ブルガリアの自由化に対するドイツの貢献
今回は、小生が02--05年にブルガリアに滞在した頃のブルガリアに関する観察について少し書いてみたい。次に書くことは、全く全体的な印象としての評価であり、必ずしも実証的な根拠があるわけではない。しかし、小生は当時の新聞はかなり詳しく熟読していたので、少なくともブルガリアのメディアの評価とは概ね一致していると思う。また、あまり誰も気づいていないようなのだが、ブルガリアの民主化には、マスコミ資本として進出したドイツ、米資本の貢献が大であると思う。最後の段では、小生が常々不思議に思っている、日本の銀行業界の不甲斐ない外国への展開ぶりに関する疑問を書いてみた。
1.コストフ政権への評価
89年末に、共産党内部の「宮廷革命」が、ドブリ・ジューロフ国防相、ムラデーノフ外相らの共産党政治局員を中心に企図され(これが、ゴルバチョフら、クレムリン首脳の働きかけに基づいてのクーデターであったことに関しても、既に書いた)、これが成功して、ジフコフの独裁体制が崩壊し、結局はブルガリアの社会主義体制も崩壊した。
その後1997年4月にコストフ政権というSDS(セデセ、民主勢力同盟)党による保守派政権ができ、この政権は①タバコ・マフィア(注:外国製タバコを密輸する組織。主として免税品として輸入した米国製・英国製タバコなどを、ブルガリアの港で受領した後に、再度モンテネグロ経由で西欧に密輸出して儲けるシステム)を育成し、また、②国営企業をマフィア系資本家らによって民営化する(一応元来の国営企業の経営陣+労働者が形成する「労使組合」による国営企業株式の買収形式をとるが、民営化後早い段階で、「労使組合」の本当の裏の組織であったマフィア系資本家らが、再度株式を安値で買い占めて、国営企業を乗っ取るやり方)方式で、SDS系列のマフィア系資本家層を育成し、これらのマフィアから政権への裏献金を盛んに取り立てて「金権政治」モデルを確立した。
イヴァン・コストフ首相は、これらの潤沢な裏金を基盤に、党内・閣内での絶対権力を手中に収め、大臣らに対しても厳しく統制を利かせ、政府機構を効率的に機能する機関へと変化させ、混乱していた国内の政情を安定化させ、経済復興も軌道に乗せることに成功した。コストフ政権は、かなり金銭的には腐敗していたが、政治の方向性では、まともな保守政権として必要な改革を断行し、親米、親EU路線を確立したので、米国政府、ドイツ政府もそれなりに高く評価した。不正の多い民営化ではあったが、民営化が促進されて、資本主義体制も確立された。
もっとも、ブルガリアにおけるマフィアの急激な躍進は、必ずしもコストフ政権のみの罪状ではなく、それまでの左派系、あるいは右派系政権下で、すでに進行済みの過程でもあった。ブルガリア政府関係者は、よく「すでにマフィア資本は、原始的な資本蓄積を完了したので、これらマフィア資本も、やがてはまともな資本家に成長する」と楽観論を展開していたことを思い出す。彼らの予測は、少し楽観的すぎて、マフィア資本はその後もはびこっているのだが、それでもまあすでに真っ当な資本家も出現しているようだ。
2.シメオン政権の登場(2001/07)
シメオン(2世)・サクスコブルク元国王は、亡命先のスペインから帰国し、王政支持派の老人達の他に、外国留学組の秀才で、変革後に直ちに米国、英国などに移住して、メリルリンチとか英国シティーなどの金融業界で頭角を現したミレン・ヴェルチェフ、ニコライ・ヴァシーレフ、その他の秀才青年ヤッピー(yuppie=young, urban, professionalsの略で、都会派秀才金持ち青年を指す)達を勧誘して、NDSV(エンデセヴェと読む。シメオン2世国民運動の略語)という政党を立ち上げ、01年6月(1990以降第5回目の総選挙)の自由総選挙で大勝利を収め、政権を獲得した。
NDSV政権は、王政派という古い衣と、ヤッピー政治家達という新しい衣を身につけた、若干怪しげな勢力の混合ではあったが、従来のBSP(ベセペ。社会党:元共産党からの変身政党)という左派と、SDS(セデセ)というヤクザ・マフィアが多く浸透したような保守派との両派による政権交代という中では、益々日ごとに貧しくなり、生活苦にあえいでいた多くの大衆の「早期生活水準向上」への願望を担っての登場だった。
