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zoom RSS ノスタルジック反乱(その2)・・・愚かな選択?

<<   作成日時 : 2017/01/19 14:20   >>

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  昨年末の記事として小生は、トランプ現象について、これを「老人層によるノスタルジック反乱だ」と言う分析を書いた(http://79909040.at.webry.info/201612/article_1.html)。
  要するに、蒸気などの煙をもくもくと噴き上げる旧式の工場で、日々同じ製造ラインに並んで、同じ仕事をこなしておれば、それなりに高い賃金を約束され、平穏な毎日を送れたし、妻帯して子供を数名養うことも可能であった、そういう「良き古い時代」を経験したブルーカラー層が、IT革命とかグローバル経済化の時代で、あっという間に経済事情が変化し、これまでの工場が倒産して廃屋化し、製造業が新興諸国に奪われ、子供世代がまともな職業にも就けず、低賃金の職場は、違法移民たちが奪っていく、そういう目まぐるしい変化の時代に反旗を翻し、「昔の工場よ再び出現せよ」と、そういうノスタルジックな、時代変化の逆転を願望しての政変が起きた、という見方である。Brexitの英国も、同じくEUと言うわけのわからない巨大機構に飲み込まれて、国民国家としての一体性、文化を破壊され、自国のアイデンティティーが失われていくことに対する英国民の反乱があったと言える。

  ところで、小生は昨日、古い自分の記事を点検する作業を偶々していたところ、古い記事ながら、トランプ現象とそっくりなことがベラルーシという国で起きていたことを思い出した。つまり、ロシアで変革の嵐が吹き荒れ、ソ連邦そのものも解体された、そういうあまりに激しい変化の中で、ソ連時代に相対的に裕福な境遇・・・工業・製造業の最終段階である「組み立て産業」部分を担って、それなりに「工業先進国」的に、ソ連邦の中では裕福な国であったベラルーシで起きた「ノスタルジック反乱」の前例である!
 
  そこで今回小生は、再びトランプ現象の「ノスタルジック反乱の本質」を題材として論じてみたい。まずは、ベラルーシに関する記事の部分的再掲載と、他に産経紙で見つけた論文を2種類ほど挙げてみたい。

1.ベラルーシにおける老人層の不安感を利用したルカシェンコによる選挙勝利と独裁化
  (注:この記事は、小生がブログを書き始めた07年の9月 と言う時期に書いたもので、小生がベラルーシに勤務した時代を回想した記事である。若干端折るので原文は以下を参照願いたい: http://79909040.at.webry.info/200709/article_3.html)。
 
  今回は、89--90年に起きた、ソ連・東欧の「革命・変革」に背を向けて、ソ連式の社会主義を大部分継続するという負の選択をした、ベラルーシという奇妙な国家の例を挙げて、国民の選択肢の不可思議さを考えてみたい。
  小生の総括的な評価は、産みの苦しみを通じて、10年弱苦労を重ねたにしろ、人間の欲望と可能性を開放したブルガリアの方が、結果的にはベラルーシよりも成長、発展の速度は高くなっており、より成功したモデルであるとは思うが、そうでないやり方もある、ということでベラルーシはやはり参考にすべき国と思う。ちなみに、自分自身は大した学歴・知性もなく、「暴言癖のある、宣伝屋」という点で、ルカシェンコはトランプと瓜二つだ。にもかかわらず、ベラルーシ社会の秀才たちを使いこなして、経済をそれなりに動かし、国民生活の安定化にも成功した。その意味では、リーダーシップと言う側面では成功した政治家と言えなくもない。

(1)ルカシェンコ大統領の選出
  1994.07.10におけるベラルーシ大統領選で、ソ連邦復活、共産主義体制継続を唱えるアレクサンドル・ルカシェンコが、急激な体制変革、自由化に不安を覚えた主として年金生活者らの老人市民の支持を得て、大統領選に勝利した。同人は2001.09.09の大統領選でも再度勝利を収め、憲法も改正して、大統領職の3選禁止条項を廃棄し、独裁体制を確立した。

