キリスト教裏面史


 ヘレン・エラーブ著『キリスト教暗黒の裏面史』(徳間文庫、2004年12月初版)は、実に驚くべきキリスト教教団の発展史というか、同教会が西洋・西欧文明に対していかに多くの傷跡を残したかを解明した告発の書である。こういう視点でキリスト教会の歴史を、約2千年にわたる通史として、一貫した視点で書き通した書物は、他に皆無であろう。

1.組織は腐敗を産む
  何れの宗教もそうかもしれないが、教会組織、教団組織、というような「組織」が生まれ、組織の存続、或いは金銭的繁栄を図ると言う目的が生じると、教義はその時々の歴史的必要性に従って、都合良く解釈を変更され、また新たな問題を生んでいく! 本書で詳しく歴史的文献などを通じて、キリスト教組織(主としてカトリックとプロテスタントの両派)が、信者への支配力を高めるために、時には十字軍、時には異端審問、という手段を使ったことを説明している。また、最後には魔女狩りという残虐行為にまで及んだ理由はなぜか?と言う点について、これまで小生自身も考えても見なかった不可思議な近世史に関して、明快な回答を出してくれる。これまで同種の議論、見解を読んだこともなかったので、驚きの余り、ほぼ毎頁で、「うーーーん」と唸るばかりだ!

2.天上の神という概念は、地上を「神なき絶望的世界」へと突き落とした
 天上における唯一至高神という、一神教の考え方こそが、地上における神々の存在を排除して、自然神(万物、物質の中にも神が宿るという古代以来の庶民的考え方)への信仰を徹底排除し、共同体内における人的な相互依存関係をも排除した。また、人々が他者への優しさとか、自分自身の努力で神に近づくとか、そういう甘い感情、自立心を持たせないように指導し、地上を支配する「悪魔を怖れ」て、ただひたすらに天上の神の救いを請い願うという心理、「絶対神の代理人である教会への服従心」へと導いたという。学問、勉強、努力、などは教会への依存心を妨げ、司教、教会への反抗すら産みかねないとして、教義で禁止していったという。こういう反学問、反科学思想で、古代にギリシャ語、ラテン語で書かれた名著があったのに、全て焚書してしまったのはキリスト教会である。このために、ルネッサンス期に再びアラビア語からラテン語に翻訳し直さねばならなかったという!

3.プロテスタント教会もやはり魔女狩りをやった
 小生は、プロテスタント達には、自助努力の精神がある、それは彼らが教会組織に頼らずとも、直接に神と対話できるという教えを受け、聖書を自ら読んで、一生懸命自助精神で頑張っているからだ、という理解だったのだが、そうではないようだ。プロテスタント教会も、カトリック教会同様に、教会組織の繁栄、成長を目指していたのであり、その故に信者達が勝手に神を理解できるなどと「誤解」させない方が都合が良かったらしい。
 故に、生薬の知識、伝統医術の知識に長けた「賢女達」、「産婆達」や、「霊媒師」などの「魔術」的呪術師が、司教以上に村社会で権威を持つことを排除するため、魔女狩りはプロテスタント社会でも極めて大規模に行われた:ドイツでも小さな村の女性が2名を除き全て魔女として処刑されたという!!イヴの原罪の観念にもあるとおり、キリスト教では、肉欲などの「罪」を産むとして、女性は悪魔に通じやすい存在とされ、この故に「魔女」のみが存在し、男は無事だったらしい。男性社会である僧侶達は、女性差別のキリスト教の概念に従って、女性のみを悪魔に通じる「魔女」としたのだ。
 西洋の生薬知識などが、漢方薬に劣るのは、魔女狩りにより、伝統医術の知恵が途絶えたためらしい。当時は医師より賢女(魔法使いのように見える老女=これが魔女のイメージ)の方が、治療効果は高かったという。

4.中東出身の、深い教育を受けた「現代女性」だから気付いた視点
 この本の著者が女性なのは、「魔女裁判」の悪行を特に敏感に気付いたのが現代女性、ということでも、納得がいく経緯かもしれない。しかも中東出身の米国在住女性と言うことで(恐らくはイスラム教徒か、無神論者)、より公平に物事を見る目があったのかもしれない。ともかく、米国もある意味、凄く原理主義的な宗教が根強い社会であり、よくぞこのような本を出版できたと感心する。(もっとも、原著がどこの出版社で、何時どのように出版されたかに関しては、紹介されていない。もしかすると、論文としては存在しても、大量に欧米で出版されてはいないのかもしれない。ともかく、日本語版の版権は1995年に取得されている。)
 小生は宗教に関しては弱いし、この本に関して良い解説を書く自信はない。他方、この本は難解な本ではなく、誰が読んでもすらすら読める本なので(とはいえ、既成概念が強い人、キリスト教を善と見なす人にとっては、読むのが辛い本であろう)、是非皆様に読んでいただきたい。宗教が、どういうまやかしの教義を使って発展していくのか、いかに大規模な損害を社会全体、人類全体に及ぼし得たのか、そういうことを理解するのに好適な書物である。
 著者は、「出身はレバノンで、サウジ育ち、その後米国、ドイツで教育を受け、職業的には、ドイツ語翻訳、大企業社員、株式仲買人、神像彫刻家、リサーチャー、ライター。現在は、サンフランシスコに夫と共に在住」とある。