実際には、王政派も、ヤッピー大臣達も、及びNDSVと連立を組んだトルコ人系政党のDPS(デペセ)党も、政権就任後には、自らの利権に忠実に動いた部分が多く、大衆の給与所得を急激に向上させうるような「魔法の杖」を持ち合わせず、「早期の生活水準向上」などは実現不可能な公約であることが判明した。元国王とその側近達、及び帰国組のヤッピー大臣達、トルコ系政治家らが、豪華な外車に乗り、日々華麗な生活ぶりを享受しているのに対し、年金生活者、一般勤労者などの生活はさほど向上しないので、大衆の恨みが高じて、4年の任期末頃には、次期総選挙で左派のBSPが勝利するのは確実な情勢となっていた。首相となったシメオン王は、父ボリス王(戦前、戦時中の国王)と同様に、あらゆる重要事項に関して、なかなか決断を下さないが、最終的には決断を独断で下すタイプの「古狐」であり、バルカン半島には多く出現する「権威主義的、独裁的指導者」として、前任のコストフ首相とも相通じるタイプの政治家であった。
シメオン政権も、それなりに慎重な政権運営を行い、種々のスキャンダルが頻発したが、それでもなんとか4年間の任期を乗り切り、その間、経済は好調に回復、成長軌道に乗った(残念ながら、大衆が期待したような、魔法のような生活向上は実現しなかったが)。この経済面での成功の一番の功労者は、ヤッピー大臣のヴェルチェフ蔵相といわれる。もっとも、同人も、ヴェルチェフ家・一族の利権のために少しは手を貸していた側面もあるようで、必ずしもきれいな政治家とも言えないかもしれないが、それはシメオン王をはじめ、ほとんどの大臣、高官らについても言えることである。国益のためにだけ努力するほど、この国の政治家達は清廉潔白ではない。
ヴェルチェフ蔵相成功の秘密は、IMF、世銀からの強い要請、圧力によるとはいえ、財政赤字を一切許さない、超健全、超規律的な予算を組み、これを強行したこと。どの省庁からの、いかなる要求に対しても、「国庫に金はない」の一点張りで、金を出さず、予算を均衡させることに専念したことである。しかも、ブルガリアのレフ貨幣は、ユーロの1/2に為替相場を固定して(実際には、ユーロ切り替え前のドイツ・マルクと等価としたもの)、通貨不安を寄せ付けず、インフレを防いだ。通貨への信頼は回復された。
それにしても、ブルガリアのような貧しい国で、政府ががんばって超均衡財政を実施しているのに、日本が赤字国債を相変わらず発行していることは許し難い。更に付言すべきは、欧州諸国のほとんどが、消費税(付加価値税:VATという)が15--25%という高率である事実。ブルガリアも、消費税は一律20%であり、食料品であろうが、学用品であろうが、全てに20%もの消費税を徴収して、財政基盤を固めている。日本国民も、5%という低い消費税で年金、医療を賄えるはずはないと覚悟を決めるべきだろう。
3.マスコミの発達とドイツの貢献
小生が感じたブルガリアの自由化、資本主義化における功労者は、もちろん口やかましく「苦言」を呈して説教をたれてきた歴代の在ソフィア米国大使の貢献もあろうが、むしろ静かに、裏の方からマスコミの発達、経済の発展に貢献したドイツ資本の貢献を考えてみたい。ドイツ大使館は、旧東ドイツの大使館(かなり巨大な建物)を引き継いでいる他は、さほど表にたっての動きを見せなかったが、かなり早くからコストフと、SDSの一部政治家らを有望と見込み、育成していたように思う。
ドイツ資本は、WAZ(West Algemeine Zeitung)グループが、ブル最大の日刊紙であるTrud、及び24 Chasaの両紙(トルット紙が3割、24チャーサ紙が2割の市場シェア)を経営し、合計でブル日刊紙市場の5割強(6割とも言われた)を押さえるほどの市場占有率を示し、このことによって、ブルのマフィア系とか、一部政党とかが支配しない、自由な言論活動を支援し、自由社会の定着に貢献した。
