スポーツ英雄達の転落の人生!

  共産圏の万人貧困生活(「清く貧しく美しく」の呪縛)状態から解放され、自由化後には、多くのブル市民が、裕福な上流社会への階段を駆け上ろうと志した。なかでも、スポーツ英雄達は、金メダルを得た途端に、国民的英雄となったことで、あらゆる夢への「夢の扉」を開けて、新世界に飛び込んだような気分となったことであろう。

  ところが、現実の世界では、例え不世出のスポーツ英雄といえども、実業の世界、或いは政治の世界に乗り出しても、皆がBpyko Borisov首相のように、成功を手中に出来るわけでもないし、一時的には成功したように見えても、結局は「武士の商法」というか、失敗して、「落ちた星」の運命を辿るのだ。

  この10月~11月にかけて、ブルでは、世界的に著名な二人のスポーツ英雄達の「転落ストーリー」が注目を浴びることとなった。夢を追いつつも、手段を選ぶべきだし、倫理の道筋を踏み外してもいけない、ましてや罪人となってはならない、という、普通の道義を弁えるべきなのだが、共産圏の過酷な社会から解放された、急に何でもありの「競争社会」となった東欧諸国の社会における、現実社会の道徳的混乱は、悲しい物語を多く生む結果となっている。
  そういう、社会体制、倫理環境の急変という社会の背景を考えつつ、以下の転落物語を読んでいただきたい(http://www.novinite.com/view_news.php?id=133865)。

1.重量挙げ英雄の転落
2000年、シドニー・オリンピックで、ブルの重量挙げ選手Galabin Boevskiは、357.5kg(785.5lb)の重さのバーベルをスナッチとクリーン&ジャークの合計で記録した。
  (小生注:wikiの重量挙げ世界記録を見ると、69kg級選手がシドニーで世界記録を樹立したのは、ブルのジョージ・マルコフ選手で、2000年9月20日にスナッチで165kgを挙げている。他方、本件ボエフスキの世界記録は、1999年11月24日に第70回アテネ世界選手権の場で合計357kgを挙げた、との記録が記されている。すなわち、この記者(Nikola Petkov)は、両人の記録を混同している模様。)

しかるに、2011年の10月末、ボエフスキは、ブラジルのサンパウロ空港から帰国の途につこうとして、同空港で、自分のスーツケース内の隠し場所に9kgのコカインを隠して持ちだそうとした、という罪状で拘束された
11月11日(金)、同人は、ブラジルのPinheiros刑務所で、すっかり塞ぎ込んでいる、といわれる。
   (小生注:関連報道によると、ボは、ブル国内に数店舗を経営する実業家となっていたが、この事業は総合して赤字となり、最近は借金に苦しんでいた。よって、麻薬をブラジルからブル本国に持ち込み、一攫千金で事業を挽回しようと計画した模様だ。)

2.サッカーW杯英雄の転落
1994年のサッカーW杯で、ブルの歴史上最も成功したナショナルチームのミッドフィールダー選手だったYordan Lechkovは、対独戦で貴重なゴールを決め、この、いつもは「バルカンの負け犬」と呼ばれているブル・チームを、セミファイナル(準決勝戦)にまで導いた。

   しかるに、今年2011年の10月末に、Sliven市現職市長だったレチコフは、数多くの汚職取引に関与したとの訴訟に囲まれたまま地方選に臨み、敗北した。これに先立ち、9月末には、元サッカースターのレチコフは、公職者としての義務背反(注:要するに汚職)罪故に、執行猶予付き3年の禁固刑+5年間の保護観察期間という判決を下されていた。また、その後、国外旅行禁止措置も裁判所から命令された。

3.人間教育を怠った
ボ、レの両名共に、そのスポーツにおける偉業達成時に、ブル国民を感涙の涙、喜びの絶頂に浸らせてくれた英雄達である。他方で、両名達は、その英雄としての名前を自らの愚行で汚してしまった
   ブルガリアは、これまでに、結構多数のスポーツ成功者を産んできた。他方で、我が国のコーチ達は、一部の選手達に、最も貴重な人生教訓を教えることに失敗したようだ:いかにして威厳ある役割、模範的人生を全うするか、ということを。

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この記事へのコメント

mugi
2011年11月14日 22:25
こんばんは。

 かつてスポーツで国民的英雄となった選手たちが転落したニュースは物悲しいですよね。これはブルに限らず日本でも似た様な出来事は、新聞の社会面に載ることがあります。プロスポーツ界に入っても目が出ず、辞めていく者も多いですが、昔は花形選手だったのに、犯罪行為で新聞ネタになるのは哀しいことです。

 それにしても、ブルは「バルカンの負け犬」と呼ばれるほど、サッカーが弱かったとは意外でした。バルカンでサッカーが強いのはどの国でしょうね。
2011年11月14日 23:14
 重量挙げは、昔からブルは強いという伝統がある。トルコ系選手が多かったのですが。
 また、サッカーもそれなりに昔は日本より強かった。60年代終わりか、70年頃と思うけど、ブルの黒海沿岸の2流チームChernomoretsが、全日本のサッカーチームに練習試合で完勝して、ブル人達が皆勝ち誇った顔をして、にこにこと小生のところに来るから、小生は頭に来た記憶がある。
 当時は、未だに日本では、サッカーにはプロ組織が無く、アマチュアだったと思う。良い選手は皆野球に行くのだ、と言ってもブル人は野球を知らないから、理解不可能だし、腹立たしかった。
 ブルのサッカーが「負け犬」と言われるほど弱くなったのは、1980年頃だったか、一度欧州戦で最低の成績を取り、国民大衆が激怒して、サッカー選手への優遇措置を非難し、予算が削減されたからだと思う。94年は、自由化後の混乱で、経済が最悪、社会も混乱していた時期ですが、サッカーチームは奇跡的に頑張り、セミファイナルまで駆け上ったのです。
 バルカンで強いのは、恐らくはセルビアあたりかも。小生は、サッカーには興味がないから、よく知らないけど。

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