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zoom RSS 米国が中国の本性に気が付いた

<<   作成日時 : 2015/11/19 12:06   >>

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  最近、web記事とか、産経紙の記事切り抜きを整理していて注目した記事を、皆様にご紹介し、シェアしたいと思ったので、下記の通り3つの記事を転載します。

  1.と2.は、米国がようやく中国の本性に気が付き、警戒感を増大させたこと、及び、日本を悪玉として世界に提示する「歴史戦」が、結局は日米同盟を破壊・弱体化させるための、中国側の一方的な歴史改竄、歴史捏造の試みであることを、きちんと気づき、指摘している。特に1.は、中国の「世界制覇の野望」は、毛沢東時代以来、中国共産党が継承してきた、最終目的だとはっきり指摘している。キッシンジャーも、自分(マイケル・ピルズベリー氏)も騙されていたとの懺悔でもある。

  他方、3.は、古代式の華夷秩序思想のままの中国と、日本、及び欧米が「近代思想(海洋法に基づく近代的秩序体系擁護の立場)」で、この根本的な理念上の対立故に歴史的な対峙をしているのだ、と言う大局観を示していて、それなりに心強いエールである。

1.米国超大物スパイが明かす、中国「世界制覇」の野望
筆者:北野幸伯(国際関係アナリスト) 。
11月11日付 :http://diamond.jp/articles/-/81432

 米中の対立が激化している。現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのだろうか?それとも、「米ソ冷戦」のように長期的なものなのだろうか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。

(1)米中関係改善に貢献した米国の超大物スパイが暴露本を出版!
 米国は9月、訪米した習近平国家主席を「冷遇」し、両国関係の悪化が全世界に知れわたった。翌10月末、米海軍は、「航行の自由」作戦を(南シナ海で)実施。米中の軍事衝突を懸念する声が、聞かれるようになった。
   (注:オバマ、習近平両名の画像は省略:画像付属のキャプション=米国はいよいよ、本格的に中国を倒す決意を固めた。米中対立は一過性のものではなく、戦いは長期化するだろう。)

 現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのか、それとも「米ソ冷戦」のように長期的なものなのか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。米国を代表する超大物「パンダ・ハガー」(Panda hugger=パンダを抱く人=親中派)だったマイケル・ピルズベリーの最新作「China2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年戦略』」だ。今回は、この本から、米中関係の変遷を読み解いて行く。

 ピルズベリーは現在、ハドソン研究所中国戦略センターの所長であり、米国防総省の顧問も務めている。また、米国の政策に大きな影響力を持つ「外交問題評議会」「国際戦略研究所」のメンバーでもある。
 そうした「表の顔」の他に「裏の顔」も存在する。本に書いてしまっているので、もはや「裏の顔」ともいえないが、ピルズベリーは24歳の時から、米国のスパイとして働いてきたのだ(40p)。米国の「対中政策」に40年以上深く関わってきたピルズベリーは、この本の中で、「米中関係」の驚くべき「裏話」をたくさん披露してくれている。

 よく知られていることだが、米中関係が劇的に改善されたのは、1970年代はじめだった。米国は、冷戦のライバル・ソ連に対抗するために、「中国と組む」ことにした。主導したのは、ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官といわれる。特にキッシンジャーは、「米中関係を劇的に改善させた功績」により、「リアリズム外交の神様」と評価されている。
 ピルズベリーは当時20代半ばだったが、「米中和解」に大きく貢献した。ニクソンとキッシンジャーは1969年、「中国と和解した時、ソ連との関係が過度に悪化するのではないか」と恐れていた。ピルズベリーは、ソ連人から情報を入手し、「米中が和解しても、ソ連は米ソ緊張緩和の動きを止めない」ことを伝えた人物だったのだ。

