ジプシー問題とエスニック紛争(その二)


前回に引き続き、その2です。
 

6.RE:共存には、相互無視の原則を (mugi)
 こんばんは、室長さん。
 コメントのタイトルの趣旨に、私も全面同意します。私もオスマン帝国時代の「ミッレト制」状態こそ、多民族共生の原則だと思います。つまり各民族による住み分けであり、インド亜大陸でも宗派ごとによる住み分けで共存してきたのです。大都市で宗教暴動が頻発するのも、各民族が混在することも原因ではないか?と私は考えています。やはり民族・宗派が異なれば文化も違うし、エスニック紛争を避けるには別々に生活することがベストです。「相互理解」など人類史から見ても戯言ですから。

 西欧のジプシー事情は浅学ですが、元々トラブルを起こす傾向はあったように思えます。ドイツだったか、ジプシーは「鶏泥棒」と呼ばれ、秩序も守らない集団が敵視されるのは当然ではないでしょうか?ジプシーが排斥・迫害された背景は必ずしも西欧人の非寛容性ばかりとは思えない。
 ブルのKiro王一家は特殊なケースにせよ、あれだけビジネスに長けているはずなのに、エスニック対立感情を何故軽んじたのやら。パールシーも19世紀後半、ムスリムによる襲撃を受けています。ヒンドゥーはそれをしなかったにせよ、突出して豊かな少数民族は慎重に振る舞うべきでしょう。

 ハワイのお話も興味深いですね。人種別に独立した教会を建てているとは知りませんでした。日本ではこのような話はまず報じないし、特に本土の日本人クリスチャンは話したがらないでしょう。キリスト教でも宗派よりも人種が優先されている。日本ではその逆で、日本の民族性を徹底否定する傾向が強い様な。


7.RE:寛容と無関心は表裏一体 (mugi)
 ミツカンさん、
 様々な民族が混在する欧州大陸なら、主権国家は「内政不干渉の原則」を守ることが平和共存に繋がります。それも実際は大国は力を行使するし、力のない国はポーランドのような憂き目に遭う。国際政治の非情さです。
 
 そのポーランドも国内ではポグロムでユダヤ人を虐めていた。意外に知られていませんが、第一次大戦後、ポーランドはウクライナの一部を領有しました。拷問、死刑、その他さまざまな刑罰を用い、テロをほしいままにすることにより「平定」し、「ポーランド化」したそうです。
 アラブも少数民族のベルベル人に「アラブ化」を迫り、弾圧しています。西欧の植民地支配を責めながら、独立後はマイノリティを迫害する。人類史の業ですね。


8.RE:Kiro一家は例外 (mugi)
 室長さん
 日本でジプシーと言えば放浪者の代名詞になっていますが、やはり西欧とバルカンでは事情が異なるようですね。未だにジプシーといえば、幌馬車に一家が乗り込み各地を移動する…・・・そんなイメージだし、必ずしもそれは間違いではないにせよ、少なくともバルカンでは持ち家があった。日本人の大半はそのようなことは知らないでしょう。

 ブルのジプシーでもKiro王とその家族は全くの例外でしたか。ならば、東南アジアの華僑、日本の在日とは事情が違いますね。ブル全土で反ジプシー運動が起きたのではなく、参加者は一部の不満分子でしたか。ブルに限らず下層の不満分子はマイノリティ相手に鬱憤晴らしをしたがる。Kiro王は分不相応過ぎたのです。

 ブルのジプシーは少し脅されただけで逃げるのですか??社会主義時代でも、警官達がジプシーのみを殴打していたとは、日本の左派知識人憧れの共産圏の実態が伺えて興味深いです。ユダヤ人と違い「精神上の祖国さえ持たない被差別民」の立場は弱いのでしょうね。


