歴史戦、安倍総理の70年談話

  8月15日の「終戦」記念日前日(14日夜)に、安倍総理が行った談話は、全ての要素、テーマにつき言及する一方で、これらを客観的な立場で、歴史として扱い、自分の言葉としては、「後世の世代にまで謝罪させる宿命を背負わせてはならない」と、一番肝心な主張をしたことが素晴らしい。国際社会の常識に照らして極めて異常な、一方的な「謝罪」と言う、極東アジアにおいてのみ発生した悪例としての異例の行為を、韓国、中国、北朝鮮が日本に対し行う・・・しつこく、しかもいつまでも繰り返される要求に対し、今後は日本国として繰り返す意思がないことを断固主張したのは正しいことだ。

  歪曲歴史で、日本軍国主義の悪逆性を強調して、近・現代史をきちんと教育されていない日本人の若者たち、或は左傾文化人などの間に自虐的歴史観を広め、いつまでも「謝罪が足りない」と主張し、新政権が誕生するたびに、「踏み絵」の如く日本政府に、過去以上の言葉による「謝罪」を強制することで、外交的得点を挙げようとしてきた、悪辣・非道な韓国・中国の「歴史戦」に対し、ようやく日本人も、その理不尽さに気が付き、「いい加減にせよ、自分たちにも責任は無いのか?」と反論する勇気が出てきた、と言うのが全体的な構図であろう。

  自分たちの偏向歴史感に、一方的に相手を屈服させ、同時に世界中に嘘をばら撒き、日本国を貶め、このことにより、自国の権威をかさ上げしたり、国内における自分の政権の権威・人気をかさ上げしようという、汚い陰謀でしかないものを、「正しい歴史認識」とか、勝手に自称して、自国民に幻覚的な、空想史観を植え付け、いい気分にさせたり、日本の寺院の仏像を勝手に盗む行為等さえも、正当化するという、あまりの無法ぶりに、とうとう日本国民も愛想を尽かせたのだ。

  今回は、これらの中・韓の「歴史戦」における陰謀に対し、NOと言う世界の論調を、新聞、ネット新聞記事、などを集めて、ご紹介し、日本国民の「歴史戦」に関連する情報、知識を整理する上のお手伝いをしたいと思う。主として、産経紙からの引用だが(ネット紙記事は、クリック参照できるように配慮した)、たくさんの記事を扱うので、小生が注目した部分のみを短く引用したい。

1.ドイツのホロコーストと日本の行為を比べることには疑問がある8月23日付産経紙、戦後70年談話:「私はこう見る」欄、ドイツ国際問題安全保障政策研究所元上級研究員マルクス・ティーテン氏談
  中国が影響力を増し、北朝鮮は攻撃的姿勢を変えていない。一方、日本の経済力は後退し、安保では米国と役割分担する必要が生じた(注:原文のまま)。この地政学的状況で、今回の談話は村山談話、小泉談話と別の意義を持つ。積極的平和主義の下、価値観を共有する国々との連携を進めると宣言し、国民に呼びかけることだ。
  ドイツでは、ワイツゼッカー元大統領が戦後40年に行った演説がある。安倍首相、ワ元大統領も、未来の世代が「謝罪の宿命」や「罪」を負わされることは無いとする一方、過去を忘れてはならない、との責任を述べた点で類似点はある。

  ただ、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)と、日本の行為を比べることには疑問があり、比類ない国家的犯罪に独国民がどう向き合うかを明確にした演説と、日本国の将来の方針を示した談話は区別する必要がある。

  (小生注:韓国は慰安婦問題を誇張し、この問題を巡って、日本がホロコースト同様の国家犯罪を犯したかの如く言いふらして、ドイツ国民を欺こうとしているが、中国本土、東南アジアにおける日本軍の占領・軍事活動、治安活動に関しては、現地における総司令官の資質もあり、一様ではないものの、総じて日本軍は、欧米植民者たちの統治体制を排除した後には、現地に対する善政を心掛けたし、終戦時には、現地軍に参加して、元の宗主国からの独立戦争を共に戦った日本軍兵士の事例も多い。つまり、日本軍人たちは、欧米の帝国主義・植民主義の犠牲となっていた東南アジアの解放につき、本当に協力しようという姿勢もあったのだ。
   慰安婦は、日本人、韓国人、中国人、その他の順で人数が多かったほか、当時の韓国人は、「日本国民」であって、決して植民地支配下の被占領地国民と言う地位ではない。現地慰安所の経営者には、韓国系の業者の方が多かったようだが、経営者たちと慰安婦たちの関係は、信頼関係で結ばれていて、慰安婦たちの境遇は決して悲劇的なものではなかった。これらに関しては、次を参照:http://79909040.at.webry.info/201402/article_1.htmlhttp://79909040.at.webry.info/201402/article_4.html
   なお、ドイツ系・メディアでは、「歴史を直視していないのは中国だ」との反論が行われているという:8月24日付「サーチナ」記事:http://news.searchina.net/id/1586178?page=1
。)