 <ほかならぬわたしがソビエト人から得ていた情報に後押しされて、ニクソンとキッシンジャーはついにその気になったのだ。
 わたしが得た情報とは、「米中が接近しても、モスクワは緊張緩和への動きを中断しないだろうし、中国のあてにならない申し入れをアメリカが受け入れることを大方予測している」というものだ。
 アルカディ・シェフチェンコとクトボイは、まさにその通りのことをわたしに語っていた。>(88p)


(2)「キッシンジャーは毛沢東の計略にはまった」、ケ小平時代には米中「蜜月」に
 しかし、この本にはもっと重要なことが書かれている。「米中和解」を「真」に主導したのは、ニクソンでもキッシンジャーでもなく、中国だったのだ。
 <この交渉を始めたのは、ニクソンでもなければキッシンジャーでもなかった。(中略)
 ニクソンが中国を訪れたのではなく、中国がニクソンのところへやってきたのだ。>(82p)

 キッシンジャーは71年7月、極秘で中国を訪問。そして、72年2月、ニクソンは歴史的訪中を実現させた。キッシンジャーはすっかり毛沢東に魅了され、中国に取り込まれてしまう。
 <キッシンジャーは毛の計略にまんまとはまり、ニクソンに、「中国は英国に次いで、世界観がアメリカに近い国かもしれない」と告げた。
 中国の戦略を疑う気持ちはみじんもなかったようだ。>(96p)

 当時49歳だったキッシンジャーの「中国愛」は、以後40年以上つづくことになる。こうして、米中関係は劇的に改善された。
  「ソ連と対抗するために、中国と組む」−−。これは、論理的に非常にわかりやすいし、米国の立場からすれば「戦略的に間違っていた」とはいえないだろう。両国関係は、毛沢東が76年に亡くなり、ケ小平がリーダーになった後、さらに深まっていく。

 <西洋人にとってケは、理想的な中国の指導者だった。
 物腰が穏やかなおじいさんのようでありながら、改革精神に富むバランスのとれた指導者。
 要するに、西洋人が会いたいと思う人物だったのだ。>(101〜102p)

 そして、米国は、この「理想的な指導者」を、惜しみなく支援することにした。
 <カーター(註、大統領)とケは、領事館、貿易、科学、技術についての協定にも署名したが、それは、アメリカが中国の科学者にあらゆる種類の科学的・技術的知識を提供することを約束するもので、結果的にアメリカの科学的・技術的専門知識の史上最大の流出を招いた。>(111p)

 こうして「理想的な指導者」ケ小平は、米国(と日本)から、ほとんど無料で、奪えるものを奪いつくし、中国に「奇跡の成長」をもたらすことに成功する。まさに、中国にとって「偉大な指導者だった」といえるだろう。


(3)天安門事件と冷戦終結で関係にヒビ、驚きの「クリントン・クーデター」が勃発
 80年代末から90年代初めにかけて、米中関係に大きな危機が訪れる。理由は2つあった。1つは、89年6月の「天安門事件」。人民解放軍は、「民主化」を求める天安門のデモを武力で鎮圧し、数千人の死者が出た。もう1つは、「冷戦の終結」である。

 「ソ連に対抗するために中国と組む」というのが米国側の論理だった。では、「ソ連が崩壊した後、中国と組みつづける理由は何か?」という疑問が当然出てくる。そして、この2つの大事件は、確かに米中関係を悪化させた。時の大統領は、クリントンだった。私たちが抱くイメージとは違い、「クリントンはどの大統領より強硬な対中路線を敷いた」と、ピルズベリーは断言する。

 <大統領選のさなかには、「ブッシュ大統領は、北京の肉屋を甘やかしている」と攻撃した。
 クリントンが大統領に就任するとすぐ、国務長官のウォーレン・クリストファーは、上院外交関係委員会でこう宣言した。
 「わたしたちの政策は、経済力の強化と政治の自由化を後押しして、中国における共産主義から民主主義への広範で平和的な移行を手助けすることだ」>(140〜141p)

