ムスリムの祭日:仮装祭から立春

   いよいよ在ブル・ムスリム社会の祭日の最後となりました。西欧のカーニバルに当たる仮装祭から立春までと、最後には、ムスリム社会における金曜日の意義をご紹介します。
   この次にご紹介するのは、在ブルのジプシーたちの祭日紹介となります。

13.Sayadzhilar或は、Dzhamaldzhilar(仮装祭)
(1)由来
  この祭日の日には、西欧のカーニバル的な習慣が行われる。期日は、Kasqm祭後の秋の終わりころで、Ramazan bayramの断食が始まる前だ。
    (注:トルコ語辞書によればsaya=vampとある。Vampの意味としては、①即興の短い楽節、②妖婦、男垂らし、浮気女とある。よって、Sayadzhilarとは、下記の記述と照らせば、「悪い女の振りをしておどける者たち」、という感じのカーニバルのお祭りに登場する男たち、ということであろうか。他方で、トルコ語のchamashirは、underwear、underclothing、laundry、つまり下着、或は洗濯のことなので、Dzhamaldzhilarとは、「(女性の)下着で仮装する男」と言うような意味かも。)

(2)風習
  この習慣に参加するのは、若くて、健康で、力が強い独身男性たちで、彼らは5--20名のグループに集結される。彼らは古い、ボロ着を身に着け、頭には高い毛皮帽子を冠る。腰には革帯を付け、これには鐘(chan=羊を追い立てるために鳴らすカネ)が括り付けられている。手には、長い棒を持つ。
  最近十数年の傾向では、このカーニバル(karnaval)の参加者の一部は、女性用衣装を使うようになってきた:木綿のプリント生地(basma)で作ったシャルワール(shalvar、ムスリム女性用のモンペ)とか、feredzhe(英語:yashmak=ムスリム女性の目以外を覆う長いベール)だ。また、熊のような仮面をかぶり、おどける者もいる。彼らはzurna(トルコ語、一種のリコーダー)の伴奏を得て、また、「ブリキ缶」(teneke)とか、銅製容器(mentsi)を叩いて鳴らしながら、行進する。

  カーニバル遊びの連中は、家から家へと渡り歩き、贈り物を乞う・・・小麦、トウモロコシ、小麦粉、そしてお金も。どこかの家が、彼らが中に入るのを拒んだり、贈り物をしなかったりすれば、彼らは攻撃的となる・・・物を壊したり、家畜を放ったり、その他の悪さもする。また、二つのカーニバル団がどこかで出会うと、喧嘩となる。
  ちなみに、女装するSayadzhilarたちは、結婚式の際にも、結婚する男女の家の庭でおふざけして皆を笑わせる。
      
14.Bodzhuk(ムスリムのハロウィーン祭) 
(1)由来
  Kasqm祭(立冬)から60日後、トルコ人らはBodzhukを記念する。これは、時間的経過から言えば、クリスチャンにとっての「キリスト降誕祭」に相当する。トルコ人らは、「kqrmqzq gan dyushtyu karqm yustiya」と表現しており、これは翻訳すれば、「赤い血が、雪の上に落ちた」と言う意味だ。
      (注:kirmizi=red、crimson;blood(英語)=kan;düshüsh=fall、falling;kar=snow;üst=upper side、top、upper surface。小生の利用しているのは、Langenscheidt社の土英、英土辞書(1冊に両方の辞書)なので、英語の方からも引けるので、便利とも言える。

(2)風習
  子供たちは家々を巡り歩く。子供の来訪を受けた家では、mekitsa(揚げパン)、oreh(クルミ)、ボンボンなどを与える。(注:10月31日に行われる米国、西欧のHalloween祭と同じような習慣と言えるようだ。)
  より親しい関係にある家の子供らには、金銭を与える・・・この場合には、子供らは年長者らに対して、赦(ゆる)しを請う。

(3)Pomakの場合
  ブル人ムスリムの間には、クリスマス・イヴの習慣の残像のようなものが維持されている。これらは、彼らの祖先であったクリスチャンが行っていた習慣なのだ。例えば、Smolyan県東部のNedelino町では、クリスマス・イヴ(Bqdni vecher:ブル語)の夜には、鶏卵、sirene(フェタチーズ)、砂糖、牛乳を混ぜて小麦粉に練り込んだ特製の「ねりこ」でpogach(特製の円形パン)を焼く。

  更には、この際生地の中には、銀貨を入れておく。(小生注:これはブル人の習慣で、イヴの夜のpogachで、誰が主人から与えられたパンの断片の中に銀貨を見付けるかで、来年の運勢を占うおまじないである。もちろん、銀貨が入っておれば、来年は結婚できるとか、そういう幸運を期待するのだ。そう言えば、先日放送を終えたNHK朝ドラの「マッサン」では、スコットランドにも同じように、クリスマスケーキの中に銀貨を隠し、誰が幸運を引き当てるか、と言う占いをすると紹介していた。

