マケドニアにおける民族紛争

前回は、「帝国」の2番手支配民族の心理ということで、帝国解体後に、帝国時代の自民族の繁栄ぶりにちょっぴり郷愁を感じつつも、独立国家・小国家の民族として、どうやって誇り高く生きていくか、とまどいつつ模索する民族がいることを、国際政治の舞台裏に関する考察として、考えてみた。その際に北アイルランド問題という「民族紛争」の抱える、永遠の殺し合いという現実の背景にも少し踏み込んだつもりである。最近、96年3月当時小生が書いた、今日のマケドニアにおけるマケドニア人とアルバニア人との間の紛争=民族対立が、北アイと同様の深みに陥る危険性を指摘した論文が見付かったので、この論文(今回手を加えた改訂版)もご紹介したい。
 なお、このブログは最近、月間4200回ものアクセスがあり、そのうち2400回ほどは、ページをめくって読んでいただいているようです。読者の皆様に、ご愛読を感謝します。

1.自ら選択したのではなかった独立の経緯 
バルカンの中で、独立国家となることが中々できなかった中小民族の一つであるマケドニア人も、1991年、ユーゴの解体に伴い、ようやく独立を達成した。しかし、独立後改めて気がついてみると、国内西部、北部に集中して住んでいるアルバニア人達が、マケドニアという小さな国家の中では、人口の2割(一説には3割)も占めるという「大きすぎる少数民族」を国内に抱え、アルバニア人達の処遇に苦慮する日々が待っていた。

 そもそも、ユーゴ「帝国」の中で、セルビア人に忠実な3番手支配民族として、スロベニア、クロアチアからの税金(他人の財布)で、マケドニアはぬくぬくと経済成長させてもらっていた。しかし、独立してみれば、自前の少額の税収で、自前の国軍・警察を組織・維持しなければならない(新たな負担の増大)上に、国内には過剰な「厄介者の少数民族を抱え込んでいる現実」にも気がついて、愕然とすることとなった。したくてした独立でもなく、「帝国」内で満足していたのが、成り行き上独立して、独立後は難問山積なことに気がついて、愕然とする、という経緯は、ベラルーシとも似ている。

2.マケドニア映画を鑑賞
 96/3/18(月)知人から、新宿歌舞伎町の「シネマスクエア東急」でマケドニアをテーマとした「Before the Rain」の映画を上映している旨教えられた。翌19日(火)夕刻、勤務先から早めに抜け出して、18:45より開始の同映画を見に行った。

 映画の初っぱなから、印象的なバルカン音楽が耳をついた。珍しくブルガリアでは聞いたことのない(通常マケの民謡はブル音楽とほとんど同じメロディー)全く独自な感じ(マケドニア?)がする。しかし、いずれのバルカン音楽にも共通するトルコ的な匂いが濃厚な、重い面があるようで、そのくせ軽やかでリズミカル、要するに日本人の我々に甘酸っぱい郷愁を感じさせるような、あの不思議なバルカン音楽が、映画館という最高の音響的環境の中でぐいぐいと体を包み込む。

 最初に出てくる場面は、オフリット湖畔の修道院(教会の礼拝堂は「聖ヨハネ・カネオ教会」。また僧侶らの住む僧坊とかトマト畑などは他のロケーションで撮影したらしい)。Kirilという若い修行僧はその容貌が繊細すぎて西欧的、案の定パンフレットによれば仏人俳優である。Zamiraというアルバニア人娘はブルーの目を持つエキゾチックな感じ(男に見せるため、少年風に頭を刈り込んでいる効果にもよる)であるが、これは小生のマケドニア滞在中に見たアルバニア人少年少女の一部(青い目を持ち極めて白人的、どちらかというとイタリア人的)の容貌からも違和感なし。

(注:既に12年ほど前に見た映画で、よく覚えていないが、映画の大筋は、アレックス(昔のKirilの後裔)というマケ人青年とZamiraという美しいアルバニア系女性の間の悲恋物語で、民族紛争の故に、異民族間の恋が成就できない、というストーリーであったように思う。他民族の男と恋をした女性は、家族・同族の「恥」として、一族の男らにより殺害される。また、娘を誘惑した異民族の男性に対しては、復讐の刺客達が襲いかかる。)