2.中国などの謝罪要求は逆効果だ同上、英国人歴史家フランシス・パイク氏談
  総理談話で、日露戦争における日本の勝利が、植民地支配下にあったアジア諸国を勇気づけたとの指摘は正しい。
  安倍氏が、戦争とは何らかかわりのない、子や孫、その先の世代の子供たちに謝罪を続ける宿命を負わせてはならない、と発言したくだりには全面的に賛成する。
  更にいうならば、謝罪を求め続ければ、日本の若者たちは、罪の意識を植え付けられていると憤慨し始めるだろう。それは中国やほかのアジアの国々にとって全く逆効果を招くことになりかねない。この傾向は、同じ敗戦国のドイツでも見受けられる。
  それでも中国政府は、今後も日本との領土問題をかけている限り、歴史の問題について敵対的な姿勢を継続してくるだろう。
  中国共産党政権が、1950年代に「大躍進政策」を推進した時、土地の集団農場化や工業化を進める過程で、多くの中国人が犠牲になった。そうした史実をジャーナリストはもっと取り上げるべきだ。

    (小生注:中国国内からも、文化革命時における中国人の方が残虐だった、との声があるという:3月9日付「サーチナ」記事、http://news.searchina.net/id/1564423?page=1
  また、仏メディアでも、「毎年毎年謝罪を要求する異常な中国」に呆れる記事が掲載されているという:8月26日付「サーチナ」記事:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150826-00000017-scn-int
  更には、日本の中国専門学者が、毛沢東は対日戦勝記念日を一度も祝おうとしたことは無い、毛自身は自らの指導下で、中国共産党が、抗日戦争を国民党軍に背負わせていた(押し付けていた)歴史を知っていたからだ・・・との興味深い史実を明かしている:http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20150825-00048788/

8月31日追記:なお、同じ遠藤誉氏の他のブログ記事(http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20150826-00048811/)を読んでいたら、そもそも1992年に江沢民が中国国家主席となり、1994年から突如愛国教育と反日教育を組み合わせた、怪しげな歴史教育を開始した理由は、江沢民の実父が、日本の傀儡政権だった上海の汪兆銘政権の特務機関官吏だった・・・ことを陳希同に暴露されたため、この事実を断固隠蔽するために、益々反日を掲げたという。つまり、朴槿恵(パク・クネ)大統領が親日だった実父の後光を消す必要があって、政権当初から反日を高く掲げたのと同様に、江沢民にも、実父の幻影を隠匿する必要性があった、と言う個人的な理由が書かれていて、小生はこの事実は知らなかったので、これには全く驚いた!中韓ともに、反日を言う場合の裏の動機は、常に自分自身の「脛の傷隠し」であるらしい。親日派の父親のおかげで、江沢民は、裕福な家庭の子供として育ち、ピアノが弾けるし、ダンスも踊れるし、実は酒に酔えば「炭坑節」を歌うことさえあったのだという!
 )

3.「南京事件」に関する「嘘の歴史」の積み重ね
(1)英国人スパイの作り話
  4月16日付産経紙の「歴史戦」記事では、「南京事件(1937年12月)」を世界に宣伝し、極東国際軍事裁判(東京裁判)にも影響を与えたという『戦争とは何か(What War Means)』の著者ハロルド・ティンパリー(1898--1954年)につき、最近台北の国民党の党史料館で、同人が日中戦争勃発後の39年、中国国民党宣伝機関の英国支部で、責任者を務めていたこと、同人は37年末頃から国民党のエージェントとして月額1千㌦(当時としては高額)を受け取り、国民党の宣伝工作員として活動していた、と暴露している。

