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みんなの「宗教」ブログ

タイトル 日 時
テロと白人至上主義
 前回「国際情勢の俯瞰図」を書いたのが、7月15日で、以来早くも2カ月弱が過ぎてしまった。  小生のさぼり癖が深まっている。このブログの参照数も減退の一途で悲しい。本当は小生のブログ記事の過去記事などを参照し、読んでいただきたいのだが、忙しい皆様には、新しい話題こそが必要なのであろう。 ...続きを見る

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2017/09/06 11:08
女系天皇容認論の危険性
   『女系天皇問題と脱原発』(飛鳥新社、2012年12月)と言う本を最近読んだ。3年前の初版であり、Book-Offで510円と格安だったし、小生が尊敬している西尾幹二氏と旧皇族竹田家の末裔竹田恒泰(つねやす)氏の対談だから、面白いはずと言うことで買ったのだ。   4部構成で、それぞれ興味深い、しかも深い洞察が込められた論点であり、小生としても大いに参考となったので、小生なりに要旨をまとめてみようと思う。 ...続きを見る

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2015/11/15 10:46
ムスリムの祭日:仮装祭から立春
   いよいよ在ブル・ムスリム社会の祭日の最後となりました。西欧のカーニバルに当たる仮装祭から立春までと、最後には、ムスリム社会における金曜日の意義をご紹介します。    この次にご紹介するのは、在ブルのジプシーたちの祭日紹介となります。 ...続きを見る

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2015/05/07 14:31
ムスリムの祭日:マホメット降誕祭から立冬まで
 今回は、マホメット生誕祭、マホメットの一夜の旅、そして立冬の3件をご紹介します。 10.Mevlit(トルコ語、英語:Mawlid、Maulid、 ブル語:Rozhdenieto na Mohamed=モハメットの生誕祭) (1)由来   8月29日に、Mohammedの生誕が祝われる。この祭日は、「生誕の夜」と呼ばれていたが、預言者Mohamedの娘Fatimaとその夫Aliの生誕日と関わっていた。   ブル在住のムスリムたちの間では、死者の弔いが52日目となった時に行われる... ...続きを見る

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2015/05/03 09:20
ムスリムの祭日:7--9.夏の始まりから新しい火の採取まで
   今回は、3種類のムスリムの祭日をご紹介します。 ...続きを見る

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2015/04/29 17:06
ムスリムの祭日:ハジとアーシュラー祭
   今回は、メッカ巡礼と言うう義務を果たして、ハジと言う尊称を得る習慣と、アーシュラー祭についてご紹介します。 ...続きを見る

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2015/04/27 09:52
ムスリムの祭日:スイーツ祭、犠牲祭
   今回は、在ブルガリアのムスリム住民たちの祭日、スイーツ祭と犠牲祭の二つをご紹介します。 ...続きを見る

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2015/04/25 14:34
ムスリム系の祭日:前書き〜断食祭
  さて、いよいよ小生が苦手な領域、ムスリムの祭日に関し、これからご紹介する。小生の手持ちのトルコ語辞書(トルコ語と英語の対訳形式)では見つからない単語もあるし、イスラム教に詳しいわけでもないので、間違いもあろうかと思うが、間違いなどの御指摘はコメント欄にどうぞ。 ...続きを見る

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2015/04/18 09:48
ユダヤ人の祭日:9--10.断食とシャバット
   今回で、ようやくユダヤ人の祭日の最後となります。驚いたというか、さもありなんというか、世界中のユダヤ人達が英語、その他の言語でユダヤ教、或はユダヤ歴、などに関し、豊富なwiki記事を掲載しているので、今回は、用語などに関する疑問は、たいてい検索で何とか見つけることができた。アルメニア人に関しては、料理レシピは多く検索でヒットするのだが、ほかの事柄に関しては、必ずしも充実した解説は見付からなかったのだが、ユダヤ人に関しては、検索でほぼ何でも分る。 ...続きを見る

