労働者の自由な移動:怖い側面など

 外国に出かけて就職口を見付ける、と言う、移民労働は、まだまだ日本国のような島国で、長らく一国、一文明という「別世界」を形成してきた国家にとっては、例外的な選択肢である。もっとも、日本の役所、或いは企業に就職後に、海外勤務を命じられるということは、既に必ずしも例外的な事例でもない。

 とはいえ、ブルガリアのように、欧州の一部、EU加盟国の一部となった国では、ほんの20年ほど前(89年)まで、共産圏という「隔離社会」で、海外留学も、移民労働も、必ずしも身近な選択肢ではなかった時代が長かったにもかかわらず、自由化後には、ごくごく身近な選択肢となった。身近なだけではなく、有利な選択肢となった。

 これは、国内産業の衰退(社会主義時代の国有企業の倒産)、生産性向上故に、却って失業率が高まったこと、そして、発展度合いの高い西欧、或いは北米(米、加)などでは、国内賃金に比べて格段に高い高給が得られること、などから、益々、移民労働こそが有利な選択肢となってきている。それが故に、日本などに比べて、移民労働の割合は、同年齢の若者の間で、日本では想像もつかないほどに、高率である。

 このような、外国への移民労働事情に関し、最近のNovinite.com紙が報じている(8月30日付、http://www.novinite.com/view_news.php?id=142767)ので、下記にその要旨をご紹介する(1.~4.)。また、外国移民が多すぎることの弊害部分に関しても、小生の知識の範囲で、少し考察してみる(5.以下)。

1.青年達の国外移民労働願望が、かつて無い高水準に達している:37%
  益々多くのブル人達が、外国での移民労働を望んでいる理由としては、失業、生活水準の低さ、賃金の低さ、などとされている。

そして遂に、移民労働を望むブル人の割合は伸び続けて37%に達してしまった。また、彼ら移民労働希望者の内、6割が帰国の意志がない(十分金を貯めたら、帰国を希望する、と言う割合はたったの35%である)。これが、8月30日に労組Podkrepa(ポトクレーパ、「支持」の意味)から発表された統計数値。

2.詳しい統計値説明
  実は、世論調査は、2011年と12年の2回にわたり、1273名の人々(男性52%、女性48%)に関して行われた。これらの内、50%弱の人々が大卒証書を持ち、38%が高卒免状を持っていた(注:要するに、12%強は8年制の小卒資格しかない単純労働力)。  
  そして11年には、33%のみが「移民労働」を希望すると述べていたのが、12年になると、この数値が37%に伸びていたのだ。

  社会学専門家らは、この傾向が深まっている理由を、国内における失業率の上昇、低い生活水準、低い賃金にあると見ている。

移民希望先の順位は、ギリシャ34%、伊34%、英32%、独24%、西20%

3.本当は、もっと多くが移民労働したい
  ブル人の労働力移動を妨げている要因としては、EU加盟国で西欧先進国の一部に、依然として存在するブル人(及びルーマニア人)への労働市場へのアクセスに関する規制措置だ。

  他には、民間の外国労働斡旋企業、または、外国雇用者らによる、頻繁な詐欺が、もう一つの障害。これらの障害を克服するための、安心できる公的な移民労働斡旋・紹介機関が必要だと、多くの人が述べた。

4.Eurostat(EUの統計局)、NSI(ブルの統計局)による数値
  毎年ブル人(年齢は25--39歳)2--2.5万人が、祖国を後にして移民労働者となっている。

既に、約120万人のブル人が、外国に居住している:①米、加、豪=32万人、②独、仏、ポルトガル、スペイン、伊=36万人、③トルコ=30万人、④ギリシャ、キプロス=29万人。

