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zoom RSS 大統領選大敗で、内閣が辞職

<<   作成日時 : 2016/11/22 11:48   >>

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 11月のブルガリアにおける大統領選挙で、政権与党のGERB党推薦候補が敗退し、その結果、事前にもし大統領選で敗退するようなら、自分は首相職を辞任すると公約していたBoyko Borisov首相が、敗戦がほぼ確定した11月14日、内閣総辞職を申請し、第2次ボリーソフ政権は、約2年と任期4年の半分しか全うせずに退陣することとなりました。

 以下に、簡単に事実関係のみを記述しておきたいと思います。

1.01年夏以降のブルにおける内閣(政権)の推移一覧
  01年7月24日--05年8月17日:Simeon Saxe-Coburg-Gotha・NDSV内閣。
  05年㋇17日--09年7月27日:Sergey Stanishev・BSP/DPS連立内閣。
  09年7月27日—13年2月20日:第一次Boyko Borisov・GERB内閣(注:2月前半以来、高すぎる電気代(注:ブル人の貧困家庭などでは、室内電気暖房機への依存度が高い)に不満を持つ市民が街頭に出て大規模デモが発生し、政権を維持できなくなったための退陣)。

  13年3月12日:Marin Raykov選管内閣。
  13年5月12日:(第42期国会)総選挙実施。
  13年5月29日:Plamen Oresharski・BSP/DPS/Ataka連立内閣。
  14年8月5日:Georgi Bliznashki選管内閣。
  14年10月5日:(第43期国会)総選挙。
  14年11月7日:第2次Boyko Borisov・GERB/RB/PF連立内閣。

【小生注(11月24日追記):政党名に関する説明:
   NDSVエンデセヴェ=シメオン元国王が創設した政党、今は国会議席がない小政党。
   BSPベセペ=社会党=旧共産党系左派政党。
   GERBゲルプ=ボリーソフ(元警察官僚)が立ち上げた政党、中道右派。
   DPSデペセ=トルコ系市民を代弁する政党、ドガン氏が名誉党首。
   RB=改革ブロック、元来がDSBデセベ(元コストフ首相が創設した政党)とKuneva新党(元NDSV党員だったM.Kunevaが立ち上げた政党)を中心として、その他種々の右派系政党を糾合した連合。昨年12月に、DSBはRB連合に留まるが、GERBとの連立政権からは離脱したが、最近はRBからも離脱したので、今RB(英語名Reformist Bloc)はMeglena Kuneva女史のKuneva新党が中心となっている。
   PF=英語名Patriotic Front=愛国者戦線=Ataka党から離脱したブルガス県の極右系右派を中心とする政党で、伝統を誇るMVROメヴェレオなどの右派系政党も合体した連合。
   Ataka=Siderovが党首の極右政党。】

2.今次ボリーソフ内閣総辞職の経緯
  16年11月6日(日):ブル大統領選第1回投票、次いで11月13日(日)大統領選決戦投票:Rumen Radev大統領が当選確実となった。
  16年11月14日:Borisov首相が内閣総辞職を申請(注:大統領選挙前に、ボ首相が、もし大統領選にG党候補者が敗北するならば、自分は首相職を退くと公約していた。)。

  よって、Rosen Plevneliev現大統領(2010年1月22日就任)による主要政党との組閣交渉が開始された(政府形成が成功しない場合、大統領は総選挙実施日を決めて、その60日前に選管内閣を指名・任命せねばならない。)

3.大統領選
(1)Radev、Yotovaは左派系候補者
  なお、11月21日:中央選管が、Rumen Radev を大統領に、 Iliyana Yotovaを副大統領に、それぞれ当選を確認する認定証書を授与した。
  ちなみに、Radev前空軍司令官(少将)は、今年8月にNenchev国防相と領空防衛に関連する意見が対立したとして、空軍司令官職より辞任した。8月1日に辞任を表明したが、3日には、元大統領のGeorgi Pqrvanov(ABV党首)が、Radevこそ大統領候補にふさわしいとして、ABV党の公認候補とする旨言明し、18日にはBSPもRadevを公認することと決定した。また、副大統領候補には、BSP系のMEP(欧州議員)であるIliyana Yotovaの出馬が決まり(9月20日)、BSPとABV(注:党首は、元BSP党首でもあったG.Pqrvanov元大統領。すなわち、ABVはBSPからの離党組、古参共産党員が主流の政党)が共同で推戴することとなった。

