55-58.降誕祭までの12月の祭日

  今回は、クリスマス以前の12月中の祭日4件をまとめました。

55.12月4日:聖殉教者バルバラの祭日(Sveta Velikomqchenitsa Varvara)
(1)由来
  この日には、LebanonのHeliopolis市出身の著名女性聖人、聖Barbara(http://en.wikipedia.org/wiki/Saint_Barbara。英語では、Barbaraとなる。)を祝う。彼女はキリスト教に帰依したが、その故に自分の父親に殺害された。父親は政府高官だった。
  しかし、彼女の首を切った時、雷が落ち、父親と市長は殺されてしまった。
  国民は、彼女を病気から守ってくれる聖人と見做している。

(2)風習
  この日女性たちは、pitkaを作り、この円形パンの表面を蜂蜜で塗り、旅人たちにこれを分け与える。これは、旅人たちが、パンと共に病気、特に「baba Sharka(注:sharkaとは、風疹、はしかなどの伝染病を指す)」を村外に持ち去ってもらうためだ。
  また、これらの子供にとって重い病気を宥めるために、夕刻からは宴会の用意をする・・・新しく焼いたpitka、蜂蜜を入れた小皿、御馳走を盛った皿、など。御馳走としては、茹でたインゲン豆(bob)、レンズマメ(leshta)、エンドウ豆(grah)、オクラ(ba'mya)、ヒヨコマメ(nahu't)だ。
  一部地域では、子供たち(奇数)が、堆肥だめ付近、或は十字路で上記のような御馳走をゆでる。料理が終わったら、最初にこの豆料理の一匙を右膝に垂らし、食べる。その後、たき火をたき、3回この焚火を飛び越える。

(3)この日に名前の日を祝う洗礼名
  Varvara、Sava、Slavka、Savka、Slavomir、Elisaveta、など。

56.12月6日:聖神父奇跡者ニコライ祭(Sveti Nikola Chudotvorets、Nikulden)
(1)由来
  Nikuldenは、BarbaraとSavaの日から2日後の12月6日に祝われる。そしてブル国民はBarbaraとSavaを聖Nikolaの姉妹と考えている。

(2)伝承
  ちなみに、Savaの方がより善良な姉妹と考えられている。なぜなら、Barbaraの後ろから走って付き添いつつ、手から穀粒を畑の中に落とさないでと懇願するからだ。畑に落ちた穀粒は、凍結してしまうから。
  二人の姉妹は、兄弟であるNikolaの祭日のため、準備すると言い、故に次のように言われてきた:「Varvaraは茹でる(vari)、Savaは焼く(peche)、Nikolaは食べる(yade)」。
  国民が信じるところでは、聖人ニコラは、海の自然災害、人的損害が無いよう見守っており、故に漁民たちは聖Nikolaを庇護聖人に選んだ。

(3)伝説
  聖Nikolaは死後列聖され、聖Nikola奇跡(実行)者として多くの民謡で歌われてきたし、民間伝説、伝承では英雄視されてきた。

  ある伝承では、聖人たちの間での役割分担に際して、聖Ivan(ヨハネ)は、kum(名付け親)となることを引き受け(水、森などの洗礼を行うため)、聖Iliya(エリヤ)は「雨、雷鳴、雷」を司ることとし、聖Petqr(ペテロ)は天国の鍵の管理を引き受け、天国へとは正教徒しか入場を許可しないこととした。他方、聖Nikola(ニコライ)は、「海、ドナウ川に行き、船(gemi'ya)の運行を助ける」ことを引き受けた。

