59.降誕祭

  今回は、ブル人クリスチャンにとっての最大のお祭りであるクリスマスです。

59.12月25日:降誕祭(フリストスの誕生日=Rozhdestvo Hristovo、Koleda)
1)由来
  キリストの生誕祭、12月25日こそは、キリスト教に帰依した諸国民の間で一番明るい、かつ一番愛され、尊敬される祭日と受け取られている。

(2)歴史
  キリスト誕生後の最初の3世紀の期間、キリスト教教会の暦には、キリストの生誕に関わる祭日は無かった。4世紀半ばまでは、たった3つのキリスト教の祭日しか存在しなかった:神現祭(洗礼祭、Bogoyavlenie)、復活大祭(Vqzkresenie)、五旬祭(Petdesetnitsa)。

  334年、ローマ法王リベリウスが、イイスス・フリストスの誕生日を12月25日と制定した。その時までこの日は、自然崇拝信者たちが、決して負けない太陽神Koleda*の誕生日と信じていたのだ。359年以来、全てのクリスチャンが、12月25日をキリストの誕生日として祝い始め、1月1日を新年の始まりと考えるようになった。
     【*注:Koliadaは、スラヴ族の信じた、毎日再生される太陽を産みだす女神のことだという。或は、Kolyadaで、これは冬の神を意味したという。http://en.wikipedia.org/wiki/Koliada。】

  とはいえ、祝祭日の順序は、キリスト生誕日の確定以前と変わらなかった(4世紀頃の話)。例えば、3月1日がMars神(マールス、軍神)の誕生日として、騒々しい行進、お祭り騒ぎと宴会という、自然の再生を象徴するお祝いで彩られた。12月はまた、Saturn神(サートゥルヌス、農耕神)を祝った・・・年間祝祭日、及び生産年の終了時とされた(それまでに収穫と、秋まき作業は完了していたから)。

(3)教会での奉神礼
  降誕祭について、正教会では、12月24日夜と25日朝に奉神礼を行う。

(4)風習
(ア)Koledar(i)グループを訓練する

  クリスマスイブ(Bqdni vecher)と降誕祭に関わるブル国民の風習、伝統は豊富で、多彩だ。準備は3週間前に始まる。Koledar(Koledaを祝う人々)グループ(10--15人が一つのグループの規模)は、20--23歳(下記では、16--24歳となている)の男女*で構成され、彼らは師匠(staneni'k=koledarの指導者)の元に集まって、クリスマスの祝歌(英語:Christmas carol、数十もの祝歌があるという)、祝福の台詞(せりふ、口上)の訓練を受ける。(*注:他の資料によれば、koledariグループは、若い男性のみで構成される地方も多いという。)
  娘、若い花嫁、若い女性たちは、一生懸命お祭り用衣装を用意する。母親、小姑、娘、子息、祖母、祖父らは、近親者たちにどのような贈り物をするかを考える・・・。

