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zoom RSS 物故者への哀悼

<<   作成日時 : 2013/01/12 12:06   >>

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 1月9日付の産経紙で、鳥居民(本名池田民、享年84歳)氏の死亡記事が出ていてびっくりした。少し前から気づいて、産経紙「正論」欄での同氏の論評を楽しみしていたので、悲しい思いだ。死亡記事は次を参照ください:http://sankei.jp.msn.com/life/news/130109/art13010922070004-n1.htm 。

 なお、昨年末に死亡した米国上院の大物議員ダニエル・イノウエと、1990年に亡くなられていたスパーク・マツナガ氏に関し、少々思い出を述べたい。
 それぞれ、次のwiki記事も参照ください。井上、松永の順です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%82%A8

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%84%E3%83%8A%E3%82%AC

1.ダニエル・イノウエ(井上健)の思い出
  小生が80年代初期に、ハワイに滞在していたころ、日本の政治家などでイノウエに面会した人々は、面会後に結構激怒している人もいた。完全に米国人目線で、日本の「平和主義」路線を完全否定し、日本はもっと米国に協力すべきだ、特に軍事面で米軍を補完すべきだという立場で、上から叱りつけるという口調が嫌われたようだ。
  小生自身は、お会いすることもなかったと記憶するけど、ハワイでの政治背景としては、442連隊出身の米軍人で、「英雄」としての評価を背景に、広く白人社会からの票にも多く依存して、特にハワイには多かった軍人票にも依存する側面があるから、白人目線での対日本人「説教」が、日本からの出張者らには「鼻についた」と思われた。

  もっとも、80年代初頭の日米関係は、経済的に成長期で、米国の自動車産業、家電業界からは嫌われていたし、特に家電産業では米国はすでに敗退していたから、米国の日本に対する国民視線全体が最悪でもあった。観光収入で日本の恩恵も受けるハワイだから、まだ摩擦が生々しくは感じられなかったけど、政府レベルでは、日米経済摩擦というか、米国がなんとか日本の攻勢を撃退すべく、厳しく日本に対応していた。通産省と外務省は、米国からの圧力で苦悩し、日々戦うことに疲れていた。このころに、日本の国産PC技術とか、半導体技術への政治的圧迫もあり、確か日本勢はCPUからの撤退を余儀なくされたと記憶する。Intelなどの米国半導体技術、或はMicrosoft社のOSに譲歩して、国産、独自技術は、諦めさせられたのだ。

  自動車、繊維を守るために、IT技術では譲歩させられ、その後日本の半導体はメモリなどに特化させられた。政治で経済までが決まった時代だ。
  他方で、これは、米ソ間の冷戦時代でもあり、米国としては、冷戦を勝ち抜くためにも、軍事、および経済両面で、同盟国日本には、過酷な要求を突きつけたという側面がある。
  要するに、ダニエル・イノウエは、そういった米国中枢部の意見を代弁することで、日本に警告していたし、それがある意味同人にとっての、対日助言ということでもあったと思う。とはいえ,当時イノウエに会うことは、日本人政治家、経済人にとっては辛い経験となった。

2.スパーク・マツナガ(松永正幸)の思い出
  イノウエのところで、けちょんけちょんに叱責されて、がっくりした気分で、もう一人のハワイ出身上院議員であるマツナガと会った日本人は、ほぼ誰もが、優しい目で日本人の立場にも配慮した発言ぶりのマツナガには、だいたい感激して、「マツナガさんはいい人なのよ」と救われた気分で話していた。

  確かに、同じ442連隊出身とはいえ、マツナガは1916年生まれで(1916年10月8日 - 1990年4月15日)、1924年生まれの(1924年9月7日--2012年12月17日(満88歳没))イノウエと比べると8歳も年上で、しかも日系人票主体のマツナガとは出身基盤も異なるので、考え方にも差があったのかもしれない。
  また、日本語の熟達度でも、日本人そのままのマツナガと、英語にどっぷり浸かって日本語が少し外国語の影響を受けているイノウエでは、日本人と会った時の会話レベルでの違和感という面で、イノウエは損をしていたかもしれない。とはいえ、どうも小生には、二人が裏で役割分担していたのかも、という気がする。日本人に厳しい現実を知らしめるイノウエと、日本人に寄り添う日系人としての親日的感覚をきちんと持っているマツナガという役割分担だったのではなかろうか。

  ともかく、長らくハワイに行っていなかったせいで(とはいえ、1994年ころ再訪したのだが)、小生は今回のイノウエ死亡、オバマ大統領によるイノウエ葬儀における厚遇ぶりという記事を見て、はじめてマツナガを思い出し、wikiで調べてみて、既に1990年に亡くなられていたことを知ったのだ。日本人に優しかったマツナガさんの冥福を、或は厳しい言葉で日本人を戒めたイノウエ氏に対する冥福とともに、お祈りしたい。