9.もう一度追記 (室長)
 mugiさん、こんばんは、
 幌馬車で移動するジプシーは、アイルランド、英国で存在するTravellers達です。現代は、ミニバス(バン型車)、またはキャンピングカーですが。Travellers用に、アイルランド政府は、主要な各地の町はずれに、キャンピングカー用という名目で、トイレ、水道、シャワーなどを備えた無料施設を公費で作ってやったりしても居たのですが、こういう施設の建設を市民達は、ジプシーが来て、治安が悪化するとして、反対運動していました。
 人道主義という偽善と、本音がぶつかっていたのです。

 それに比べて、以前述べたように、ブルガリアの社会主義時代は、ジプシー達に、単純労働ながら、工場、集団農場における正規雇用の機会を与え、ジプシー達も子弟を学校に通わせたり、より堅牢な住宅をジプシー居住区内に建てたり、その社会的地位は少しは改善していました。とはいえ、昔からの差別は続いていて、警官達もジプシー子弟達が町の中で物乞い行為などしていると、脅して家に追い返しました。

 なお、今回のブル人による反ジプシー運動、デモは、Facebookなどで扇動する若者達も出現して、全国各地の、大きな都会で、デモ隊の組織が行われ、ジプシー村への攻撃が企画されたのですが、警察の暴動鎮圧部隊(憲兵隊も含む)が大量動員され、ジプシー村への道路を封鎖して、その後の大規模衝突を回避することに成功しました。

 すなわち、不満分子、人種差別主義者、極右系思想かぶれは、国民の一部とはいえ、ほぼ全国的にいると言って良いのですが、警察部隊がスマホの記事情報などをきちんと監視して、適切に先回りして、紛争、衝突を予防したのです。全国で、少なくとも、300名が逮捕されている。警察の断固たる対応と、9月29日頃には、寒風も吹き出し、デモの気分も消えました。
 自衛のため、色々な原始的武器で武装した自警団を結成していたジプシー部落も、寒風と共に一安心です。

 大陸の気候は、夜の気温がすぐにマイナスになるから、アイルランドのような移動生活は難しい。小さくとも煉瓦の家で、暖房の火をたくしかない。

 おっしゃるとおり、相互理解とか、そういう甘い考え方では、エスニック紛争は防げないと思う。相互無視の原則、人種間の一種の並立、異なるコミュニティー同士の相互内政不干渉・・・まあ、結局距離を保って、お互い接触をなるべく避けることが、正しい政策と言えると思う。差別感情というモノも、なかなか消えはしないと思う。

 フランスだって、ジプシーが増えると慌てて、強制国外退去措置をして、ブル、ルーマニアの政府当局者達を激怒させた。この措置の法的根拠、合法性は、怪しいのです。
 バルカン諸国に対しては、差別するなとか、教育を与えて、社会の中に統合せよとか、色々説教は垂れるけど、自国内の問題となったら、法的根拠も何もなくとも、力ずくで追放する!!そのやりかたこそが、西欧の偽善を暴露している。


10.RE:もう一度追記 (mugi)
 こんばんは、室長さん。
 大陸のジプシーはアイルランド、英国と違い、幌馬車で移動しないのでしょうか??いずれにせよ、政府がジプシー向けに公費で無料施設を建てようとすれば、治安の悪化を理由に市民が騒ぎ出す…・・・最近の被災地の瓦礫の受け入れを表明した各自治体に対し、放射能汚染を理由に住民が反対行動する構図と似ていますね。瓦礫引き取りは人道主義よりも補助金目当てでしょうけど、住民の本音は違う。

 社会主義時代でもブルでは、ジプシーへのあからさまな差別が続いていましたが、その倫理性はさておき、このようなやり方こそ、多民族共存では最も上手くいくと思います。とかく非難されるインドのカースト制ですが、異教徒を下層カースト指定したため、寛容でいることが出来たのです。今でも同じですが、多くのヒンドゥーは異教徒に無関心だし(ムスリムには微妙)、無関心は寛容に繋がる。「ミッレト制」も例外を除き、非ムスリムは下層民扱いでした。

