ユダヤ人の祭日:新年~スコット祭

  さて、今回からいよいよユダヤ人の祭日の本文に入ります。1--3.までです。

★本文:ユダヤ人の祭日

1.Rosh Ashana(ローシュ・ハッシャナー、ブル語:Nova Godina、新年)
(1)由来
  ユダヤ歴でTashir月(7月)1日に祝われる新年は、グレゴリー歴で言えば9月における3つの大きな祭日の最初のものと言うことである。新年の祭日は2日間だが、その準備は1か月前から始まる。前夜祭(bdeniya)としては、真夜中の夜の勤行・祈祷があり、更に(神に)許しを請う。当日には、羊の角(ユダヤ教における一番古い聖なるアイテムの一つ)を吹き鳴らして告知する。

  ユダヤの宗教伝統では、この角笛が鳴った時に、信者らは過ぎ去った1年に関して、その生活とか事業とかに関して決算を行う。シナイ山で神からモーセに与えられた聖なる法典(十戒)を読み上げる。次いで、家族の間で「新年おめでとう、人生の書に我々のことが書き込まれますように」と相互にお祝いする。
  Rosh Ashana、或は別名Yom Teruaは盛大に祝うが、今日では祭日としては、シナゴーグにおける典礼から開始される。

(2)新年の自宅における7つの料理とそこに隠された意味
  それぞれに隠れた象徴的意味合いがある7つの料理が食卓に上がる:①焼きりんごの蜂蜜かけ(隠された意味:新年が幸福で、有益なものであるように)、②長ネギのピュレー(敵は撃破されますように)、③大根の葉のピュレー(悪意の言葉は横にそれるように)、④デーツ(ナツメヤシの実)(神が敵を遠ざけるように)、⑤カボチャのピュレー(不利な状況は力を失うように)、⑥魚の粥(豊饒がありますように)、⑦羊の頭の肉(頭と成れるように、尻尾にはならないように)。

(3)新年に集まる人々
  多くの家庭で人々は、灰色の衣装を身に着ける。親戚・縁者が集まり、贈り物を交換する。また、皆が何らかのtaspishti・・・すなわちあらゆる種類のスイーツとか果物・・・を用意してくる。

(4)新年と犠牲
  ユダヤ人の新年は、世界の創造と、同時にアブラハムが神への犠牲として、子息のイサークを喜んで差し出した事例を記念する年次祭日と考えられている。この犠牲に捧げる用意があるかどうかは、神がアブラハムに与えた試練であった。同人の信仰が本物であることを確認した後、神は犠牲をアブラハムの子息から「去勢していない雄羊(ove'n)」へと変更した。この時から、大きな祭りに際しては、動物の犠牲を捧げるという習慣が続いてきた。
  信心深いユダヤ人達は、新年(Rosh Ashana)は、神の裁判所の新しい会期が始まる日だと考えている。故に、彼らの毎日の祈祷文では、次の文言がある:「誰が生き続けるか、死ぬべきか、誰が幸福を知り、誰が試練に直面するか・・・」今日この日に神が決める、と。

2.Yom Kipur(ヨム・キプール、ブル語:Denyat na velikata proshka、英語:Day of Atonement、大贖罪日)
(1)由来
  Tishrei(ユダヤ歴の7月)10日に、即ちグレゴリー歴9月に、Yom Kipurのお祭りが祝われる。即ち大贖罪の日である・・・これは年間を通じて、最も聖なる祭日だ。この祭日は、断食の日でもあり、食物、飲み物を一切断つこととなっている。心から反省し、贖(あがな)いする日なのだ。この祭日は水曜日、或は金曜日であってはならない。原則として断食は、夜の到来・一番星の出現とともに終わるはずだが、実際にはシナゴーグでの礼拝を終わる夜の10時ころにようやく終わる。更に、次の日にはユダヤ人達は一日中シナゴーグで過ごす。短時間の休息時間はあるものの、成人たちは完全な断食を守り、祈祷にふけるのだ。
  2015年の場合、9月22日(火)の日没から23日(水)の一番星の出現までが、この祭日(注:http://en.wikipedia.org/wiki/Yom_Kippur。上記で著者は水、金曜日はダメと書いているが、今年の場合、もろに水曜日に重なっていると言えるのではなかろうか??。)。