豪・米のテレビ資本家マードックもbTVという民間資本系で、最大視聴率を誇るテレビ局を設立、経営することで、ブルガリア社会の民主主義確立のために貢献した。
ドイツ資本はまた、Billaとか、Maximなどのスーパーがチェーン店舗を展開することで、ブルガリア国内の食品系企業の生産を後押ししたし、商業の近代化を促進した。
スーパーが、安い値段で、良質の商品を提供し、マスコミが公正な視点で情報を流す、ということは成熟した西側国家では普通のことだが、長らく社会主義国として、情報も、商品も国家独占で、偏向的な、規制と統制の中での流れしかなかった国で、これらをまともなものに是正するということを実現することは、国家が普通の資本主義国、自由民主主義国家として再生する上では、極めて重要なことだった。そういう東欧の小国家が、普通の国に再生し、復興していくために、ドイツという国は、影ながら、スーパーを進出させたり、マスコミ企業が進出したりして、手助けしたのだ。
もちろん、マードックが民放局を開局して、有料で高価となった新聞を毎日は買えない層のために、民主主義的で、公正なマスコミとしてのテレビ情報を提供し始めた裏にも、米国政府の影ながらの支援が考え得る。
銀行資本の面では、ギリシャ、墺(オーストリア)、独資本が、携帯電話など通信に関しては、墺、ギリシャ、石油資本では墺、露資本などが進出している。銀行、通信も、社会の自由化、資本主義発展のために重要だ。
これらの欧州資本、米国資本、或いはトルコ、ギリシャ、墺を含めた近隣国資本などの進出が、経済の近代化、金融の近代化、通信の近代化、商業の近代化、などあらゆる面での進歩、発達に貢献している。
しかし、やはり賞賛すべきは、早い段階からマスコミ(新聞)、スーパーという形での進出と貢献を実行したドイツ資本の動き、マードックによるテレビ開局の動きであろう。表向きは、政府とか、政治とかは何ら関係のない、資本家の動きにしか見えないが、やはり裏では、ドイツ政府、米国政府の意向が、或いは政策意向があったと思うし、これはまた全く正しい判断であったと思う。特にドイツは、口先はほぼ何もブルの内政に干渉するようなことは言わず、しかし、ブルの言論の自由を保証するマスコミに貢献したのだ。
日本政府においても、下記の小生の銀行業奨励のように、自国の強みを冷静に分析して、諸外国に上手に「貢献」するような施策、政策があるべきだろう。ODAを出すばかりが、対外貢献における良策とは思えない。そもそも、貯蓄に熱心な国民性もあるし、日本の銀行は本気で、諸外国で、中小企業育成、貧困家庭への融資などを通じて、日本国民の資金的蓄積をうまく活用していくべきでもあろう。
4.なぜ日本の銀行は、信用という最大の資本を保有しているのに、世界展開しないのだろう?
翻って、日本の場合、小生は、東欧における経済の民主化、資本主義確立支援の意味で、日本の銀行が、自由化後の東欧にリスクを冒してでも早期に進出してくれることを密かに願ったものだが、日本の銀行資本家達にはそういう男気も、勇気もなく、むしろ国家の裏書き、保証がない新興国の企業など信用できないとして、取引を断り、商社も引き揚げたし、何らのめぼしい投資も行わなかった。近視眼的だし、先見の明が何もないといえる。
そもそも、他の東欧は別としても、ブルにおける日本の評判は極めて良く、日本ブランド、日本人への信用は絶大だったので、銀行という一番信用を要する業種には、日本が率先して東欧その他の新興国市場に進出するべきだと、小生は今でも思っている。ばくち的な取引、金融工学には弱くても、銀行口座の管理の面での正確さ、正直さでは、日本の銀行は世界に冠たる側面がある。こういう正確無比な口座管理は、欧米人には意外に苦手であり、銀行業で日本が世界に進出できないことが、小生には不思議でならない。単に、英語などの外国語に堪能な人材が足らない、というのなら、これからはそういう面での教育に力を注いで行員を育てればよいはずだし、現地人を活用すればよい。日本人には、金にきれい、正直で、人の金を欺さない、盗まない、ごまかさない、などの一番大切な金融道徳心があり、更にはサービス業における親切心なども得意で、要するに銀行業においてもっとも大切な資質、要件を備えている国民性だと思う。そういう日本が、世界における銀行支店網の展開に積極的でないことは不可思議だ。日本の銀行の支店が、世界各地に細かく展開されていれば、外国の企業も、個人も、大いに信用して活用してくれるであろうに。
