再びアイルランドについて

さて、また夏枯れというか、暑さで頭が回らない日々が続いているので、このブログの記事が希薄となっています。ブルガリアでは、中流市民層の「街頭デモ」が収束しないまま、国会が夏休み休会に入り(8月5日~9月4日まで32日間休会)、当面デモ隊も盛り上がらないし、8月はソフィア市も暑い夏が予想されているので、ますます静かになるかも。

 そこで、小生としては、またもやmugiさんのブログ(http://blog.goo.ne.jp/mugi411)でお遊びした投稿記事(http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/caeb77c36fd35231c5f80f4d24e5a65a)を再生する、せこい戦法で記事を作りたいと思う。話題は、ここ久しく忘れていたアイルランドです。

 この投稿で小生が特に強調したかったのは、同じ隣国で、それなりに対抗心、敵意のある国同士でも、それなりに節度も心得、或は、外交、国防などの大事に際しては、協力することもあるアイルランドと英国との関係についてです。決して、日韓ほどは、不毛な関係には陥っていない。アイルランド側にも、歴史認識での、歴史の捏造とか、謝罪要求という一方的な嫌らしさは見られないし、英国側には、基本的にはアイリッシュたちとの議論を回避するし、謝罪も一切しないという、沈黙の態度が見られました。


1.緑 (室長):2013-07-28 08:11:37
 こんにちは、
 緑は、確かカトリックの色でもあるはずで、アイルランドの国旗は緑、白、オレンジの3色だった。

 緑は、アイルランド島を「エメラルド・アイランド」と別称するアイルランド人にとっては、年間を通じて雨が多く(雨量としてはそれほどでもないが、よく小雨が降る)、気候も我々から見ると冷涼だけど、マイナスにならないので、欧州の高緯度の割には、温暖な気候で、年中緑の草、木々の葉っぱが絶えないから、緑の島でもあるのです。

 国旗のオレンジはもちろんプロテスタントの色で、間の白で和平、融和を現しているという。カトリックとプロテスタントの融和、平和こそは、アイルランド建国の理想ではあったのです。なかなか実現しなかったけど、21世紀になって、ほぼ、北アイルランド紛争は終結しました。北アイルランド議会で、双方の議員が対等に民主主義を実践するという体制に何とか復帰できたようです。経済の好調で、カトリック市民の懐具合がよくなったのも、和解ができた原因の一つと思う。

 アイルランドが、「昇るケルティック・タイガー」と言われた、IT革命を契機とする経済の勃興も、ITバブルがはじけ、金融バブルもはじけてから、雲行きがあやしくなって、アイルランドは南欧並に、EIB(欧州中銀)、IMF(国際通貨基金)などからの支援で生き延びています。やはり、カトリックの気分屋的な悪いところが出てしまった・・・・こつこつ努力するプロテスタント型をもう少し学ばないといけません。しかし、英語力と、学校教育の充実、この二つが、アイルランドのIT革命とか、金融センターとしての発展に貢献しました。学力が平均すると英国人を上回る・・・これがアイリッシュ魂というか、英国に負けてなるかという、彼らのエネルギー源です。

 韓国人の日本に負けるか、という根性も、アイリッシュと同じくらいのレベル(アイリッシュ人の間では英国の悪口を言いたい放題だけど、実際には、就職などのために英国への移住は多いし、頭のいい学生も、ケンブリッジ、オックスフォードに行く)程度に節度があればよいのですが。トリニティーというアイルランド国内の名門校もあるけど、これはプロテスタント系の大学です。アイ国内では、少数民族のプロテスタント系に、学力では及ばないのも、カトリック系にとっては癪の種・・・でも、皆現実をよく知っている。カト系の市民も、小生の娘たち同様に、セント・アンドリュースというプロテスタント(スコティッシュ)系のハイスクールに子弟を通わせる人も多かったのです。もっとも、ダブリンには、カト系の名門ハイスクールもあったけど、これはインターナショナル系の学校ではなく、故に、外国人の入学が難しかった。