 米国が反中に転じることを恐れた中国は、なんと米国政府内に「強力な親中派グループ」を組織し、クリントンの「反中政策」を転換させることにした。ピルズベリーによると、「親中派グループ」には、国家安全保障担当補佐官トニー・レイク、副補佐官サンディ・バーガー、国家経済会議議長ロバート・ルービン、財務次官ローレンス・サマーズなどが含まれていた。

 ルービンは、元ゴールドマンサックスの会長で、後に財務長官になっている。サマーズは、ハーバード大学の経済学者で、ルービンの後に財務長官になった。確かに「強力」だ。「親中派グループ」は、政治家の味方を増やしていった。そして、何が起こったのか?

 <ついに1993年末、中国が現在、「クリントン・クーデター」と呼ぶものが起きた。
 中国に同調する面々が大統領に反中姿勢の緩和を認めさせたのだ。
 クリントンがかつて約束したダライ・ラマとの新たな会談は実現しなかった。
 対中制裁は緩和され、後に解除された。>(143p)

 驚くべき事実である。中国はなんと、米国の外交政策を180度転換させることに成功したのだ。


(4)米国から覇権を奪い復讐する!驚きの中国「100年マラソン」計画
 このように、米中は、「想像以上に深い関係」であることが、この本によって明らかにされている。そして、60年代末からつい最近まで、ピルズベリーは「米中関係を良好にするために」尽力してきた。

 しかし、ここからが、最も重要な話である。ピルズベリーは「中国にだまされていたことに気づいた」というのだ。きっかけは、クリントン政権時代の90年代後半までさかのぼる。ピルズベリーは、国防総省とCIAから、中国の「米国を欺く能力を調べるよう」依頼された。彼は、諜報機関の資料を含むあらゆる情報にアクセスし、研究を行った結果、驚くべきシナリオが見えてきた。

 <これらのタカ派は、毛沢東以降の指導者の耳に、ある計画を吹き込んだ。
 それは、「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ。
 この計画は「100年マラソン」と呼ばれるようになった。
 共産党の指導者は、アメリカとの関係が始まった時から、この計画を推し進めてきたのだ。
 そのゴールは復讐>(22p)

 しかし、当時はピルズベリーのこの見解を、ほとんど誰も信じてくれなかった。その後、「中国が世界制覇を狙っている」という彼の確信はゆっくりと強まっていく。
 2006年、国防総省の顧問になっていたピルズベリーは、ウォール・ストリート・ジャーナルで、「私の使命は、国防総省が『パンダ・ハガー』(=親中)にならないようにすることだ」と主張。そして、「中国政府はアメリカを避けられない敵と見なし、相応の計画を練っている。だから、わたしたちは警戒を怠ってはならない」と警告した。

 中国は、大物パンダ・ハガーの裏切りに激怒した。以後、今まで交流のあった中国人政治家、学者、軍人などとの交流は断ち切られ、中国行きのビザも、なかなか出なくなった。しかし、ピルズベリーはその後も揺れ続けていたらしい。こんな記述もある。
 <2009年になっても、同僚とわたしは、中国人はアメリカ人と同じような考え方をすると思い込んでいた。>(316〜317p)

 そして、彼が決定的に反中に「転向」したのは、13年だという。
 <2013年の秋に北京を訪れて初めて、わたしは自分たちが間違っていたこと、そして、アメリカの衰退に乗じて、中国が早々とのしあがりつつあることに気づいた。>(318p)

(5)「China2049」が示す米中関係の未来
 ここまで「China2049」の内容に触れてきた。ここで書いたことだけでもかなり驚きだが、他にも驚愕の事実が山盛りなので、是非ご一読いただきたい。