1.コストフ政権への評価
89年末に、共産党内部の「宮廷革命」が、ドブリ・ジューロフ国防相、ムラデーノフ外相らの共産党政治局員を中心に企図され(これが、ゴルバチョフら、クレムリン首脳の働きかけに基づいてのクーデターであったことに関しても、既に書いた)、これが成功して、ジフコフの独裁体制が崩壊し、結局はブルガリアの社会主義体制も崩壊した。
その後1997年4月にコストフ政権というSDS(セデセ、民主勢力同盟)党による保守派政権ができ、この政権は①タバコ・マフィア(注:外国製タバコを密輸する組織。主として免税品として輸入した米国製・英国製タバコなどを、ブルガリアの港で受領した後に、再度モンテネグロ経由で西欧に密輸出して儲けるシステム)を育成し、また、②国営企業をマフィア系資本家らによって民営化する(一応元来の国営企業の経営陣+労働者が形成する「労使組合」による国営企業株式の買収形式をとるが、民営化後早い段階で、「労使組合」の本当の裏の組織であったマフィア系資本家らが、再度株式を安値で買い占めて、国営企業を乗っ取るやり方)方式で、SDS系列のマフィア系資本家層を育成し、これらのマフィアから政権への裏献金を盛んに取り立てて「金権政治」モデルを確立した。
イヴァン・コストフ首相は、これらの潤沢な裏金を基盤に、党内・閣内での絶対権力を手中に収め、大臣らに対しても厳しく統制を利かせ、政府機構を効率的に機能する機関へと変化させ、混乱していた国内の政情を安定化させ、経済復興も軌道に乗せることに成功した。コストフ政権は、かなり金銭的には腐敗していたが、政治の方向性では、まともな保守政権として必要な改革を断行し、親米、親EU路線を確立したので、米国政府、ドイツ政府もそれなりに高く評価した。不正の多い民営化ではあったが、民営化が促進されて、資本主義体制も確立された。
もっとも、ブルガリアにおけるマフィアの急激な躍進は、必ずしもコストフ政権のみの罪状ではなく、それまでの左派系、あるいは右派系政権下で、すでに進行済みの過程でもあった。ブルガリア政府関係者は、よく「すでにマフィア資本は、原始的な資本蓄積を完了したので、これらマフィア資本も、やがてはまともな資本家に成長する」と楽観論を展開していたことを思い出す。彼らの予測は、少し楽観的すぎて、マフィア資本はその後もはびこっているのだが、それでもまあすでに真っ当な資本家も出現しているようだ。
2.シメオン政権の登場(2001/07)
シメオン(2世)・サクスコブルク元国王は、亡命先のスペインから帰国し、王政支持派の老人達の他に、外国留学組の秀才で、変革後に直ちに米国、英国などに移住して、メリルリンチとか英国シティーなどの金融業界で頭角を現したミレン・ヴェルチェフ、ニコライ・ヴァシーレフ、その他の秀才青年ヤッピー(yuppie=young, urban, professionalsの略で、都会派秀才金持ち青年を指す)達を勧誘して、NDSV(エンデセヴェと読む。シメオン2世国民運動の略語)という政党を立ち上げ、01年6月(1990以降第5回目の総選挙)の自由総選挙で大勝利を収め、政権を獲得した。
NDSV政権は、王政派という古い衣と、ヤッピー政治家達という新しい衣を身につけた、若干怪しげな勢力の混合ではあったが、従来のBSP(ベセペ。社会党:元共産党からの変身政党)という左派と、SDS(セデセ)というヤクザ・マフィアが多く浸透したような保守派との両派による政権交代という中では、益々日ごとに貧しくなり、生活苦にあえいでいた多くの大衆の「早期生活水準向上」への願望を担っての登場だった。