(イ)イブの夜の料理、習慣
  クリスマスイブ(12月24日夜)の宴会料理としては、精進料理(肉無し)のみを用意する。料理数は7皿、9皿、或は12皿と決まっている。次のような料理が典型的だ:
①儀式用のパン:
  茹でた小麦を大きな金皿の上に広げ、その上に儀式用のパンを置く(このパンは、Bogovitsa、Bozhichnyak、Bogorodichen、Vechernikなどと呼ばれる)。
②断食用インゲン豆の濃いスープ:
  インゲン豆は、前夜に薄く塩味にした水に浸しておく。翌朝これを2--3回水洗いし、茹でる。
  人参1本、セロリ一片、タマネギ1個、皮をむいた赤トマト1個、乾燥赤ピーマン(種子無し)1個を細断し、半分茹であがったインゲン豆に加える。
  ハーブとか黒コショウは入れない・・・これは来年野菜に虫がつかないように、と言うおまじないだ。
③キャベツの漬物(kiselo zele=ザウアークラウト)とご飯で作ったサルマー(sqrma):
  塩漬けキャベツは、中くらいの大きさの葉っぱを選び、数カップの米(家族の人数による)をきれいにし(小生注:昔のブルの米は、小石などが混ざっていたから。今は精米が完璧だから、この必要性は無い。自由化のメリットの一つは、全ての消費物資の品質が格段に向上した事にある)、一掴みの乾燥青slivi(スモモ、梅)を事前に水でふやかしておく。
  タマネギ1個を刻み、軽く蒸し焼きして柔らかくし、米と一つまみの塩を混ぜ、少々炒める。その後水1カップを入れて、半茹でする。これを冷やしておく。・・・これが詰め物。
  詰め物をスプーンで取り、キャベツの葉に乗せ、更にスモモ、或はレーズン(干しぶどう)を混ぜ、葉の中に包み込む。・・・これをサルマーと呼ぶ。
  サルマーは渦巻き状に並べてシチュー鍋に入れ、煮込む。
④乾燥果実のシチュー(oshav):
  乾燥果実(乾燥した青スモモ、切って乾したリンゴ、同様の梨、同様の花梨(カリン、ブル語:dyuli))は一日前から水に浸して戻しておく。茹でて、徐々に膨れるように水を足す・・これは、年間を通じて成長せよというおまじないでもある。砂糖も加えて甘くし、冷やしておく。
⑤カボチャのbanitsa(tikvenik):
  現代では、主婦たちは自らkori(皮、パイ生地、英語:filo、phyllo=小麦粉を水で練って紙のように薄く延ばしたパイ生地)を作らず、市販のパイ生地を買うことが多い。
  カボチャ(tikva)をおろし金(rende')ですりおろし、2枚のパイ生地を1度に取り、間にバターを塗ることは無く、上の皮(パイ生地)に一匙の食用油(ブルでは普通ヒマワリ油)を塗る。そこに、お好みの量の刻んだカボチャを乗せる。一匙の砂糖を振りかけ、皮をロール(rulo)状に巻く。
  上記のロールを金皿の上に並べ、上から再度食用油を注ぎ、オブンで45分ほど焼く。
⑥食卓にはさらに、次を用意する:
  細断したニンニクとクルミの実、塩、お酢、水、蜂蜜一皿、リンゴ、梨、ブドウ、クルミ、オレンジ、ミカン、をいっぱい乗せた篩(ふるい)。
⑦食卓は香炉でお清め*し、儀式用パンのBogovitsaの上には、1杯のワインと火を灯したロウソクを置く。その後、「Otche nash(われらが父よ)」と言う祈祷文を読み上げ、儀式用のパンを少し切り分け、少量のワイン、茹でた小麦も用意する。パン、その他は自宅のイコン画の前にお供えとして置く。
   (*注:クリスマスイブは、教会で考える暦では、1年の最初にお香をたく日である。)
  その後、宴会・夕食会を開始する・・・宴席は朝まで片付けない。

(ウ)クリスマス当日
  早朝、koledariたち(16--24歳の男女のグループ)がやってくる。彼らは歌を歌いながら到来する・・・勤労、男性たちの働きぶり、娘たちの美しさ、家族の団結を賛美する歌だ。歌ではまた、各種の職業に関しても歌われる。

(エ)クリスマスにkoledariたちが歌う歌の例
(a)Pernik県Breznik町の歌

   Dobro utro, pohvalila se godina,   おはようと新年が挨拶した、
   s mlada Boga i Bozhitsa,     若い神と女神とともに、
s tsqrvena pshenitsa,       赤い小麦と、
s med i maslo,          蜂蜜とバターと、
sqs srebro i zlato,        銀と黄金と、
s malenki yagnentsa,       子羊さんと、
s malenki zhrebentsa,       まだ小さい種馬さんと、
s yarentsa i pilentsa.       子山羊とひよこと共に。

(b)或は次のような変形歌もある
   Staninine, gospodine,        ご主人様、起きて下さい、
otvori ni tezhki porti,       重い門扉を開けてください、
dobri sme ti gosti doshli,      我々は善人ですよ、お客としてきました、
dobri gosti koledari----       善良なお客のkoledariたちですよ。

