日本人には、少し興味が薄い話題だ。

  他方で、米国留学で人生の夢を掴もうという話なら、未だに「アメリカン・ドリーム」というのは、世界中の若者にとっては、色あせた話ではないように思う。最近のNovinite.com紙報道(http://www.novinite.com/view_news.php?id=140697)は、そういった若者の出世譚として、少し心温まる側面もあると思うので、取りあげてみたい。

1.New Jersey州の高校で、卒業生総代を務めることとなった秀才ブル人女学生の話
ネタ元は、NorthJersey.comという電子新聞のHannah Adelyと言う記者のリポート。

(1)ラズグラット県の田舎町出身女学生:Marchela Stancheva
  マルチェラ・スタンチェヴァが生まれ育ったのは、ブル北東部のRazgrad県で、同県北部のKubrat町。クブラートとは、ブル第一次王国時代のブルガール族カーンの1人の名称だ。R県は、もちろん、ブル北東部の、トルコ系少数民族が多く居住する、田舎の農業県だ。もっとも、彼女の名前はブル系で、恐らくはトルコ系家庭の出身者ではない。

   マのブルでの英語の成績は良く、米国のこの高校(Clifton High School)でも、英語補習授業を免除されたが、しかし、友人ら、教師らの早口の英語がすぐ理解できるほどの能力はなかった。
  4年前に、ブルでも田舎の故郷を出て、NJ州のClifton High Schoolに留学した彼女は、当初全くの新世界の中で、戸惑い、日々不安の中で暮らしていた。大きすぎるカルチャー・ショックと誰も知り合いのいない環境の中で、第一歩を踏み出さねばならなかった。

  英語のアクセントにも不安を感じるような、遠くの国での生活に不慣れなティーン・エイジの学生は、結局不成功に終わっておかしくはなかった。しかし彼女は違った。周囲の学生に教えを請い、放課後に、教師達にも支援(補習授業)を頼むなど、積極性のあった彼女は、英語をマスターした。3400名という、大規模な高校の中で、毎日を懸命に勉学に励み、徐々に苦手の英語をマスターし、その他の学業にも、成功を収めていったのだ。

  単に成功しただけではなく、彼女は、米国到着後4年で、クラス1番の成績を収めるようになり、この月曜日(6月25日)には、もう一人の学生(エジプト系家庭出身の男子)と共に、卒業生総代となったのだ。両名は、加重学業平均値で104.6ポイントという優秀な成績で、卒業式を迎えることとなったのだ。

   彼女は次のように説明した:「毎日のクラスの授業を一生懸命理解しようと努め、努力しました。1年生の時、他の国からやってきて、このような成功を収めうるなどとは、自分でも予想もしませんでした」。
   マは、まず言語障壁を克服するための努力を集中してやり、その後は、「何としてでも成功してやる」という根性が推進力となった。

(2)猛勉強のやり方
  マは、早口の英語を全て理解することは諦め、最初は、大筋での意味を理解することを心がけ、特に教師の話す内容に関しては、詳細にノートした。
   また、課題の読書に関しては、全てを理解できるようにと、2回読み込むこととした。その際には、もちろん、よく分からない単語とかは、辞書で調べるし、細かくノートにメモ書きを残した。(注:米国の学校の教科書は、日本の常識からすると、小学生の段階ですら、余りにも詳細で長文の文章が多く、大部であり、重量的にも重い本が多い。従って、長い英文を読みこなす事前の自習も大変だったと思う。ともかく、外国人学生らは、英語のハンディもあるから、自習でしっかり教科書を読み込んでおかないと、クラスの授業の時に、学生と教師の間の種々の議論を理解することは難しい。だから、却って外国人の方が、事前の自習に関して言えば、猛勉強せざるを得ない、とも言える。)

  他には、教師らに要請して、放課後にも、追加の補習授業を週数回受けた。

  マは、英語の聴取能力を急速に向上し、2年生になったときには、優秀生徒のクラスに編入して貰えるほど、学業が向上した。また、教師らの激励を受けて、英語のアクセントに関する不安感を克服した。
   彼女は言う:「その内に私は、この学校には本当に多くの、多様な人々が学んでいるので、少しぐらいアクセントが変でも、何ら問題はない、と言うことを理解しました。要するに、少しずつ前進していきました。不安を克服し、徐々に、授業中に手を挙げることが出来るようになりました」。(注:米国の学校では、授業中に積極的に手を挙げて、分からないところとかを質問したり、或いは、自分はこう考えるなどの意見も、どんどん発言しないと、優秀な生徒とは教師からも思われない。つまり、授業中の積極性は、成績考課の一要素と言える。手を挙げないと、発言しないと、他の生徒達からも尊敬されない。また、教師は、そう言う積極性があり、かつ発言内容が立派な生徒は、大いに褒めて育てる、と言う気風が強い。つまり、陽気で、乗りの良い学生ほど、伸びるシステムと言える。)