    (小生注:最近の統計値として、ブル国内の人口は約735万人とされているが、上記の①~④の合計数値は127万人で、これと735万人を足すと、ブル人の合計人口は862万人となる。社会主義時代末期の最大人口が、これを少し超えて、900万人弱だったはずだから、この数字は少し多すぎる感じだ。どこかで重複している可能性が強い。実際には、常時国内に居住する人口は、700万人弱という見方もある。
   マケドニア人、モルドバ人、ウクライナ人などで、最近ブル国籍を許可された人数はせいぜい未だに10万人を下回ると見られるし、彼らはしかもほぼ皆が二重国籍者と思われるし、国籍取得理由がEU諸国での労働だから、国内居住は少ないはずだ
。)

5.移民労働の問題点:日本
(1)個人として、海外進出意欲が減退
  日本の場合、そもそも最近は、近隣の東アジア諸国と比べても、海外留学熱が低く、若者の冒険心の欠如、消極的態度が問題とされている。日本人の場合、特に英語をはじめ、外国語習得への「障壁感覚」が、同じ印欧語族として、言語障壁をさほど気にしないバルカン半島諸国人に比べて、不利とも言える。
  しかし、団塊世代の小生などの時代には、外国への憧れ、外国での成功への意欲などは、今の世代に比べて高かったように思う。現実に、言語障壁、文化の相違などをものともせずに、引退後に、再度中国などでの「再就職」場所を見付けて、活躍している人々も、この世代には多い。

(2)企業の生き残りには、海外進出が不可欠
  また、日本国の人口が、1億2千万人強と、依然として国内市場が大きいので、国内での失業率についても、未だに危機感が不十分と言うことも、海外留学とか、移民労働への熱意が低い理由の一つかも知れない。もっとも、実際に就職してみると、海外赴任を命令されることが結構増えているはずだ。
  とはいえ、我々の周囲を見回しても、今のブル国のように、5人に1人、或いは2人ほどというような高率で、外国に暮らし始めているというほどの「国際化の高さ」ということは、考えられないだろう。これからは、もっともっと多くの人材が、海外で活躍して、日本経済を外から支えないと、日本経済自体が持たないだろう。

  
6.移民労働の問題点:ブルガリア
  他方で、自由化後の失業、生活苦、低賃金を逃れるために、手っ取り早く、何とか西欧での就職口を見付けた人々が、高校、大学同級生の3割、4割以上は存在するブルの場合、幾つもの問題が顕著に感じられているようだ。そこでの問題点は、日本とは異なる。

(1)家族の絆の喪失感、地域社会の衰退
  やはり問題は、バルカン半島のこれまでの社会は、家族、或いは、「延長家族=大家族」という形での血縁、或いは根強かった地域社会の友人同士の絆などの、「伝統的家族、地域社会」という「暖かい関係」が崩れること。
    (小生注:「バルカンの散歩」という言葉をご存じであろうか。バルカン半島各地では、夕刻6時頃になると、村、町の中心部に人々が家族連れで現れて(しかも、背広にネクタイなど正装して)、行ったり来たりして散歩を楽しむ習慣がある。そして顔見知りと会うと、路上で話し込むのだ。こうすれば、おごったり、おごられたりという経済的負担も少なく、毎日のように、知人、友人と交際できる。貧しい社会なりの知恵なのだ。もちろん、若い世代も、恋人を発見する機会ともなる。田舎の人口が減れば、こういう近所づきあいも減ってしまうし、寂れていく。)

  田舎の家には老夫婦などのみが残り、子供世代は全員が移民労働力として、海外で「季節労働」(注:ギリシャ、スペイン、英国などで、最近は現地の農業は、東欧、バルカン半島からの「季節労働力」に支えられている、と言う。特に収穫期に、作物を取り入れるのは、これら「新規EU加盟国」の、低賃金の、季節労働力なのだ)したり、より学歴があり優秀な場合は、社員、技術者、医師などとして、活躍しているのだ。