2.RE:緑 (mugi)2013-07-28 21:10:26
 >こんばんは、室長さん。

 アイルランドの国旗は緑、白、オレンジの3色で、住民が“緑の島”と呼んでいるのは知っていました。しかし、緑はカトリックの色でもあったのですか??そういえば、イタリアの国旗にも緑が使われていますね。ちなみにインドやイランの国旗にも緑色が使用されている。インド国旗も緑、白、オレンジの3色です。もっともインド人はオレンジではなく、サフラン色といいますが。
 イラン系アーリア人は古代から緑色を好み、神聖な色としていたそうで、イランはイスラム化した後でも聖地の建物を緑で塗っているとか。欧州のカトリック民族もアーリア系なので、共通するところがあったのでしょうか。
   (小生注:小生も、アイルランドの例から緑=カトリックと勘違いしているのかもしれない。全世界的には、緑がイスラムの色で、緑=カトリック系アイリッシュのシンボルカラーという概念は無いのかもしれません。これは早とちりだったかもしれません。)

 少し前まではケルティック・タイガーと呼ばれた程の好調な経済成長もあり、北アイルランド紛争はほぼ終結したように見えました。北アイルランド紛争が激しかった70年代とは対照的で、金持ちケンカせずというのは西欧でも同じなのでしょうね。経済成長が好調なトルコもクルド紛争は下火になりました。ただ、経済が鈍化、後退する状態が長引けば、雲行きも怪しくなる可能性はあるでしょう。

 韓国の反日と同じく、反英こそがアイリッシュのエネルギー源なのでしょうね。アイリッシュ魂の正体は悪く言えばルサンチマンの僻み根性。学力平均が英国人を上回るや有頂天になり、英国人をバカにして悦に入るのがアイリッシュ。英国嫌いの私ですが、アイルランド人はさらに嫌らしい。彼らは植民地では英国人以上に粗暴でした。この辺も半島人とそっくりですね。

 名門大のトリニティーがプロテスタント系なのは、ジャック・ヒギンズの小説で知っていました。IRAの闘士で、トリニティカレッジで学位を取った人物が登場しますが、プロテスタントの暴徒に神父の叔父が襲われ、重傷を負ったにも拘らず、トリニティで学んだのです。名門という現実をよく知っているから。この人物は市民を狙う無差別テロには反対していますが。

 本当に韓国人とアイリッシュの行動パターンはよく似ていますね。宗主国の悪口が生きがいでも、いざとなれば宗主国頼み。移住や留学して居座る。ただし、宗主国の対応は完全に違っています。英国人はアイリッシュに過去を責められても屁とも思わないでしょう。 
 mottonさんが貴方のブログでコメントされたように、「中国のようにムチと餌で獣扱いするのがたぶん正しい」し、英国支配も同じようなものでした。でも、mottonさんも言ったように日本人には無理なんですよね。

3.アイリッシュ (室長)2013-07-29 13:29:39
 こんにちは、
 少し誤解のないように言うと、小生一家はアイルランド人の欠点も、長所も見たのですが、それでもアイリッシュが嫌いではない。我々としては、英国人の方を特にひいきする義務もないし、カトリックとプロテスタントの間の宗教的対立感情にも無縁です。
    (注:とはいえ、小生の二女は英国人と結婚している。最近も、長女と孫娘、妻が英国の二女と孫に会いに7月後半の2週間ロンドンに旅行していた。婿殿一家は、典型的英国人だが、アイルランドで働いていた時代もあり、アイ人ともうまく付き合ってきたらしい。だから、アイに対する何らの敵意もない。)