 最初はマケドニア語が聞き取りにくいが徐々に耳が慣れ、日本語字幕と照合しつつも、きちんと聞き取れるようになってきた*ので、益々画面にのめり込んだ。(*注:以前小生が指摘したように、マケドニア語は、ブルガリア語と元来ほぼ同じ。別の言語と見えるように、できるだけブルガリア標準語とは異なる地域の方言とか、場合によってはセルビア語からも単語をとって、現代マケドニア標準語を第二次大戦後に人口的に作り、教育することで、今日は少し違う言語に見えるが、所詮は京都弁と大阪弁ほどの違いにすぎないので、ブル語専門家の小生にもかなりの程度理解可能)。

ロンドンの絵柄は、20世紀の世界とバルカンの19世紀的な風景を対照させる意味で効果的であるが、映画館で売られていたパンフレットでは、ロンドンのレストランでの酔っぱらい客とウエーターのやりとりの部分が全然きちんと解説されていない。この酔っぱらいのしゃべっていた言葉はマケドニア語又はセルビア語であって、ウエーターの言葉は聞き取れなかったものの、おそらく彼もバルカンの言葉をしゃべっていたはずである。
たぶん客はマケドニア人、ウエーターはアルバニア人で、この二人が喧嘩を始め、一度は店を出ていった客が銃を持って戻ってきて乱射するのは、このアルバニア人を殺す為なのである。映画の中では、アンの主人のニックも殺されるが、ウエーターもしっかり殺されており、西欧の出稼ぎ地にいても、本国における民族対立がそのまま繰り返されていることを監督は描きたかったはずなのである。

  アレックスの故郷の村は、小生が訪れたことのあるマケ中部のカヴァダルチ(Kavadarci)市近辺の、あるトルコ人部落(マケドニアの中には、少数民族としてのトルコ人部落も存在する)の東方の山裾にあった廃村によく似ていた。乾燥地帯にあって、既にほとんど人影のない村であったが、似たような半分以上住民が居ないような村はマケには数多くあり、別の村かもしれない。
  隣村のアルバニア人居住区とされている村は、おそらくマケ西部のDebar市の近郊の村ではないかと思われる。このあたりは比較的雨が多く、緑が豊かであり、明らかにマケ人居住区とされている乾燥地区とは別の地方である。・・・とはいえ、オフリット湖の近辺で比較的双方の要素を兼ね備えたような村を見つけることは可能かもしれず、小生の勘は間違っているかもしれない。

3.自民族の「大義」が、暴力・殺人を美化する
  この映画を見た後、小生がまず感じたのは、日本映画で迫力とか構成とかで満足できる名作が「やくざ映画」に多いという点であり、そのやくざ映画との共通点である。

  客観的に見れば、人間の憎悪感情というものは不条理であり、それを乗り越えて友情とか平和とかに行き着くことは尊いことかもしれないが、人間の誇りとか、情熱をかき立てるものは、「義又は大義」であり、この義というのは、自らが考える「正義」ということであろう。「自ら」といってもあまり個人化されていない「正義」が「義」というものであろう。集団的な「義」に人々は酔いやすく、不思議なほどのエネルギーが湧いてくるのである。殺された「組員」の復讐に自らの命を捨てる覚悟で敵に襲撃をかけるやくざたちに日本人は拍手する。

 バルカンでは19世紀にオスマン帝国の弱体化に乗じて、様々な民族が過去の自民族の最大版図を再現するため立ち上がった。

 早めに民族の団結を達成し、また列強の思惑にうまく迎合した民族が得をした:ルーマニア、ギリシャ、セルビアなどは比較的上手に列強の勝ち組にのっかることにより思いの外多くの領土を得ることに成功した。他方、ブルガリアは、いつも列強の中の負け組に与してしまい、領土的に大損を繰り返した。
 また、アルバニア、マケドニアの両国は、民族の団結達成が遅れ、バルカンの中でも一番領土的にも損をした方である。

 マケ人にとっては、何とか確保した今の領土の保全は絶対的に重要なことである。マケドニアの地は最後までオスマン帝国の版図内に残り、セルビア、ギリシャ、ブルガリアの3国が領土を奪い合ったように、元々、民族的な混住が最も激しい地方といえる。ブルガリア人(第一次大戦後にマケ人と自称する者が増えた)、アルバニア人、トルコ人、ギリシャ人、ヴラシ人(ワラキア人=ルーマニア系?)、ロマ(ジプシー)、またナチスが虐殺するまではユダヤ人も多かったのである。今日のマケにおいては、マケ人とアルバニア人の対立が深刻である。