(c)Varna市の歌
     Bozha mayka i trepetlika  =  聖母とポプラ

Trqgnali sa otbor momtsi,      一団の青年たちが出発した、
 trqgnali sa da koladvat,        koledari役として出発した、    
De gi sqzrya Bozha mayka,       彼らを聖母が見つけた、
pokani gi na trapeza,          彼らを宴席に招いた、
che im duma Bozha mayka:       そして彼らに聖母は言った:
-----Yazhte , piite , koladnitsi,     「食べなさい、飲みなさい、koledariさんたち、
ta stanete , che zapeyte,       それからお立ちになって、歌ってください、
che zapeyte nova pesen,        新しい歌を歌ってね、
nova pesen „Kolade le“ ,     新しい歌で、「Koleda(クリスマス)だよー」と言うやつ、
da vi slusha gora i voda,       あんたたちの歌を、森も、水も聞くだろう、
iz gorata i ptichkite,        森では鳥さんたちも、
iz vodata i ribite! ----        水の中では、魚さんたちも!(聞くだろう)」

Sednali sa mladi momtsi,       若い青年たちは腰かけた、
mladi momtsi koladnitsi,       若い青年たちでkoledariたち、
eli , pili, mladi momtsi,       食べて、飲んだよ、若い青年たち、
che stanali i zapeli,          そして立ち上がって歌いだした、
che zapeli nova pesen „Kolade le“ ,   「Koledaだよー」の新しい歌を歌い始めた、

Che sa zapre gora i voda,     森も水も(静聴しようと)身構えたよ、
   (注:zapretvam se,zapretna se=身構える、仕事に着手する、袖をまくる。
iz gorata i ptichkite,          森では鳥さんたちも、
iz vodata i ribite,           水中では魚たちも、
da si slushat nova pesen,        新しい歌を聴くために、
nova pesen „Koleda le“,        新しい「Koledaだよー」の歌を、

Ne sa zapre edono dqrvo,       1本の木のみは、身構えなかった、
to e dqrvo treperushka,        それは、ポプラの木だった、
     (注:trepetli’ka=aspen、ポプラ。
ta go prokle Bozha mayka:       聖母は、この木を罵った:
--- Oy ta tebe, treperushko,       「ちょっとあんた、ポプラさん、
ti ne slushash nova pesen,       あんたは、新しい歌を聞いていないね、
nova pesen „Koleda le“;       新しい「Koledaだよー」の歌を、
i ot nine dor do veka         だから、今後は、数世紀経って古木となってさえも、
    (注:希少語辞書:ni’ne=now、今。
da treperesh i sqs vyatqr,        風が吹けば、怖れて震え、
i sqs vyatqr i bez vyatqr! ----     風があろうと、無かろうと、震えるのだ!」
Zatuy trepti treperushka       この故に、ポプラは震えるのだ、
i sqs vyatqr i bez vyatqr.       風があろうが、無かろうが。

(オ)Koledariたちへの褒美
  Koledariたちの来訪を受けて、家の主人たちは、彼らに対して金銭、ラキーヤ(果実系焼酎)、ワイン、krava'y(円形小型パン)、クルミ、果物、などを贈る。

(5)伝説、伝承
  福音書によれば、ローマ皇帝Avgust(アウグストゥス)は、ローマ帝国全領域の全住民に関し、戸籍調査せよと命じた。全ての人間につき、その生まれ故郷別に登記せよというもの。ちょうどその頃は、処女マリヤの妊娠終了期に相当した。彼らは、Yosifと共に、エルサレムへと旅した。しかし、既に町は人々でいっぱいだった。そこで近くの町Bethlehemへと向かうこととした。この町は、ダヴィデ家一族の故郷だった。しかし、Bethlehemの町もごった返していて、入り込む余地は無かった。故に、町の外の洞穴に宿泊するしかなかった。
  羊飼いたちが、家畜の群れをそこに集めていた。マリヤは、子息を出産した。布に幼児を包み、家畜小屋の中に置いた。ここには、ロバとか雄牛が繋がれていて、彼らの息で、彼らは「神の幼子(bozhestveniya Mladenets)」を温めた。

