ジプシー問題とエスニック紛争(その一)

  小生は、これまでもバルカン半島における民族間対立、或いは少数被差別民族としてのジプシー問題に関連して、色々書いてきたが、10月にmugiさんのブログで、改めてジプシーに対する偏見、差別という問題に関し、議論した。
この際の、やりとりは、やはり小生のブログでも、再度リサイクルして掲載する価値があるように思えてきたので、今回またもや、往復書簡形式にてご紹介しようと思う。原文は、次でご参照下さい:http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/8b9ee378e2edcdd7336c7aec8d7f1738#comment-list
長文となったので、2回に分けます。まず、その1です。

1.寛容=無関心 (室長)
 mugiさん、こんにちは、
  このネルーの言葉は、なかなか興味深い。(mugiさんの原文箇所:どの宗教にも他宗教に寛容若しくは柔軟な考えを持つ信者はいる。だが、そのような者の殆どは敬虔な信者ではない。1930年代初め、J.ネルーは娘に充てた手紙に次の文句があった。「寛容と無関心は表裏一体であり、人間は関心のあることには寛容ではいられない…」。 )

 9月下旬、ブルガリアでは、「ジプシー王Kiro」家族の横柄な態度に日頃から憤りを覚え、対立していた同村のブル人住人らに、サッカーフーリガン達(ファンの意味で、ブル語では「フェン」と呼ばる)と極右団体が加勢して、結局は全国的な反ジプシー・デモとなった。(注:http://79909040.at.webry.info/201109/article_6.htmlを参照)

 このエスニック対立事件は、西欧では、少数派、被差別民族へのあからさまな差別感情の激発と受け取られ、色々非難の声も発せられた。EUとか、国連などの、一部の委員会などでも、非難決議があったようだ。(注:ただし、ブルの機動隊などによる、適切な介入、デモ隊への鎮圧行動で、この事件がなんとか大きな流血騒動を回避したことに関し、結局OSCE内の人権関連機関ODIHRは、11月中旬に、ブル当局の「適切な措置」を評価し、感謝する書簡をブル外相宛に送付したというhttp://www.novinite.com/view_news.php?id=133926)。

 しかし、一般ブル人の気持ちとしては、日頃の物乞い稼業(結構実入りがよいと言われる)、窃盗、スリ、売春、麻薬売買、山林での違法伐採、その他、もろもろの悪行に目をつぶって、「無関心、別住、無視」で、なんとか「平和共存」してきたし、税金を支払わないことにも我慢してきたけど、密造酒、違法商業で荒稼ぎした上に、ジプシー部落にではなく、ブル人居住区の村に豪邸を建て、隣人たるブル人達より「上」の階級のように振る舞うジプシー一家には、我慢の限界だったのだ

 その上、この「Kiro王」一家と特に対立していたある村人の甥っ子(19歳)が、見せしめのように、皆の目の前で、ミニバスで轢殺されたのだ。怒らない方がおかしい、と言う要素があるのです。今、Kiro王と事件の原因を作った、その孫2名は、共に「自ら望んで刑務所内に避難して」、暮らしています。シャバに出ると、殺されるからです。

 従来から、被差別民族であるジプシー達は、ブル人の村からは、少し離れた地区に、ジプシー部落を作って、集団で居住し、ほぼブル人達とは無関係に暮らし、この距離感と、「無関心」の故に、平和に生きてこれたのです。バルカンでは、ジプシー達は、決して「放浪の民」ではなく、昔から「定住」です。
 西欧でこそ、「放浪=ロマンチック」というイメージでジプシーを描いたりするけど、それこそは、バルカン以上に非寛容で、定住を許さず、何時も追い払ってきた歴史なのです。定住を許されなかったというのが正しい。

 他方、バルカンでは、ジプシーも定住しているけど、職業とか、居住地域で区別し、お互いにはほとんど無関心で、併存してきた歴史がある。
 このKiro王一家は、その原則を破り、ブル人居住区の村に、ブル人以上の「大豪邸」を建て、しかもブル人以上に盛大に、冠婚葬祭の祝祭を催すなど、日頃から傍若無人すぎた・・・・ブル人の感情を無視してきたのです。(注:今回の事件も、Kiro王一家の葬祭行事での派手な動きに、ブル人村民らが神経をとがらせ、対立が発生した。)

 まあ、国際社会の「平等思想」とか、建前から見れば、同じ村に住む「人権」はあるはずとか、異なる原則もあるだろうけど、バルカンにおける習慣的な原則からみれば、「少数民族として、税金を納めない、公共料金(電気代、水代)を支払わない、などは大目に見るけど、ブル人社会には、迷惑をかけず、目障りになるな」ということ。社会の底辺階層として、身分相応に振る舞え、と言うことです。しかも、秋の選挙(10月23日)を控えて、極右政党にとっては、自己宣伝のためにも、都合の良い事件でもあった。