   (小生注:中国が現在喧伝している「南京事件」と言う、架空の歴史は、国民党スパイだった英国人の作り話でしかなく、今これを中国共産党が「反日」教育に利用していることは、その意味でもバカバカしい。もっとも、中国人は、政治的動物だから、嘘でも何でも利用することに躊躇はしないようだ。)

(2)元日本兵による嘘の証言
  6月21日付産経紙の「歴史戦」欄では、南京攻略戦に際する旧日本軍の「残虐行為」につき証言し、米Cable TV局History Channelの「The Century:America‘s Time」番組(全15回)での同人の証言ビデオが未だにカリフォルニア州の公立高校の世界史の授業で使われている、と報じている。

  この証言者東史郎氏(平成18年死亡)は、南京事件時の自らの日記に基づくとして、3冊の著書を出版し、上官だった伍長の男性が「中国人を郵便袋の中に入れ、手りゅう弾を袋の紐に結び付け、沼の中に放り込んだ」などと描写した。男性が、東氏、出版社を名誉棄損で提訴し、裁判は最高裁まで争われた結果、東氏らは敗訴した。裁判では、著書の元になったとされる日記の多くの記述も、「疑問が生じる」と指摘され、「主要な部分を裏付ける証拠は無く、真実と認めることはできない」とされた。

  この東氏の証言、及び別の元日本兵(故人)の「多くの中国人女性らを焼き殺した」との証言が、上記のビデオとなって、未だに教育現場で使われているほか、例の中国系米国人作家アイリス・チャン氏(故人)の著書『The Rape of Nangking』にも掲載されているという。
   (小生注:つまり、遺憾なことに、戦後の旧軍部批判と言う左翼系の風潮の中で、嘘つきの元日本兵が二人も出現し、彼らがマスコミなどに都合よく利用され、国際的な誤解を増進したのだ。)

4.慰安婦問題関連報道
(1)慰安婦像設置を豪の市議会が全会一致で認めず8月12日付産経紙「歴史戦」欄
  豪(オーストラリア)最大都市シドニー郊外のStrasfield市で、韓国系、中国系市民らが公共の場に「慰安婦像」を設置するよう嘆願していた問題で、同市は11日特別議会を開催、全会一致で設置を認めないと決めた。

  採決に先立つ公聴会で、ある豪州男性は、、賛成派団体が日本語で「安倍は日本の恥だ」と書かれたプラカードを掲げていたと明らかにして、「慰安婦像設置の本質は、反日運動で、地域社会の分断につながる」と訴えた。また特別議会である女性市議は、「慰安婦は私たちの問題ではない」と指摘した。

(2)豪州人元捕虜の手記を紹介:国連報告への反論材料同上
  南太平洋ニューブリテン島のラバウルで、1942年から旧日本軍の捕虜となったオーストラリア人の慰安婦に関する手記が、米ハワイ大学マノア校のジョージ・アキタ名誉教授の講演(7月21日茶道裏千家の社中らを対象とした講演会)で紹介された。この捕虜は戦前、雑誌の編集者兼記者だったゴードン・トーマス氏で、ラバウルでの記録を終戦後に清書し、手記として出版した。
  この手記を、ワルシャワ大学のアンジェイ・コズロフスキー教授が最近書いた論文で紹介したのに、アキタ教授が注目した。
  手記によれば、「慰安婦らは派手な着物姿で、笑いながら一段となって船で到着した。同氏らが慰安婦の荷物を運ばされてから、群衆の賑やかな声で見送られるまでのほぼ3年間、慰安婦たちを身近に見ていた。慰安婦は朝鮮半島出身者だけではなく、日本人女性も多くいた」。同氏は、「彼女らはみんな快活だった」としており、「慰安婦=性奴隷」説とは程遠い描写だ、という。トーマス氏は、民間人捕虜だったため、収容所ではなく、日本軍の供給司令部で生活しており、日本兵や慰安婦の生活を観察できた、という。

  米マグロウヒル社の高校世界史の教科書では、慰安婦に関し、「逃亡を企てたり、性病に罹った場合は、日本兵に殺された」、「終戦に当たり、活動を隠蔽するために、多数の慰安婦が殺された」などと記述している。

  だが、上記論文によれば、慰安婦たちがラバウルを去る様子を「拍手喝采の中、手を振りつつ通りを歩いていった。暗いグレーと緑の景色と、軍服を着た人間たちの中で、街に残っていた賑やかな色合いの最後だった」と記したトーマス氏の証言を引用して、「捕虜にも見える場所で、公然と慰安婦たちを見送るというのは、事実を隠蔽するために殺害したという教科書の主張とはかけ離れている」と批判している。
  