★13年5月5日追記
  昨日、あるきっかけで、元在ホノルル総領事の天江喜七郎氏が、「ダニエル・イノウエ米陸軍大尉とその仲間たち」という貴重な論文を書いていることを知りました。ハワイ日系人の歴史として、また、イノウエという政治家の人物を知るうえで、本当に参考となります。
  この論文は、次のweb記事として読むことができるので、ご紹介します:
   http://www.kasumigasekikai.or.jp/zuisou.html
                                  (了)

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コメント(4件)

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こんばんは。

 ダニエル・イノウエの名前は知っていましたが、スパーク・マツナガは知りませんでした。記事を見ただけで、イノウエはやはり嫌味でした。彼の立場では白人目線での対日本人「説教」をするのでしょうけど、これぞ“名誉白人”。対照的に白人には卑屈になるタイプではないと思いますが、イノウエの頭は完全に白人米国人であり、日系人は日本人ではないと改めて思いました。

 イノウエに会った日本人が不快な思いをしたのも、近親憎悪に近い感情があったのかもしれません。彼が白人や黒人ならもちろん、中国若しくは韓国系ならば、このような想いをしなかったはず。
 日系人とは日本のためにはあまり役に立つ集団ではないようですね。移民先でも強固なコミュニティーを作り上げ、本国のためにロビー活動をする他民族移民が羨ましい限りです。
mugi
2013/01/13 21:50
こんにちは、
 ハワイの日系人たちは、当時の島の人口の5割強だったので、簡単には全面排除が難しかった、という事情で、CIAも利用する方が得策という姿勢となった。これはある意味幸運でもあったけど、日系人たちも自分ら家族の将来のためにも、「米国人」としての義務、貢献という方向へと転換した。日本という半分の祖国と、現実に生活している米国という、もう一つの祖国との間で、忠誠心を試されるなら、「生まれた国で、しかも生まれただけで国籍を付与してくれた米国」、経済的に当時日本より進んでいた米国、軍事的にも絶対負けそうもない米国、をとらざるを得なかった。
 イノウエは、冷戦構造の中で、日本の将来も考えても、米国に忠実な日本こそが、むしろ将来性のある選択だ、と考えたし、その意味では、根本思想はマツナガと同じだったと思う。白人社会で、「442連隊の栄光」を体現して、出世し、日系人社会の庇護者としてもそれなりに活躍する、それがイノウエの立場だったと思う。イノウエが、鞭の言葉で、マツナガが飴の言葉で、しかし日本に対して、米国とともに生きよ、と諭していたのです。
 小生としては、米国社会の中で、米国人として生きる道を選んだ日系人たちに、それはやはり、正しい選択ではないか、と思う。あなたが、パールシーたちを褒めるように、やはり移民先では、その国に忠誠を尽くす、貢献するという生き方が正しいように思う。
室長
2013/01/14 09:59
室長様

 Fugenです。いつも楽しく読ませて頂いています。

 ダニエル・イノウエ氏の記事興味深かったです。
 
<<Intelなどの米国半導体技術、或はMicrosoft社のOSに譲歩して、国産、独自技術は、諦めさせられたのだ。>>

というのは、本当に口惜しいです。

 当時を思い返せば、坂村健教授のTRON構想は、本当に素晴らしく革新的でした。最先端のOSを、無料で公開する、いわゆる「オープンソース」で提供し、ソフト技術の発展を図るものでしたから。
これを潰されたのは、日本にとってというより以上に、人類にとって損失だったと思います。TRONがデファクトになれば、MicroSoft社一社の利益貢献ではなくて、もっとITが発展したと思うからです。
私は、TRONを潰した米国の「国家戦略」なりは非常に洗練されて巧妙だと思いますが、嫌いです。また、米国に唯々諾々と従った、日本はだらしないとも思います。

 でも、坂村先生の発想は、素晴らしい。TRONを担ごうとした日本のITベンダーも素晴らしい。日本には戦略性は欠けているとは思いますが、技術なりコンテンツなり本当に素晴らしいモノがあると思います。
日本を世界発信したいというのが、私の思いです。
Fugen
2013/01/17 20:03
Fugenさん、こんにちは、
 坂村教授のTron計画、なかなか小生にはこの用語が既に思い浮かばなかった。東芝、NECなどがCPUでも独自企画などを発表していたはずです。Sonyのゲーム機に使用された半導体が、米国のIntelなどの性能を大幅に上回り、この半導体を使って一種のスーパーコンピュータすら作れる、そうすれば軍用技術にも転用できて、ソ連への技術隔離政策が崩れる、などという騒ぎもあったように記憶します。
 ともかく、IT技術、或いは民間航空機製造、などでも、米国は日本国に対して、政治力を使って「指導」して、日本の産業発展に歯止めをかけました。あのとき突っ走っていたら、日本国は、2度目の敗戦を経験していたでしょう。だから、今の世界情勢で、なぜ米国が中国をのさばらせているのか?小生としては、腑に落ちない気がしています。
室長
2013/01/18 15:37

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