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2015/04/15 12:47
ユダヤ人の祭日:過ぎ越し祭と五旬祭
  ユダヤ人の祭日の続きです。今回は、7--8.の2件をご紹介します。 ...続きを見る

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2015/04/12 17:55
ユダヤ人の祭日:光の祭り〜樹木の新年
   今回は、4--6.のユダヤ人の祭日を説明します。 ...続きを見る

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2015/04/11 16:14
ユダヤ人の祭日:新年〜スコット祭
  さて、今回からいよいよユダヤ人の祭日の本文に入ります。1--3.までです。 ...続きを見る

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2015/04/09 18:01
ユダヤ人の祭日:前書き(その二)
   さて、前書きのその二です。 ...続きを見る

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2015/04/06 13:47
在ブル・アルメニア人の祭日:4--8月期
   さて、今回は、ほぼ4--8月期に祝われる在ブル・アルメニア人たちの祝祭日を取り上げる。順番で言えば9--14番までだ。 ...続きを見る

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2015/04/01 15:01
在ブル・アルメニア人の祝祭日:1.新年
  さて、本書の約1/2弱は、ブル人・クリスチャン(正教徒)たちの祝祭日の紹介で、前回まででこの部分を終えたので、ようやく第2部(II.)の在ブル・アルメニア人の祝祭日に関する記述に移ります。   今回は、アルメニア式新年の迎え方、その前にアルメニア教会の歴史の概説です。 ...続きを見る

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2015/03/07 10:11
59.降誕祭
  今回は、ブル人クリスチャンにとっての最大のお祭りであるクリスマスです。 ...続きを見る

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2015/03/03 17:47
55-58.降誕祭までの12月の祭日
  今回は、クリスマス以前の12月中の祭日4件をまとめました。 ...続きを見る

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2015/03/01 15:49
51-54.11月の祝祭日
 今回は、11月の祝祭日4件をまとめます。 ...続きを見る

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2015/02/28 13:57
48-50.10月の祝祭日
   今回は、10月の3つの祭日をまとめました。 ...続きを見る

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2015/02/26 15:46
42-47.9月の祝祭日
   今回は、ブルにおける9月の祝祭日6件を一括まとめました。 ...続きを見る

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2015/02/25 13:47
40-41.8月の祝祭日
   今回は、分量としては少なめですが、8月の祝祭日として2件をまとまました。 ...続きを見る

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2015/02/24 09:42
偉人百選:ヴァンガおばさん
  とうとう最後、100番目の偉人に到達しました。Vangaおばさんと言い、盲目の婦人ですが、30歳の時から半世紀強、来訪者の悩み、相談に乗り、彼らの個人的問題につき、回答を出して癒すことができました。悩み相談に際しては、霊界と交信して、相談者の親戚とか、死者などへの質問に対しても回答を得てくるなど、超能力とか、予見能力も発揮したと言います。 ...続きを見る

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2014/12/29 14:44
偉人百選:メトディー・クーセフ
   98番目の偉人は、wikiで探しても見当たらないMetodiy Kusevという高僧の話です。現在マケ共和国領のPrilep町に生まれ、帝都に所在したブル正教会代理座で、オスマン政府と交渉し、マケドニア、トラキアのブル人居住地に次々とブル人学校、図書室などの施設建設許可を取得し、オスマン帝国内でのブル人の居住領域の境界線を確定しようと頑張りました。 ...続きを見る

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2014/12/28 08:53
偉人百選:ペータル・ボグダン
  93番目の偉人は、これまであまりブル人の間でもよく知られてこなかった、カトリックの聖職者です。同人は、17世紀と言う、未だに正教徒の間では、ブル民族としての自覚、民族解放運動などの復興期への動きも、始まっていない、むしろオスマン帝国内の同化作用の中で、ブル人の民族的個性が徐々に失われていた時期に、当時西欧文明の一番発達していた伊で学んだおかげで、ブル民族意識に目覚め、西欧、中欧諸国からの支援を引き出すことで、何とかブル民族をオスマン帝国から解放できないかと考え、反乱・蜂起の陰謀を何度も何度も... ...続きを見る