 今回の一部ブル人による反ジプシー運動は、扇動の背景にFacebookなどがあったのはいかにも現代的ですが、その本質は昔から全く変わり映えしないように思えます。今年初め見たブル映画『ソフィアの夜明け』でも、サッカー「フェン」の背後に極右政治家がいて、「フェン」にカネを渡していた。日本の街頭右翼も同じはずです。
 そして、ブル警察の断固たる処置は見事でした。失礼ながら、ブルの警察は公僕の意識が希薄なイメージがありますが、これを放置すれば全土で流血沙汰になったはず。エスニック紛争も治安機関の対応次第ということですね。

 昔からの差別感情というのは消え難いし、余程の人格者でもなければ相互理解など夢物語でしょう。私は他文化への思いやりや理解を主張する者の本性は偽善者ではなく、寄生者だと見ています。他民族の思いやりに付け入り、差別とわめきたてて寄生するのが目的。ネットでもその類は見かけますし、他人に道徳を説きながら、己自身は人格破綻者だったりする。朝からネットに溺れている者が、「人間として~」など言うのは噴飯モノ。私はその類を人間とは認めません。

 英国も同じですが、人権を掲げるフランスの偽善性は鼻持ちならないですね。2006年10月、フランス国民議会が「アルメニア人虐殺否定禁止法」を可決しましたが、本音はトルコのEU加盟阻止なのは、私さえ分かる。もちろんトルコも黙っておらず、直ちに第二次大戦後のフランスによるアルジェリアの百万人虐殺を挙げて牽制した。レジスタンスの闘士も戦後ベトナムでは、ナチス以上に振る舞っている。これぞ西欧の傲慢さです。


11.自分より下の存在は、心の安全弁 (室長)
 mugiさん、こんばんは、
 まず第一に、幌馬車ですが、小生が一度だけ、ブルのバラの谷地域で、ジプシーの馬車(幌はなかったけど)での移動風景を見た覚えがある。68年か、69年頃です。
 これは、近くの村での早朝のバラの花弁摘みのアルバイトのために、ジプシー家族が謂わば自宅から出て、よその村に出張してきた、という感じでした。幌馬車の中に、炊事道具、ベッドがある、という西欧のジプシーの馬車とは異なるものでした。生活用具は、ほぼ無しです。

 次に、なぜ小生が、それなりにバルカン半島の方が、より寛大ではないのか?と感じるかというと、同じ差別でも、それほど徹底的な迫害、殺害事例などは少ないと言うこと。そういう集団的殺害事例は、聞いたことがないのです。もちろん、以前紹介した(小生のジプシー関連ブログ記事で)統計によれば、ブルでも、ある程度、第二次大戦時に、ジプシーへの虐殺はあったらしいけど、そういう話は、ほとんど聞きませんでした(歴史から消されているというか)。
 それに、いずれにせよ、ブルではジプシー人口は、順調に増加していること。定住のジプシー地区が存在し、毎年これが大きくなっていること。
 
 なお、差別の根本原因は、小生は、実は人間の心にあると思う。小生も、猫を飼っているように、ペットの効用は、自分より下の存在が居て、これに対して優しくしてやったり出来る、ペットとのつきあいで、ある程度自分の方が上と実感できる、と言うこと。

 これと同じで、人々も、自分より下の存在として、カーストが下だとか、身分が下だとか、自分より貧しい人だとか、頭が悪い人だとか、そういう下の存在が居ると感じると、自分自身により自信がわく、と言うことではないか?と思うようになった。すなわち、被差別民達にも社会的な意義は、大いにある、と言うべきではないか?
 歌手、楽団など、ジプシーで音楽家として、大成功している人々は、バルカン半島でも、ハンガリーでも、存在する。彼らは、ブル人の冠婚葬祭でも、呼ばれて、報酬を受け取れる。職業的に、分業があれば、重宝されるのです。

 まあ、そうは言っても、差別を正当化するのは、なかなか難しい。でも、人間社会で、差別は、これからも存在するでしょう。人間の心に、自分は、他の人より優れている、と言う、そういう感覚を喜ぶ、というところが、無くなると言うことは、考えにくいから。

