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zoom RSS 「西欧の東」読書感想文

<<   作成日時 : 2019/01/09 15:37   >>

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 最近(12月)小生の娘から、婿殿が図書館で借りたブルガリア人作家の本が面白かったよとE-mailで連絡があった。その後小生の妻も呼んだというので、小生も借りてみた。

  図書館から借りた本:『西欧の東』(East of the West):小生は、1月7日読了。
  この本は、2018年10月発行で、白水社が版元だ。

1.作者、訳者
 作者はMiroslav Penkov(ミロスラフ・ペンコフ)、訳者は藤井 光(ひかる)。
 Miroslav Penkov=1882年Gabrovo市生まれ、幼少期にソフィア市に移住。2001年米国に留学、アーカンソー大学で心理学を専攻、大学院では創作科に進学。
 藤井 光=1980年大阪生まれ、北海道大学大学院文学研究科博士課程修了、同志社大学文学部英文学科准教授。

2.本の形態:短編集。含まれている短編は次の通り(小生による要旨付):
マケドニア:共産主義時代末期、介護兼養老院に入っている夫が、妻の若い頃恋人だった青年が、未だにオスマン・トルコ帝国の支配下にあったマケドニア地方の解放運動家(komita=コミータ、解放運動家、革命運動家)とかわした恋文を発見した。妻の秘密にしていた恋文の発見で、マケドニア地方での解放運動が挫折したブルの歴史と、今は脳卒中後の認知症で介護施設に入いる必要のあった妻との秘められた恋を知った夫、夫も一緒に介護施設に入所できている。そして彼らの娘・・・彼女は夫から離縁を迫られているが、分かれたくない。毎日のように施設に子息と共に来て、父親に不満を訴える・・・。

西欧の東:セルビアとブルの国境地帯に住み、バルカン戦争、その他の戦争において、セルビアが何時も西欧側に与(くみ)し、ブルがドイツに与したため、ブルが領土を失い、二つの村に分かれて住むこととなった地域。親戚たちは対岸のユーゴ領に住み、ジーンズも買えるし、ロック音楽も聴けるが、ブル領側にいる村人たちには、そういう程度のささやかな自由すらない。川を隔てた西側(ユーゴ)に住む従妹(いとこ)のVeraと相思相愛となったが、結局は、諸事情に阻まれ、Veraはセルビア人男性と結婚し首都ベオグラードに住む。その後Veraの夫は戦士したが、主人公のハナ(ブル人男性)が、渡航費などを貯めて、数年後ようやくベオの彼女のアパートに駆けつけた時には、彼女は再婚していて、ハナの入り込む隙間はもはや無くなっていた。

レーニン買います:主人公は、米国に留学する幸運に恵まれたが、その後必ずしも人生が順調に回らず資本主義国の中で不満を抱え、苦悩している。そのブル人青年が、時折故郷の祖父と電話で会話するようになった。未だに、共産主義の理想を信じ、左翼思想に懲り固まった祖父とは、全く話がかみ合わないが、青年は時折電話をしては、老人の思想の欠陥を指摘し、虐(いじ)めることでわずかながら、実は本当は資本主義社会でも適応できない自分の不甲斐なさを慰めている。

手紙:マリーヤの母親は、外国に移住してしまい、マリーアは祖母と共に田舎に置き去りにされている。双子の妹マグダは、幼い頃教師に暴力を受け、顔などに損傷を受けて醜くなっている他、知性の面でも遅れている。マリーヤと祖母は、近所の富裕な家族の家から、色々コソ泥して稼いで、生計を立てている・・・。そんなマリーヤはある日、施設に暮らしている妹が誰かのせいで妊娠していることを知り、「妹の中絶のための費用」を、いつもコソ泥している富裕な夫人から借用する(夫人はいつもマリーヤがコソ泥していることを承知していながらも、中絶費用として千ドルを貸す)。しかし、マリーヤは突然千ドルもの大金を手にすると、妹の手術をしてくれる医師を探すのではなく、町の美容院で最新のアスタイルにしてもらい、洋装店では、豪華な衣装を買い求め、町のホテルのレストランで、贅沢な食事を楽しみ、散財してしまい、帰宅のバス代さえも無くなる!・・・長年、母親から放置された上、哀れな双子の妹の勉学を助ける上、生活費さえコソ泥で稼ぎ、その稼ぎから更に祖母は、たまに金の無心をしてくる図々しい母親(祖母にとっては娘)に送金してやる。そういう不条理さに耐えてきたマリーヤは、千ドルと言う大金を手にして、理性を喪失してしまい、まじめにコソ泥している自分でさえもバカらしく思えて、大金を散財してしまうのだ。