  他の民謡では次のように歌う:聖Nikolaは石を切り船を作る・・・「まだ洗礼を受けていない土地に行くために」。或は、教会を銀と黄金で作るが、祭壇を飾る「宝石」が不足した。そこで、杖(pa'teritsa)で海を叩くと、海が二つに割れ、魚が岸に上がった。ニコラは魚を捕まえて、魚にどういう教会を建てているかとか説明した他に、次のように言った:
  a tebe shte kurban kladi,     おまえで、クルバンを作ろう、
kurban kladi na tsqrkvite,      教会の前でクルバンを作った、
kurban da si dor do veka.     100年ほども、お前さんはクルバンになろう。
    (小生注:klada'というのは、火を焚いて何かを作る、と言う意味である。Kurbanは普通は羊肉を水と塩のみで茹でた料理であるが、ここでは魚のkurbanを作り、信者たちに売って寄付金を集め、宝石を買う資金作りをしたようだ。)

(4)魚料理を食べる日
  この時以来、Nikuldenには全ての家庭で魚を料理するようになった。一番よく作られる魚料理は、鯉をパン生地で包み、焼き上げるか、或は次のようなRibnikと言う料理を作る:
  かなり多量のネギを細かく切り刻み、軽く炒め、一カップの米を加え、その上からきれいに洗った魚を置く。更に魚の上には、トマト或はレモンの断片を置き、オブンで焼く。

  或は、中身を詰め込んだ鯉料理を作る:
   魚は鱗、内臓を取り、よく洗っておく。
   5—6個の小玉のネギを細かく切り刻み、軽く炒める。細断したmagdanoz(イタリアンパセリ)、米一カップ半、お茶用カップ半分ほどのパン粉(galeta)、黒コショウ、赤トウガラシ粉を加える。その後、この混合物を白ワイン一カップでよく煮る。その後冷やしておく・・・この間に、コメが水分をよく吸収するから。
   その後、鯉の腹には上記の混合物を詰め込み、縫い合わせて腹を閉じる。金皿に鯉を置き、塩と赤トウガラシ粉で味付けし、事前にあっためておいたオブンに入れる。オブンに入れる前に、2--3カップの水、赤トマト2--3個の果汁、或はトマトピュレーを加える。
   オブンで焼いている間に、ソース、ヒマワリ油、或はオリーブオイルを注ぐ。

(5)聖Nikolaを称えるPanagyurishte町(パザルジック県北部)の民謡
  Sveti Nikola Spasyava Korabi=聖ニコラが、船を救った

Svet Nikola vino pie             聖ニコラがワインを飲む
navisoko na pla'tera* ----          空の上の方で・・・
    (*注:Plateraは本当は不明な単語です。
mladi nashi Bozhne le ! ----       若い我々の神様よ!・・・
V srede more korab se davi,       海の真ん中で、船が沈没しかけている、
korab se davi s trista yunaka.      300名の勇者を乗せた船が沈没しつつある。

Pqrvi ta'bur** se' zlatare,        第1大隊は、皆が金細工師たちだ、
     (**注:tabor=battalion、大隊。)      
zlatare se molba molyat:        金細工師らは懇願した:
----- Izkaray ni nakray more,       「我々を海の淵へと連れ出しておくれ、
nakray more, na bel pesak,      海の淵の、白い砂浜へ、
shte te darim trista oki,      お礼に、300 oka(1 oka'は、1283gの重量)の、
trista oki zlato i srebro! ----      300オカーもの黄金と銀を贈りましょう!」

Vtori tabur se' orache,        第2大隊は、皆が農耕者だ、
orache se molba molyat:       農耕民たちは懇願した:
---- Izkaray ni nakray more,     「海の淵まで運び出しておくれ、
nakray more na bel pesak,        海の淵の白い砂浜へ、
shte te darim trista kila,       そうすればお礼に、300kgの、
trista kila bela pchenitsa! ----     300kgの白い小麦を贈りましょう」

Treti tabur se' lozare,         第3大隊は、皆がブドウ農民だ、
lozare se molba molyat:        ブドウ農民らは懇願した:
---- Izkaray ni nakray more,      「我々を海の淵まで連れ出してください、
nakray more ,na bel pesak,       海の淵、白い砂浜まで、
shte te darim trista meri***,       300 桶の、
trista meri blago vino! -----        300桶の美味なワインを贈りましょう」