(2)風習
  男性たちは、シナゴーグに、皮革製の靴を履かず、白いショール(肩掛け)或は夏用上着を着け、更にはTallit(白いショール)を頭から冠って(これは、汚れていないこと、純粋であることの象徴だ)、出かける。祈祷は、ゆっくりと、しかも深く沈んだ(vglqben)声で発音する。この方法で、神様からは和解の心を引き出すことができると信じられている。この和解は、仲間、近隣者たちの間に成立せねばならないし、そして相互寛恕(かんじょ)をもたらすべきなのだ。

  夜になると、典礼儀式の中で次のような祈祷が挙げられる:「どうか神様は、◎◎の魂に対してよい記憶を持たれますように・・・」。そして皆は、自分の心の中で、自分の家からの死者の名前を呼ぶのだ。その後、ヨハネ記のNinevehの町の悔やんだ自然崇拝者に対する神の慈悲の心のくだりを読む。そして、聖なる箱を開け、タナハ(Tanaha、聖書)の羊皮紙製の巻物を取り出す。巻物は絹製で、しかも金、銀の飾りで輝いている布カバーに入っている。そして男たちは、跪いて、神の存在を褒め称える。典礼はNiela・・・つまり閉幕で最頂点に達する。この閉幕に際しては、7回繰り返す祈祷文の後に、信者たちは相互に挨拶して、次のように祈る:「来年はエルサレムで」と。Rabbiたちは、断食の終焉を宣言する。24時間にわたり断食した者たちには、最初にサクランボのシロップが入ったコップが与えられる。

  Yom Kipurは、ユダヤ式のZadushnitsa(ブル語、「諸魂日」を意味する)である。断食と祈祷で、ビザンツのVasiliy Bqlgaroubiets(「ブル人殺し」のバシレウス)皇帝の軍隊によって壊滅された230のユダヤ人共同体の、死者たちの記憶に対し敬意を表する慰霊祭でもあるのだ。
  精進落とし(pomen)の食事としては、solenki(pockyのような細い棒状の食べ物、塩味のみ)、mastika(トルコ式の蒸留酒)、固ゆでされた卵(タマネギの皮と植物油を少し入れ、弱火で約6時間も茹でる)。卵は、塩水の中で皮をむき、黒コショウを付けて食べる。

  昔、より豊かな時代には、ユダヤ人達は、全ての祭日に際しては、食卓に実に多様な料理を並べたものだ。小麦粉系のスイーツ、果物・・・その季節に合致し、しかも祭日の性格に合わせたものが並んだ。


3.Sukot(スコット、Sukkot、ブル語:Praznik na shatrite、仮庵(かりいおり)祭)
(1)由来
  Tishir(左はブル語での標記、日本語wikiによるとTishri、Tishreiティシュリーだという:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E6%9A%A6)月(ユダヤ歴の7月)で第3番目の大きな祭りはTishreiの15日、即ち新年からは15日後、Yom Kipurからは5日後に始まるSukkotだ。このTishrei月15日には、ユダヤ人達は、「栄光の雲」を祝う。この雲たちは、イスラエルの民が荒野をさまよっていた40年を一緒に付き添った存在なのだ。この当時イスラエルの民たちは、臨時の屋根、小さいテント、庵などの下で眠るしかなかった・・・この故に祭日の名称がHag Asukot(仮庵の祭り)となるのだ。(次を参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Sukkot。日本語もある。)