2.共存には、相互無視の原則を (室長)
 mugiさん、
  連チャンで申し訳ないけど、上記では小生の言いたいことが十分尽くせなかったので、追記をします。

 小生は、バルカン半島における旧オスマン的な「ミッレト制」状態こそを、奨励すべき多民族共生の原則だと思うのです。
 偽善主義的な、隣人を愛せよ、とか、人道主義とかは、西欧でも、破綻しているのです。

 ブルガリア、ルーマニアをEUメンバー国としたら、途端に西欧に、ブル、ルーマニアからジプシー達が大勢移民してきて、バルカン同様に、一定の地域に勝手に定住をはじめて、フランスも、スペインも、オランダも、フィンランドも、慌てて、色々口実を設けては虐め始めました。仏などは、航空機を使って、ブル、ルーマニア本国への「強制送還」をする始末。

 それに比べれば、一種のミッレト制というか、ジプシーにはそれにふさわしい地区での定住を奨励し、相互無関心で暮らせるようにしてやる、と言うのが正しい政策です。
 もちろん、一部のインテリ・ジプシーが、音楽家として成功したり、工業資本家として成功したりして、同胞を雇用することも、奨励すべきで、そういうジプシー系企業に対し、徴税面で優遇する、と言う政策すら、正しいのです。

 しかし、富裕さを誇示しすぎたり、徴税吏を暴力で門前払いしたり、そういうKiro王一家のようなやり方には、長くは皆が我慢できないでしょう。特に、同じ村に住む、というのは、やはり暴挙かも。
 従来、ほとんどのジプシー成金達も、いくら金持ちになっても、ジプシー部落の外れなどに豪邸を建て、ブル人の村には住まなかった。富の源泉、要素の一つが、同じジプシー氏族の人々を、ブル人より安価な労賃で雇用し、こき使えることですから、そもそも同じジプシー村に住む方が、都合がよいはず。皆がそうしているのに、どうしてKiro王一家は、そうしなかったのか、本当に不思議。エスニック対立感情をなめていた、としか思えません。
 
 米国のハワイ州に住んだ小生の経験でも、ハワイの場合、同じキリスト教ですら、日本人教会、韓国人教会が、地元の白人用教会とか、サモア人教会などと並立している。人種別に、独立した教会を建てているのです。宗派の面での相違も少しは影響しているのかも知れませんが、どうも基本は宗派よりも人種です。

 ハワイの日系人達も、日頃から、子弟を英語の学校に通わせるけど、名門私立校に関しては、白人の学校に行く例もあるけど、大部分は、日系人専用の「本願寺スクール」(私立)などに通わせるのです。授業は英語でも、文化は日本式の要素も強いことが、選択の基準です。
 つまり、エスニック紛争を避ける工夫は、やはり、なるべく異なるコミュニティーは、それぞれが自立して、自治をし、自らの文化、伝統を尊重しつつ、「相互無関心」の精神を忘れず、他民族への干渉を排除し、別々に生活することなのです。


3.RE:寛容=無関心 (mugi)
 こんばんは、室長さん。
 貴方の記事で「ジプシー王」一族の傍若無人な振る舞いを知りましたが、これでは一般ブル人が激高するのは当然だと思いました。ブルのジプシー全てがこのような行動をとらないにせよ、あれでは暴動に発展してもおかしくない。ブル人の方に私は同情します。その背景を知らず(或いは無視?)、被差別民族へのあからさまな差別と糾弾する西欧諸国の傲慢さも実に不愉快ですよ。
 そして、「ジプシー王」一族の振舞いも、日本のマイノリティと酷似している。窃盗、スリ、売春、麻薬売買、山林での違法伐採、税金を納めない、公共料金(電気代、水代)を支払わない…もろもろの悪行では社会の害虫と見なされて当たり前です。

 室長さんのブログで遅まきながらバルカンの歴史や社会を知ることが出来ましたが、バルカンでジプシー達が「放浪の民」どころか、昔から「定住」だったことも知りました。これには本当に驚きました。ジプシーと言えば、殆どの日本人が西欧のイメージそのままの「放浪の民」という認識ですが、実は西欧では定住さえ認めなかったとは…
 ディズニーアニメの『ノートルダム』など、モロにそのイメージの作品になっています。ヒロインは美しいジプシー娘。この娘に目をつけた権力者が彼女をモノにしようとして、肘鉄砲を食わされるや火あぶりにしようとする。これを見れば、大抵は可哀想な「放浪の民」とインプットされてしまう。歌劇『カルメン』もそのイメージに貢献しています。