Svet Nikola yutgovarya:        聖ニコラが応えた:
--- Ya vi ne shta zlato, srebro;    「私は金も、銀もいらない、
ya vi ne shta trista kila,         300kgの、
trista kila bela pchenitsa;       300kgの白い小麦も要らない、
trista meri blago vino;         300桶の美味なワインも要らない、  
ya vi iskam edin kolak,        あなたたちに求めるのは、一つの丸いケーキ、
i toy da e na denya mi,       しかも、自分の祭日に、
na denya mi , na Nikulden:      自分の祭日、Nikuldenに。
ya vi iskam edna mera,          1桶だけ戴こう、
i tya da e na denya mi,        それも、自分の祭日に、
na denya mi , na Nikulden! ----    自分の祭日、Nikuldenに」。
Mladi nashi Bozhne le!           若い我々の神様よ!

  (小生注:*plateraと言う単語が不明。Planeta=宇宙とか、空(nebe)なら意味が通じるのですが。
   なお***mera=myaraで、色々な計測単位を言う。ここでは、水などの液体を図るバケツ、桶と言う意味に解釈しました(N.Gerovの辞書でMyaraの意味として、液体を図る「桶」もある)。
   また、BozhneはBog(神、英語:God)の呼格で、Bozhichkoと言う呼び方(同じく呼格)もあります。とはいえ、一神教のキリスト教で、聖ニコラに対して、若い我々の神様よ!と呼びかけていることを見ると、聖人と神との区別がきちんと成されていないということが分る。キリスト教の、「諸聖人」と言う存在、或は「聖母マリヤ」などの存在は、多神教的様相を呈している可能性を排除できないと思える。神学的な整理はできていても、一般大衆にとっては「聖人」も一種の神であるようだ。


(6)この日に名前の日を祝う洗礼名
  Kole、Kolchak、Kolyo、Kula、Nikola、Nikolay、Nikolina、Nikul、Nikula、Nina、Nino。

57.12月9日:聖アンナの祭日(Sveta Anna、Anino Zachatie、Aninden)
(1)由来
  12月9日は教会が、聖母をその母Annaが受胎したこと(zachatieto)を記念して祝う日だ。
  英語では、「聖アンナが聖母を受胎=the Conception of the Holy Mother of God by Saint Anna」と呼ぶ。
  この故に、この日は、特に女性たちによって祝われる。聖アンナはまた、家族の庇護聖人、或は、母性、処女、独身女性などの庇護聖人と見做されている。

(2)風習
  なお、この日は、自然界の反転、すなわち新しい始まり、と関連付けられてもいる。習慣としては、娘たちは浅い皿(普通は、新しい陶器)に小麦の粒を置き、水を張って待つ:Vasilovden(元旦)までに芽が出たら、その娘は新年中に結婚できる。

  この日の料理は精進料理(断食様式)だ:各種の豆類(variva')を獣脂無しで煮込んだものとか、キャベツ、漬物とか、乾燥保存した赤ピーマン(chushka)の米づめ、米とジャガイモ、など。        
  乾燥ピーマン(或はパプリカ)詰めの作り方:
   ①乾燥ピーマンは、茎と種子をきちんと取り去ったのち、沸騰した水に浸け、ふやけさせておく。
   ②タマネギ1個、或は青ネギ(pras)1本をみじん切りにする。これを食用油と少しの水で煮込む。米をカップ1加えて、よく炒める。これにchubritsa(チューブリツァ、乾燥した香草の粉)、kopqr(ウイキョウ)、黒コショウなどを振りかける。
   ③ふやけて戻ったピーマンには、②の混合物で詰め物とする。開いた口の部分は、ジャガイモを薄く切った切れ端で蓋をする。
   ④上記のピーマン詰めを、大皿(tava)に並べ、4カップの水を加えて、オブンに入れて、水が全て蒸発して無くなるまでよく焼く。