ユキとの写真:主人公は、シカゴの空港で荷物係をしているうだつの上がらないブル人男性、日本人娘のユキと婚約し、ブルの実家である田舎で、美しい景色の中、隣人たちの温かい支援も受けつつ、一時期楽しい生活をする。しかし、ユキが、ジプシーたちに興味を覚えたことから、不幸な自動車事故を起こしてしまい、事故の経緯に疑いを持たないジプシー家族に、亡くなった子息の葬式用の写真を依頼され、お通夜の食事に招待され、更に自責の念を募らされ、辛い思いをするという話。

十字架泥棒:自由化後のハイパーインフレ時代、若者たちが退廃的、やけっぱちの生活を送る。最後は、教会の中で酒盛りした挙句、鐘撞堂から放尿するために階段を上る。

夜の地平線:ブルガリアの共産時代末期、トルコ系の人々を強制的にクリスチャンに改名させようとした頃のお話。主人公は、バグパイプ作り職人の父親に、ケマールという男性名を付けられ、男の子として育てられ、バグパイプ作りを学ばされた女の子の話。トルコ系の人々に無理やりクリスチャン名を与える政府、バグパイプ完成品の納品のために、ヤギの皮が足らなくなり、集団農場から山羊を盗んだことがばれ、父親は刑務所に入れられる。また父親の入獄後には、以前の大腸がんの手術後、よれよれの形で帰宅した母親の介護までせねばならなくなったケマールは、トルコへ亡命するために家財道具を山のように抱えて逃げようとする隣人たちが、足を滑らせ谷底へと落ちていく悲劇などを目撃する。とうとう母親は死んだ。彼女は、村のあちこちに、親愛なる党へ私の両親を返してくださいという共産党政権への不満の張り紙をしたりして憂さを晴らすが、最後は、悪者たちへの仕返しに、トラクターに放火する。

デヴシルメ:米国に移住できるという幸運のはずが、妻はブル系医師(裕福)に寝取られ、娘とは週末のみ面会し、共に時間を過ごすことができるだけ・・・その中で、娘に語るのは、この世で一番美人だったため、スルタンに召されようとした曾祖母に関わる幻想的な物語。ちなみにデヴシルメとは、オスマン帝国の支配時に(初期のころ)、クリスチャンの村々から、秀才で、眉目秀麗な少年たちを帝国政府に提供させ、スルタン直属の奴隷としてトルコ語でしかも回教徒として英才教育し、中央官庁の高級官僚とか、イェニチェーリ軍団の将校に採用とした制度。

3.小生による訳文への追記
(1)コミータ
 P23(マケドニア):義勇兵部隊と言う用語にルビで「コミティ」とある。ブル語辞書を引くと、komita=コミータ=オスマン帝国から解放以前に、革命・独立運動に参加した革命家たちのこととある。Komitiは複数形である。Komitet=委員会からきた言葉で、revolyutsionen komitet=革命員会との呼称に基づく。義勇兵部隊と言う訳語は間違いではないが、この物語の頃は、第一次大戦時前後に、既に今日のブルガリア本土に当たる部分は成立していたが、未だにオスマン領として残存していたブル西南方の「マケドニア」地方をも、オスマン帝国から解放し、ブル領に加えようとしての闘争における義勇兵部隊だから、小生の感覚では、むしろcheta=チェータ(武装部隊のこと)運動の参加者として、Chetnik=チェートニックと呼ぶ方が一般的だと思う。

(2)セルブスコ、スボール
 p40(西欧の東):訳者は、セルブスコと書いているが、ブル語で言えばセルビア=Sqrbiyaサールビヤであり、形容詞のsrqbskiスルプスキ(男性形)から来た用語としては「スルプスコ」(中性形)が正しい。Sと言う子音の前にあるbと言う濁音(有声子音)は、清音(無声子音)化してpに変化する、というのがブル語(ロシア語でも同じ)の法則だ。訳者がMiroslavをミロスラフと発音することを教えられたように、語末の濁音も清音化するが、単語の中では、清音の子音の前の濁音子音も清音化するのだ。例えば独裁者だったZhivkovの発音は、ジフコフ(Zhifkof)だ。グルジアからロシアが奪った地域名はAbhazhiya=アプハージヤだ。