 いずれにせよ、教会自体は、いつも根本は中立で、殺し合いを嘆いていたし、テロ行為を非難していた。カトリック教会もそうです。建前はしっかり堅持していた。

 また、歴史に関しても、見解の相違はあっても、歴史を捏造して、嘘の歴史を書きまくる韓国人ほどの厚顔さ、嘘好きということはなかった。
 とはいえ、防衛をほとんど英国に実質は依存して、国防費を最低限しか予算計上せず、教育予算に回していたのがアイルランドです。失業者も、英国に移住して就職口を探すし、英国の景気が悪ければ、米国とか、豪州に行けばよい。カナダもある。

 家も全く英国の住宅と同じ設計図で、文化もほとんど同じで(英語の歌であっても、曲調は少し違う場合もあるけど、英国と大きく相違はないし、今は米国風が多く、大差ない)、言葉も英語になっているから、その意味でも、韓国と日本のような全面対決、全面的な相違という感じはしない。

 韓国人に比べれば、アイリッシュは、程度をわきまえているし、謙譲さでも、英国に劣るとはいえ、日本人にも分り易い謙譲さを持っている。

 ちなみに、サッカーの時、日本の軍艦旗というか、旭日旗は、日露戦争時有名になった(軍艦三笠は北アイルランドのBelfastの造船所で建造された)ので、未だにアイルランドのサッカー試合には、何の旗かは市民はもはや知らないままに、結構掲げている。縁起の良い旗という感じらしい。要するに、アイルランドでは、第二次大戦時も、表向き中立だったように、対日感情は悪くはないので、その意味では、日本人は暮らしやすい。

 もっとも、カトリックは気分屋で、時間を守らないので、修理を依頼するときとかは、何時来るとかあてにならないし、別の日にひょっこり来るから、頭にきた。その日の気分が悪いと、仕事に行かないというのが、アイ人の場合普通のことなのです。プロテスタントは、約束の時間、納期などを守るという商道徳を知っているのですが、田舎者のアイリッシュは、そういうきちんとした約束を守るというメンタリティーが弱かった。彼らも、米国とか、豪州とかの、プロテスタントの多い土地に移住すれば、現地の商道徳を守るらしいのですが(競争に負けたくはないからでしょうけど)。

4.オレンジ (室長)2013-07-29 13:56:47
 こんにちは、
 そういえば、オレンジの意味を書き忘れました。オレンジ公ウイリアム3世【ウィリアム3世(イングランド王、1650年 - 1702年)】が、蘭国王から英国王になったので、オレンジがプロテスタントの色となったのです。
 北アイルランドでは、オレンジの日のパレードがあって、プロテスタント系のみのお祭りになっていました。
   (小生注:北アイのプロテスタントたちにとっては、ウィリアム3世による「ボイン川の戦い(Battle of the Boyne)」における勝利こそは、記念すべき特別の日なのです。この戦いは、1690年7月1日(ユリウス暦、グレゴリオ暦では7月12日)、ウィリアム3世率いるイングランド・オランダ連合軍と、退位させられたジェームズ2世率いるアイルランド軍の間に行われた。アイルランドのボイン川河畔で行われた。イングランド軍36,000人とアイルランド軍25,000人が戦い、ウィリアム3世が勝利してイングランド王位の保持を決定的なものにしました。7月12日のOrange walk(オレンジ・パレード)も、この勝利を祝う行事ですhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%83%B3%E5%B7%9D%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
http://en.wikipedia.org/wiki/Parades_in_Northern_Ireland


 アイルランド、米国では、3月17日=聖パトリックの祝日という祭日があり、別名グリーン・デーという。人々が緑の衣装を着る日でもあり、緑の衣服が無くとも、緑のモノを何か身に着けていないとならない決まりです。これはもちろんアイリッシュ系のお祭りが元です。つまり、聖パトリックというアイルランドでキリスト教を最初に伝道した聖人のお祭りです。本来はカトリック系のお祭りなのです。
 「シャムロックという緑色の三つ葉」が、聖パトリックデイのシンボルでもあるし、アイルランドのシンボルにもなっています。