  一つのブルにおける伝説では、家畜小屋(yasla)には、ラバ(katq'r、mqska'、mule)と乳牛(kra'va)が繋がれていたという。聖母はイイススを出産後、同人を家畜小屋に隠した。麦わらの中において、温かさを確保した。
  乳牛は口を使って、幼児を麦わらで包んだが、ラバは麦わらから外に出そうとした。二つの動物が何をしているか見て、聖母はラバに対して今後決して子供は産めないと呪った。他方で、乳牛に対しては、毎年子牛を出産できますと述べた他、時折双子を産むし、人間にも乳を与えるであろうと祝福した。
  この時以来、Bqdni vecher=クリスマスイブには、麦わらを敷き、その上に宴会食を並べるという習慣が生まれたという。

  福音書では、フリストスが生まれた時、空には異常な光彩が輝き、羊飼いたちの前には天使たちがやってきて、この世界には救世主が到来したと告げたという。羊飼いたちこそが、最初に神の子に参拝した人々であったし、彼らは、今見た奇跡を知らせるためにBethlehemの町に急いだ。

  東方から賢者たちがエルサレムに来て、人々に、自分たちが参拝したい新しいユダヤ王国の王はどこだと聞こうとした。なぜなら、空に異常な新星が現れたので、預言者Danailの予言が実行されたと知ったからだ。
  賢者たちは、国王Irod(英語:Herod、ヘロデ大王)から招致された。王は彼らに対し、新生児を見付けたら、どこに居るかを教えてほしいと注文した。自分も参拝したいからだと述べて。

  賢者たちは、異常な新星の跡を追って、洞穴に到達し、フリストスに参拝したが、夢の中で神の命令を聞いた・・・自分たちがやって来たのと同じ道を通って、戻ってはならないと。
  Yosifも夢で天使を見た・・・天使は次のように述べた:「起きて、新生児と母親を連れて、エジプトに逃れよ。そして、自分が新たに命じるまでは、そこに留まれ!なぜなら、ヘロデ王は新生児を探しており、それは殺すためだから」と。Yosifは命令通り、イイススと母親を連れてエジプトに逃れ、ヘロデ王が死ぬまでは、そこから動かなかった。
  他方、Herod王の方は、新生児の王が自分の玉座を奪うと怖れ、国内の2歳以下の全ての男児を殺せと命じた。数千名の子供たちが殺害され、国民は深く悲しんだ。今日教会は、この時の悲しみを、12月29日に記念し、追悼する。  

(6)クリスマスに共通する習慣
  全てのクリスチャン諸国には、3つの共通する習慣がある:大薪(おおまき、Bqdnik、英語:yule log、クリスマスイブに暖炉において火を灯す、太い樫、或は梨の木の幹=大薪)、クリスマス・ツリー(koledna elha=ハンノキ、樅ノ木)、クリスマスの贈り物(koledni podarqtsi)。
     
(ア)Kolednyat bqdnik:大薪
  これは、光明の象徴だ。9世紀間にわたり、このクリスマスの大薪と言う風習は続けられてきた。前年のクリスマスイブに暖炉で燃やし始めて3日間燃え続けた大薪*の、その燃えさしの木(glavnya')・・・1年間大事に保管しておいた・・・から、再度今年の大薪にも火がつけられるのだ。
   (*注:大薪は、上部に穴をあけ、ここに食用油、ワックス、お香などを入れ、暖炉のそばにおいて、この油に火を灯した。燃料として暖炉でくべるわけではなかったようだ。そうでなければ3—4日も持たない。また、大薪は、決して沈まない太陽の象徴・代理でもあった。大薪を切り取った同じ木からは、自分が所有する畑のフェンスの一部など、要点におけるおまじないとしても活用された・・・縁起物だ。
  小生注:bdya'と言う動詞は、「目を覚まして警戒する」という意味で、bqdnikと言う言葉は、この「注意して、気配りをする、警戒する、きちんと管理する」と言うところから来た単語。)

