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zoom RSS ネオフィット新総主教が誕生

<<   作成日時 : 2013/02/25 11:24   >>

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さて、昨年11月12日に、マクシム・ブル正教会総主教の逝去につきこのブログ記事としてご紹介した(
http://79909040.at.webry.info/201211/article_3.html)が、2月24日(日)には新総主教の選出が無事完了した由であるので、関連報道をご紹介する。
    (注:下記の1――4.までは、http://www.novinite.com/view_news.php?id=147952を主として参考とした。)

1.Maksim総主教の逝去
  まずMaksim(Maxim)総主教の逝去につき、簡単におさらいする。同人は1914年10月29日にLovech県Troyan郡Oreshak村にて俗名Marin Minkovとして生誕。1971年3月のKiril先代総主教の逝去を受け、同年7月4日に新総主教に選ばれた。共産政権下に選ばれた総主教なので、当時の共産党政権が承認した人事とも見られたが、自由化後も信者から尊敬され、その地位を保ち、41年間という長期の総主教職を維持して、2012年11月6日に、98歳の高齢で死亡した。

2.暫定ソフィア府主教職の選出
  そして、2012年11月10日(土)にブル正教会「主教会議(Holy Synod)」は、Kiril・Varna府主教が、暫定的にソフィア府主教職も兼任する旨決定した。同日、これに先立ち、主教会議は、同人を「暫定総主教職」に選出していたので、Kiril府主教は、Maksim総主教同様に、二つの職務を当面兼任することとなった。

3.次期総主教職候補者3名の選定
  2013年2月18日(月)、主教会議(Holy Synod)は、新総主教候補者3名が、選出できたと発表した。
指名された次期総主教候補者は次の3名:
      Stara Zagora府主教のGalaktion、Ruse府主教のNeofit、そしてLovech府主教のGavriil。

  1番目のGalaktionは、2月16日(土)に主教会議の10票を得て、候補者に決定された。また、その後いずれの府主教も、どうしても10票を獲得できないという混迷状況が生じたので、教会法の新解釈として、14名の主教会議メンバー(全員が府主教格の地位を持つ)の2/3は、10名ではなくて、9名で十分との「新規の数学的解釈」を採用することとして、ほかの2名の候補者を選定することが可能となったという。
      (注:14名の2/3は9.333名であるが、これを10名必要と解釈せず、9名で十分と解釈することとしたということ。つまり、Galaktion以外の2名は、結局10票を集められず、9票に留まったということ。すなわち、「数学解釈」を変更することで、教会法に適合する選挙が可能となったのだ。)

4.暫定総主教が新総主教候補者に選ばれない、という極めて稀な選挙となった
  暫定総主教兼Sofia府主教を務めたVarna府主教のKirilは、元来一番の後継者候補だったはずだが、結局は4--7票しか集めえなかった。専門家によれば、暫定総主教が、最終的な候補者3名の一人に選ばれえなかったということは、教会史の中で、稀な事例であるという。
    (小生注:Kiril府主教に関しては、Varna市で、誰かから寄贈されたと主張する高級車Lincoln Hybridの新車を乗り回して、地元信者らから不信感を得ているとの報道などが、今回災いしたと思われる。なお、下記のNikolay府主教は、府主教となってから5年以上経過していること、50歳以上であること、などの教会法上の要件を満たせず、初めから総主教候補者にはなり得ない立場であった。)

  ちなみに、2012年1月半ばにドシエ委員会(共産政権時代の秘密警察(DS)のファイル、名簿を調査する委員会)が発表したところでは、旧DSファイルによれば、当時の府主教15名の内11名がDS協力者として名簿にあったという。名簿になかったのは、Nikolay(Plovdiv府主教)、Amvrosiy、及びGavriilと故Maksim総主教の4名のみだった。故に、今回Gavriilは「自分が候補者に選ばれたのは、自分がDSファイルを持っていなかったからかもしれない」と述べたという。最終選挙は、全国教会評議会(2月24日、日曜日)によって実施される。
    (小生注:すなわち、旧DSファイルに「秘密警察への協力者、密告者」としての形跡が残っていなかったのは、上記の4名のみだったということ。逆に言えば、今回新総主教候補3名に選ばれたNeofitも、Galaktionも、また、暫定総主教に選ばれていたKirilも、全てが「DS協力者」という暗い過去を持っていると暗示することで、Gavriilは、自分だけが最終的にふさわしい総主教候補だと言いたかったらしい。)

5.新総主教としてNeofitが選出された
       (注:5――7.:http://www.novinite.com/view_news.php?id=148153
  全国教会評議会(National Church Council)は、2月24日(日)午前、未だに電気代抗議デモも開催されているかなり騒然としたSofia市中心部のHoly Synod建物間近に存在するブル科学アカデミーの会議場に138名の評議員が集まり、投票が行われた。2/3の票=92票を集めえないと総主教になれない。
     (小生注:Sofia市中心部は、ソフィア大学(東)〜閣僚会議(西)までの一角と言えるが、その東部には、ソフィア大学、国会議事堂、Aleksandqr Nevski寺院、ブル科学アカデミー、Holy Synod(主教会議)の建物が固まって存在している。)

  Kiril暫定総主教が発表したところでは、評議会では、まずGalaktionが脱落し、二人の決選投票に持ち込まれ、Ruse府主教のNeofitとLovech府主教のGavriilが、それぞれ90票と47票を獲得したので、結局Neofitが新総主教に選出された。
     (小生注:府主教のみのHoly Synod14名の互選では最強だったGalaktionが、評議会138名の投票では、最低の票しか集めえなかったということ。因みに、Galaktionは、肺炎のため24日の投票日には出席できず、前もって欠席を届け出ていたので、選挙で不利となった可能性もある。他方、旧DS名簿に載っていたNeofitではあるが、神学校校長を務めた経歴から一般僧侶の間でも人気があるほか、信者などの俗人なども含む多くの教会の人々から信頼される人物だったらしい。因みに、総主教は、Sofia府主教職を兼任する習わしである。)

  上記の新総主教決定のニュース発表と同時に、Sofia市中心部の教会からは、一斉に鐘の音が鳴らされた。

6.Neofitの略歴
  Neofitは、1945年10月15日ソフィア市生まれ。ソフィア市の神学校卒で、モスクワで神学を専攻。ソフィア神学校の講師兼神学校合唱隊指揮者だった。また、Sofia府主教区の補佐司教、神学校校長、復興されたソフィア大学神学部初代学部長、主教会議官房長などを歴任した。また、故Maksim総主教に極めて近しい人物でもあった。

7.ネーフスキ寺院で、新総主教就任儀式
  Neofitは、正午頃選出を発表され、その後は、主教会議建物からネーフスキ寺院までの短い距離を、国軍師団からの代表兵士たちが警護する中を歩き、寺院内の儀式で、玉座に着席した。
  儀式終了後には、教会幹部、評議会議員(僧侶ばかりではなく、俗人代表も存在)、閣僚、大統領らと寺院の外で記念写真を撮影したという。

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教会も政府同様に腐敗しているとの記事
   2月25日付記事として小生は、Neofit新総主教の誕生につき書いた(http://79909040.at.webry.info/201302/article_4.html)が、また、その際に注書きで、Neofitには旧秘密警察(DS=デーセー)に保管されていた「DSファイル」が存在したことが、ドシエ委員会(ドシエとは、名簿のこと。DSに協力した人々の名簿、ファイルを調査するために、自由化後に設置された)により明らかにされていることにも言及した。そして、案の定というか、3月8日付のn... ...続きを見る
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2013/03/09 22:38

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