テーマ:宗教

テロと白人至上主義

 前回「国際情勢の俯瞰図」を書いたのが、7月15日で、以来早くも2カ月弱が過ぎてしまった。  小生のさぼり癖が深まっている。このブログの参照数も減退の一途で悲しい。本当は小生のブログ記事の過去記事などを参照し、読んでいただきたいのだが、忙しい皆様には、新しい話題こそが必要なのであろう。  今回は前回と違い、2つの新聞記事を紹介し…
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女系天皇容認論の危険性

   『女系天皇問題と脱原発』(飛鳥新社、2012年12月)と言う本を最近読んだ。3年前の初版であり、Book-Offで510円と格安だったし、小生が尊敬している西尾幹二氏と旧皇族竹田家の末裔竹田恒泰(つねやす)氏の対談だから、面白いはずと言うことで買ったのだ。   4部構成で、それぞれ興味深い、しかも深い洞察が込められた論点であり、…
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ムスリムの祭日:仮装祭から立春

   いよいよ在ブル・ムスリム社会の祭日の最後となりました。西欧のカーニバルに当たる仮装祭から立春までと、最後には、ムスリム社会における金曜日の意義をご紹介します。    この次にご紹介するのは、在ブルのジプシーたちの祭日紹介となります。 13.Sayadzhilar或は、Dzhamaldzhilar(仮装祭) (1)由来 …
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ムスリムの祭日:マホメット降誕祭から立冬まで

 今回は、マホメット生誕祭、マホメットの一夜の旅、そして立冬の3件をご紹介します。 10.Mevlit(トルコ語、英語:Mawlid、Maulid、 ブル語:Rozhdenieto na Mohamed=モハメットの生誕祭) (1)由来   8月29日に、Mohammedの生誕が祝われる。この祭日は、「生誕の夜」と呼ばれて…
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ムスリムの祭日:7--9.夏の始まりから新しい火の採取まで

   今回は、3種類のムスリムの祭日をご紹介します。 7.5月6日:Hqdqrlez(Hidrellez、立夏) (1)由来   5月6日に、ブル在住のトルコ系住民らは、Hqdqrlezという、ブル人のGergyovdenに相当する祭りを祝う・・・この日は、夏が始まる日(立夏、1年の後半の始まり)と見做されている。   この…
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ムスリムの祭日:ハジとアーシュラー祭

   今回は、メッカ巡礼と言うう義務を果たして、ハジと言う尊称を得る習慣と、アーシュラー祭についてご紹介します。 5.ハジ(英語:Hajj)とは? (1)由来   Hadzh(ブル語、トルコ語:hac)とは、Kurban bayramの祭日時期に実行される儀式、慣例である。   全ての富裕なムスリムにとっては、生涯に一度…
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ムスリムの祭日:スイーツ祭、犠牲祭

   今回は、在ブルガリアのムスリム住民たちの祭日、スイーツ祭と犠牲祭の二つをご紹介します。 3.Sheker bayram(Sweets festival) (1)由来   Ramazan bayramの最後の3日間(お祝いの賑やかな部分)をこのように呼ぶ。なぜなら、まさにこの3日間にAllahはKoranを預言者Moham…
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ムスリム系の祭日:前書き~断食祭

  さて、いよいよ小生が苦手な領域、ムスリムの祭日に関し、これからご紹介する。小生の手持ちのトルコ語辞書(トルコ語と英語の対訳形式)では見つからない単語もあるし、イスラム教に詳しいわけでもないので、間違いもあろうかと思うが、間違いなどの御指摘はコメント欄にどうぞ。 Ⅳ.在・ブルガリア・トルコ人、シーア派教徒たち(Kazqlbash…
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ユダヤ人の祭日:9--10.断食とシャバット

   今回で、ようやくユダヤ人の祭日の最後となります。驚いたというか、さもありなんというか、世界中のユダヤ人達が英語、その他の言語でユダヤ教、或はユダヤ歴、などに関し、豊富なwiki記事を掲載しているので、今回は、用語などに関する疑問は、たいてい検索で何とか見つけることができた。アルメニア人に関しては、料理レシピは多く検索でヒットするの…
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ユダヤ人の祭日:過ぎ越し祭と五旬祭