(2)ルカシェンコ登場の背景、国民の選択理由
  隣国のロシアでは、経済の自由化、資本主義市場経済体制の推進など急激な改革の中で一部の新興財閥が勃興する中、多くの労働者が失業したし、モスクワの街路には売春婦がたむろするという、悲しい時期があったが、その後ロシアは石油、天然ガスという資源を活用し、また、プーチンという強力な指導者が出現して、社会、経済の混乱を収束させ、経済発展を確実にした。

  他方で、資源も持たず、コメコン(COMECON)経済圏における組み立て産業(機械製品の最終組み立てを担当する)国としての有利な地位を失ったベラルーシでは、国民が経済の市場化、資本主義体制への移行を嫌い(変化を嫌い)、ともかく旧来の工場をそのまま存続させること、失業者を出さないこと、年金の支払いと最低限の市民生活を保障すると言うことを優先させた。集団農場という、社会主義時代の農業体制もそのまま存続させ、軍隊も、警察も、KGB(秘密警察)も、国営企業も、ソ連時代そのままの体制で継続させるという、全く時代錯誤のような政策が実行された。

  そういう夢想主義的なルカシェンコ政権が誕生した背景は、結局の所、ソ連時代に一番高い生活水準を享受して、ソ連邦内の先進共和国としての誇りを感じ、ベラルーシ(白ロシア)という独自の民族としての意識よりも、自分たちもソ連の多数派民族である「(大)ロシア人」の一部、という意識の方が強かった市民感情が、原因であろう。
  要するに、ベラルーシの国民は、ソ連体制に満足していたし、ソ連邦の中の主流派民族ロシア人の一部として、共産主義国家ソ連邦による世界制覇を夢見ていたし、ソ連邦解体に賛成した共和国首脳(ロシア、ベラルーシ、ウクライナの3共和国首脳)の考え方に全く共感ができなかったし、青天の霹靂というべきソ連邦解体にも賛成ではなかったのだ。

  この故に、94年7月の大統領選では、若くて元気で、しかもソ連邦の歴史的意義、偉大さを強調して、社会主義体制の継続を唱えるルカシェンコの選択肢を、国民の多くが支持したのである。最大の背景は、ソ連邦解体後、急速に進められた経済自由化で、国営企業が行き詰まり、失業の危機が生じ、年金の支給額が減少(インフレのせいで相対的に窮乏化)して、とても生活できなくなったからだ。ルカシェンコは、全てを元に戻す、十分生活可能な賃金・年金額を保障すると言ったのだ。

(3)労働者の首切りは無くなり、年金は支給されたが・・・
  ルカシェンコ体制では、企業の経営手法も、統制経済体制も、ほとんど全てがソ連時代に逆戻りした。企業経営陣には、労働者の首切りを禁じたので、ソ連時代に比べて生産量は例えば1/3に減少したのに、労働者の人数は据え置かれた。即ち、生産性は1/3になっても、労働者の首切りは政府の政策として、絶対に不可能となり、賃金はきちんと支払われるという、労働者天国が出現した。
  また、年金生活者の生活も重視され、最低限の生活が可能なように、物価の統制と、物価に見合った年金額の支給が重視された。年金生活者らにとっても、隣国のロシア、ウクライナの友人達に比べて、安心して生活ができるとして、威張れる社会が出現した。そのため、ロシア、ウクライナに居住していたベラルーシ人らが、特に老人層が、喜んで帰国してきて、更には食えなくなったウクライナ人とか、アルメニア人、グルジア人も移住してきて、変革後の人口減少が緩和されたほどである(旧ソ連人としての旅券を持った人々は、人種に関わらず、ベラルーシ国に帰化を許された。ちなみに、ベラの人口は1000万人ほど。)。