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この記事へのコメント

mugi
2009年05月27日 22:16
 中東といえばムスリムのイメージがありますが、シリアなど結構キリスト教徒もいますよ。元からキリスト教は中東生まれの宗教だし、著者はひょっとすると、クリスチャンかも。あの地域で無神論は公言しにくいものです。

 魔女狩りを描いた版画や実際に拷問で使われた道具を見たことがありますが、実に惨いものです。もっとも男も大丈夫だったのではなく、異端のレッテルを張られたら、こちらも拷問、処刑対象でした。魔女として狙われたのは未亡人もいたそうで、彼女らを虐殺、その遺産は教会のものになるので、経済面でもプラスがありました。

 日本人でもクリスチャンはとかくこの面を封殺したがり、きれいなおとぎ話だけ周囲に聞かせようとする。「宗教改革で生まれた諸宗派の違いを調べたり暗記する必要はありません」と書いていたカトリック信者もいましたね。クリスチャンのドイツ人がユダヤ人を虐殺した歴史を直視できず、「ヒトラーはゾロアスター教徒だったという説もある」とデタラメを書いたブロガーもいた。嘘も方便とはこのことですが、日本人でもクリスチャンは信用できないと思いましたね。
2009年05月28日 09:10
mugiさんコメントありがとう。
著者に関しては、詳しい説明がないし、恐らく筆名だろうから、経歴らしきものも書いてあるものの、さほど手がかりになるかどうか。レバノン出身者ですから、クリスチャンの可能性もゼロではない(マロン教徒ら)が、回教徒との可能性も棄てきれない。
魔女狩りの前の段階では、異端審問で、これは男も含んでいるし、商売で儲けている資産家とかを狙い撃ちにして、審問官が財産を没収して個人的にも儲けたとか、教会に没収資産が入金したとか、金目的も加わる。魔女裁判も、金銭没収もあったようですが、むしろ村社会の賢女とかが狙われた。また、村の大衆達は、孤立している孤独な老女とか、寡婦とかを勝手に魔女と決めつけて私的なリンチで処刑したりもしたようです。異端審問、魔女狩り共に、公式の宗教裁判所による審理も、いったん起訴したら有罪は当然という、今の裁判とは全く異質な世界。しかし、村社会における民衆による私的な魔女狩りは、20世紀の初めですら、ハンガリーとかでは行われたそうです。
mugi
2009年05月28日 22:10
20世紀初めのハンガリーでも、魔女狩りがあったとは、慄然とさせられました。
このようなことを日本人クリスチャンが触れないのはまだしも、欧米通のはずの知識人もあまり言いたがりませんよね。

 もちろん、西欧のみならず、インドのような多神教社会でも魔女の存在は信じられており、閉鎖的な村社会で魔女と見られた女性は村八分にされ、耐え難い生活を送らざるを得なかったようです。以前読んだインドの小説「魔女の笛」は村人から魔女と見られている若い女性を描いた作品でした。また、21世紀でも魔法使いと誤解された老夫婦が村人に焼殺されたという事件もあります。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/f04aad60e38f50cdeac90d19ec3e409d

 しかし、大々的な異端審問、魔女狩りは欧米社会の他には見られません。同じ一神教であるイスラム世界では違ったのか、日本人の私からは不思議です。
2009年05月29日 00:03
イスラム世界では、西欧の王様、または皇帝に当たるスルタンが、宗教上のカリフを兼任したり、あるいはカリフの後見人だったり、宗教権力が政権と合体しているようで、意外と王権の下に組み敷かれている、という気がします。王様自体は、宗教的極端に走らないし、自分はワインを飲んだりする!
西欧のクリスチャンの僧侶達は、自分は教義により肉欲を否定されているから、一般人をバカにして、彼らにも肉欲は原罪だとか、日曜毎に説教で皆を脅かす。神を恐れさせ、脅迫して、地上は悪魔のすみかで、異端とか魔女が「魔術」を使って悪さするから、排除すべきと扇動したりするから、魔女狩りというような悲惨な虐殺が大規模に起きる。19世紀までは、本当に大々的に、数万人規模の虐殺が行われていた。
2009年05月29日 00:08
(続)ユダヤ人を虐めてゲットーに入れたり殺したり、魔女と決めつけて絞首刑にしたり、西欧の僧侶達は、教義・信仰にさえ忠実なら、何をやっても良いと言うほど、攻撃的だったようだ。自分たちが肉欲などを抑制しすぎて、ヒステリーになっていたのかも。
 しかし、この裏面史の本は、本当に例外的な知識で、類似本はほぼ一切無いらしい。もちろん魔女狩りなどの真相は、昔の歴史書、年代記などには書かれているが、なぜそうなったかというキリスト教教義の問題点を暴露したのは、この本のみらしい。だから、このような知識が未だにほとんど誰にも知られていない。小生も初めて知ったことです。近代以降には、キリスト教本流の教義が幸いして、自然科学分野はほぼ順当に発展できたし、啓蒙思想なども教義には上手く合致したという。但し、米国の独立後の憲法は、「全くキリスト教の教義とは無関係に、人間の自由とか、民主主義とか、新しい発想に立って立案」されたらしい。ワシントンも、その点を強調していたという。

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