実際には、王政派も、ヤッピー大臣達も、及びNDSVと連立を組んだトルコ人系政党のDPS(デペセ)党も、政権就任後には、自らの利権に忠実に動いた部分が多く、大衆の給与所得を急激に向上させうるような「魔法の杖」を持ち合わせず、「早期の生活水準向上」などは実現不可能な公約であることが判明した。元国王とその側近達、及び帰国組のヤッピー大臣達、トルコ系政治家らが、豪華な外車に乗り、日々華麗な生活ぶりを享受しているのに対し、年金生活者、一般勤労者などの生活はさほど向上しないので、大衆の恨みが高じて、4年の任期末頃には、次期総選挙で左派のBSPが勝利するのは確実な情勢となっていた。首相となったシメオン王は、父ボリス王(戦前、戦時中の国王)と同様に、あらゆる重要事項に関して、なかなか決断を下さないが、最終的には決断を独断で下すタイプの「古狐」であり、バルカン半島には多く出現する「権威主義的、独裁的指導者」として、前任のコストフ首相とも相通じるタイプの政治家であった。
シメオン政権も、それなりに慎重な政権運営を行い、種々のスキャンダルが頻発したが、それでもなんとか4年間の任期を乗り切り、その間、経済は好調に回復、成長軌道に乗った(残念ながら、大衆が期待したような、魔法のような生活向上は実現しなかったが)。この経済面での成功の一番の功労者は、ヤッピー大臣のヴェルチェフ蔵相といわれる。もっとも、同人も、ヴェルチェフ家・一族の利権のために少しは手を貸していた側面もあるようで、必ずしもきれいな政治家とも言えないかもしれないが、それはシメオン王をはじめ、ほとんどの大臣、高官らについても言えることである。国益のためにだけ努力するほど、この国の政治家達は清廉潔白ではない。
ヴェルチェフ蔵相成功の秘密は、IMF、世銀からの強い要請、圧力によるとはいえ、財政赤字を一切許さない、超健全、超規律的な予算を組み、これを強行したこと。どの省庁からの、いかなる要求に対しても、「国庫に金はない」の一点張りで、金を出さず、予算を均衡させることに専念したことである。しかも、ブルガリアのレフ貨幣は、ユーロの1/2に為替相場を固定して(実際には、ユーロ切り替え前のドイツ・マルクと等価としたもの)、通貨不安を寄せ付けず、インフレを防いだ。通貨への信頼は回復された。
それにしても、ブルガリアのような貧しい国で、政府ががんばって超均衡財政を実施しているのに、日本が赤字国債を相変わらず発行していることは許し難い。更に付言すべきは、欧州諸国のほとんどが、消費税(付加価値税:VATという)が15--25%という高率である事実。ブルガリアも、消費税は一律20%であり、食料品であろうが、学用品であろうが、全てに20%もの消費税を徴収して、財政基盤を固めている。日本国民も、5%という低い消費税で年金、医療を賄えるはずはないと覚悟を決めるべきだろう。
3.マスコミの発達とドイツの貢献
小生が感じたブルガリアの自由化、資本主義化における功労者は、もちろん口やかましく「苦言」を呈して説教をたれてきた歴代の在ソフィア米国大使の貢献もあろうが、むしろ静かに、裏の方からマスコミの発達、経済の発展に貢献したドイツ資本の貢献を考えてみたい。ドイツ大使館は、旧東ドイツの大使館(かなり巨大な建物)を引き継いでいる他は、さほど表にたっての動きを見せなかったが、かなり早くからコストフと、SDSの一部政治家らを有望と見込み、育成していたように思う。
ドイツ資本は、WAZ(West Algemeine Zeitung)グループが、ブル最大の日刊紙であるTrud、及び24 Chasaの両紙(トルット紙が3割、24チャーサ紙が2割の市場シェア)を経営し、合計でブル日刊紙市場の5割強(6割とも言われた)を押さえるほどの市場占有率を示し、このことによって、ブルのマフィア系とか、一部政党とかが支配しない、自由な言論活動を支援し、自由社会の定着に貢献した。
豪・米のテレビ資本家マードックもbTVという民間資本系で、最大視聴率を誇るテレビ局を設立、経営することで、ブルガリア社会の民主主義確立のために貢献した。
ドイツ資本はまた、Billaとか、Maximなどのスーパーがチェーン店舗を展開することで、ブルガリア国内の食品系企業の生産を後押ししたし、商業の近代化を促進した。