 p41(西欧の東):スボールは、ブル語のsqbor=サボール、或いはスボールのこと。ブル語・ブル語辞書では、1.会議に召集される人々、2.田舎のお祭り、修道院の祭日、など。とある。ブル語・英語辞書には、集会、会議との意味も付加されている。この本では、国境の両側に分かれてしまった旧村の住民たちが年に1回再開するためのイベント、行事、お祭りと言う意味で使われているが、要するに田舎のお祭り・行事と言うことで間違いはない。発音的には、小生にはサボールの方が近いように思うが、スボールと言う解釈も間違いではない。qというブル語特有の母音は、アとウの中間音だ。

(3)カーシャ、ポパーラ
 p228(夜の地平線):訳者は、引き割りトウモロコシの粥とポパラと書いている。前者は、トウモロコシの粒を石臼であらびきし、ミルクで煮たお粥(kashaカーシャ)のことで、mamaligaママリーガ、またはkachamakカチャマックと呼ばれる。後者は、popara=ポパーラと言い、固いパンを細かく砕き、紅茶、水、ミルクなどに浸したうえ沸かしたスープのようなもの。

(4)ヤタガン、フニマニェ
 p269(デヴシルメ):小刀と書いて、ルビでヤタガンとある。Yatagan=ヤタガーンは、ブル語辞書によれば、長い、湾曲したトルコ式の刀となっている。要するに、アラブのイスラム教徒が用いていた刀であり、小さいもの、短刀ではない。
 p277(デヴシルメ):注意と書いてルビで「フニマニェ」としてあるが、ブル語のvnimanie=注意、ご用心ください、気を付けて!、は、ヴニマーニエと発音する。nと言う子音は有声子音であり、vと言う有声子音を無声化する必要性は無い・・・すなわちヴと発音する。

   上記は、ブル語の知識がない訳者に対しては、少し神経質な叱責に聞こえるかもしれないが、ご勘弁を・・・・やはり正しい知識に基づく指摘は、学問的には意味があるのではなかろうか。なお、もっと他にも問題点があったと思うが、十分に注意して読まなかったので、気づいたのはこの程度だ。

4.感想文
  小生は、ほぼ人生の半分ほどをブルガリア研究に捧げたので、娘が面白かったと言おうが、妻が暗い話ばっかりと言おうが、だいたいブル人作家が書いた小説にさほどの期待感は無かった。小生自身、最近は小説をほぼ読まないし、面白いと思うことも少ないのだ。
  と言う訳で、この小説(短編集)は、予想通り、小生にとってはさほど面白くも、目新しいこともなく、予想通りの、かなり平凡な著書に思えた。とはいえ、米国人とか、西欧の人々にとっては、バルカン半島の歴史とか、自由化後の諸事情はあまりご存じないであろうから、不思議な世界を初めて見た・・・と言う感覚で、それなりに興味がわいたのかもしれない。

  著者は、あえて、共産主義社会から、急に資本主義本家の米国に留学生として渡来し、そこで必ずしも成功をおさめ得ず、不満を募らせたり、或いは、自由化後もブルガリアに残って、ハイパーインフレ、その他の経済的苦境にあえいだり、と言う、苦い経験をした人々に焦点を当てているが、実際には著者本人は米国で、小説家・創作作家・大学教授として成功を収めている勝ち組だし、ブル本国でも、苦労する時もあったろうが、最終的にはいまは裕福で満足している人々も多いはずだ。

  小説にするには、成功していない人が、もだえ苦しむ姿の方が絵になるであろうけど、とはいえ、共産党独裁政権下におけるモノ不足、窮乏生活などに比べれば、今はスーパーマーケットに行けば何でも手に入るし、DIY店では種々の材料が簡単に手に入るので、家のリフォーム、家具の修理、何でもすぐに、手軽に終えることができる。
  乗用車も社会主義時代のような欠陥製品ではない、高性能な商品を手に入れやすくなった。ジーンズが買えないとか、生理用品がないだの、ティッシュペーパーがないだの、最低限での「文化的生活」も望めなかった昔とは違うのだ。ビールも、西欧資本が入って技術が改善され、社会主義時代のような「馬のしょんべん」ではなく、おいしいものとなった。最低必需品だったパンも、今では驚くほど美味な食品となった。

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