(2)国内人材の払底→経済、国家発展への悪影響 
  移民労働力は、単純労働以上に、高学歴・高度技術保有者にとって有利だ。ブル国内でも、優秀な人材には、儲けが大きいマフィア系企業などでの雇用で、普通より高めの給与が期待できるとはいえ、海外における「優秀人材に対する高給」は、ブル国内の常識を遙かに超える。

  これが意味するところは、例えば、ブル国内の大病院で「ガン病棟」などで勤務する、優秀な医師が、実は十分な数が確保できず、たとえ最新の医療設備を投資しても、医師不足故に、満足なガン患者への対応ができない、ということだ。同様に、色々なハイテク分野でも、やはり本当に優秀な人材は国内に残っておらず、ブル国家としての経済発展、社会発展の分野において、否定的な影響がありうるということ。

もっとも、移民労働者達が、海外から、家族のために行う「移民送金」額が、年間10億ユーロを優に超えていて、外国企業によるブルへの直接投資額を上回るほどの金額として、ブル経済を支えている、と言う側面も見逃すべきではない。即ち、ブル経済にとって、必ずしもマイナスのみではないのだ。

7.人材移動の怖い点
(1)自国のアイデンティティーをどう守るか
  移民労働が盛んとなり、労働の移動が世界規模で活発になると、国家の文化、文明に対しても、相当なインパクトがあり、元来が移民から出発していて、そのような移民の増加、変化への対応にも柔軟性がありそうな、北米、豪州などに比べて、一国一文明で、近代以降もしっかり「国民国家」として成長してきた諸国では、問題が生じうる。

  07年の英国旅行(http://79909040.at.webry.info/200711/article_2.html)に関して書いた記事で述べたように、小生は、ある英国大使館員の言葉にショックを受けたことがある。その時点(1970年代後半)では、未だに日本では、外国人移民の増大とか、そう言う問題に関して敏感ではなかったのだが、当時既に英国には、外国人の移民が増えすぎて、英国国内に住んでいながら、英国の伝統的雰囲気があまりにも消えて、自分は嫌だと感じていた人がいたのだ。その人の、個人的決断は、引退後は、「昔の英国的雰囲気が、英国本国よりも濃厚に残っている豪州への移民」だった。その記事の部分を、念のため下記に引用しておこう。

  昔英国大使館勤務の下級館員が、定年を間近に控えて小生に述べた言葉も想起された:「日本人の観光客は、日本語しかしゃべれないので、英語のできる自国人のガイド付きで、行儀良く観光地を回って、土産物などもしっかり買い込んで地元の利益となる。下手に現地に土足で上がり込んで迷惑をかけない。すばらしいことだ。自分は、自宅の周辺などにも、既にインド系とか、外国人が増えて、ロンドンに住む気もしなくなった。自分としては、英国人だけが住む、静かな環境を欲しており、そういう自分が余生を送るには、むしろ豪州の田舎などで、英国系しか住んでいない地域が望ましいので、引退後はすぐに豪州に移民する」。
   小生としては、人種差別的な感情と言うか、あまりに外国人移民が多すぎる英国を嫌い、むしろ豪州に移住する、という同人の選択に、とまどったものだ。若かった小生には、その頃日本には外国人の居住者も少なく、このように外国人の大量移民にとまどう英国人老人の心情が十分理解不能だったのだ。



(2)外国人秀才との競争
  今のグローバル化した経済では、各企業としては、もはや日本人の人材には固執していられない時代となった。どんなに使いにくい側面があっても、国際的競争に生き残るには、外国人であれ、優秀な人材を雇用し、登用していかないと、企業自体が競争に負けてしまうのだ。
  だから、東京、或いはその近郊の県で増えている外国人は、必ずしも外資系企業の職員でも、インド・レストラン、中華料理店の店員でもない。むしろ、日本企業自体が、中国の優秀な人材を試験して、面接して、雇用してきた人材であったり、インド人のIT技術者であったりするのだ。

  結局、日本企業は、東南アジアなどに生産拠点(工場)を移転したりするばかりではなく、本社の社員としても、優秀なアジア諸国の秀才達を雇用して、彼らの能力を活用してこそ、新時代を乗り切れると感じ始めている。