(3)台湾でも、初となる「慰安婦記念館」を新設する動き7月7日付産経紙「歴史戦」欄、「教訓を選別する馬総統」
  台北市で8月14日に、「AMA musium」と呼ばれる新施設の「看板かけ」が行われる。Amaとは中国語の阿マ(マは女偏に馬、アマとは、おばちゃんの意味)のアルファベット表記で、元慰安婦を指す。元台湾人慰安婦を支援してきた台北市の女性人権団体「婦女救援基金会(婦援会)」によると正式のオープンは世界人権デーの12月10日を予定している。婦援会が1994年に調査・確認した36名いた元慰安婦は、今では4人のみが生存している。

  6月3日夜、馬英久総統は、台北市内で開かれた「抗日戦勝利70周年」の学術討論会で、「慰安婦記念館を10月25日の台湾光復節に開館する」と唐突に発表した(注:開館期日は、馬の勘違いで、本当は上記の12月)。

  台湾独立派の学者は、次のように解説した:馬が慰安婦問題を強調するのは、天安門事件への批判など、人権派が訴えるべき主張を「中国に配慮して言えないからだ」。台湾では戦後長らく続いた慰安所があり、「もし慰安婦が問題だと言うなら、国民党軍の慰安施設だった『軍中楽園』にも向き合うべきであり、(日本だけを)選択的に取り上げるべきではない。
  「軍中楽園」とは、49年の中台分断以降、台湾各地に設けられた中国国民党軍向けの「慰安所」の通称で、多くの台湾人女性が働いた。昨年には同名の映画も上映されたが、女性の人権問題としての認識は広まっていない。(小生注:「慰安婦問題」を追求する韓国の団体も、元慰安婦たちの本当の気持ち・・・自分たち自身は、日本にいつまでも謝罪させることは申し訳ないこと、と考えているという・・・などは完全無視で、訴訟などの運動も、結局は「反日」が目的だという。)

  馬総統は、先の戦争に触れる度に、「歴史の過ちは許せても、歴史の教訓は忘れてはならない」と繰り返すが、その「歴史」を自ら選別しているとの自覚は無いようだ。

   (小生注:1950--53年の朝鮮戦争に際して、或はこの戦争の戦後でも、韓国は駐留米軍のための慰安所を設けていた。同様に、台湾でも、共産党軍に追われて中国本土から台湾へと逃げてきた国民党軍は、台湾の現地人に対し、当初は「占領軍」的に振る舞い、虐殺事件まで起こしたし、慰安所まで設置させていたのだ。
  その台湾の馬総統は、親中派と見做され、台湾国民の間の人気が絶望的に失墜しており、任期終了後は、恒例の「前任者追及」を怖れて、今から国民の共感を呼ぶであろうテーマで「受け」を狙い始めたのだ。

  要するに、韓国政治家と同じで、「反日」言動で、大衆を煙に巻く(惑わす)という、そういう手法に依存しようとし始めているようだ。馬にとっては残念なことに、台湾には、しっかり多くの親日分子がいて、韓国、中国本土ほどには「反日」が受けることは無いであろうが、「婦援会」には怪しげな中国本土出身者も加担しているようなので、警戒すべきである。


(4)ベトナム戦争時の「韓国軍慰安所」7月3日付産経紙「歴史戦」欄、「売春宿、騙されてきた女性もいた」
  韓国軍が、ベトナム戦争中(1960--75年)にサイゴン市(現ホーチミン)に「慰安所」を設けていた、と「週刊文春」(4月2日号)が報じた、米公文書の存在は、韓国内で波紋を広げた。(左翼紙:小生注)ハンギョレは、朴槿恵(パク・クネ)大統領に実態解明を求めた。日本統治下の慰安婦問題で日本政府を批判しながら、ベトナムで韓国兵が利用する「慰安所」を運営していたとの指摘に無視を決め込んでいいのか、と言う疑問だ。