  もっとも、近代に入っては、この大薪はもはや使われなくなってきて、代替品として、特別に柱のように太く、大きく作られたロウソクがこのbqdnikの代わりに使われる。
  一部地域では、1本のロウソクではなく、3本のロウソクを使うという・・・三位一体(父、子息、聖霊)を象徴するやり方。或は、3つのロウソクは、クリスマスを祝う、過去の世代(死人たち)、現生世代、将来世代(これから生まれてくる世代)の3世代のためであるという。
  ロウソクの置き場としては、窓枠(室内側)の端でもいいし、樅ノ木のてっぺんに固定してもよい。最後まで燃え尽きていないロウソクは、次の年のKoledaまで1年間きちんと保管しておく。また、この燃えさしロウソクは、1月7日のIvan(ヨハネ)の日、復活大祭、主の昇天祭、五旬祭、聖霊降臨祭にも短時間灯される。

(イ)クリスマス・ツリー(Kolednata elha)
  樅ノ木を飾る習慣は、自然崇拝期に起源をもち、古代ローマ帝国期とか、スカンジナビア半島の伝統として伝わって来た。この双方の文化において、人々は12月末に木に対して尊敬の念を捧げてきたのだ。

  クリスチャンの伝統としてのクリスマスツリーの風習は、5世紀以前から、仏アルザス(ブル語:Elzas、英語、仏語:Alsace、独語:Elsass)州地方で生れ、ここから全欧州へと広まった。このツリーを見ると、イイスス・フリストスが生命の樹木であることを想起させてくれる。この木の周りに、全ての信者が集まるのだ。
  クリスマスイブに建てられたツリーは、1月6日の公現祭まで維持される。
  ブルにおける習慣としては、ツリーは1879年12月24日以来、Plovdiv「市長」だったStolipin将軍*によって導入された。

  (*注:Gaberoff百科事典より:Stoli'pin, Arkadiy Dimitrievich、1822—99年:ロシアの軍人で、露土戦争に参加したほか、戦後一時東ルーメリア総督を務めたという。第8軍団(Plovdiv市に本部)の司令官としても、露土戦争直後のPlovdiv市で権力を保持し(その意味で実質市長と見做されたのであろう)、東ルーメリア自治州への欧州列強のコミッション(監査団)の内政干渉に反対し、ブル人による自治権限拡大に協力した・・・「体育協会」(という仮装)を通じてのブル人市民達の武装化、ブル人主導による行政組織の形成に協力したという。)

(ウ)贈り物(Podarqtsite)
  贈り物は、家族メンバー間、或は親戚、親友たちの間でクリスマス(Koleda)に交換されるが、これも古い習慣から来ている。クリスマスの祭日には、誰もが近親者たちへの特別の関心を表すことで相互に喜びを分かち合いたいのだ。贈り物を通じて、長期間この祭日の記憶としてほしいのだ。
  一部地域では、贈り物はエレガントな包み紙で包装され、ツリーの下に置かれた。ある地方では、贈り物は、健康を象徴する松(bor)、或はハナミズキ(dryan)の枝を伴って持参される。

  一番頻繁に、子供らへの贈り物はDyado Koleda(Koleda爺さん)、或は美しいお姫様(近代版ではSnezhanka(白雪姫)となっている)、カトリック教徒の場合は聖Nikola(注:これが、普通我々が呼ぶサンタクロース)によって持参される。

(7)Koledaの期間
  Koledaは、4日間祝われる(24—27日)。

(8)クリスマスに名前の日を祝う洗礼名
  24日:Evgeni、 Evgeniya、 Biser、Bisera、Bistra、Bozhin、Bozhana、Bozhin、Mladen、など。      
  25日:Bogorodka、Bogoya、Bozhidar、Bozhidarka、Radoslav、Radoslava、Radost、Radostina、など。
  26日:Hristo、Hristina、など。
  27日(Stefanovden):Stefan、Stefana、Stefi、Stefka、Stefcho、Fanka、など。

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