  ところが、賃金、年金支給を重視するという、「国民の福祉最優先」の政策は、それを支えうるような経済力に十分裏打ちはされていなかった。ソ連時代に好調だった国営企業も、ベラルーシは組み立て産業に特化した経済構造だったので、部品の供給元であるロシア、ウクライナなどの「協力企業」が倒産して、部品が入ってこなくなったり、部品、素材価格が上昇したりして、企業経営は極めて困難となっていった。生産量は、年々低下する一方であり、利潤も出ない。製品の品質は、社会主義時代と同じか、それ以下となったので、トラック、建設機械、白物家電、などの国産商品は、輸出競争力が不十分で、年々輸出は不振となっていったのである。それでも、前述のように、社員は解雇できない、売上税という国税は支払わねばならない、など企業の体力は殺がれていった。

  それでも、経済が回り続けることができたのは、インフレのおかげともいえるかもしれない。企業にとっては、昔の社会主義時代同様に、モノ(原材料)を備蓄して、細々とでも生産を続けていけば、製品価格はインフレのおかげで月ごとに、半年ごとに高くなるのだから、それなりの売り上げ目標を達成したり、利潤を計上することができる。賃金も支払える。インフレ様様なのだ。
  他方で、もちろん、インフレを追いかける形で、ルカシェンコは賃上げ、年金額の引き上げを命じるので、鼬(いたち)ごっこは続くこととなる。

  スーパーで買い物をしていると、輸入品はもちろんインフレをすぐ反映して値上げが激しいのだが、国民の必需品である国産品の黒パン、ビール、ウオッカ、牛乳などは値上げの速度が遅れ気味だった。モノの統制という社会主義経済だから、インフレの中でも、必需品価格は優遇されていることが明白だった。老人の年金生活者らは、黒パン、サーラ(豚脂)、ウオッカ、などの必需品が買えれば、後は自留地での野菜・果物・ジャガイモの自給を通じて、何とか生きていけるのだ。電気代、暖房費、その他の公共料金も、相変わらず採算レベル以下の水準が保たれており、国民は社会主義の利点を実感して、貧しいながらも、混乱が継続するロシア、ウクライナに比べれば、よほどベラルーシはましだ、ルカシェンコはよい指導者だと、感じていた(00--02年頃の話だが、今もそう変わってはいないだろう)。

(4)インフレにもかかわらず、生活は保たれた
  ビール製造の国営企業経営者は、相変わらず製品価格を国家統制されてはいたが、また品質は低いままであったが、工場が倒産する心配はなかった。

  年金生活者らは、ルカシェンコがウオッカはやめて、ワインとか、ビールとか、アルコール度の低い酒にしようと奨励しても、安いウオッカをやめる気はなかった(0.5L瓶の一番安いウオッカは、円換算140円ほどで買えた。月に10本飲んだとしても、1400円と毎月もらえる年金額の1割程度に収まる。ビールは0.5L瓶で40円ほどだった:02年の頃)。
  主食の黒パンは、ベラルーシの肥沃ではない土壌でも収穫できるライ麦を主たる原料(他は小麦粉)としており、首都ミンスク市の各地域には、社会主義時代以来の古くさいパン工場で、ほぼ毎日のように焼きたてを売っている。焼きたての黒パンは、独特の香りが豊かで、おいしい。ライ麦から作られるロシア式の清涼飲料クワスは、1.5L入りのペットボトルで安く売られていた。愛国者には、同じ黒色系飲料として、コカコーラよりクワスなのだ。ペットボトルという原材料は、ソ連時代には貴重品で、工場も入手できなかったはずだが、周辺国が自由化したおかげで、ルカシェンコ時代には、ペットボトルなどは輸入ができるようになったのだ。ロシア製の、ベラルーシ製よりは味が少しましなビールも、同じく1.5L入りのペットボトルでも売られるようになり、驚いたものだ。