 次に、「この本の位置づけ」について考えてみよう。15年3月、親米諸国が米国を裏切り中国側についた「AIIB事件」が起こった時、筆者は「米国は必ず逆襲する」と書き、その方法についても予測した(詳細はこちら(http://diamond.jp/articles/-/70786)の記事を参照)。あれから半年が過ぎ、予想通り米中関係は、急速に悪化している。

 問題は、最初に触れたように両国の対立が「一過性のもの」なのか、「長期化する」のか、である。
 ところで、この本の冒頭には、「機密情報が漏えいしないよう、CIA、FBI、国防長官府、国防総省の代理によって査読を受けた」とある。つまり、この本には、CIA、FBI、国防総省もかかわっているのだ。巻末には、「謝辞」があるが、その中に、こんな一文がある。

 <ヘンリー・キッシンジャーは中国人の考えを深く理解しており、その知識に基づいて直接的にも間接的にも支援してくれた。>(360p)
 かつて米国ナンバーワン「パンダ・ハガー」だったキッシンジャーが、全面的に協力している。これは、「キッシンジャーが親中派をやめた証拠」といってよいだろう。大物親中派ピルズベリーとキッシンジャーの転向により、今後米国で「パンダ・ハガー」でいることは困難になるだろう。無理に親中派をつづければ、中国との「黒い関係」を疑われるようになる。

 そして、冒頭にある「推薦の言葉」は「決定的」だ。ウールジー元CIA長官は、中国について、こう書いている。
 <本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ。
 我々は早急に強い行動を取らなければならない。>

元CIA長官が、ある国について「敵」と名指しするのは、よほどのことだ。そして、ピルズベリー自身は、「アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」と警告している。さらに、「中国が覇権をとった暗黒の世界」を描き、そうならないために「米国が中国に勝利する方法」まできっちり解説している。

 これらすべての事実からわかることは、「中国の世界覇権の野心を知った米国支配層が、中国打倒の決意を固めている」ということだ。つまり、現在の「米中対立」は、「米中覇権戦争」の一環であり、戦いは「長期化」し、決着がつくまでつづく」可能性が高いのだ。私たち日本国民も、日本政府も、「今は1930年代のように、変化の激しい切実な時代なのだ」ということを、はっきり自覚しておく必要がある。

2.中国が「歴史の直視」迫る一方で踏みにじる日本の戦後史
筆者:古森義久(ワシントン駐在客員特派員)、11月15日付産経紙「あめりかノート」欄。
http://www.sankei.com/world/news/151115/wor1511150041-n1.html

(1)日米同盟骨抜きが目的と元米国の東アジア専門家が指摘
 「中国の習近平政権は『歴史』の利用で日本をたたいて悪者とし、日米同盟を骨抜きにすることを主要な対外戦略としている。歴史に関しては中国こそが全世界でも最大の悪用者なのだ」
 米国歴代政権の国務、国防両省の高官として東アジアを担当したランディ・シュライバー氏がワシントンでの10月の演説で明言した。同氏が所長を務める安全保障研究機関「プロジェクト2049研究所」などが開いた中国の対外戦略についての討論会だった。

(2)中韓共闘であらゆる機会使って日本虐め
 日本にとって対外関係では「歴史」という言葉がいままた重くのしかかってきた。今月はじめの日中韓首脳会談の共同宣言でも「歴史を直視して」と、うたわれた。
 9月末の国連総会では習主席が演説で抗日戦争勝利の歴史を「日本の軍国主義」という語に力をこめながら、いやというほど語った。中国政府の代表たちは国連では「日本軍の化学兵器の残虐性」を叫び、「日本の核兵器開発の危険」に声を荒らげる。英国駐在の中国大使は安倍政権を「ハリー・ポッター」の邪悪な魔法使いにまでなぞらえた。