(3)米国高校生の人種的多様性
   この学校での人種的多様性は、英語以外の言語を家庭での母語とする学生が半数を占めることでも明白。英語以外で、よく話されている言語としては、2位がスペイン語(35.3%)、3位がアラビア語(6.4%)である(NJ州の報告書:2010--11年度)。
  4年生になると、マは、微分・積分、英語上級、仏語上級、などの科目で、優秀成績を収めるようになった。また彼女は、テニスをし、仏語クラブ、植物学クラブでは指導的役職を占めた。また、獣医病院でアルバイトの仕事をした。
  (注:彼女が、どういう方法で留学費用を捻出したのか(何らかの奨学金を受領していたのか)とか、彼女が1人だけで留学し、家族はブルに残っているのかとか、詳しいことはこの記事では不明だが、アルバイトで多少は稼いで、学費を補完していたことは確からしい。)

(4)ブル人の英語能力
  彼女は、英語の能力で極めて優秀だ。その件に関して、彼女の英語担任教師Elissa Greenwald先生は、次のように彼女を褒め称えている:
   「彼女は、猛勉強と才能の見本です。彼女は何事も、やり始めたら、最高のレベルまでやり通すのです。それがどれだけの労力を要しようとも」。
     (小生コメント:因みに、ブル語と英語との間には、文法上極めて類似性が強く、何故スラヴ語系統のブル語が、このように文法的には英語に近いのか??と不思議に思えるほど。この故に、ブル人の通訳としては、ある意味英語が一番楽である。つまり、英語からブル語へ、逆にブル語から英語へと翻訳する際に、ほぼ機械的に、全く素直に語順を変えることなく、双方向に通訳できる。もちろん1--2年の学習は必要であろうが、ブル人の英語通訳があまりにも同時通訳的で、小生は本当に驚いたことが多い。あるブル外務省の日本語通訳は、1年のみ英国に留学させて貰っただけで、英語の通訳としては、完璧だったが、日本語の通訳には最後まで苦労していて、不完全なところが残った。
  英語とブル語のほぼ唯一の相違は、定冠詞が名詞の後ろにつく(後置定冠詞)と言うことが、ブル語の特徴というくらいだ(他には、時制が、ブル語はより複雑と言える)。もしかしたら、将来ブル語は世界でも唯一、英語との自動機械翻訳が可能な言語であるかも知れない(日常会話については、既に日本語でもスマートフォンの自動翻訳機能があるらしいが、いざ文章語の翻訳となると、正確度は怪しいだろう)。この故に、マが、英語において特に優秀な成績を収めたことは、必ずしも不思議とも言えない
。)

(5)趣味と進路
   マは、旅行したり、クラスメート達の異なる文化を学ぶことを楽しんでいる。
   今後の進路としては、Rutgers University(NJ州立大学。明治時代に多くの日本人留学生が居たとwikiにある。)で「世界経済・経営学」を学ぶつもり。また、就職先としては、世界中を旅できるような仕事に就きたい、と考えている。
  月曜日(6月25日)彼女は卒業式の総代演説で、他の卒業生達に「最初の頃どれほど不安で、涙をこぼしていたか、だけど、持ち前の楽観主義と、猛勉強で、状況を変えることができたか」を中心に話し、更には皆に「最善を尽くせ」と激励するつもりです、と述べた。

2.エジプト系の男子総代について
  マのクラスメートAhmed Khalil(アフメド・ハーリル)は、エジプト系移民の子弟で、家庭ではアラブ語を日常語としている。
   ハは4年生の時、化学上級、物理上級、微分・積分、英語を専攻した。
   ハはまた、学校年報の編集員、陸上競技チームのメンバー、数学クラブ会長だった。また、英語教師Greenwald女史によれば、ハは、優秀な俳優で、観察眼に優れていた、とも言う。
  ハは進路については、Rutgers Universityで、「機械工学とコンピュータ科学」を学び、将来は技術系の会社を立ち上げるか、或いは、医学学校へ進学する可能性を探る由。
  ハは、成績で最優秀を収めることに努力はしたけど、「他の人とコミュニケートし、理解し合えることこそが、知性の一番意味ある発露の仕方だと思う」という。
  ハは、マと同じく月曜日に、卒業生総代演説をし、「自分は数学と科学に興味があり、知識を記憶することよりも、概念を理解し、研究することに努めた」と述べるつもり。更にこの演説では、人間性を強調し、「皆が他人に対し、より優しければ、世界はもっと良くなる」と訴えたいという。

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