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2014/12/22 10:41
偉人百選:ヨアン・ククゼル
  85番目の偉人は、最近としては珍しい「プラスの偉人」と言えそうです。しかも、教会音楽の世界の人で、説明を読んでもなかなか分らない用語が出てきて手こずりました(意味不明のままのところも、残念ながら残りました)。   生まれは何とアルバニアのDurres(当時はビザンツ帝国領)で、しかも13世紀末頃です。しかし、母親がブル人女性であったことは、代表作の名称からも明らかです。ただし、音楽家としての教育は、ビザンツ首都のコンスタンチノープルの王室音楽学校で受けたし、貧しい家出身だったが、その天性の... ...続きを見る

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2014/12/09 09:31
偉人百選:キリル総主教
  69番目の偉人は、アルバニア北部からブル国へと亡命してきたアルバニア人家族の子弟として誕生したKonstantin Markovと言う人物です。父母ともに名前から見ると、ムスリムではなく、恐らくはオーソドックス教徒だったようです。その意味では、また子息がブル国で誕生したからには、KMもブル人ではない、とは言えません。 ...続きを見る

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2014/11/11 14:21
偉人百選:ガヴリール・クラーステヴィッチ
  65番目の偉人は、G.Krqstevichという人物です。Sliven県Kotel町出身の秀才であったため、Sofroniy Vrachanski(Kotel町出身)の孫にあたるStefan Bogoridi(オスマン帝国高官)から目をかけられ、帝都Kuru-Cheshme地区所在のギリシャ語学校で中等教育を受けた他、パリのソルボンヌ大学法学部に留学させてもらい、大学卒業後の25歳に帝都に戻ってSBの個人秘書、補佐官として活動します。その後、1851年(34歳)以降は、オスマン帝国高官(司法... ...続きを見る

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2014/11/02 16:44
偉人百選:ステファン総主教代理
  64番目の偉人は、Stefan総主教代理といいます。バルカン戦争、第一次大戦での敗北と言う2回の「国家破滅」に直面し、ブル民族の自信が喪失されていた、一番困難な時期に、ブル正教への信仰を繋ぎとめるため、努力しました。Carnegie財団が派遣した国際委員会のために、また、セルビア、ギリシャによる「同化政策」に晒され、代理座という庇護者も失ったこれら両国の占領下で苦しむブル系人のために、彼らがこうむった非人道的被害の証拠を国際委員会に提出して、ブル系住民を保護しようと努力しました。 ...続きを見る

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2014/10/31 09:55
偉人百選:聖ゲオルギー・ノヴィ・ソフィースキと聖ニコライ・ソフィースキ
  55番目の偉人としては、二人のソフィア市内で殉教した聖人が挙げられています。16世紀に、イスラム教への改宗を強要されたが、断固として拒絶し殺害された、「普通のブル人」だという。宗教の話であるし、日本人の立場からは分りにくい部分もあるが、結局近代の国民国家形成において、基盤となったブル人としての民族アイデンティティーの主要素は、@母語としてブル語を話すこと、A宗教的には東方正教会系のオーソドックス教徒であること、B父母、親戚などもブル語を話す共同体・社会に所属していたこと・・・の3要素であろう... ...続きを見る

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2014/10/10 16:12
偉人百選:イヴァン・アセン2世王
  52番目の偉人は、中世ブル第2次王国期の5代目の国王(統治期間が23年と異例の長さ)であるIvan Asen II王です。   この王は、王位を簒奪した伯父のBorilに殺される危機を子供の頃に経験し、南ロシアにまで亡命(逃亡)し、その後成人してロシア人傭兵とともに帰国し、Borilの目をつぶして王位を奪還(1818年)しました(注:中世期盲人は国王位に就けないという慣習があった)。 ...続きを見る