5.日韓スワップ協定 (室長)2013-07-29 14:09:04
 こんにちは、
 連荘で申し訳ないのですが、以前小生のブログで、いざという時に外貨を無条件で融通するスワップ協定に触れました。

 その後の朝日の報道で(小さい記事)、なんとこのスワップ協定は、昨年11月時点で、大部分の金額が、韓国側からの「要請がなかった」ということで、日本側も更新せず、打ち切られていたことが分りました。大きな報道がされていなかったので、小生も気づかなかったほど。
   (小生注:日本のマスコミは、対韓配慮からか、こういう日韓関係上の重大なニュースをほとんど大きく扱わないのが、怪しからんと思う。未だに、金融基盤が脆弱な韓国は、欧米などからの投資への依存度が高く、日本との為替スワップは最後の砦のはずです。韓中の間のスワップ協定もあるけど、人民元は、必ずしも、ハードカレンシーとして確立していないし、いざという時に中国側がきちんとスワップに応じ、救済するかは怪しいのです。もっとも、昨年の李明博大統領の竹島上陸強行、天皇陛下への暴言、などから、韓国側もさすがに日本に「公式要請」する厚顔さを持ちませんでした。痛いけど、身から出た錆なのです。)

 そういう風に、実際には安倍政権が、きちんとけじめをつけているということを、あの記事の最後に「追記」してあります。
 今年の7月にも、期日の来たスワップ協定は、いつの間にか打ち切られました。日本政府も、やるべきことをやっています。
http://79909040.at.webry.info/201306/article_4.html
 自分の記事の宣伝みたいで、申し訳ないのですが。

6.RE:アイリッシュ&オレンジ (mugi)2013-07-29 21:48:11
 >こんばんは、室長さん。

 私はアイルランドや英国に住んだこともないし、知人もいません。現地に住めば見方も変わるのでしょうが、インドやトルコ贔屓としては、ついアイルランドや英国を、植民地時代と重ね合わせて見てしまうのです。もちろん植民地における白人が全て悪、現地人が被害者というのは極めて短絡的な見解ですけど。
 さらに意外だったのはキリスト教会は旧教、新教共に根本は中立だったのですか??表向きはテロを非難しても、陰で煽っていたと疑っていましたが。中には煽った教会もあったかもしれないし、第二次世界大戦時でのバルカンの場合、カトリック、正教共に過激でした。

 アイルランドの歴史教科書で英国支配時代をどう描いているのか興味ありますが、少なくとも韓国の様な出鱈目とねつ造ばかり訳ではないようですね。私が先にアイルランドを辛辣に書いたのも、韓国と重ね合わせたからなのでしょう。英国の悪口は言っても、白を黒とまでは言わないのは結構です。謙虚な韓国人など考えられません。

 軍艦三笠は北アイルランドのBelfastの造船所で建造されたとは知りませんでした。Belfastといえば、ジャック・ヒギンズの小説の影響でテロの街のイメージがありますが、これも昔話になりつつありますね。そして旭日旗にケチを付まくっているのが何処の国か、言うまでもないでしょう。

 気分屋で、時間を守らないのはインド、中東も同じですが、アイルランドもそうでしたか。英国支配が長くとも、プロテスタントのように約束の時間、納期などを守る習慣は根付かなかったのですね。南欧のイタリアやスペインも約束の時間、納期にルーズのはず。

 オレンジがプロテスタントの色になったのは、オレンジ公ウイリアム3世のことがありましたか。北アイルランド紛争時、「オレンジ党員」はプロテスタント過激派を意味しましたよね?プロテスタントはわざとカトリック居住区で、オレンジの旗を掲げた行進をしたことがあるとも聞きました。

 聖パトリックの名は聞いています。アイルランドにキリスト教を広めた伝説的聖人ですね。もっとも彼は厳格なキリスト教教義ではなく、現地に合わせたやり方で布教したそうです。そのためかキリストを受け入れてもアイルランドでは特殊な習慣が続き、カトリック化していないと、ローマ法王はアイルランドを英国王に“進呈”しました(1172年)。