  ユダヤ人の祭日の続きです。今回は、7--8.の2件をご紹介します。 7.Pasha(ブル語ではパスハ、ヘブライ語ではPesach:ペサハ、日本語:過ぎ越し祭、英語:Passover) (1)由来   ペサハ(過ぎ越し)は、ユダヤ歴Nisan(第1月)の14日に始まり、21-22日に終わる。普通は、グレゴリオ暦の3月末~4月…
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ユダヤ人の祭日:光の祭り~樹木の新年

   今回は、4--6.のユダヤ人の祭日を説明します。 4.Hanuka(Hanukkah、ブル語:Osveshtenie,Praznik na svetlinata=光の祭り、日本語:神殿奉献記念祭、ハヌーカ祭) (1)由来   この祭日は、聖書には記されていない。しかし、Kislev月(第9月)の25日に、イスラエルの国…
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ユダヤ人の祭日:新年~スコット祭

  さて、今回からいよいよユダヤ人の祭日の本文に入ります。1--3.までです。 ★本文:ユダヤ人の祭日 1.Rosh Ashana(ローシュ・ハッシャナー、ブル語:Nova Godina、新年) (1)由来   ユダヤ歴でTashir月(7月)1日に祝われる新年は、グレゴリー歴で言えば9月における3つの大きな祭日の最初の…
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ユダヤ人の祭日:前書き(その二)

   さて、前書きのその二です。 (3)ユダヤ教団の聖なるモノ(アイテム)   ユダヤ教団の聖なるモノとしては、①モーセ五書、②Tora(トーラー)の巻物(Torah Scroll、http://www.chabad.org/kids/torah/default_cdo/aid/333007/jewish/What-is-a-T…
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在ブル・アルメニア人の祭日:4--8月期

   さて、今回は、ほぼ4--8月期に祝われる在ブル・アルメニア人たちの祝祭日を取り上げる。順番で言えば9--14番までだ。 9.Avak Shapat(Velika Sedmitsa=偉大な週) (1)由来   聖枝祭から復活大祭までの1週間をアルメニア人たちは「偉大な週」と呼ぶ。この週に起きた種々の偉大な出来事に因んでの名…
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在ブル・アルメニア人の祝祭日:1.新年

  さて、本書の約1/2弱は、ブル人・クリスチャン(正教徒)たちの祝祭日の紹介で、前回まででこの部分を終えたので、ようやく第2部(II.)の在ブル・アルメニア人の祝祭日に関する記述に移ります。   今回は、アルメニア式新年の迎え方、その前にアルメニア教会の歴史の概説です。 Ⅱ.在ブル・アルメニア人たちの祝祭日 ★アルメニア…
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59.降誕祭

  今回は、ブル人クリスチャンにとっての最大のお祭りであるクリスマスです。 59.12月25日:降誕祭(フリストスの誕生日=Rozhdestvo Hristovo、Koleda) (1)由来   キリストの生誕祭、12月25日こそは、キリスト教に帰依した諸国民の間で一番明るい、かつ一番愛され、尊敬される祭日と受け取られている。…
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55-58.降誕祭までの12月の祭日

  今回は、クリスマス以前の12月中の祭日4件をまとめました。 55.12月4日:聖殉教者バルバラの祭日(Sveta Velikomqchenitsa Varvara) (1)由来   この日には、LebanonのHeliopolis市出身の著名女性聖人、聖Barbara(http://en.wikipedia.org/wik…
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51-54.11月の祝祭日

 今回は、11月の祝祭日4件をまとめます。 51.11月8日:聖天使長ミカエルの祭日(Sveti Arhangel Mihail、Arhangelovden) (1)由来   11月8日正教会では聖天使長(西欧では大天使)Mihailの集会を祝う。   ブル国民の想定では、同人は天上勢力の指導者で、地上の悪霊たちと戦…
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48-50.10月の祝祭日

   今回は、10月の3つの祭日をまとめました。 48.10月14日:聖ペトカ祭(Prepodobna Paraskeva –Petka Tqrnovska、Petkovden) (1)由来   10月14日、ブル正教会はParaskeva猊下、すなわちPetka Epivatska-Tqrnovskaという10&…
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42-47.9月の祝祭日

   今回は、ブルにおける9月の祝祭日6件を一括まとめました。 42.9月1日:聖シメオンの日(Simeonovden) (1)由来   9月1日には教会歴における「新年」とSimeon Stqlpnik*猊下(*注:Stqlpとは柱、塔などの意味で、Stqlpnik というのは、塔の上に居住した隠者を指す)・・・紀元後4世紀…
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40-41.8月の祝祭日

