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zoom RSS テロと白人至上主義

<<   作成日時 : 2017/09/06 11:08   >>

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 前回「国際情勢の俯瞰図」を書いたのが、7月15日で、以来早くも2カ月弱が過ぎてしまった。
 小生のさぼり癖が深まっている。このブログの参照数も減退の一途で悲しい。本当は小生のブログ記事の過去記事などを参照し、読んでいただきたいのだが、忙しい皆様には、新しい話題こそが必要なのであろう。

 今回は前回と違い、2つの新聞記事を紹介したいと思う。いずれも時宜に適した好論文で、是非皆様にも注目していただきたいから。自分の脳髄を絞った議論ではない点が、情けないのだが、やはり世の中の賢人に知恵を学ぶべきだし、産経新聞は他紙と違い、新聞記事の優秀な論文なども、購読契約せずとも無料で電子新聞で公開してくれている。利用しないのは損なのだ。

1.テロの根源的理由に関する論文9月3日付産経紙掲載、題名:「宗教を引きずり回す人間」、筆者:文化部 桑原聡、
http://www.sankei.com/premium/news/170903/prm1709030004-n1.html

 (小生の解説:本来この論文は、【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら〈7〉】という、仏の哲学者モンテーニュの思想を解説するシリーズものなのだが、今回桑原氏が示したテロを行う人々の心理に関する分析が素晴らしいので、全文は上記URLで読んでいただくとして、障りの部分のみをご紹介する。

(1)「知っているぞ」という人間の病
 インターネット上に東洋大学京北高校の「哲学教育の実践報告」がアップされている。同校では1年で「倫理」を必修科目としており、そこでは教師が一方的に講義をするのではなく、哲学対話の形式を取り入れているという。一昨年の後期中間考査ではこんな問題が出された。

 「モンテーニュは、悲惨な宗教戦争を経験し、人間というものが、人類救済の悲願をかかげている宗教の名においてさえ、凶暴性を発揮する動物であることを痛いほど実感した。彼は、こうした悲惨さが生じる原因を何だと考えたか。また、それに対して、人間の望ましいありかたはどのようなものだと考えたか。『ク・セ・ジュ』という言葉の意味を明らかにしつつ、詳しく述べなさい」

 日本の教育も捨てたものではないと思う。ちなみに「ク・セ・ジュ」とは、モンテーニュの懐疑主義を象徴する言葉で、「われ何をか知る?」という意味である。さて、生徒の4倍もの時間を生きてきた私はどう答えるだろう。

 「争いの原因には貧困や差別があるが、それ以上に大きいのは強者による価値観の押しつけ(折伏精神)である。一寸の虫にも五分の魂、ボロを着てても心は錦なのだ。人間の望ましいあり方とは、宗教や習慣を盲目的に信じることなく、常に自由で批判的な精神を持ってそれを見つめられるようなあり方ではないか」

(2)先生、10点満点で何点もらえますか?
 回答を考えながら、1984年にイギリスとアイルランドのスーパースターが結成した「バンド・エイド」が歌った「ドゥー・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」を思い出してしまった。アフリカの飢える人々を救おうと募金を呼びかける作品である。善意はとてもよく分かるが、「彼らは今日がクリスマスだと知ってるのか?」とはいかがなものか。余計なお世話ではないか

 さて、『随想録』第2巻第12章「レーモン・スボン弁護」で、モンテーニュは宗教についてかなり踏み込んだことを書いている。
 《よく注意してみ給え。我々は宗教を、われわれの手で引きずり回しているのではあるまいか》と書き始め、《いずれも判でおしたように、その激しい野心にみちた企てのために宗教を利用している。そこに、過激で不正な点であんなにも似通ったゆき方で、行動している》と、極右派、旧教派、新教派を指弾する。加えて《人間の病は、「おれは知っているぞ」という思いあがりである》と注意を喚起する。