 コメントにあるバルカンの習慣的な原則は、インドとも重なる面が多く興味深いです。多民族・多宗教国家で、「少数民族として、税金を納めない、公共料金(電気代、水代)を支払わない、などは大目に見るけど、ヒンドゥー社会には、迷惑をかけず、目障りになるな」ということ。ヒンドゥー自体、公共料金を滞納する者も多いし、脱税天国の国ですから。
 ヒンドゥー教は民族宗教なので、基本的に異教徒に布教はしないし、改宗者を認めない訳ではありませんが、かなり敷居は高い。パールシーがヒンドゥーと共存出来たのも元からの適応力だけでなく、彼等もまた民族宗教で布教せず、異教からの改宗者を認めないという背景もあります。ヒンドゥーからすれば、身分相応に振る舞っている少数民族は好ましいし、何を信仰しても結構と言うこと。

 しかし、ムスリムやクリスチャンとなれば事情は異なる。彼らもモスクや教会に籠って祈っているだけならともかく、布教はもちろん仇敵のパキスタンや欧米諸国の手先のような振舞いをすることも多々あるため、ヒンドゥーの怒りを招くこともあるのです。欧米に移住したインド人ムスリムが、いかに自分たちがインドで迫害されているか、ロビー活動を通じ訴えたりするので、これまた憎しみを買う。そして極右政党にとって、自己宣伝のための恰好な材料となるのです。

 ブルのジプシー、インドのムスリム、東南アジアの華僑、日本の在日…・・妙に共通性があるのも考えさせられます。


4.寛容と無関心は表裏一体 (ミツカン*)
 西欧でカトリックvsプロテスタントの戦争の後生まれた、主権国家の「内政不干渉の原則」もこれに近いですね。相手のことを好きでもないし理解するつもりもないけれど、とりあえず共存だけはする。
 まあ、そうはいっても国際政治の世界ではいろいろと口実をつけて他国を侵略したり内政干渉したりしてきたわけですが。18世紀に行われたポーランド分割はその典型的な例。

 オーストリアはハンガリーと対等の二重帝国を作り上げましたが、そのハンガリーも支配下のスラヴ諸民族の待遇を改善しようとはしなかった。強大な帝国から独立した民族が、今度は国内のマイノリティを迫害する側に回る、などというのはよくあることです。
注*:ミツカン氏は、時折mugiさんのブログ、小生のブログにも投稿してくれる方ですが、ご自分のブログなどは不明です。)

5.Kiro一家は例外 (室長)
 mugiさん、
 もう一度、少し確認ですが、要するに、西欧で色々問題とするほどは、バルカン諸国では、ジプシー問題は深刻ではなくて、ビザンツ時代にインドから到来し、オスマン時代にはバルカン各地に定住を始めたのですが、それ以来ずっと長らく、結構上手に、居住地域とか、職業分野も相互に調整して、相互無関心というか、距離を置く関係で、併存してきたのです。
 
 なんといっても、昔から、最下層の貧民達として、蔑まれながらも、ジプシー達も用心して距離を置いて生活してきたのです。「放浪」というのは、金属の鋳掛けなどの商売で、行商するときは、一つの村では需要がすぐ尽きるから、あちこちの村を回らねばならなかっただけ。定住地、家はあったのです。

 今でも、Kiro王とその家族のように、ブル人に挑戦的態度で、横柄に振る舞うジプシーは滅多にいないし、全くの例外です。だから、この一家に関しては、ブル人一般も、罰を受けて当然と考えるし、今後税務捜査で身ぐるみはがされるでしょう。

 他方で、大部分のブル人市民らは、ジプシーに対して、何らの憎悪感情も特に抱かないし(下の階層という、差別感情はあるだろうけど)、今回の事件でもデモにも加わらないし、普通に暮らしていました。Kiro王の一家が例外だと知っているから。

 この事件を機会に、一暴れしたかったのが、子供、サッカー「フェン」、極右政党末端党員達です。
 暴れた連中も、やはり、普通の市民とも言えない。ブル人の中の、不満分子、恥さらしな連中とも言える。

 ブル人が、ジプシーに本気で戦いを挑む、などという事例は、これまで見たことがないのです。少し脅せば、ジプシーはすぐに逃げますから。
 ジプシー同士の喧嘩は多いのですが、ジプシーは、ブル人とは、喧嘩を避けていました。喧嘩をすれば、社会主義時代でも、警官達がジプシーのみを殴打するから
 やはり対等には扱ってもらえない、被差別民として、ブル人との紛争を回避する、そういう意識はきちんと子供の頃から身にしみているのです。

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