(3)この日に名前の日を祝う洗礼名
  Ani、Anka、Anko、Anna、Yana、Yaninka、Yanula。


58.12月20日:聖イグナティウスの祭日(Ignazhden)
(1)由来
  12月20日には、Yoan Bogoslov(福音記者Yoan)の弟子であった聖Ignatius God-Bearer(Sveti Iganatiy Bogonosets)*を祝う。 
   (*原注:Ignatiusは奉神礼の際に二人の歌手が賛美歌を歌う形式を導入した。アンティオキア教会の主教として、ローマ皇帝Trayanus(トラヤヌス、Traianus)と喧嘩してしまい、死刑判決を受け、ライオンの餌となって殺された。)

  ブル国民の間では、このIgnazhdenから聖母の出産時の苦痛が始まったと信じられている・・・故に、クリスマス用の歌では次のように歌われている:「神の母は、IgnazhdenからKoleda(クリスマス)にかけて、産気づいた(zamqchi se)」。

(2)風習
(ア)最初の来訪者に関する迷信

  この日に関して、一番特徴的な風習は、「polaz」或は「polyaz」*と呼ばれる習慣だ。
    (*小生注:「希少語辞書」にあるのは、po'lez(方言:その日の最初の来訪のことで、幸運、或は不運を運ぶと信じられている)という単語である。しかし、ブル語のpolyaznik(辞書にはない単語だが、著者はこの単語を使っている・・・追記:N.Gerovの辞書にはこの単語が存在した)が、他のIganazhden関連資料の英語の訳語では「crawler=這い回るもの」とされており、pola'zvam或はpolya'za=這い回る、と言う動詞が語源と分る。よって、polaz、polyazと呼ばれる、という著者の説も信憑性が高い。)

  全ての家庭では、その日に、誰が、どういう人間が、その家を最初に来訪してくるかを極めて重要と見做す。なぜなら、どういう人間が最初に来訪するかで、その年(厳密には来年)の運、不運が決まるからだ。もし、善良で、働き者で、寛大な人間が最初に来たら、来年は良い年となるし、豊作となる。もし、妊娠中の女性が来たら、全ての作物が豊饒となる、など。来訪された側は、この来訪者に御馳走する・・・来訪者が特に歓迎された場合には、特別に作ったpita(円形パン)と断食中の茹でた豆類(postni variva)で御馳走される(注:精進期間なので、肉類などの御馳走は出ない)。

(イ)鶏の産卵を厳しく管理 
  他には、この日は鶏たちに対しては、その餌を拾う場所の周りを縄で厳重に囲う。こうして鶏たちをしっかり集めておいて、よその家の巣で卵を産まないように気を付ける。この日から以降は、家族全体で一生懸命クリスマスの来訪に備えて準備するのだ。
   (小生注:鶏が、他人の家の庭などで産卵するのを避け、自分の家で貴重な卵を産むようにする。卵はその家族の富の象徴で、新しい年の幸運を象徴するから、きちんと管理するという。また、この日は自宅からは何も外には持ち出さないように気を付けるという。)

(ウ)性交禁止
  昔は、クリスマス断食の期間中は、特にIganazhdenからクリスマス当日までは、夫婦は一緒に寝ないという禁忌を厳しく守った。恐らくこの禁忌は、女性たちがこの期間に受胎することを回避するという趣旨であろう。なぜならこの頃受胎すると、来年の秋の収穫期という農作業の繁忙期に、女性たちは出産間近という時期を迎え、労働力としての大役を果たせなくなるから。
  更には、まだ結婚式を挙げていない花嫁が、Iganazhdenからクリスマスイブ(Bqdni vecher)にかけて夫と寝ることは、特に大きな罪である(mnogo grehovno)と見做された。そして、雷が落ちたりすれば、このような女性はひどいリンチに晒された。

(3)この日に名前の日を祝う洗礼名
  Iga、Igo、Igna、Ignat、Ignatka。

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