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2014/10/05 17:46
偉人百選:イラリオン・マカリオポールスキ
  48番目の偉人はIlarion Makariopolskiと言います。VT県Elena町の富裕な雑貨商家庭の出身であったため、外国留学ができ、特にギリシャのAndros島の学校で自由な近代教育の雰囲気を味わい、更にはアテネ市の高校でも、民族主義、愛国主義、革命運動(民族解放運動のこと)などを他のブル人留学生らと共に育みました。 ...続きを見る

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2014/09/24 11:20
偉人百選:アンティム総主教代理(その二)
  ★Antim総主教代理の、その二です。 ...続きを見る

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2014/09/21 10:46
偉人百選:ネオフィット・ボズヴェリ(その二)
  Neofit Bozveliに関する、その二です。   上記の記述よりも時系列で、しかも内容豊富です。 ...続きを見る

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2014/09/07 10:16
偉人百選:ネオフィット・ボズヴェリ
  39番目の偉人は、Neofit Bozveli・・・Bozveli(トルコ語で、規律に従わない破戒僧と言う意味だという)と言う不思議な綽名を持つ僧侶の話です。僧侶で、俗人教育に力を注ぎ、Svishtov町を有名な教育センターに育てます。しかし、その後には、愛国主義もあり、ブル人としては、僧侶としても出世できないこと、「売官制度」でオスマン帝国政府から高位の僧職の地位を買い取って、Tqrnovo府主教などとして赴任してくるギリシャ人僧侶(Phanariot僧侶)たちへの憎悪心を募らせます。 ... ...続きを見る

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2014/09/06 13:50
偉人百選:ペータル・ドゥーノフ
  さて、今回37番目の偉人は、19世紀当時としては全く珍しいことですが、米国留学して米国式の思考方法を身に着けて帰国し、帰国後は若干オカルト的な新興宗教を開発し教祖となった人物です。信仰内容そのものは、キリスト教系の新興宗教と見えます。とはいえ、同人自身は謙虚な人柄で、極めて常識的な人間観を持っていたようです。オカルトと言うには極めて常識的な、あまり極端ではない、むしろ現代的な思想を布教していたような気がします。また、米国で世界最先端の知識を得たこともあり、現代知識、科学に対する信奉心もありつ... ...続きを見る

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2014/09/01 13:32
ルクレティウスの詩文が、近代を開幕した
 『1417年、その一冊がすべてを変えた』(河野純治訳、柏書房、2012年10月発行。原作名『The Swerve:How the World Became Modern』、著者:Stephen Greenblatt、2011年発行)という書物を昨年末に、偶々Book –Offで安く手に入れたので、いつものようにトイレの中で読み始めた。  小生にとっては、難しそうで、ササッと読めない本は、基本的には、トイレの中でまず読書のスタートを切り、徐々に速度を上げるために、卓上で普通に読むと... ...続きを見る

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2014/02/05 16:57
イスラム教は、進歩、近代化の障害??
  さて、前回提起したイスラエルとパレスチナの間の中東和平協議が、いまどのような段階にあるのか?進んでいるのかどうかなど、その後一切の情報が報道されていない。ともかく、パレスチナをどういう線引きの領土で独立させるかとなると、様々な問題が山積で、1年、2年の歳月では交渉がまとまるはずがないことなのかもしれない。だから、シリア紛争(内戦)とかで、若干ごたごたしつつも、世界の目がシリアに傾いていて、イスラエルから離れていることは、交渉にとってよりよい環境であるのかもしれない。 ...続きを見る

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2013/09/26 11:55
教会も政府同様に腐敗しているとの記事
   2月25日付記事として小生は、Neofit新総主教の誕生につき書いた(http://79909040.at.webry.info/201302/article_4.html)が、また、その際に注書きで、Neofitには旧秘密警察(DS=デーセー)に保管されていた「DSファイル」が存在したことが、ドシエ委員会(ドシエとは、名簿のこと。DSに協力した人々の名簿、ファイルを調査するために、自由化後に設置された)により明らかにされていることにも言及した。そして、案の定というか、3月8日付のnovi... ...続きを見る