 
12.RE:自分より下の存在は、心の安全弁 (mugi)
 こんばんは、室長さん。
 社会主義時代のブルで、早朝のバラの花弁摘みのアルバイトにジプシー一家が来ていたとは、さすがブルガリアン・ローズの国です。貴方の以前のジプシー関連記事を読み返しましたが、第二次大戦中の虐殺率ではクロアチアが最もひどかったそうですね。次いでポーランド。カトリック二か国が栄えある虐殺国でした。
    http://79909040.at.webry.info/201007/article_3.html

>>差別の根本原因は、小生は、実は人間の心にあると思う

 全く同感です。私は犬猫を飼ったことがありませんので、ペットを飼う人の心情はよく分かりませんが、子供が独立した年配者や独身者が犬猫を飼う気持ちは何となく理解できます。犬猫を飼うホームレスもいるそうで、寂しいから飼うのかと思いきや、理由は寂しさの埋め合わせ以外にもペット相手に威張ることが出来るから、と言った人がおり、成る程と想いました。
 
 以前、私はインドのカースト制を扱った記事で「人間は本質的に平等を望まない生き物なのは確かだ」と書いたことがあります。平等を叫んでいる連中も、上の階級に対し訴えているのであって、自分より下々の人々に合わせようとすることは決してない。自分より下の存在が大人しくその地位に甘んじているなら結構でも、地位が逆転しそうになるや平常心ではいられなくなる。格下と思っている者が付け上がったり、分相応に振る舞わないならば、怒らない人の方が稀でしょう。
  http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/fcb42117d54772f3e4c90e0663739425

 現代は表立った差別は禁止されています。しかし、本音では平等を望まない人間ゆえに差別の口実はいくらでもあるし、実態とかい離した理想主義こそ、むしろ敵意を膨らませることになる。そして、差別どころか迫害が起きるかも。差別なら相手の存在は認めますが、存在さえ認めなくなるのが迫害。
           (了)
    

この記事へのコメント

ミツカン
2011年11月20日 21:18
>人間の心に、自分は、他の人より優れている、と言う、そういう感覚を喜ぶ、というところが、無くなると言うことは、考えにくいから。

サミュエル・ジョンソンいわく、「人間が二人いると、必ず三十分以内には、片方が自分のほうが優位だという証拠を手に入れる」。
この言葉は個人だけでなく、エスニック・グループのレベルにも当てはまります。
ちなみにチンパンジーの世界にも序列が存在し、劣位のオスが上位者に対して、相手の優位を認めるサインを出さなかったら、上位者は怒るそうです。

>職業的に、分業があれば、重宝されるのです。

ちなみに中世のドイツでは、刑吏、墓掘り人、皮剥ぎ人なども差別の対象だったそうです。彼らは排斥される一方で畏怖されており、人々は医術に通じているとされた刑吏から隠れてさまざまな薬を買い求めました。嫌われる一方で怖がられるというのは、日本の「憑き筋」と呼ばれる人々とも共通していますね。
mugi
2011年11月20日 22:51
こんばんは。

 拙ブログの記事やコメントを紹介されて頂き、有難うございました。バルカンのジプシー事情に疎い私のコメントはお恥ずかしい限りですが、少数民族の対応でバルカンとインド亜大陸で重なる面があるのは面白いと思いました。やはり長い歴史と多様な民族が混在するという共通性があるから、対応も似てくるのかも。

 先に私は「インド亜大陸でも宗派ごとによる住み分けで共存してきた」と書きましたが、さらに付け加えればカースト毎にも住み分けがあります。これはヒンドゥーのみならず他の宗派も同じだし、少数民族のパールシーさえ聖職者と平信者は別々に住んでいる始末。これへの非難はありますが、欧州でも同じギルド同士の者が住み分けていたはずです。