スーパーが、安い値段で、良質の商品を提供し、マスコミが公正な視点で情報を流す、ということは成熟した西側国家では普通のことだが、長らく社会主義国として、情報も、商品も国家独占で、偏向的な、規制と統制の中での流れしかなかった国で、これらをまともなものに是正するということを実現することは、国家が普通の資本主義国、自由民主主義国家として再生する上では、極めて重要なことだった。そういう東欧の小国家が、普通の国に再生し、復興していくために、ドイツという国は、影ながら、スーパーを進出させたり、マスコミ企業が進出したりして、手助けしたのだ。
もちろん、マードックが民放局を開局して、有料で高価となった新聞を毎日は買えない層のために、民主主義的で、公正なマスコミとしてのテレビ情報を提供し始めた裏にも、米国政府の影ながらの支援が考え得る。
銀行資本の面では、ギリシャ、墺(オーストリア)、独資本が、携帯電話など通信に関しては、墺、ギリシャ、石油資本では墺、露資本などが進出している。銀行、通信も、社会の自由化、資本主義発展のために重要だ。
これらの欧州資本、米国資本、或いはトルコ、ギリシャ、墺を含めた近隣国資本などの進出が、経済の近代化、金融の近代化、通信の近代化、商業の近代化、などあらゆる面での進歩、発達に貢献している。
しかし、やはり賞賛すべきは、早い段階からマスコミ(新聞)、スーパーという形での進出と貢献を実行したドイツ資本の動き、マードックによるテレビ開局の動きであろう。表向きは、政府とか、政治とかは何ら関係のない、資本家の動きにしか見えないが、やはり裏では、ドイツ政府、米国政府の意向が、或いは政策意向があったと思うし、これはまた全く正しい判断であったと思う。特にドイツは、口先はほぼ何もブルの内政に干渉するようなことは言わず、しかし、ブルの言論の自由を保証するマスコミに貢献したのだ。
日本政府においても、下記の小生の銀行業奨励のように、自国の強みを冷静に分析して、諸外国に上手に「貢献」するような施策、政策があるべきだろう。ODAを出すばかりが、対外貢献における良策とは思えない。そもそも、貯蓄に熱心な国民性もあるし、日本の銀行は本気で、諸外国で、中小企業育成、貧困家庭への融資などを通じて、日本国民の資金的蓄積をうまく活用していくべきでもあろう。
4.なぜ日本の銀行は、信用という最大の資本を保有しているのに、世界展開しないのだろう?
翻って、日本の場合、小生は、東欧における経済の民主化、資本主義確立支援の意味で、日本の銀行が、自由化後の東欧にリスクを冒してでも早期に進出してくれることを密かに願ったものだが、日本の銀行資本家達にはそういう男気も、勇気もなく、むしろ国家の裏書き、保証がない新興国の企業など信用できないとして、取引を断り、商社も引き揚げたし、何らのめぼしい投資も行わなかった。近視眼的だし、先見の明が何もないといえる。
そもそも、他の東欧は別としても、ブルにおける日本の評判は極めて良く、日本ブランド、日本人への信用は絶大だったので、銀行という一番信用を要する業種には、日本が率先して東欧その他の新興国市場に進出するべきだと、小生は今でも思っている。ばくち的な取引、金融工学には弱くても、銀行口座の管理の面での正確さ、正直さでは、日本の銀行は世界に冠たる側面がある。こういう正確無比な口座管理は、欧米人には意外に苦手であり、銀行業で日本が世界に進出できないことが、小生には不思議でならない。単に、英語などの外国語に堪能な人材が足らない、というのなら、これからはそういう面での教育に力を注いで行員を育てればよいはずだし、現地人を活用すればよい。日本人には、金にきれい、正直で、人の金を欺さない、盗まない、ごまかさない、などの一番大切な金融道徳心があり、更にはサービス業における親切心なども得意で、要するに銀行業においてもっとも大切な資質、要件を備えている国民性だと思う。そういう日本が、世界における銀行支店網の展開に積極的でないことは不可思議だ。日本の銀行の支店が、世界各地に細かく展開されていれば、外国の企業も、個人も、大いに信用して活用してくれるであろうに。
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