  韓国は、65--73年にかけ、米軍に次ぐ32万人をベトナムに派兵していた。公文書は、米軍とベトナム通関当局による捜査結果として、事件(注:売春宿では、ベトナム人の若い女性を地方から集めてきた。貧困家庭では、彼女たちの収入、送金を期待したという。騙して、売春婦としたこともあるという。違法な売春宿の経営で、韓国軍幹部が直截関与し、私腹を肥やしていたこと、ヤミ両替も行っていたことから、事件となったらしい)に関わった韓国陸軍の大佐ら6名と、米軍兵士3人の実名を列挙している。加えて、不正事案の舞台となったサイゴンと中部ダナンにある韓国系施設10か所*の名称も明らかにしている(*注:トルコ風呂=Turkish Bathと呼ぶ韓国兵専用の慰安所=Welfare Centerが、10か所も公文書に書かれているという)。

  (小生注:この記事では、産経記者が現地調査して、現地人から、ベトナム戦争時の韓国慰安所について調べた内容も書かれているが、省略する。マッサージ店、或は、トルコ風呂と称して、慰安所が運営され、店では米軍票、米ドル紙幣も使えたという。軍票は通常は軍施設内でしか使えないはずだが、有利なレートで現地通貨、米ドルに交換するという、闇両替も行われていたという。日本軍の場合は、専門の業者に任せていたが、韓国軍の場合は、軍幹部の大佐などが、直接これら施設の経営権を握っていたというから驚きだ。
   これほどの悪行を自国の軍隊がしているのに、知らんぷりを決め込み、相変わらず対日攻撃に熱中して、日本の政治家に、慰安婦問題に適正に対応せよと要求する韓国政界、官界、マスコミ上層部たちの、人間としての常識には、全く信用が置けないというべきであろう。要するに、自分たちの都合のために「反日」を利用しているだけなのだ。


5.ユダヤ人保護を中国の功績にすり替え、ユネスコの「世界記憶遺産」として申請8月9日付産経紙、在上海河崎真澄記者筆
  戦前に欧州を追われ、上海にのがれてきた3万人近いユダヤ難民の資料を「世界記憶遺産」としてユネスコに登録する申請作業が、中国で進んでいることが8日、関係者の話で分かった。

  ユダヤ難民は旧日本軍が当時、上海北部の日本人居留区(租界)に、「無国籍難民隔離区」を置いて保護した経緯があるが、中国側はこうした事情をほぼ封印し(無視し)、「抗日戦争勝利70周年」の一環として、中国がユダヤ人保護に貢献したかのように、国際社会にアピールする考えだ。

  (小生注:樋口季一郎(元関東軍駐ハルビン特務機関長)、杉原千畝(ちうね、元駐リトアニア領事)、といった日本人人道主義者たちの「独断専行」的活躍で、恐らくは1万人を超えるユダヤ人達が、欧州からシベリア鉄道を経由して、満州国、或はソ連のウラジオストック市経由で日本の舞鶴にまで到着し、救出された。しかし、当時の米英両国は、基本的にはユダヤ人の入国を拒否していたので、日本に無事到着したユダヤ人の多くは(注:一部の難民はその後直接米国に向けて旅立ったらしいが)、旧日本海軍大佐の犬塚惟重(これしげ)が、上海の日本人疎開内に設けた「無国籍難民隔離区」に受け入れられ、何とか生き延び、戦後米国、イスラエルへと移民することで生き延びることができた。これらに関しては、下記のブログ記事を参照されたい。
http://79909040.at.webry.info/201009/article_1.htmlhttp://79909040.at.webry.info/201107/article_3.html
  http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-187.html#comment875
  すなわち、この上海の「隔離区」の功績は、全く犬塚と、それを公認した日本軍当局のおかげのはずだが、これを何と、何ら関係の無かった中国共産党が、自分たちの功績としてユネスコに申請書を出そうとしているらしい。まったく厚顔無恥な話だ!!
。)

この記事へのコメント

mugi
2015年08月30日 15:22
こんにちは。

 引用された産経の記事は記事は実に素晴らしいですね。河北新報といえば、未だに自虐的歴史観(論者曰く自省史観)を繰り広げ、「過去を真摯に反省するドイツ」の特集をしていますよ。見出しだけでバカバカしくて最後まで読みませんでしたが。

 Eテレで戦争中における障害者の特集をしていましたが、これまたドイツと日本では比較になりません。ドイツに至ってはT4作戦、つまり障害者抹殺計画をしていた。実は真っ先にガスで「安楽死」させられたのは、ユダヤ人ではなくドイツ人障害者でした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/T4%E4%BD%9C%E6%88%A6