 この映画の主題は、この両民族の対立、憎悪感情とそれに基づくヴェンデッタ(復讐)の繰り返しである。敵民族の懲罰に赴く男たちの顔は、「集団的な義の遂行」という任務に喜々として出かけるという感じがある。最低限、ある範囲を超えて敵方が出しゃばったら、血の制裁を加えておかねば自分の組(民族)の生存圏(権)が脅かされる、というやくざ世界の論理と共通なのである。自分の正義については、何らのためらいもなく、よって、集団の掟を破った自民族の中の裏切り者に対しても容赦はない。例えそれが血を分けた肉親や親戚であっても。集団の利害、論理、「美学」が生まれ育っており、これが最優先される。

4.北アイ紛争との類似にこの映画でも言及 
  ちなみに、小生はアイルランドに居る間に、北アイルランド紛争という民族紛争を観察する毎日の中で、「民族紛争」の本質をいつも模索していたのですが、やや結論めいたことをいうと、結局いずれの側も「正義の理論」を確立しており、これは排他的で妥協の余地がないものであり、武力解決以外に「解決」といえるものは未だに見出し得ないということです。

 カトリック側(北アイの英国による占領以前からの住民、native Irish)にとっては、北アイを含む全アイルランド島が当然彼らのものであり、17世紀以来征服者、植民者として移り住んできた英本土からの移住者であるスコッツ、イングリッシ等の移民の子孫であるプロテスタントらには、北愛(アイルランド)に住む権利などないわけです。

  この映画の中で、ニックが客とウエーターの喧嘩につき、「彼らはアイリッシかい」と店主に聞く場面があります(上述の通り実はマケ人とアルバニア人の喧嘩)。北愛紛争と思ったわけです。それに対する店主の答えは「いいえ。ちなみに私はUlstermanですが。」と答えます。

  このUlstermanという用語は象徴的なわけで、要するに北愛のプロテスタントなのです。民族的にいえば北愛のプロテスタントは、スコッツ、イングリッシ(=アングロ・サクソン)、ウエルシの3民族(ちなみに前回も述べたように、英国には「イギリス人」という単一民族は存在しない)から成り、単一のプロテスタント人と名乗れないために、場合によってはブリティッシ(ブリテン島から来た本土人ということですが、本来この用語も民族名として定着していない。また、ブリティッシの用語は、最近英国籍を取得した外国系移民が用いる場合も多い)、または、北愛の州名をとってアルスターマンと名乗るわけです(カトリック側は、アルスター州は歴史的に9県から成り、現在6県のみの北愛はアルスターと名乗れないと侮蔑します)。 

  カトリック側ならためらわずに「アイリッシ」と名乗れるのです。スコッツ系北愛人の場合、スコッツ・アイリッシという言い方もあり、米国の歴代大統領の中にはかなり多くの「スコッツ・アイリッシ」が含まれています。スコッツもアイリッシも言語学的にはゲール語という共通の言葉を話すし、人種的にもケルト人の中のゲール族という一番近い同族のはずですが、スコッツは大部分がプレズビテリアン(長老派)というプロテスタントの一派の教徒で、カトリックではないし、17世紀以来北愛でアイリッシ・カトリック達を迫害してきた圧制者、民族差別主義者ということでアイリッシの宿敵であり、よって残念ながらというか、アイリッシとスコッツの間には、あまり親近感はないようです。

5.ならず者でも「愛国者、英雄」となれる
  さて、またもや北アイ問題について長々と脱線してしまいました。要するに、民族間対立においては、排他的な自民族の利害、論理、美学に立脚した行動形式が確立され、これに従うものは常に「英雄」になれるということです。

  簡単に「英雄」になれるのです。単に銃をもてあそぶのが好きな、暴力好きの「暴走族」的な若者が、紛争の中で命を落とせばすぐ英雄となりうるのです。日本でも「愛国心」が絶対視された時代がありました。パレスチナでは今も「神風」は生きています。爆弾を身につけてバスの中で「自爆」して多くの人命を巻き添えにします。

  この映画では、村の入り口で機関銃を持ったアルバニア人の若者が警備しています(現実のマケでは武器の所有は禁じられており、このように民兵達がおおっぴらに武器を携行することはあり得ません。この部分はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争的に描いた誇張があり、フィクションともいえますが、アルバニア人の間に隠し持った銃などの武器が存在することも事実でしょう)。
  これらのアルバニア人若者たちも堂々として、使命感に燃えており、かっこいいのです。これもやくざ映画に似ていますが。