  そうであれば、たとえ外国進出という冒険心の薄い日本人の若者といえども、国内にいたままで、就職を考えている人々も、結局は就職後は、海外赴任を命じられたり、或いは本社でも、外国人と席を並べて仕事をすることとなるのだ。好もうが、嫌がろうが、世の中は、変化していくのだ。

  企業のトップが、外国人という例すら出てきている。小生が最近不思議に思うのは、Sony社長としてきた米国人が経営に失敗したのに、日産の経営者としてルノーから来た仏人社長は、未だに成功を続けていること。仏人などの、欧州大陸出身者が、意外と日本企業の経営に向いていて、米国人がダメだった、と言うことは、やはり歴史の長い、伝統社会としての西欧人の方が、日本国に移民してきてから、美味く適応できると言うことであるのかも知れない。

この記事へのコメント

mugi
2012年09月06日 21:24
こんばんは。

 ブルの若者の国外移民労働熱は高いようですね。移民希望先が英米よりもギリシャや伊が人気というのも面白い。やはり地理的に近く文化的に共通面があるからでしょうか。もちろん良い面ばかりでなく、優秀な若者であるほど頭脳流失の恐れもあるし、家族関係にもひびが入ることも。この点は海外の出稼ぎで外貨を稼ぐフィリピンとも事情が似ているような…
 ただ、ブルはかつてオスマン帝国に“移民労働”してきた過去がありましたね。イエニチェリ以外にも帝国本土に商業で赴く者も多かったはず。行く先は変わっても、現代の国外移民労働熱は昔からの伝統?

 対照的に日本では国外移民労働熱が低いのは確かでしょうね。海外に出て行っても「沈没」する若者が少なくなかったことを知り、国内居残り組の私は驚きました。ネットでも日本社会への不平不満ばかり並べている暇人を見かけます。いい年をしてどんな人生を送ってきた?と言いたくなる類までいたから、若者ばかりを責められませんが、豊かすぎてダメになったのかも。
2012年09月06日 23:07
こんばんは、
 英国は、希望者が多い割には、未だにブルなどに関し、労働規制があるので、実際の移民労働数は低いようです。
 ギリシャ、スペイン、ポルトガル、伊、キプロスなどは、季節労働者としての農業収穫要員が多いはず。英国も、実は東欧からの季節労働者がないと、農産物の収穫も出来ないという記事が最近もあったから、ある程度はブルからも出かけているはず。スウェーデンでは、ベリー類収穫要員として雇用を約束されながら、実は募集者が現れず、ブル人季節労働者らは、路頭に迷い、結局スウェーデン国、ブル国国家の負担で、本国送還される羽目になったとの記事もある。
 もちろん、大卒者の移民も多く、特に医師などは、国内より給与が高いから、移民労働してしまう。そのほか、技師とか、建設労働者なども。更には、多くの犯罪者らも:麻薬取引、売春、カード詐欺、など。
 ジプシーが多いけど、妊娠7ヶ月、8ヶ月で伊、ギリシャに出て、現地マフィアの管理下に出産して、子供を「養子縁組」用に差し出して(金で売る)、一人で帰国する、という、新生児売買などもある。
 ともかく、欧州は多言語社会だし、ブル人も、たいした語学教育のない人でも、ギリシャ、イタリアなどでも平気で言語障壁を越える。逞しいです。
 今もそうだけど、オスマン時代も、既に現地に行って暮らしている同国人が居て、彼らを頼って「出稼ぎする」ので、移民労働といっても、コネによる職場斡旋がおおいらしい。オスマン時代は、「ギリシャ商人」と呼ばれたりしていた。オーソドックス信徒は、皆が「ギリシャ人」扱いでした。商業用語は、ギリシャ語で、ブル人も商用の連絡文書、領収書など、ギリシャ語で書いていた。

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