 T4作戦は案外日本では知られていませんよね。ここまでやれる凄さには恐ろしさを感じます。
2015年09月01日 15:59
こんにちは、
  ナチスの犯した人類に比類なき犯罪としては、自国の障害者を役に立たない「劣性遺伝子」として、抹殺しようとしたこと、更には、ユダヤ人以上の「劣性遺伝子」として、ジプシーも抹殺しようとしたこと、を記憶すべきでしょう。ワイズゼッカーも、その後のドイツ政府も、ジプシーに対しては、一切の謝罪も、金銭的賠償もしていません。
  ヒトラー自身の血液にも、ジプシー系の血液が入り込んでいると疑われたこともあるとも言われているのですが。
  ただし、昔文春で読んだある記録では、ヒトラーの専属料理人は、ユダヤ系だったけど、それを知ってもヒトラーは意に介せず、自分の好きな料理を作れるのだからそれでよいとして、収容所に送ることはなかったという。つまりは、ユダヤ人抹殺だの、劣性遺伝子撲滅などは、政策=建前としての看板で、それで自分の政権の基盤が強くなればよい、ということ。本当に個人的に憎悪感情を持っていたかどうかは、怪しいのです。
  中韓の指導者も、反日は政策=看板で、それで政権の存立基盤を強化できればよい、というだけなのです。コミンテルンの注文通りに、日本軍が国民党軍、米軍と戦うという「砕氷船」の役割を演じてくれたので、毛沢東は日本の軍国主義者たちに感謝していた・・・この故に、抗日戦戦勝記念日を軍事パレードで祝うなどと言うことは、絶対に考えなかった。
  ところが、江沢民には、日中戦争時に、日本軍の傀儡政権の特務機関官吏の父親が、日本のおかげで私腹を肥やしていた、と言う後ろめたい過去があった!この事実をばらした政敵を粛清した後も、親日家族という過去が暴露されないように煙幕を張る必要があり、反日を前面に打ち出した・・・凄い連中です。
motton
2015年09月02日 11:55
Y-DNA の研究から色々と面白い(皮肉な)結果が出ています。

系統樹から主要なものを抜き出すと以下の様になります。
Y-DNA は男系で継承されるため支配層のものが残りやすく言語の分布と比較的よく一致しますが、形質(白黒黄など)とはあまり対応しません。

┬── A (アフリカ一部=コイサンなど)
└┬─ B (アフリカ一部=ピグミーなど)
 └┬┬─ D (日本、チベット)
  │└─ E (アフリカ全域、中東)
  └┬─ C (アジア=アルタイ系、オーストラリア、オセアニア)
   └┬─ G (コーカサス)
    ├─ H (ドラヴィダ系、ロマ)
    └┬┬─ I (北欧、バルカン)
     │└─ J (中東)
     └┬ M,S (ニューギニア)
      ├┬ N (北欧=ウラル系)
      │└ O (東アジア、東南アジア、オセアニア)
      └┬ Q (アメリカ先住民)
       └ R (インド・ヨーロッパ系)
motton
2015年09月02日 12:01
(つづき)

詳細は、Wikipedia の「Y染色体ハプログループ」などを見てください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97

純粋なアーリア人とされた北方ゲルマン人は、ヨーロッパを北上した I系が後から拡散してきた R系の言語を話すようになったものと推定されます。金髪碧眼は、北上しながら駆逐したネアンデルタール人の遺伝子ではないかとの説もあります。

ヒトラーの Y-DNA は、E系の E1b1b でユダヤ人やアラブ人に多いものです。(ユダヤ人やアラブ人は J系 + E系で、言語は E系。)