(3)英国の「エコノミスト」誌も、さすがに中国の意図に気付いた
 この種の反日キャンペーンの過熱に、さすがに英誌「エコノミスト」が今年8月に巻頭社説で「日本の悪魔化は危険」と逆に中国を批判した。日本を現代の悪魔のように描くのは不当であり「中国こそアジア制覇の野望のために歴史をねじ曲げ、日本の弱化に利用している」と非難した。
 だが日本では中国からの歴史問題糾弾となると、自国側に非があるかのように、うなだれてしまう向きも多い。米国の一部でも日本側の歴史認識への批判的な視線は存在する。

(4)日本虐めで、自国の負の歴史を隠蔽し、自国への批判を回避
 この点、シュライバー氏の見解は明快だった。同氏はまず習主席が、まれにしかない国連演説で抗日戦争の歴史に最も多くの言葉と精力とを割いた事実は、中国が歴史利用の日本糾弾を当面の最大の対外戦略としていることの証明だと強調した。そのうえで同氏は語った。

 「中国は歴史といっても1931年から45年までの出来事だけをきわめて選別的に提示し、その後の70年間の日本がかかわる歴史はすべて抹殺する。日本の国際貢献、平和主義、対中友好などはみごとに消し去るのだ」。
 「中国の歴史悪用は戦争の悪のイメージを情緒的に現在の日本にリンクさせ、国際社会や米国に向けて日本はなお軍国主義志向があり、パートナーとして頼りにならないというふうに印象づける」。
 「中国はその宣伝を日本側で中国と親しく、頻繁に訪中する一部の著名な元政治家らに同調させ、日本国民一般に訴える。だがこの10年間、防衛費をほとんど増していない日本が軍国主義のはずはなく、訴えは虚偽なのだ」。

 シュライバー氏はそして「歴史の直視」に関連して中国ほど歴史を踏みにじる国はないと強調するのだった。
 「中国は大躍進、文化大革命、天安門事件での自国政府の残虐行為の歴史は教科書や博物館でみな改竄(かいざん)や隠蔽(いんぺい)している。朝鮮戦争など対外軍事行動の歴史も同様だ」
 やはり日本は中国にこそ「歴史の直視」を迫る時機だといえよう。
    

3.南シナ海情勢で日本は明治以来の「信念」「確信」を問われている 
筆者:東洋学園大学教授・櫻田淳(さくらだ じゅん)。
11月12日付産経紙【正論】欄。
http://www.sankei.com/world/news/151112/wor1511120004-n1.html

 南シナ海を舞台にした米中両国の確執は、米国が「航行の自由」作戦を発動させたことにより、新たな局面を迎えた。米国政府は、中国が自ら造成した人工島を基点として領海と主張する海域に、駆逐艦を投入したのである。

(1)引き継がれた「航行の自由」
 「航行の自由」作戦には、既に日豪両国や欧州連合(EU)が「支持」を表明している。これに加えて、常設仲裁裁判所(PCA)は、南シナ海での「紛争」に関して、フィリピン政府が申し立てていた仲裁手続きを進めることを決めた。「PCAには紛争仲裁の管轄権はない」という中国政府の主張を退けたのである。

 南シナ海情勢に対する米国の関与の本格化は、中国が従来の姿勢を改めるのでなければ、この海域での緊張が相当に永く続くであろうということを示している。日本人にも、この海域の事情に関わっていく「論理」を見極める時節が来ている。

 そもそも、南シナ海情勢が浮かび上がらせた「航行の自由」の原則は、フーゴ・グロティウスが17世紀初頭に『海洋自由論』を著して以来の「近代の所産」の一つである。17世紀以降、英国はグロティウスの故国、オランダから「航行の自由」の原則と「自由貿易」の理念を引き継ぎ、それを自らの帝国運営の大義にした。そして20世紀以降、米国がそれを継いだ。