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2013/03/09 18:33
ネオフィット新総主教が誕生
さて、昨年11月12日に、マクシム・ブル正教会総主教の逝去につきこのブログ記事としてご紹介した( http://79909040.at.webry.info/201211/article_3.html)が、2月24日(日)には新総主教の選出が無事完了した由であるので、関連報道をご紹介する。     (注:下記の1――4.までは、http://www.novinite.com/view_news.php?id=147952を主として参考とした。) ...続きを見る

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2013/02/25 11:24
ブルガリア人の名前
 新年おめでとうございます。今年の第1号記事として、ブルガリアに多い名前ということに関して、1月4日付のnovinite.com紙に掲載された記事(http://www.novinite.com/view_news.php?id=146560)をご紹介しようと思う。 ...続きを見る

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2013/01/05 17:17
マクシム総主教の逝去
 さて、11月6日(火)早朝に、ブルガリア正教会トップのマクシム総主教が逝去したので、関連情報をNovinite.com英字紙に基づき、とりまとめてご紹介しておくこととしたい。  実は、同人が総主教に就任したのは、1971年7月4日と、小生が第1回目のブル勤務時代の話なのだが、恐らく小生はその頃外国旅行していたのか、かつまた、共産圏時代として、何ら大きなニュースとして取り扱われなかったせいか、或いは小生が当時宗教に関心がなかったせいか、小生には、この「総主教交替」に関連する記憶が一切無いのが悔... ...続きを見る

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2012/11/12 20:45
キッシンジャー著『外交』について
 ヘンリー・A・キッシンジャー著岡崎久彦監訳の『外交』(上下2巻、1996年、日本経済新聞社)という著作があり、ブックオフで半値で売っていたので、これは安いとすぐに買いました。分厚い著書で、キッシンジャー自身が直面した外交課題に関する経験談かと思ったら、大部分は欧州近代史のお復習いでした。  とはいえ、普通の著作と違って、外交とは、米国にとってどういう哲学、態度で臨むものなのか、欧州の偉大な政治家達の外交哲学はどうだったのか、と言うことを詳しく当事者達の著作、伝記、周囲の人の回顧録、なども読み... ...続きを見る

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2012/10/13 16:01
西と東のキリスト教
 最近また、新しいアイデアが枯渇して、記事更新が遅れている。何か新しい面白い記事はないか、と思っていて、小生が長年所持しているが、宗教への関心の薄さから、ちっとも読み進まない本の中で、少しびっくりした箇所が出てきたので、このことを書こうと思う。 ...続きを見る

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2012/09/19 11:10
ブルガリア正教会と旧秘密警察(DS)との関係
 昨年末頃より、Varna府主教Kirilが、豪華な最新型Lincoln(米車、ハイブリッド型)を乗り回して、地方紙で贅沢すぎる、腐敗だと糾弾されたりして、正教会高僧らの一部が贅沢三昧していることがスキャンダルとなったり、労組によって、正教会は、その会計帳簿を公表せよと指弾されたり、かなりの程度、厳しい世論が、宗教活動の金銭面での「金満ぶり」に対する抗議として、出始めている。 ...続きを見る

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2012/01/22 18:27
日本生まれの一神教?
 小生は、宗教に関しては、無神論ではないにしても、伝統仏教(真宗高田派)程度で十分という感じで、更には自分の宗派に関しても特に勉強したことはない。そうは言っても、バルカン半島、西欧、及び米国などとも若干は関わった「外国生活合計25年」の、「外国通」でもあるから、宗教に全く無関心でもない。その小生が最近、毎回一驚しつつ読んでいるのが、『週刊ポスト』に連載中の井沢元彦氏による「本居宣長の打ち立てた天皇絶対教は、一種の一神教だ」、という驚くべき指摘である。井沢氏によれば、日本においてキリスト教が人... ...続きを見る