  中国人経営の中華料理店とか、米国資本のマクドナルド店(高級レストランと見られていた)、なども開店していた。

  要約すると、毎月5--10%というかなりのインフレが続いていたが、経営者も、労働者も、年金生活者らも、それなりに安定した生活を送り、大きな不満はなかった。もっとも、工場、企業には、将来展望が無く、青年層も大学を卒業しても、就職先は少なく(ただし、優秀なIT技術者とか、能力のあるものは、西欧とか、ロシアとか、自由な国に出て、出稼ぎすることができるし、美人で有名なベラルーシの女性達は、パリに出てマネキン(モデル)になるとか、外国人と結婚するという脱出方法がある)、出世の機会も少ないので不満があった。もっとも、それなりに(ある程度)優秀な学生らには、軍人、警官という大規模な就職口が待っている。

(5)経済発展が無くとも、ある程度生活は安定する?
  極めて不可思議に思えるが、人間はある程度諦(あきら)めれば、それなりに安定した生活を送れるのではないだろうか。グルメといえるほどのおいしい食品を期待せず、将来の出世とか豊かな生活という「欲望」を捨てて、貧しいながらも、飢えることはなく、細々とこれまで通りの生活を続けられることが幸せ、と考えることができるならば、ベラルーシの国民のように、黒パンとウオッカとサーラが安ければ、暮らしていけると、楽観的に考えるならば、世の中はさほど暮らしにくくはない。

  他方、指導者のルカシェンコは、ソ連時代同様に、軍隊、警察には寛大に資源を割り振るので、軍人とか、KGB職員とか、警官らは、旧来の社会的尊敬を集めうる自分の職場(少なくとも、本人達はそう信じている)に満足している。制服も、備品類も、社会主義時代よりは品質が良くなり、かっこうよくなった。

  消費物資も、闇市場的なものが公認された市場には、商人達がロシアとかポーランド、ウクライナ、トルコなどから買い付けてきた商品が溢れ、ソ連時代に比べればかっこうよいジーンズとか、割安な中国の商品(衣類の他家電製品を含む)が買えるのである。社会主義体制が保たれ、一部の目障りな金持ちが(少しは出現しているが)、あまりにも多くいて目障りなロシアに比べれば、ベラルーシでは、ルカシェンコ様が彼らを取り締まってくれるので、さほど自分たちの貧しさと金持ち達の豪華さという社会格差も目立たない。

  ウオッカは安いし、それなりにうまい!サーラを肴にしてウオッカを飲めれば、他に何が必要だろう!

(6)完全な資本主義ではなくとも、経済は破綻しない?
  ベラルーシの経済は、ある意味小生にとり、未だに謎であるが、それなりに合理性を持っているようだ。成長から取り残されるという欠点はあるが、インフレに基づくタイムラグを利用して(価格は上がるが、賃金、年金の引き上げには、2--3ヶ月の遅れがあるので、そのタイムラグとか、通貨発行による利益とかで、国家は税収不足をカバーできるのである)、ベラルーシの政府は奇跡的ともいえる形で経済を何とか生かしていた。
  かつて、チトー時代末期のユーゴスラビアでも、そのようなインフレが利用されて、国民の不満を最小限に抑えつつ、社会主義体制を保つことができた。ソ連という国家の一部であったベラルーシ共和国の場合、通貨発行の権限は、連邦政府が握り、通貨発行による利益は連邦に奪われていた。ある経済学者の推計では、独立国家となって、自国通貨を発行する権利を得たことで、年間数億ドル分の利益がベラルーシ財務省には生まれたという。

  (小生注:驚いたことに、2017年になっても、未だにベラルーシではルカシェンコ政権が継続されている。恐らくは経済の社会主義的体制は、改善されたとは言ってもほぼそのままであろうが、インフレに関しては、どうやら昔のように毎月10%と言う異様な激しさは無くなっているようだ。結局、政権が安定していれば、国家はある程度余計に紙幣を刷りまくっても、うまく調整すればインフレ率も抑えることができるし、なんとか適正な経済運営の知恵も生まれるらしい。とはいえ、競争力を失った工場などは徐々に閉鎖されているのではなかろうか。
  ベラルーシの現状に関しては、実は小生は十分な情報を持っていないのだが、ルカシェンコ体制がそのまま継続されていることは確からしい。