7.RE:日韓スワップ協定 (mugi)2013-07-29 21:50:21
 >こんばんは、室長さん。

 リンク先の記事は以前拝見してコメントしましたが、追記もありましたか。追記にある室長さんの、「歴史認識も、国際常識もない「姫」には、できるだけ早く沈没していただきたいものだ」は同感です。のらくろさんの言葉を借りれば、あの「女酋長」、あまり長くないと見る人もいます。そして「アシアナ航空事故にみる韓国人の国民性」というブログ記事は興味深いですよ。
http://blogs.yahoo.co.jp/hoshiyandajp/32353233.html

 ここでも香ばしいコメンターが湧いていますが、これぞ韓国人の国民性を地でいっている。彼らは常に自国と同一視する見方しかできず、他国を己の投影でしか見られないのです。拙ブログにもその類が湧いて出ましたが、当人の言葉を借りれば、「願望的レッテル貼り」、「脳内変換機能」のパターンでした。
 貴方の記事でmottonさんが分析した「歴史的にみた朝鮮人の性根」はやはり鋭い。結局は彼の言うとおり、「人間関係に絶対的永続的な上下関係しかないので精神安定のためにこうなる」。反日が国是でも、国交断絶は決して言わない。

8.アイルランドの歴史 (室長)2013-07-30 11:26:24
 RE:RE:アイリッシュ&オレンジ
 こんにちは、

 >私はアイルランドや英国に住んだこともないし、ついアイルランドや英国を、植民地時代と重ね合わせて見てしまうのです。もちろん植民地における白人が全て悪、現地人が被害者というのは極めて短絡的な見解ですけど。

   英国史はややこしいのです。ケルト人の3つの国、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの内、ウェールズ語は別種で、対英感情もよいようです。スコティッシュとアイリッシュは、共に広い意味のゲール語族で元来は同族なのですが、近世になると、宗教面でスコティッシュたちはプロテスタントの長老派に、アイリッシュたちは、聖パトリックの伝道以来のカトリックに分かれ、しかも、スコティッシュたちが大挙して北アイルランドを占領し、カトリックのアイリッシュの土地を奪ったので、天敵同士となった。

  イングリッシュ(アングロ・サクソン族)による南アイルランドへの進出は、地主としての征服で、北アイのように、主としてスコティッシュの農民が来て土地を奪うのではなかった。
  それにしても、南アイでも、クロムウエル時代以前から、イングリッシュの大土地地主たちが、普通のアイリッシュ農民を搾取してきた。特に19世紀半ばの大飢饉(ジャガイモの疫病で飢饉となった)時期に、英国政府が無策で、アイ農民を救済しなかったので、50万とも100万とも言われる餓死者を出し、更には同じくらいの人数が米国、英本土に移住した。この時の恨みが、反英感情の根本にある。

  とはいえ、大英帝国官吏として、或は、軍人として、世界に羽ばたいたし、第二次大戦中も、アイは中立でも、アイの失業者らは、英軍に応募して英軍人として戦ったものも多いし、英国王から勲章を得た人々も多い。彼ら(勲章保持者)が、ダブリン市内に存在するRoyal Dublin Society=RDS(発音=オーディーエス)という上流階級のクラブで、貴族的言動をしているし、会の名称変更(RoyalからRepublicanへ)にも断固応じない。更には、アイ国内には、減ったとはいえ、未だに1割強*のプロテスタントも居住していて、彼らの方が、アイ社会で上流層である場合が多い。
   (小生注*:小生の記憶違いで、90年代初頭の段階で4%ほどでしかなかった。下記に訂正記事があります。