R系と Q系の関係とか皮肉なものです。

2015年09月03日 11:39
mottonさん、こんにちは、
 この系統樹は、小生にはちんぷんかんぷんです。
 ドイツ人とか、英国人とかが、どこに入るのかが明白ではない。アイリッシュとかのケルト系は?とか。
 言語系統樹の方が、分り易いかも。
 ヒトラーの場合、ボヘミアのある地方のジプシー系と顔立ちがよく似ているとか、体系も背が低く似ているとかの話があったらしい。
 人種差別は、実は当時は英国でも、米国でもあり、故に両国とも、基本的にはユダヤ系の移民は受け入れていなかったらしい。だから、満洲、或はウラジオストックに到着したユダヤ人は神戸経由で多くが上海に渡り、犬塚惟重が設立した日本疎開内の「隔離区」に居住し、場合によっては売春までして生き延びたという。その他にも、白系ロシア人らも多く上海に亡命していて、同じく貧しい場合には売春もしていたという。
  第二次大戦終了後、米国、イスラエルなどへの亡命が可能となり、ユダヤ人も白系ロシア人も、米国、或はイスラエルに亡命できたらしい。
  今、シリア、イラクからの難民がバルカン半島に押し寄せ、ハンガリーは対セルビア国境線に鉄条網を築き、移民の波を防止しようとしている。ギリシャでは、地中海のトルコに近い島に、毎日2500名のペース(Lesbos島、エーゲ海東部)で、難民が押し寄せ、大変な混乱状態だという。先日墺のBurgenlandで、放置されていたトラック内で、窒息した70名ほどの難民が見付かって、大騒ぎになっているが、トラックを放置した犯人としてハンガリー警察が摘発した、不法移民仲介業者のうち、4名はブル北部Lom町のブル人だったという。ブルでも、EU域内でも、最貧地域のブル人です。
  人手不足の日本で、これら難民の一部でも引き取ってあげられるといいのですが。
motton
2015年09月03日 12:49
Y-DNA は男系で継承されますが、そのランダムな突然変異から系統樹がつくれます。変異の大きさで大体いつごろ分岐したかも分かります。
その系統樹や分布と比較言語学による言語系統樹や分布と照らし合わせると、数万年~数千年単位での人類の移動や民族の分岐が分かってきます。

例えば R系統は、
R ┬ R1 ┬ R1a (東欧=スラブなど、インド、イラン)
 │ └ R1b (西欧=ラテン,ゲルマン,ケルト)
 └ R2 (インドの一部)
と分岐しますが、インド=ヨーロッパ語族(インド・イラン語、ウラル語族(フィン語、ハンガリー語など)とバスク語を除く全ヨーロッパの言語)の祖語は R1a の言語とされています。
R1b は R1 から分岐したのち、先にいた I系を駆逐・吸収しながら西欧に広がりましたが、言語的には R1a の言語に置き換えられたと推定されています。ドイツ人も英国人もケルト系もみんなこれです。
バスク語は R1b系の言語の唯一の生き残りかもしれません。
2015年09月04日 11:22
こんにちは、
 ご説明ありがとうございます。
 生物遺伝学、言語学などの発達で、かなり明らかとなってきているのですね。しかし、ケルト系言語のアイリッシュ語(ゲール語)は、本当にアルファベットがややこしくて、小生にはなかなか読み難かったし、東欧系の言葉に近いなどとは、想像もできなかった。
 まあ、言語学も、個人的な生活感覚で理解できないレベルのモノなのかも。小生は大学で少しドイツ語をかじったので、ドイツ語は好きですが、しゃべれる気がしなかった。ブル語も未だに読めるけど、しゃべるのは結構疲れるし、もう年齢からいっても無理かも。とはいえ、ロシア語、ブル語などは、ドイツ語同様に、合理的でわかる言語と思える。アイリッシュ語は、学校では教えるけど、やはり化石語で、アイルランド人ですら、好んで日常使う言語とは言えない。むしろ、スコットランドのように、英語に聞こえないスコチッシュ英語(発音がどうやらゲール語らしい)も使う、と言う方が自然なのかも。アイルランドの下層階級でも、アイリッシュ(ゲール語の一種)風発音の英語をしゃべる人もいて、彼らの英語は本当に聞き取れなかった。不思議な言語と言うか。

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    Excerpt:   さて、小生が貯めた新聞切り抜き記事を要約しつつ、皆様のご参考としたい。注目すべき記事についてのシリーズとして、今回は、いわゆる歴史戦関連の記事を取り上げることとする(注:産経新聞では、「歴史戦」の.. Weblog: ブルガリア研究室 racked: 2018-08-18 10:11
  • 慰安婦問題を政治操作する中国の陰謀

    Excerpt:   さて、今夏の異常な暑さも、若干一休みしています。特に湿度が昨日は32%ほどと、思いがけないほど低くて、さわやかな風を感じることができました。ところで、昨日新聞切り抜きの整理をしていて、驚いた記事が.. Weblog: ブルガリア研究室 racked: 2018-08-18 10:20