  なお、ベラルーシに関しては、国民が「政治的自由」とか、「経済的自由」などよりも、これまでの体制の存続と、民生の安定(年金支給の確保、現状の賃金の維持、雇用の維持を含む)を選択したということだ。いわば「変化を嫌い」「昔への逆戻り」を選択した、と言う要素が強いのだ。その意味では、下記に言う「愚かな選択」かもしれないが、とはいえ人間社会の選択肢の一つとして、あり得ることだ・・・と考えれば、一概に否定することはできない。むしろ、英国、米国の先駆けとして、「ノスタルジック反乱」を成したのだ、と考える方が分り易い
。)


2.山崎正和氏の論文:「市場の巨大化と多国籍巨大企業が蝕む国民国家の紐帯」…愚かな選択!
http://www.sankei.com/column/news/170116/clm1701160006-n3.html
  英国のEU離脱、トランプ大統領の勝利・・・この双方とも露骨に自国一国の利益を優先し、孤立を目指すという勢力が勝利した、「愚かな選択」の事例である。とはいえ、この愚かな選択の背景には、巨大な文明上の問題が存在する。
  すなわち、急速に進展する地球規模の市場経済と、長い伝統を持つ国民国家の(間の価値観的な)対立である。

  国民国家は、相互の協力の絆で結ばれる、と言う側面もあったが、昨今の市場は協力ではなく融合を求め、国家の存立を脅かすような破壊力を見せている。
  じっさい現代の巨大企業は、中小国家の予算を超える資金を持ち、安い労働力と低い法人税を求めて、世界中に生産拠点を展開する力を有している。その目的は自己利益の極大化だけだ。そのためなら、国家の利益を損ねようとも、その気勢力を弱めることもあえて辞さない。

  米国において典型的なように、企業の真の主体は投資家であり、顔も感情も持たない無人格な主体なのだ。
  他方で、国民国家は人間臭い集団である。個別の顔は持たなくとも、言語を含む風俗習慣と言う仲間意識で結ばれている。習慣は、その中から法と制度と言う紐帯を生み、それが更に習慣を強化するという循環が生じ、国家の絆は自然環境にも似た安定を保つ。ちなみに道徳、公徳心と言う言葉はギリシャ語、ラテン語では習慣と同義語だった。

  国家は家族や村落の延長線上にあり、個人に帰属意識を与えてきた。国家は習慣の蓄積の産物なのだ。習慣とは、一定の同一性を保ちながら、時間をかければ生き物のように柔軟に変わる。その意味で、現代国家は人類にとっていわば天与の宝なのだ。ところが昨今その力が、企業によって脅かされているのが問題なのだ。
  しかし、企業の台頭で国家の衰微現象が起きているとはいえ、その解決をトランプ流の一国ナショナリズムに求めるのは間違いだ。タックスヘイヴンの撲滅も、法人税の値下げ競争防止も、一国では不可能であり、国際協調と連携が不可欠であるのは素人目にも明らかだ。

  (小生注:同じく07年の記事で、小生は70年代後半にソフィアの英国大使館で出会ったある英国人大使館員が言った、「引退後は直ちに豪州に移民し、ロンドンでは味わえなくなった、本当の英国文化だけの環境で生涯を終えたい」、という言葉を記録している(http://79909040.at.webry.info/200711/article_2.html)。つまり、70年代の英国でも既に、インド、パキスタン、カリブ海などの旧植民地からの移民の増大で、元来のAnglo-Saxon的文化に満ちた生活が侵害され、非英国的多文化社会が周囲に増えていたために、一部の英国人達は、もはや昔のような安心感を味わえるコミュニティーが祖国から消えていたのだ。) 