(2)風習
  ユダヤ人達が「約束の土地(カナン)」に定住して以降、この祭日はブドウ摘み農民らの祭日ともなった・・・この祭日は、丁度ブドウ摘み、農産物収穫が終わった頃に相当したのだ。つまり、この時期は、収穫された農産物、食糧がいっぱいの頃で、人間たちは「腹いっぱいで肥え太り、自らの神に対して裏切る」惧れのある時期でもあった。よって、祭日につきもののお祭り騒ぎと同時に、この祭日は一種の警告でもあることを知らねばならないのだ。その警告とは、ユダヤ人達は、その繁栄と屋根のある生活とは、神の慈悲のおかげである、と言うことを忘れてはならない、と言うこと。

  ユダヤの教訓では、祭日があるすべての日は、人間の生涯の10年間と象徴的に照合しているということ。故に、ユダヤ人達は、Sukotは永遠の人生(生命)への準備である、あの世界では、精神的な富裕さにしか意味は無い、と考えるのだ。庵とは、ユダヤ人によれば、神様が全ての人々を集め、一つの兄弟的共同体を作る場所に関する例えであり、この共同体は神を自分らの主人と認めるのだ。故に、庵を自分の家、或はシナゴーグに建てることは、称賛に値する行為なのだ。この庵の中で、男たちは食事せねばならないし、或は少なくとも最初の2日間の夕食としては、オリーブの実ほどの小さなパンの切れ端を食べるべきなのだ。女性の場合は、このような習慣に従う義務はない。しかし、彼女らは、食卓上に作られた庵(ミニチュア版)の装飾を受け持つ。葦(kamqsh)で屋根を覆い、横は絨毯で囲まれた庵を緑の花綱(はなづな、girlyanda)で飾るのだ。

(3)4種の植物http://en.wikipedia.org/wiki/Four_species
  神への感謝の念、創造されたモノの間の調和、人間の間の相互関係の象徴として、この祭日は4つの植物と連結されている。これらは儀式に必要であり、ユダヤの祭日の伝統によれば、種々の種類の人間性を代弁している:右の手には、ヤシ(棕櫚、palm、ヘブライ語:lulav)の枝・・・この中には、柳(willow、ヘブライ語:aravah)とギンバイカ(myrtle、ヘブライ語:hadass)の枝が編み込まれており(この3つを合わせたものを英語辞書でもlulabまたはlulavと呼ぶ)、他方左手にはレモン(ヘブライ語:etrog)を握っている。
  この両手を上に上げ、下に下げ、近づけたりゆすったりして、世界の4つの方向を示す。毎日、Oshana(我々を救いたまえ、英語:Hoshanot)と言う祈祷文を読む。7日目には、ヤシの木を手に、説教壇を7回巡り、その後シナゴーグ内に柳の枝を残しておく(この柳の枝では、5回地面をたたく)。最後に、このお祭りの一番賑やかな日が始まる・・・「戒律を喜びたまえ」。
  
(4)8日目
  実はSukottの祭りは8日目にまで続くのだ。この8日目には、ユダヤ人の全ての家庭では、家族全員が、子供も老人も加えて、昼食、夕食を一緒にとるし、料理は一番立派な容器に盛られる。背が高く、広いテント(shatra=tent、pavilion)が作られ、きれいに飾られる。しかし、このテントには家族以外の人間は入ってはならない。
  シナゴーグの庭には、同じく立派なテントが作られ、信者たちは礼拝後にここに立ち寄ってブドウ入りの新鮮な円形パン、オリーブ、白チーズ(feta)、卵焼き、をごちそうになり、更にはmastika酒(トルコのラクと呼ぶ蒸留酒と同じ)とこれにあった肴も楽しむ。もし雨が降ったら、食卓に置かれていたお皿に料理を全て盛り終えるまでは、テントから去らない。
  7日目には、全ての贖罪を終えて、8日目には降雨を祈り、洪水回避を願い、良き収穫と喜びを祈る。そして、モーセ五書の一連の章を読み終える。

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