 アルバニア人にとっては、バルカンの近・現代史において、アルバニア人としての民族的自覚や団結に後れをとったため(アルバニア人社会は、ゲグ、ゾグという2大部族の他、多くの少数山岳部族に細分されていた上、基本的に、氏族社会であったため、全アルバニア民族としての団結が遅れた。また、宗教的にもムスリムが一番多いものの、北部のカトリック、南部のオーソドックス教徒もおり、団結が遅れた)、 コソヴォ、マケドニア西部というアルバニア人人口比率の多い地域が、セルビア、マケドニアの領土として奪われたことへの怨みがあり、何とかマケ西部を「イリリヤ自治共和国」などの形で分離し、最初はマケ内で自治権を獲得し、しっかりと自決の道を歩みたいわけです(究極的にはアルバニア本国、コソヴォを加えた「大アルバニア国家」の実現が理想)。

マケ人にしてみれば、彼らにとって(歴史的視点から)マケドニアと考える領域の51%はギリシャが獲り、ブルガリアが9%を獲り、自らの手元にはかつてセルビアが獲った39%のみが残された(残りの1%はアルバニアが獲ったことになっている)のであり、これ以上マケドニアの領土を他民族に獲られるわけには絶対にいかないわけである。(注:ギリシャが獲った部分はエーゲ・マケドニア、ブルが獲った部分はピリン・マケドニア、セルビアが獲り今日のマケ共和国となった部分はヴァルダール・マケドニアと、それぞれ呼ばれている。) 

6.「民族浄化」しか方法がない? 
  民族紛争は、通常は同じ領土に敵対する他民族と同居したくないという排他的な欲望に支えられています。従って、戦いには「解決方法」が見あたらず、永久に続くと諦めるしかないのです。敵対する民族を追い出し、ある領域を「民族浄化」して、「民族浄化によるEthnic pure land」を完成して、更に、しっかりした軍事力を構築して、永遠に敵対民族に奪い返されないようにする(キプロスではギリシャ人による殺害、迫害に耐えかねて、トルコ本国の助力を得て、トルコ人側が武力で「理想とする領土」への欲望を達成)ことが、どちらの民族側にとっても最終目的となります。

 本当は、排他的な自民族だけの「単一民族の理想郷」が実現しても、バルカンの乾燥した、山岳によって寸断された、生産力に乏しい「盆地経済」が豊かな楽土を形成するとも思えず、貧しさ故に家族の誰かが西欧の豊かな国に出稼ぎして家族を支えるという構図にはさほど変化がみられない可能性の方が強いのですが、そういう「達成後の絶望感」に思いを馳せる人は居ません。

 北キプロスのトルコ人達も、国際社会が「北キプロス・トルコ人国家」を承認してくれないので、南の「キプロス共和国」が観光国、金融国(注:tax havenとして、ソ連・東欧の富裕者の資金、またはマフィア資金などが流入して、銀行業が繁栄している)として成長し、高い生活水準を誇るようになっても、今更再度「日々生命の危険」を感じるギリシャ人との共存の道には戻る気はありません。「貧困でも安全を選択する」というのが、民族紛争後の選択肢です。 

 アイルランドも同じで、「連合王国(UK)」から北愛が解放され、アイルランド統一が実現しても、北愛のアイリッシたちは英政府のくれる失業手当よりも低い失業手当に甘んじなければならないかもしれないのです。しかし、経済的な損得で「民族自決」とか、自民族の理想とする「領土的完成」を諦める民族はあまりありません。ナショナリズムはロマンティシズムと同義だといっても良いものであり、カナダのケベック州の独立運動とか、チェチェンの独立運動なども、小国として独立しても市場がせばまり経済的には却って困窮化する(オスマン帝国から独立後のバルカンの小国では、少なくとも一時的には、まさに市場が狭まって多くの地場産業が壊滅した)という一部の「見識」なども、「集団の美学」と化したナショナリズムの前では無力です。

 さて、民族紛争についての小生の考察を長々と書きましたが、この映画は、そういったことを考える屁理屈を抜きにしても楽しめます。バルカン的な、退屈で「ださい」映画とは一線を画する、なかなかの名画で、テンポがよく、音楽もよく、かってのspaghetti western(日本ではマカロニ・ウエスタンと呼ばれた)を思わせるものです。

7.Before the Rain の意味について
  映画のパンフレットの中では、この題名につき「平和の雨」が降るまでにいかに多くの血が流されねばならないのか、との慨嘆の念を表していると説明されている。しかし、小生の見るところ、マケ人の監督が言いたかったのは、今のステージでは一部のマケ人、アルバニア人の血が流されつつ相互憎悪感情が蓄積、昂揚している段階であるが、もう少し経てば本当の「流血、戦争の惨事」が始まりますよ、本格的な「雨」はすぐ近くに迫っていますよ、という国際社会への警告のはずである。制作年・・1994・・・から考えても、題名の意味は明らかなはずである。


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