  他の料理としては、sqrma(サルマー、通常は複数形のsqrmiと呼ぶ)を作る・・・・肉、米、トマト、ネギが入ったロールキャベツだ。(注:ムスリムだから、肉は、豚を使わない。)

  宴会の席は、香を炊いてお清めすることは無いし、ロウソクも立てない。一番小さい少年、或は少女、或は妊婦がおれば彼女が、pogachaを切り分け、一片ずつ皆に配る。自分が貰ったパンの断片の中に銀貨を見付けた者は、今後一年間健康であるし、家畜も順調に成長するし、財布の中にはお金がいっぱいとなる、と信じられている。
  この銀貨は、家族の中の一番老齢の女性に渡して来年まで保存してもらう。来年のBodzhukの夜に、再度この銀貨を使うのだ。娘、或は独身男は、pogachaの一かけらをキープして、自らの枕の下に置く・・・誰と結婚するかが、夢で分るという。

  宴席は、夜の間片付けない。朝になるとkoladnitsi(小生注:koledar=クリスマス・キャロル(祝歌)を歌う人、のことであろう。Nayden Gerovの19世紀の辞書では、Kolyadnik、kolyadarとも言うようだ。)がやってくるので、彼らを宴席に招き、彼らに対し、pukanki(ポップコーン)、orehi(クルミ)、kurabii(kurabiya=クッキー、ビスケット)、或はお金を与える。最近は、近しい子供たちには、バナナを与えたりもするようだ。
   (小生注:バナナは安物すぎる感じが日本ではするだろうが、ブルでは社会主義時代に、滅多に食べられない貴重品だった。クリスマス時期に、ソフィア市の一部の店で販売されたことがある程度。もちろん自由化後には、どんどん輸入されていて、既に貴重品ではないが、今でもそれなりに田舎では、貴重品のおやつ、と言う感じなのであろう。というか、この本は03年の出版であり、著者がこの文章を書いたのは02年頃で、自由化後まだ12年ほどしか経っていなかったので、まだブル人にとっては(特に田舎町では)輸入バナナも、新鮮な新しい果実と言う感覚だったのでしょう。)

  Bodzhuk(クリスマス)当日の昼間には、お客として往訪する・・・嫁に行った娘は、家族を連れて両親の家に来訪する。子息たちも、家族を連れて来訪する。皆が相互に贈り物を交換する・・・一番多い贈り物は衣服だ。もっとも最近は、お客たちは、トルテ(英語:torte、ブル語:torta)を持参することが多くなった。

(4)トルコ人の場合:「厳寒の日」があった
  老齢のトルコ人達は、未だにAdzhi suuk(注:トルコ語辞書には、aci soguk=bitter coldという用語が掲載されている。)と言う祭日を記憶している。この祭日は、ブル式ではYordanovdenに相当し、Kasqmから数えて72日後に祝うし、一番寒い時期だという認識だ。(注:Yordanovdenは1月6日である。)
  この祭日に関しては、特別の習慣もないし、儀式的料理を用意することも無い。

15.Mart dokuzu(3月9日)、或はIlqk bahar(立春)
(1)由来
  この日には、春の最初(立春)と冬季の最後を祝う。この祭日は、クリスチャン流では「聖40名の殉教者」、或はMladentsi(幼児の日)(注:これらに関しては、http://79909040.at.webry.info/201502/article_3.htmlを参照。)に相当する。

  この日には、40本の串、或は鉄製の杭(棒)を地面に打ち込む。
  料理としては、loboda(山ほうれん草)、kopriva(イラクサ)、新鮮な生ネギ(luk)・・・・すなわちすべて緑色の植物を使った料理を作る。
    (注:トルコ語では、Mart=March、dokuz=nineと辞書にあるので、3月9日の意味だ。また、ilik=lukewarm=生ぬるい、bahar=spring=春となる。ちなみに、実際には、クリスチャンの祭日は3月9日だし、スンニ派も同じく3月9日に祝うのであろうが(そうでなければ、Mart dokuzuと呼ばないはず)、シーア派は下記のように3月22日だという。

(2)シーア派
(ア)Kqrklar祭

  alianite(シーア派)たちの祝うKqrklar(注:kirk=forty、40)という立春行事に注目すべきである。この日は、永遠に生きている、世界の保護者40名(と言う風に信じられている)に対して、敬意を表する日なのだ。そして、3月22日に祝われる。
    (小生注:クリスチャンの「40名の殉教者」に相当する、「40名の庇護聖人」と言う概念が、ブルのシーア派には入り込んでいるらしい。ブル系ムスリムのPomakではない、トルコ系のシーア派教徒の信仰の中にも、いつの間にかキリスト教の影響が入り込んでいるらしい。)

  3月22日直前の21日の夜が、全ての地球上の存在に対して、生命を与えると信じられている。また、これまで1年間に死亡した死者たちの魂が、この夜に体から離れて、昇天するという。そしてこの日から、昆虫、蛇、トカゲなどが外の世界に出てくるという。