3.森本敏(さとし)氏の論文:「トランプ大統領の誕生がもたらす米の政策転換/日米は対中国戦略の共通項を共有せよ」・・・欧米諸国では、国際社会の安全保障への責任を背負うことを「過度の負担」と考え、拒否する傾向が増している!
http://www.sankei.com/column/news/170117/clm1701170006-n1.html

   西側諸国では、冷戦終結後に頻発した地域紛争に対応するため、米国に協力した。同盟維持に共通の価値を見出していたのだ。
   しかし、例えばイラク戦争は誤りだったとの見方が多い。中東で多くの兵士を失ったのに、その見返りは反米感情の広がり、財政難、国民の厭戦気分だった。

   グローバル化の影の部分(テロ、難民、移民、犯罪、環境問題)が増大し、富を得た少数者と、窮乏化する中間層と言う風に、格差が開いただけ。国際社会の安全への貢献と言うが、先進国の一部が犠牲を支払っただけ・・・・それよりも自国の国益、国民生活をもっと大事にすべきだ・・・・これが欧米社会の共通の感情となっている。トランプ政権の誕生は、この感情が押し上げた結果だ。

  これは、第二次大戦後国際社会が維持してきた民主的国際主義や同盟重視、経済連携を否定する「歴史的転換の始まり」かもしれない。
  これらの大義に比べれば、トランプ新政権が掲げる移民対策、法人減税、インフラ投資、TPPからの撤退などは、「戦略」とは呼べない、単なる対症療法に過ぎない。  
  

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

 一般には知られざるベラルーシの事情は興味深いですね。とかく日本のメディアは独裁(または強権、軍事)政権=悪と決めつけますが、一般国民は食と職が安定していれば、それなりに満足するのです。米や酒が安ければ、暮らしていけると思う日本国民も多いはず。

「日米は対中国戦略の共通項を共有せよ」と説く森本氏ですが、気がかりもあります。米国随一の親中派キッシンジャーは何度もトランプと面会しており、トランプはキッシンジャーを師と仰いでいるとも言われています。トランプは元々がビジネスマン。中国と通商問題が解決すれば、対中強硬路線から対中宥和路線に転換する可能性は十分にある、と言ったブロガーもいます。

 米・中・露が接近した場合、中国に強硬路線を貫いてきた安倍政権の政策が裏目に出て、日本が孤立する可能性もあります。これは最悪のシナリオですが、トランプが対中強硬派に見えても油断できませんね。
mugi
2017/01/21 21:09
こんにちは、
 かなり古い時点で書いたベラルーシの独裁者の振る舞いが、実は今回登場したトランプと実に瓜二つと言うことに、小生もなかなか気づかなかった。大衆迎合主義とは言っても、国民の切実な願望をくみ取って、その一点に絞って議論を進め、大衆の支持を獲得していく・・・・小泉総理の政治手法も、似たところがあった。

  重要な視点としては、そのルカシェンコ政権下、小生がいた00--02年頃には、年間で見れば物価が2倍以上も上昇した年もあったけど、その後は、政権の安定もあってベラルーシ通貨の価値も持ち直し、近年では年間インフレ率は6%程度と十分許容範囲です。つまり、暴言、極端な政策と見えた政治家が、それなりに政治的な成功をおさめ、政情不安と混乱が続く隣国のウクライナに比べて、高く評価されていること。今のレートは、1000Rbl=6円と、通貨価値が安っぽく見えるけど、通貨は安定していて、それで国民が食えればよい。ただし今年夏には、1/10000へのデノミを断行するそうで、そうすると1ルーブル=60円と、ほぼブルガリアのレフ貨と同じくらいの価値になります。
  
室長
2017/01/23 13:08
(続)
 トランプ政権が、中国、ロシアと「取引」して、米国の国益のみの視点から行動することで、安倍外交が孤立して危機に立つ、という見方は・・・・小生はそう単純な構図になるのかどうか、疑問に思っています。