 インターネットの普及によってあらゆる情報に容易にアクセスできるようになった。もちろんすばらしいことだ。だが、その容易さが人間を増長させている。たとえば教義の解釈。ネット上の文献や解説を読んだだけで、その叡智(えいち)を理解した気になっていないだろうか。禅の公案ではないが、師の下での厳しい修行のすえに叡智の一端に触れることができるのではないか。インターネットは権威のヒエラルキーを壊し、人間を思い上がらせてしまった
 ISの解釈がどこまで正統的なのか私には判断がつかないが、彼らが「おれは知っているぞ」という思いあがりの病におかされ、都合よく宗教を引きずり回していることだけは間違いない。

2.白人至上主義運動に関し、より客観的な報道を訴えた元駐米大使の論文8月28日付産経紙、「正論」欄、筆者:加藤良三、題名:客観的な「人種差別デモ」報道を、http://www.sankei.com/column/news/170828/clm1708280006-n1.html
  (小生の解説:この論文では、最近のリベラル勢力の政治的思惑で、次々と過去の歴史モニュメント(過去の偉人たちの銅像)を破壊、或いは撤廃していくという運動があって、トランプ政権を困らせるためもあって、巨大マスコミは、このマイノリティー側の動きに関しては目をつむり、白人至上主義者側の暴力にばかり視点を据えるという、間違った報道姿勢だ、と「良識」あるマスメディアの報道を要望している。

(1)正邪対立の単純な構図なのか
 最近起こったアメリカのバージニア州シャーロッツビルでの衝突事件の報道ぶりを見て、改めてその感を深くする。
 日本のメディアの多くが「トランプ憎し」の感情(ないし、その受け売り)を前提にした報道を繰り返した。今回の騒ぎは「白人至上主義者(悪)対市民グループ(正義)」、すなわち単純な正邪対立だとする構図を描いた。私にはトランプ氏を擁護する義理も動機も全くゼロであるし、トランプ氏の大統領ぶりは異様だと思っている。

 しかし、メディアには、日本に居てはよく分からない騒動の発端、経緯、背景をもうちょっと掘り下げて、公正、客観的に伝える責任があるのではないか。

 阿川尚之教授(同志社大)の著作に示される通り、シャーロッツビルはトーマス・ジェファソン(第3代大統領。民主党の祖とされる)が創った南部の穏健、静謐(せいひつ)な学園都市だった。その街の公園に南北戦争の南軍司令官だったロバート・リー将軍の銅像が1924年以来存在してきた。リー将軍は南部はもとより北部でも尊敬された「時代の英雄」「史上の重要人物」だと聞いてきた。

 ごく最近その銅像を撤去・売却するとの決定を市議会が行った。さすがに、この決定に当たっては州の司法を含めていろいろ慎重論、反対論もあったようだ。
 撤去を主張した勢力は、これ以前に銅像が所在していた公園(「リー・パーク」)を「エマンシペーション・パーク」(解放公園)に改称させている。
 この集団・勢力をアメリカの主要メディアは「(一方の)抗議集団に反対するグループ」「カウンター・アクティビスト(反活動家)」などと表現している。

(2)問題は「寛容性」に対する挑戦
 この勢力は何を目指すのだろう? アメリカには南部を中心にして、南軍の軍人の名を冠した公園、街路、ハイウェイ、軍基地を含む諸施設、学校(その中には日本人学生、研究者も行くワシントン・アンド・リー カレッジといった質の高い大学もある)など多数存在する。

 およそ、南部または南部的なものを「悪」として否定する立場を貫くのであれば、名称変更から始まって際限のない騒ぎが続き、結果としてアメリカ自身にとって貴重な歴史の教材が失われることになりはしないか。これは、アメリカの伝統である「寛容性」に対する挑戦ともなりうるだろう。

 この集団の人種差別撤廃の主張(その根底に黒人の見せかけではない怒りのエネルギーがある)を突き詰めれば、やがては、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファソンも人種差別擁護者として糾弾されうるわけで、この点に関する限りトランプ氏の言い分は正しいと私は思う。