  つまり、アイ内部でも未だに反英一辺倒ともいえないのです。英国王への忠誠心を残している人々が、いわゆるloyalistたちで、オレンジ党という言い方は、あまり聞かないと思う(オレンジ・パレードという行事、祭りはあるのですが)。(小生注:「オレンジ党」は無いと思うけど、オレンジ・オーダーという団体は存在する。下記に同じく、訂正記事を書きました。)

  北アイ紛争用語では、次の言い方、順序で過激となります:
    プロテスタント>ユニオニスト>ロイヤリスト
    カトリック>ナショナリスト>リパブリカン。
  そして、一番右側のロイヤリスト、或はリパブリカンという用語は、かなり過激な人々、テロを否定しない人々をさし、普通の市民たちは、普通はナショナリスト、或はユニオニストと呼びます。政党名もそうで、プロテスタントたちの政党名は、ふつうユニオニストという単語を入れた党名を名乗るし、カトリックの政党もナショナリストを入れる。IRAがIrish Republican Armyの略語だったように、Republicanとまで名乗れば、武力闘争支持者です。Loyalistの単語も、テロ系団体名にしか使わない。
     (注:これが、上記のRDSの名称変更で、Republicanという用語をつかえない理由ともなっている。また、英国の事典にRepublic of Irelandという国名が書いてあるけど、アイ外務省は、国名はIrelandのみで、Republicという用語は一切使用していないと激怒していた。これも、Republicanという単語の忌まわしい連想を避ける意味があると言える。)
  だから、北アイ紛争が長々続いた頃にも、必ずしも一般市民たちがテロ系団体、或は武力闘争を支持しているとも言えなかった。


 >さらに意外だったのはキリスト教会は旧教、新教共に根本は中立だったのですか??表向きはテロを非難しても、陰で煽っていたと疑っていましたが。中には煽った教会もあったかもしれないし、第二次世界大戦時でのバルカンの場合、カトリック、正教共に過激でした。

   上記の通り、北アイ紛争継続時も、市民の大部分は、テロ、武力闘争に同意していたわけではなく、教会も、何時もテロ行為を非難していた。ところが、アイリッシュの心情でややこしいのは、テロ批判、武力闘争批判の立場も、いざ、IRAテロリストの処刑、死罪判決などとなると、処刑反対運動が起きるし、市民が激昂するのです。これは、1910年代、20年代の独立運動の頃もそうで、多くの国民は大英帝国臣民として、世界に雄飛できることにメリットを見出してもいたので、必ずしも独立派が多数でもなかったのに、英国政府が独立運動闘士たちを処刑しようとすると、処刑反対の暴動が起きるのです。そういう長い経緯を経て、結局、ようやく1921年にIrish Free Stateとして独立した。日本の韓国統治が30数年なのに対して、何百年ものイングリッシュ、スコティッシュたちとの関わりがあり、しかもいつも国内の多数派は、実は独立派でもなかったのに、結局は「処刑反対運動」などの形で、過激派が国論を引きずって、最後は独立にまで至ったのです。スコティッシュ農民たちが多数派を占めた北アイは、とうとう南アイと合併することはなかった。


 >アイルランドの歴史教科書で英国支配時代をどう描いているのか興味ありますが、少なくとも韓国の様な出鱈目とねつ造ばかり訳ではないようですね。私が先にアイルランドを辛辣に書いたのも、韓国と重ね合わせたからなのでしょう。英国の悪口は言っても、白を黒とまでは言わないのは結構です。謙虚な韓国人など考えられません。

   パブなどで、無知なアイ人たちが何を言っているのかは、よくしりません。しかし、彼らは気心の知れた仲間内でしか、発言しない。これがパブという空間で、だからよそ者が地元のパブに来ることを嫌がる。教科書も見ていないので、何とも言えない。しかし、アイの新聞なども、記者にはプロテスタント系インテリも多く、極論は少ないし、歴史書も、小生が買った限りでは、結局は公平なものが多かった。タブロイド紙などには、ナショナリスト系のものもあるけど、記者の知性は低く、スポーツ紙並で信憑性は薄い。

 >軍艦三笠は北アイルランドのBelfastの造船所で建造されたとは知りませんでした。
   「坂の上の雲」のNHK版で、確かBelfast造船所の場面があったように思う。大日本帝国海軍草創期には、英国海軍(Royal Navy)のお世話になっているし、北アイの造船所が軍艦建造技術では最先端を行っていた。当時は、北アイ紛争など全くなかった!