 同民族同士でも、金持ちとそうでない者は妬みも働き、付き合いが難しい。結局のところ似た者同士の付き合いが上手くいくということでしょう。
2011年11月22日 16:17
ミツカン様、
 お返事が遅れ申し訳ありません。田舎の法事で、今帰ったばかりです。西欧の刑吏が薬剤師(兼医師?)であったとは、驚きです。しかし、同じことは、ジプシーにも言えます。占い師であったり、薬草の販売者(富山の薬売り的)であったりもしました。
 薬草に関しては、今でも、ジプシー達は、山を駆けめぐって生薬を採取して、これを生薬専門の商人に売ります。ブルの生薬は、欧州全体の生薬商人達の間で取引されています。生薬のことをブル語でbilki=ビルキと言います。お茶というか、煎じ薬としても、ビルキは重宝されています。
2011年11月22日 16:50
mugiさん、こんにちは、
 上のミツカンさんの項でも述べたように、義母の1周忌で津市に行っていましたので、返事が遅くなりました。
 インドの宗教事情、宗派内におけるカースト層間の関係とか、なかなか興味深いところがありますね。
 バルカン半島でも、民族間の色々な事情は、もっともっとブル社会に食い込んで生活していれば、観察も豊かになったのでしょうが、秘密警察に監視される環境下で、我々外国人が、ブル社会に深く食い込むことは難しかったし、あの物資欠乏社会では、ブル人の「友達」となることは、あらゆる物資の調達係として、損な役割を背負わされることでもあったので、とても深くはつきあいが出来ませんでした。
 だから、逆に、ジプシー達の生態を、遠くから観察する、ということとかにも、関心が向いたような気もする。また、ブル人に関しては、色々な日本人の体験談も、聞き取り、頭に入れました。

 それにしても、Novinite.com紙の記者達も、薄っぺらく、起きた事件を報告するばかりで、事件の真相、深層に触れるようなコメントはほとんど何もしていない。威張る形になって申し訳ないけど、小生の方が、岡目八目で、「結局悪いのはKiril Rashkov一家が、ブル人との距離を守らず、ブル人集落内に豪邸を建て、反感を買い、しかも上から目線でブル人隣人達に対応したことだ」という、より真相に近い評価を下せたと思う。
2011年11月22日 16:57
(続)
 また、ブル政府、というか、警察出身のボリーソフ首相と、ツヴェ
ターノフ内相は、さすがこういう紛争への対応策で、冴えた判断を下
しました。①当初の衝突では、警官隊は少し暴徒から距離をおいて、
一定のKiro王一家の家屋への乱暴とか放火まで放置して、ガス抜きを
しました。他方、②その後は、全国各地のジプシー村への攻撃に関し
ては、ジプシー村への道路上に動員した多数の警官を配置して、断固
暴徒達を鎮圧するという強攻策を採りました。また、③暴動を扇動し
ていた、極右団体系の党員達、或いは、バイク野郎達を数百名も、事
前逮捕して、暴徒の指揮官層を排除しました。
 
 西欧社会の対応も、バカげていました。当初は、ロマ達に同情して
、ブル政府を批判するような決議案が、欧州議会の委員会などでも採
択されたし、国連にも非難決議案が回ったようです。ところが、
Rashkov家とその家来達以外には、「被害者」が出ず、しかも、
Rashkov家は、闇商売で大金を握っている、ジプシー実業家(或いはマ
フィア一家とも言える)であると徐々に分かったらしく、最終的には
、OSCE組織のODIHRを使って、「ブル政府の適切な対応に感謝する」と
いう書状をブル外相宛に送付したのですから、自分たちの早急な非難
決議というやり方に実際は反省した、ということだと思う。

 
2011年11月22日 16:58
(続)
しかし、欧州議会ではなく、OSCE組織という、別組織から「感謝状」という形で、自分らの体面も保ちつつ、謝ったと言うことらしい。狡い対応で
す。これがしかし、西欧諸大国流のやり方なのでしょう。日本人はすぐに、誤ったりするし、過ちを認めて謝ることを一種の美学とするけど、欧米のやり方は、こういう風に、体面を保ちつつ、間接的に詫びる、ということでしょう。
 それだけ、自分の体面を、誇りを大切にするとも言える。すぐお詫びする、日本的習慣は、国際関係では、もう少し慎重であるべきでしょう。

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