 今回のシャーロッツビル衝突を最初に仕掛けたのが、最も筋悪な白人至上主義者を含むグループだったことは不幸な事実だった。またこの事態が発生する環境を作り出したのが「大統領・トランプ」だったというのも正しかろう。
 しかし、問題の本質は「トランプ憎し」の感情の次元を超えるもの、アメリカの歴史がどうなるかに関わるものではなかろうか。

(3)堂々巡りを始めたアメリカ
 現象的には、今回の名称変更、銅像撤去のような風潮への反発が「大統領・トランプ」を生み出し、そのトランプ氏への反発が騒動を招くという堂々巡りをアメリカが始めているように見える。
 これにけりをつける責任と能力はアメリカ以外にはない。

 ただ、アメリカの寛容性が失われることの世界的影響は大きいだろう。中国の指導層や日本のリベラル左翼人士の多くも子女をアメリカ留学に出していると聞く。それはアメリカの寛容性とそれを基盤とする知的、科学技術的発展の底力に信をおいての判断だろう。
 この先、トランプ氏の支持率は一層低下し、アメリカの信頼性がさらに失われるとの報道やコメントが続くと思われる。しかし本当に知りたいのは、広角、望遠機能をフルに働かせて得られる客観的事実とその分析である。その役割の一端をメディアに期待するのが私だけであるはずがない。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

 新記事、心待ちにしておりました。産経新聞のコラムは質が高いですね。河北の購読を止めて産経に変えたいのですが、家族が望んでいるので止められません(嘆)。
 私のお気に入りの作家F.フォーサイスの作品に、「人間はイデオロギーのために争う」という文句がありましたが、イデオロギーとは「宗教」教義でもあります。人類はこの争いを止められないでしょう。

「バンド・エイド」、私と同世代には懐かしいイベントですね。ただ、ある音楽雑誌に載った読者の投稿に鋭い指摘がありました。これも非クリスチャン日本人ならではでしょう。
「「彼らは今日がクリスマスだと知ってるのか?」と言っても、アフリカ人全員がクリスチャンではないのに…」

「白人至上主義」という言葉は酷く禍々しい印象があります。実はKKKのような組織さえ、ユダヤ系圧力団体「名誉毀損防止同盟(ADL)」から支援を受け、狂言テロを行っていたことがwikiにも載っていました。ユダヤ陰謀論に傾く傾向がありますが、「シャーロッツヴィルの裏側/人種で分断されるアメリカ」という記事は面白かったです。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68665210.html

 最近、フランス人作家ミシェル・ウェルベックの『服従』を読んでいます。イスラム系政党が政権与党になり、ムスリムが大統領となるというストーリーで、女性は全て教授職から締め出されます。小説通りにはならないと思いますが、民主主義体制自体がイスラムとは共存が難しいのは確か。人間に主権があるなどケシカラン、主権は神のみにある、というのは正論だから。
mugi
2017/09/07 22:06
mugiさん、こんにちは、
 産経新聞は、電子版で主な記事をきちんと全文報道してくれるので、買わなくとも電子版を読めば、重要記事は全て読めます。ご愛読ください。

 今回の紹介記で小生の心に刺さったのは、やはり1.で、インターネット検索で、ほとんどの人間の叡智に関しても、宗教教義に関しても、凡人は全てわかったという気になってしまう・・・・そして、簡単、単純化した回答でもって、傲慢な結論を導き、自分が神になったような気分で、他者を平気で断罪する権利があると錯覚する・・・・これが、先進国で充実感を味わうほどの知能、到達点に達しえない凡才たちを「狂気」へと走らせる原因となっているということ。

  ネットで得られる知識で、全てを理解しえたと勘違いする・・・・確かに自分もネットの検索機能に随分助けられているけど、根本的な思索、思想部分は、長い人生を経て得られた、人間社会に対する何らかの経験値に基づく部分とか、先輩、周囲の友人から教えられた部分とか、色々な複層的な思索も活用しつつでないと、過った結論へと暴走することとなる。
 自重しつつ、傲慢を避けつつ、しかし、時には決断する勇気も必要です。人生とは難しいものだし、国際関係を見る視点一つとっても、そう簡単には割り切れない。
室長
2017/09/10 11:21

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