「青い鳥」総理は、政治家になるべきではなかった

さて、四月末から07年6月スタートのこのブログ(ブルガリア研究室)の記事の人気度を調べたり、3年弱の間に書いた記事の分類などして、少し一息ついてしまって、新規の記事を書くタイミングを逸してしまいました。また、頭の方も、万年連休の隠退生活にもかかわらず、世の中の「連休」ムードに便乗して、のんびりしてしまったので、記事のお休みが長くなりました。
 今日は少し、おとぎ話の世界(であって欲しいのですが)に関して、書いてみます。

1.産経新聞掲載の湯浅博氏論評
 5月7日付産経紙1面に掲載された、湯浅氏(産経新聞「東京特派員」)の評論記事は『くにのあとさき:”青い鳥”はいたのか?』という、メルヘンチックな題名だ。しかし、実際の論評内容は辛辣だ。
 チルチルとミチルが青い鳥を探すおとぎ話になぞらえて、「意外裡」の青い鳥を期待した東条英機首相と、同じように「現実を直視できず、幻想を追ってばかりいる=これがloopyという英語の意味らしい、決して、愚かな、という意味ではないそうです(?)=人物」、すなわち、鳩山由紀夫首相を比較して、同種の人物と断定した、きつーいお叱りの批評である。

2.東条英機は、机上演習結果を受け容れ拒否!
 小生が、最近「昭和期軍部への断罪」記事(http://79909040.at.webry.info/201003/article_4.html)でも触れたように、昭和期の「ペーパーテスト秀才軍人」達には、奇妙な「精神主義」という幻想癖があり、日本国を敗北必至の戦争に導き、国家を滅亡させたのである。その根本的な過ちは、現実を冷徹に、客観的に直視せずに、「期待値」を膨らませた「幻想」を加味して、自分の希望に添った、自分自身に好ましいような形での「情報」のみを「採用する」という、愚かな情勢判断を行ったことである。最近、小生は、『孫子』の兵法に関する著書を幾つか読んでいるのだが、2500年前の偉人・賢人である孫武先生からも、昭和期軍人と鳩山総理は、落第点しか貰えそうもない。「孫子」で一番有名な格言は、「彼を知り、己を知れば、百戦あやうからず」である。
 しかるに、幻想家には、彼我の戦力把握はもちろん、沖縄の地理的重要性(地理的に不利、不適な「県外」などという選択肢は初めからあり得ない)という、一番単純な軍事的用件すら見えていなかったのだ。鳩山総理の頭では、沖縄の「負担」を軽減するということが大事で、「軍事的、戦略的な必要性」に関する意識はゼロだ。要するに、国防という意識がゼロだ。呆れてものも言えない!

 湯浅氏が紹介している机上演習とは、昭和16年の夏、首相官邸近くに、30代の軍官民から選抜した人材からなる総力戦研究所という組織を作り、彼らに架空内閣を作ってもらって、「日米もし戦わば」という想定での机上演習をさせたのだそうだ。シミュレーション結果は、「日本現在の国力を持ってしては、敵と互角に戦える期間はせいぜい2年であり、その後は漸次国力が消耗して、最後にはソ連の参戦を誘致して敗北する」というものであった由(湯浅氏引用の出典=高山信武著『昭和名将録』)。

 メモを取りつつ真剣に聞いていた東条陸将(この演習3ヶ月後には首相)は、「諸君の研究の労を多とするものの、実際の戦争というものは、君たちが考えているようなものではない」、「日露戦争でも、我が帝国は勝てるとは思わなかったが、しかし勝ったのであります」、「意外裡の要素を考慮すべきなのであります」と述べて、シミュレーションの結果を否定し、それでも「青い鳥は存在する」という、「意外裡」(!!)という、希望的観測要素を強調して、正論を拒絶したという。

3.鳩山=東条
 湯浅氏は、鳩山由紀夫首相が、「国外か、最低でも県外」という「幻想」にしがみついて、なかなか周囲の正論、官僚達の正論には耳を貸そうとしなかったという。小生には、最近の鳩山首相の言動は、今なお、自分は「青い鳥」を追求する「前向きな人間だ」、現実を変化させようとしないような「夢のない人間とは違う」、とでも言いたげな雰囲気に見える。米国人が言うように、まさに現実遊離の「夢想家」にすぎない。目つきはうつろだし、その発する言葉には迫力も、真実味も、何も感じられない。政治家は、現実を冷徹に見据えて、可能な範囲で工夫を凝らすが、非現実的な「夢」を追ってはならないのだ!!

 我々国民としても、昭和期軍閥の「悪事、欠点」を総合して、幻想の道に突き進んで、変針の勇気を持たなかった東条英機首相と同様に、「自らの偏屈な信念、幻想」に固執して、遂に米国人らから「現実を直視できない、愚か者=loopy」とまで評されるようになった鳩山=「青い鳥追求首相」が、このまま何時までも首相職に居座っては、またもや国家の破滅を導くのではないか、と、既に毎日はらはらする日々を送っているわけである。いいかげんにしてほしいものだ。自らの「愚かさ、浅はかさ」を「直視して」、参議院選前にも辞職するのが、同じ「お坊ちゃん内閣」の当事者達だった、安倍、福田、麻生元総理並の「見識」というものだろう。
 これ以上居座れば、安倍、福田、麻生、3氏にも劣る、国民に害をなす、とんでもない「幻想家、夢想家総理」として、歴史に名を残すのであろう。

 

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