 日本は実質上、この「UP(オランダ、United Provinces=注:西領土であったネーデルランド北部7州から独立したので、蘭のことをUPと称することもある)からUK(英国)、そしてUS(米国)へ」という海洋国家「覇権」の変遷の中で、これらの国々と密接な関係を保ってきた。明治初年、箱館戦争終結前夜、榎本武揚が黒田清隆に遺失を恐れるあまりに手渡したのが、オランダから持ち帰った『海律全書』という国際海洋法の書であったという有名な挿話は、オランダ由来の海洋法秩序の受容が日本の「近代」の出発点であった事情を象徴的に物語っている。

 振り返れば、過去数年の国際政治の緊張点は、梅棹忠夫(民族学者)が著書『文明の生態史観』で提示した「日本/『中国世界』+『インド世界』」の境界領域、あるいは「西ヨーロッパ/『ロシア世界』+『地中海・イスラム世界』」の境界領域に集中している。

(2)「中国世界」からの深刻な挑戦
 梅棹は日本と西欧諸国の「近似性」として、中世の封建制を経て近代社会への脱皮を成し遂げた軌跡を指摘している。その「近似性」の故にこそ、日本は西欧諸国と同様に、「自由」「民主主義」「人権」「法の支配」といった西欧由来の「近代の所産」を、自らのものとして奉ずることができている。

 2010年代という現在の時代は、そうした「近代の所産」を永らく奉じてきた日本、西欧諸国、そしてその文明上の後嗣としての米豪両国の流儀が、梅棹の言葉にある「中国世界」「ロシア世界」、さらには「地中海・イスラム世界」から深刻な挑戦を受けている最中であると説明できよう。

 その挑戦によって招かれた国際政治上の緊張が具体的に現れている風景こそ、東にあっては、東シナ海や南シナ海における海洋「紛争」であり、西にあっては、たとえばウクライナ紛争に加え、シリア内戦が促したイスラム国(IS)の擡頭(たいとう)や欧州諸国への難民流入である。そこでは、前に触れた「近代の所産」が明白な脅威にさらされているのである。

(3)対外関係の基軸となる大義(「近代の所産」の擁護)
 このように考えれば、南シナ海情勢が日本に問いかけるものの本質が、浮かび上がってこよう。
 先刻の日中韓首脳会談直前、日本の「懸念」を向けられた王毅中国外相は、「日本は南シナ海と何の関係があるのだ」と語ったと報じられているけれども、この王毅外相の発言は「域外国は容喙(ようかい)するな」の変奏であり、自らの「勢力圏」であると想定する海域には中国政府の意志が優越するという「近代以前の論理*」を表したものであろう。
    (*小生注:最近小生が何度も学者たちの意見を引用しているように、中国は漢代〜清朝に至るまで、何ら政治制度的には進歩しない「古代」のままだ。今の共産党独裁体制も、基本的には、科挙で選ぶ士大夫階級が支配者階級として民衆の上に君臨した体制と、ほぼ何も変わっていないのだ。)

 しかし、前に触れたように、米国が展開する「航行の自由」作戦に日豪両国やEUが「支持」を表明しているのは、それが「近代の所産」を護持するものだからである。ちなみに、米国政府は、韓国に対しても南シナ海情勢での共同歩調を迫ったけれども、韓国政府は、それに応じることはなかったようである。韓国は、梅棹の言葉にある「中国世界」に回帰しようとしているのであろう。

 日本が西欧諸国や米豪との提携を対外関係の基軸として位置付けているのは、地勢環境云々(うんぬん)以前にこうした国々と「近代の所産」の擁護という大義で一致しているからである。それは日本にとっては「近代」の価値を、自らのものとすべく奮励した明治以来の足跡の延長線上にあるものである。
 南シナ海情勢が問いかけているのは、日本が永きに渉(わた)って刻んだ足跡に対する「信念」や「確信」といったものである。当節、日本の対外姿勢で最も戒められるべきは、その明治以来の「信念」や「確信」に違背する振る舞いであろう。

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FRBの「利上げ」のみで、中露両国の台頭を挫いてみせたオバマ政権
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2016/01/18 18:08

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