   今回は、分量としては少なめですが、8月の祝祭日として2件をまとまました。 40.8月6日:主の変容祭(顕栄祭、Preobrazhenie Gospodne) (1)由来   8月6日教会は「主の変容祭」(注:オーソドックス系では十二大祭の一つ)を祝う。この日イイススは、ユダヤ人預言者たちによって予言されていたように、…
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偉人百選:ヴァンガおばさん

  とうとう最後、100番目の偉人に到達しました。Vangaおばさんと言い、盲目の婦人ですが、30歳の時から半世紀強、来訪者の悩み、相談に乗り、彼らの個人的問題につき、回答を出して癒すことができました。悩み相談に際しては、霊界と交信して、相談者の親戚とか、死者などへの質問に対しても回答を得てくるなど、超能力とか、予見能力も発揮したと言い…
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偉人百選:メトディー・クーセフ

   98番目の偉人は、wikiで探しても見当たらないMetodiy Kusevという高僧の話です。現在マケ共和国領のPrilep町に生まれ、帝都に所在したブル正教会代理座で、オスマン政府と交渉し、マケドニア、トラキアのブル人居住地に次々とブル人学校、図書室などの施設建設許可を取得し、オスマン帝国内でのブル人の居住領域の境界線を確定しよ…
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偉人百選:ペータル・ボグダン

  93番目の偉人は、これまであまりブル人の間でもよく知られてこなかった、カトリックの聖職者です。同人は、17世紀と言う、未だに正教徒の間では、ブル民族としての自覚、民族解放運動などの復興期への動きも、始まっていない、むしろオスマン帝国内の同化作用の中で、ブル人の民族的個性が徐々に失われていた時期に、当時西欧文明の一番発達していた伊で学…
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偉人百選:ヨアン・ククゼル

  85番目の偉人は、最近としては珍しい「プラスの偉人」と言えそうです。しかも、教会音楽の世界の人で、説明を読んでもなかなか分らない用語が出てきて手こずりました(意味不明のままのところも、残念ながら残りました)。   生まれは何とアルバニアのDurres(当時はビザンツ帝国領)で、しかも13世紀末頃です。しかし、母親がブル人女性であっ…
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偉人百選:キリル総主教

  69番目の偉人は、アルバニア北部からブル国へと亡命してきたアルバニア人家族の子弟として誕生したKonstantin Markovと言う人物です。父母ともに名前から見ると、ムスリムではなく、恐らくはオーソドックス教徒だったようです。その意味では、また子息がブル国で誕生したからには、KMもブル人ではない、とは言えません。   教育…
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偉人百選:ガヴリール・クラーステヴィッチ

  65番目の偉人は、G.Krqstevichという人物です。Sliven県Kotel町出身の秀才であったため、Sofroniy Vrachanski(Kotel町出身)の孫にあたるStefan Bogoridi(オスマン帝国高官)から目をかけられ、帝都Kuru-Cheshme地区所在のギリシャ語学校で中等教育を受けた他、パリのソルボン…
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偉人百選:ステファン総主教代理

  64番目の偉人は、Stefan総主教代理といいます。バルカン戦争、第一次大戦での敗北と言う2回の「国家破滅」に直面し、ブル民族の自信が喪失されていた、一番困難な時期に、ブル正教への信仰を繋ぎとめるため、努力しました。Carnegie財団が派遣した国際委員会のために、また、セルビア、ギリシャによる「同化政策」に晒され、代理座という庇護…
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偉人百選:聖ゲオルギー・ノヴィ・ソフィースキと聖ニコライ・ソフィースキ

  55番目の偉人としては、二人のソフィア市内で殉教した聖人が挙げられています。16世紀に、イスラム教への改宗を強要されたが、断固として拒絶し殺害された、「普通のブル人」だという。宗教の話であるし、日本人の立場からは分りにくい部分もあるが、結局近代の国民国家形成において、基盤となったブル人としての民族アイデンティティーの主要素は、①母語…
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偉人百選:イヴァン・アセン2世王

  52番目の偉人は、中世ブル第2次王国期の5代目の国王(統治期間が23年と異例の長さ)であるIvan Asen II王です。   この王は、王位を簒奪した伯父のBorilに殺される危機を子供の頃に経験し、南ロシアにまで亡命(逃亡)し、その後成人してロシア人傭兵とともに帰国し、Borilの目をつぶして王位を奪還(1218年)しました(…
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