 オバマ政権の腰が引けていたせいで、既に十分日本国は断崖に晒されるような思いをしてきたけど、日本国民の多くが外交に無関心で、十分な危機意識がないように感じます。むしろもっともっと緊張感をもって、対中国、対韓国、対北朝鮮対策を考えていくべきでしょう。
 トランプ政権の場合は、確かに「取引」をするにしても、凄味が利いているから、対米関係が少し融和傾向にあると言っても、中国が日本に対する挑発行為を継続できるかどうか?中国も経済が揺らいでいるから、国内政治に蹴りが着けば、いったんは経済立て直しに専念する方向に向かう可能性もある。とはいえ、その場合ですら、日本は警戒心を緩めてはいけない。
  特に、北朝鮮を何とかしないと、東アジアは安定を取り戻せない。韓国政治が北朝鮮の世論工作で、どんどん弱っているのも危険で、日本としては、早く国防体制を「世界常識に近づけていく・・・要するに、専守防衛ではなく、場合によっては、爆撃機で相手を攻撃できるような攻撃用の軍備体制」をも保持する必要があると思う。そうしないと北朝鮮、場合によっては、中国からの挑発を防げない。
室長
2017/01/23 13:21
こんばんは。

 トランプ政権が、中国、ロシアと「取引」し、米国の国益のみの視点から行動することで、安倍外交が孤立して危機に立つ、という見方は、私独自のものではなく、他の保守系ブロガーも懸念しています。オバマと違いトランプは何をするか予測が付かず、こんな最悪のシナリオが浮かぶのでしょう。室長さんの仰る通り、そう単純な構図にならないことを願いたいですが。

>>日本国民の多くが外交に無関心で、十分な危機意識がないように感じます。

 仰る通りですね。先日の河北新報の読者コーナーには、北朝鮮には太陽政策を、という投稿がありました。拉致被害者は絶対帰らず、経済制裁も効果がない、ならば北朝鮮崩壊による難民を防ぐために北朝鮮には支援を…という内容。農業をしている70代の男性ですが、こんな投稿を見ると情けなくなります。尤も河北ではこの類の意見だからこそ、載せているのでしょう。
mugi
2017/01/23 22:06
こんにちは、
 この投稿に気付くのが遅くて申し訳ありません。金曜日には、別荘に出かけ庭と道路の枯葉集めをしてきました。今朝帰宅。我が家の猫も、広い家で走り回れるので、それなりに田舎行きは楽しんでいるとは思うけど、やはり猫ですから、家の外に出るのは嫌がります。
  トランプは、小生の感じでは、ルカシェンコ同様に、持論は変えないにせよ、その内に政治に飽きて、有能なスタッフに経済運営などは任せて、自分は熱愛するアイススケート競技(トランプハ何かな?)ばかり楽しむ・・・そういう変化が今後起きうると思うけど、やはり1年、2年目は頑張りそうで(ルカシェンコもそうだった)、同人の頑張りはすなわち、日本に対しても「対日要求」と言う形で、世論の拍手を期待する行動に出るから、まあ日本としても厄介な存在にはなりそうですね。
  とはいえ、日本国は、経済面での強みもあるし、対米外交での忍耐の経験もあるから、何とか忍ぶしかない。そのうち、うまくかわす方法が確立できるでしょう。

  日本がやはり警戒していくべきは、東アジア情勢、そして、東南アジアでの対中競争に勝ち抜くことでしょう。米国が本気に出れば、中国の軍事力など大したことは無く、格が違います。トランプが本当に激怒してくれれば、日本としてはありがたいのですが・・・確かにどう転ぶかはいまだに不明ですね。

  ともかく、米国はやりたい放題やっても、他国は結局見守るしかない。ところが、二国間貿易協定で保護貿易やっても、米国経済全体にとってはマイナスと言う経済学者が多い。静観していけばよい。
室長
2017/01/28 11:43

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