  この祭日(3月22日)には、40個の卵を茹で、鶏を屠殺し、各家庭で一つの円形パン(pita)を作る。そして、全てはジェーマ(宗教共同体)に集められ、hadqma(主任料理人の女性、注:トルコ語辞書でhadimは宦官を意味する、要するにスルタンの宮廷で裏方を束ねる存在だった。ここから、田舎のジェーマにおける料理長的な女性をもこの名称で読んだらしい。)たちに引き渡す。
  ハドゥーマたち(hadqmite)は、卵の一部を客人らのために分けておく・・・もし来訪するなら、与えるために、一部の分け前=garip pay(注:トルコ語で、garip=stranger 、 pay = portion、つまり外部からのお客への分け前)を残しておく。旅人とか、この祝いの席に来られなかったジェーマのメンバーのために、卵を残しておくのだ。
  Baba‘(注:トルコ語、宗教団体の指導者、ババーと後ろにアクセントがある)が祈祷を読み、皆は、持ち寄った食品を食べる。食物が余ったら、各自が食品を入れて持ってきたtava(金皿)に入れて持ち帰り、子供らに食べさせる。ちなみに、子供らは、ジェーマにおける集会には参加が許されないのだ。

(イ)2月5日のKqsh doksanq(厳寒祭)
  シーア派は、2月5日にKqsh doksanqという「冬の真ん中(厳冬)祭」も祝う。Kasqm(Dimitrovden)から数えて90日目に当たる日だ。(注:doksan=ninety、kish=winterと辞書にあるので、トルコ語で「冬の90日目」と言う意味らしい。

  更に、ブドウ園農家の日(Denyat na lozarya、クリスチャンのTrifon Zarezanに相当する)は、Dimitrovden後99日目に祝うし、蜂蜜農家の日(Denyat na pchelarya)は、Dimitrovden後100日目に祝われる。

(3)Pomakの場合
  ブル人系ムスリムの町Nedelino(Smolyan県東部)では、この祭日(小生注:3月9日)はBabina Martaと呼ばれている。(小生注:クリスチャンの祭日であるBaba Marta=マルタ婆さんの日は3月1日。http://79909040.at.webry.info/201502/article_2.htmlを参照。)

  枯れ枝(sqchki)やビャクシン(hvoyna)の木を集めて、広場、或は広い通りで焚火を起こす。そして健康を祈って、焚火を飛び越える。また、焚火の煙で顔を隠し、u'roki(悪霊の目)と病気(bolesti)を避けられると考えている。
  赤い紡ぎ糸と白い紡ぎ糸、或は赤い毛糸と白い毛糸で子供たちが作ったMartenitsa(注:赤糸と白糸で編んで作った人形)を、果物の木、及び動物のメスたち(乳牛、羊、仔牛、など)に結び付ける。このMartenitsi(複数形)は、3月の終わりまで結んでおく。
  現代では、若者たちは、このmartenitsiを自分の身にも着け、ツバメ(lastovitsa)またはshtqrkel(コウノトリ)の姿を見るまでは、身に着けている。
   (小生注:上着の胸にmartenitsiを付けて、ツバメ、コウノトリを見るまでは、これを外さない、というのは、クリスチャン・ブル人の間の習慣だ。Pomakたちもだんだん一般ブル市民と同じ慣習に戻りつつある、と言うことであろう。

16.Petqk(金曜日)について
(1)由来
  金曜日は、ムスリムたちにとって聖なる日だ。
  Mohamedは、その信仰告白の初期から、すなわちメッカからYatribへの旅の時、土曜日を尊んだユダヤ人、日曜日を尊んだクリスチャンに倣って、Kubbaで、Rabi月8日(622年9月20日)に、盛大に金曜日の祈祷を捧げた。その後少し経つと、同人はこの町に最初のジャミー(回教寺院)を建てた。また、この町は後にはMedinaと呼ばれるようになった。

  金曜日は、言葉そのものまでが完全に聖なる訳ではないものの、ムスリムにとっては聖なる日となった。この日は、「ジャミーに集まる日であり、ジャミーには裸足でのみ入るべきこと」と考えられている。コラーン第7章第31項には次のように述べられている:「おー、Adamの子息たちよ、祈祷に際してはいつも、適切な衣装を着けよ!そしてお食べなさい、お飲みなさい、でも浪費はダメだ。神は、浪費を好まない!」。

  そこで、人々は、ジャミーに入る前には、顔と手を洗い清め、靴を脱ぎ、そしてようやくジャミーに入る。ジャミーの中では、誰か高貴な人物の指導下に、儀礼的な祈祷が挙げられる・・・・跪き、頭を下げ、まっすぐに体を起こし、再度頭を下げ、額を地面につけ、聞き入る・・・コラーンの個々の文章が繰り返し読まれるのだ。そしてそのあと、ホッジャ、或はイマームたちが行う説教の場に立ち会うのだ。
  金曜日はMohamedによって確定された聖なる日で、ユダヤ教のshabat(土曜日)に先立つ日でもある。


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