 >聖パトリックの名は聞いています。アイルランドにキリスト教を広めた伝説的聖人ですね。もっとも彼は厳格なキリスト教教義ではなく、現地に合わせたやり方で布教したそうです。そのためかキリストを受け入れてもアイルランドでは特殊な習慣が続き、カトリック化していないと、ローマ法王はアイルランドを英国王に“進呈”しました(1172年)。

   ドルーズ(druids)僧侶たちが、ドルーズ教という宗教を担っていて、これがアイにおける地元宗教だったようで、キリスト教の伝道当初からこの地元の宗教を全否定できなかったのでしょう。精霊信仰というか、アイの精霊、妖精の伝説などは現代にまで残っている、ケルト族の源流的な宗教心です。それでも、アイ各地に修道院が多く建設され、多くのアイ僧侶が誕生して、6--11世紀は、アイの修道院大繁栄期で、アイ修道僧たちがmissionariesを編成して、欧州本土側に積極的にキリスト教を逆輸出しました。

  その二に続く。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

mugi
2013年08月05日 22:37
こんばんは。

 またも拙ブログ記事とコメントを紹介して頂き、有難うございました。ところで、室長さんは朝日新聞も購読されているのですか?ネットで朝日は散々反日新聞とこき下ろされていますが、宮城の地元紙・河北新報も酷い。対韓、対中配慮が社風になっているようです。そのような配慮のない日本の新聞やТVが果たしてあるのでしょうか?
2013年08月06日 09:59
こんにちは、
 小生自身は、産経新聞を購読しています。
 妻が、長女の娘二人の世話で毎週何度か、娘宅に育児支援に行くので、娘宅で購読している朝日の古い(とはいえ、その日の朝刊を夜読むときもある)朝刊を持ち帰るので、小生はこれらにも目を通すことができます。全部の紙面を持ち帰るのではないので、朝日の2/3ほどの記事しか読んでいないと思うけど。
 最近小生は、朝日新聞出版社が発刊している、『週間日本の歴史』を本屋で全部買っていますが、やはり歴史認識の面で間違いのある記事もあります。図番など、資料としての見栄えはするけど、解説を担当する各歴史家らは、左傾している学者がいるようで、折角の企画にもかかわらず、残念な記述も見られます。

 特亜3国への奇妙な肩入れをあまり感じなくて済むのは、産経新聞、同社の雑誌『正論』ではないか、と思う。TVの方は、最近は、北朝鮮に関して、TV朝日、TBSなども、かなり辛辣な報道ぶりが見えます。対中国でも、だんだん環境問題、経済動向など、普通の報道が増えている、と思う。しかし、まだまだ信憑性には欠ける面があると思う。
mugi
2013年08月06日 21:59
こんばんは。

 朝日新聞の電子版もあるし、購読者がネットでネタにすることもあるので、昔と違い購読せずともある程度知ることが出来るようになりました。朝日新聞出版社の『週間日本の歴史』は、河北新報にも広告が出ていましたが、発刊元が朝日なので、買うのは止めました(笑)。

 日本史に限らず、他国の歴史専門家にも左傾しているとしか思えない学者がいますね。河北にも寄稿したことのあるインド専門家の中島岳志氏や福永正明氏などはそうでした。中島岳志氏のことを記事にしたことがありますが、憲法9条主義者。このような学者でないと学界にはいられないのやら。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/02d540e4d2254a6a148304ec8dd1aed2

この記事へのトラックバック