(2)G党は国会議長という冴えない女性候補で大敗
  ボ首相は、候補者名を最終段階まで明らかにしないという、隠密作戦を貫き、10月2日にようやく、Tsetska Tsacheva国会議長を大統領候補に、副大統領候補にはPlamen Manushev海軍中将をG党の公認候補者として公表した。

  しかし、ブルでは、政局は左→右、右→左というジグザグが普通であり、今回は、左派系で、しかも親露派と見做されたRadev候補に人気が集中した。

  ボ首相としては、最後まで候補者名を隠し、「サプライズ効果」を狙ったのであろうが、自主退役したばかりで、まだ軍人としてのりりしい姿勢を保ち、痩身でハンサムなRadevに比し、「くたびれた太っちょおばさん」という外見でしかないTsacheva(しかも、国会議長としてよくニュースに出る人物で、新鮮味がない)との対決では、外観だけからしても、人気が出るとは思えない人選であった。

  その上、ボリーソフ特有のマッチョ的演出によるメディア操作で世論を操る手法も、国民の間ではすでにメッキがはがれていて、Brexitとか、Trump大統領の選出(11月9日)とか、欧米双方で華々しい「変化」が演出されている中では、「後だし候補者だが、新鮮味ゼロ」のおばちゃんに人気が沸くはずもなかった。
  
(3)得票数(中央選管発表最終結果)
  Rumen Radev - Iliyana Yotova組:2,063,032 票、得票率 59.37%。
  Tsetska Tsacheva - Plamen Manushev組:1,256,485 票、得票率 36.16%。
    なお、「誰も支持しない」を選んだのは 155,411名。
     (注:投票用紙には、上記2組の名前を明記した項目の他に、この『誰も支持しない』との項目もある。この項にチェックを入れると、結局は「無効」票と同じで、意味をなさないが、どちらの候補にも納得しない市民の気分の受け皿として、今回この項目が設けられることとなった。)

4.政局は当分混迷模様
  年末のこの時期に、ブルガリアはまたもや政権が崩壊し、次の政権形成のめどはたっていない。

  思えば、「第一次ボリーソフ政権」が、3年半ほどの任期途中で倒壊させられ、これに替わったBSP(左派)系のOresharski政権は1年強しか持たなかった。
  第二次ボリーソフ政権は、不甲斐なかったオレシャルスキ政権に比べれば、意外と順調に運営されていると小生は見ていたのだが、大統領選でもG党が勝利を収められると楽観したのは、ボ首相として強気に過ぎたと言えよう。
  民主制では、国民はよほど生活水準が上がるとか、経済面で満足していれば別だが、そうでなければ、国民は現政権に替わる「代案」を欲するのだ。
  今後、Plevneliev大統領(G党系)が、諸政党と協議を続けたとしても、政府形成に成功する可能性は低い。結局は、総選挙期日を定め、それに先立つ60日間の「選管内閣」を任命するしかないであろう。

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ブルガリア内政:新大統領の就任、早期総選挙の実施期日が決定
  昨年末、大統領選におけるGERB党候補の敗北を受け、Boyko Borisov首相が内閣総辞職した(注:http://79909040.at.webry.info/201611/article_2.html)ので、Plevneliev大統領が、第43次国会の任期内における政府・新政権形成のため努力を繰り広げたが、結局政権を引き受ける政党、或いは小政党との連立で政権を支える大型政党が見付からず、政府形成努力は瓦解した。 ...続きを見る
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2017/01/26 12:07

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