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2009/10/16 11:51
ブルガリアのムスリム事情
 最近、Sofia Echo紙(ブルガリア電子ニュース、英文、 http://sofiaecho.com/)には、二つのムスリム関連の記事が掲載されており、興味深いので少しコメントする。因みに、ブルガリア国は07年以来EUの正式メンバー国となって、欧州の一国として新しい歩みを始めており、この7月には元警察官僚(制服組)のボイコ・ボリーソフ新首相が誕生して、汚職・マフィア犯罪 への対策も本格化する見通しで、中東のような不安要因は少ないので、下記の放火事件報道も、さほど重要性を持つ事... ...続きを見る

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2009/10/09 11:34
ムスリムの視点
 最近読んだ新書に、内藤正典(まさのり)著『イスラムの怒り』(集英社新書、09/05/20第1刷)がある。一読しての感想は、「知らなかったことが恥ずかしい」ということ。著者は、欧米的思考、或いはキリスト教的偏見とムスリムとの間の心理的な隔たりの大きさを憂慮している。また、「イスラム原理主義」とか「過激派テロ」とか言うレッテル貼りが、米国による一方主義的な「戦争行為」を正当化するために、安易に使用されていること、これに日本人が簡単に与してはならないこと、などに関して警鐘を鳴らしている。詳しくムスリ... ...続きを見る

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2009/07/30 17:48
キリスト教裏面史
 ヘレン・エラーブ著『キリスト教暗黒の裏面史』(徳間文庫、2004年12月初版)は、実に驚くべきキリスト教教団の発展史というか、同教会が西洋・西欧文明に対していかに多くの傷跡を残したかを解明した告発の書である。こういう視点でキリスト教会の歴史を、約2千年にわたる通史として、一貫した視点で書き通した書物は、他に皆無であろう。 ...続きを見る

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2009/05/25 16:47
韓国の知恵(理と気)、中国の知恵(羊と貝)
  前回「経済専門家」の由々しき勘違いから、前川リポートという誤った政策が提言され、日本国を「経済敗戦」に陥れたことを嘆いた。今回は、なぜ経済学をはじめ人文系学問には、過ちが頻発するのか、その理由を考察すると共に、最近読んだ韓国論、中国論にも話を進めたい。   本当は、来週書くことが無くなるので、この記事は来週まで貯金しておこうと「せこい」ことも考えたが、ブログは材料がなければ休めばよいし、一部の熱心に読んでくれている読者のことを考えれば、思いついたことは隠して死蔵するより、早く発表した方がよ... ...続きを見る

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2008/04/18 16:33
独裁型指導者という政治形態
バルカン半島では、どうして独裁者型指導者が近代史、現代史においてもしばしば出現するのだろうか、と98年に考えて小生が書いた原稿が見付かりました。最近、ブルガリア、バルカン半島から離れた議論ばかりしてきたので、少し反省して、この原稿に少し手を加えて、皆様に考えていただこうと思います。バルカンばかりではなく、ロシアも独裁者型指導者(プーチンを含め)の方が成功の確率が高いようですが、ロシアもバルカン半島から導入したオーソドックス教会(ギリシャ正教系東方正教会の教義)が主流なので、同じような社会とな... ...続きを見る

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2008/01/14 12:21
宗教、伝統、IT革命と金の自由
 さて、これまで、小生は、失敗に終わったブルガリアの社会主義に関する考察から、金に自由を与えて、人々に自ら用意した金で、自ら商売を興して金儲けをする自由を与えること(資本主義の容認)が、人々の創造力を活性化して、社会を豊かにするし、民主主義の進歩にも寄与すると説いてきた。  また、前回は、社会主義におけるモノの統制同様に、人々から「金の自由」貫徹の可能性を阻害する、もう一つの要因としての伝統社会という弊害にも言及した。  今回は、更にもう一つの弊害として、宗教を取り上げてみたい。  今回も... ...続きを見る

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2007/10/20 15:06

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