テーマ:トルコ

トルコ系の冠婚葬祭:葬儀(その二)

    トルコ系、ムスリム系の市民の葬儀に関連する習慣のその二です。 (10)トルコ系のHair(善行、慈善)*について   ちなみに、次の点に留意すると興味深いものがある。すなわち、トルコ人が行う全てのHairは、全て自分のためだ、と言うことだ・・・「あの世で、自分を見付けてくれるように」と言うことであり、決して故人に対する追…
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トルコ系の冠婚葬祭:葬儀(その一)

   今回からは、2回に分けて、葬儀関連の習慣を扱います。 3.トルコ系の葬儀関連の習慣 (1)最初の措置   ある家から死亡者が出た時、家人たち(domashnite)の最初の義務は、同人が死亡した部屋の中央にrahat dyushek*を設けることだ。    (*注:rahatはトルコ語で、1.comfort, ease…
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トルコ系の冠婚葬祭:出産(その四)

さて、ブルガリア在住のトルコ系市民の出産関連の習慣の最後、その四です。 (11)子供の成長に関わる習慣 (ア)乳歯   トルコ系の母親たちは、子供(rozhba)の最初に抜けた乳歯を、自宅の瓦の上に投げるという習慣がある・・・この際に、短く祈祷を述べて、この子供が健康で強く成長することを願うのだ。 (イ)割…
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トルコ系の冠婚葬祭:出産(その三)

   さて、引き続き、トルコ系、ムスリム系ブル市民の冠婚葬祭の出産関連のその三です。 (9)出産後に関する習慣、儀礼 (ア)産後51日間の母親の禁忌と7日目の子供の名前の公表   産婦は、出産後51日間は、家の庭から外には出ないし、他の授乳期間中の母親とは会わない。   なお、祖母は、子供を家の一番年長の男性に渡して、祈祷を…
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トルコ系の冠婚葬祭:出産(その二)

   前回に引き続き、トルコ系の出産関連のその二です。 (7)AkikaのKurban料理関連の儀礼、習慣 (ア)屠殺に際する儀礼   母親は、子供を庭に連れ出し、子供の顔を東に向ける…東とは、メッカ市にある聖なるモスク「カーバ神殿」の所在する方向だ。犠牲動物を運ぶ役割の男性は、母子の周囲を3回まわり、その際に子供の健康を祈る…
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トルコ系の冠婚葬祭:出産(その一)

 さて、トルコ系・シーア派、そして時折Pomakというムスリム系のブル市民の間に見られる冠婚葬祭についてご紹介しています。これまでに、結婚関連で2回ご紹介しました。    今回は、出産関連の習慣、伝統等です。結構この項も長いので、幾つかに分けます。今回は、その一です。 2.トルコ系・シーア派の出産関連習慣 (1)総論 …
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トルコ系の冠婚葬祭(結婚、その二)

   今回は、前回に引き続き、トルコ系ブル市民の結婚に関連する習慣、伝統などに関するその二です。    著者は、冠婚葬祭の項の最初に、「現代式」を中心として記述する、と書いていましたが、結局は、伝統、即ち昔の習慣を中心として記述されています。ここの点を念頭に置いて、記述の大半は過去のトルコ系の風習であることを覚悟してください。 …
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トルコ系の冠婚葬祭(結婚、その一)

   さて、いよいよブルの少数民族としては最大のトルコ系の冠婚葬祭に関してご紹介します。    今回は、結婚関連の習慣で、その一です。 Ⅳ.トルコ系の冠婚葬祭   本項については、前回のユダヤ系の項目が、原文で10ページだったのに比し、全体で23ページと内容が膨大なようです。著者はかなり詳細に、在ブルガリアのトルコ系、及びシー…
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ムスリムの祭日:仮装祭から立春

   いよいよ在ブル・ムスリム社会の祭日の最後となりました。西欧のカーニバルに当たる仮装祭から立春までと、最後には、ムスリム社会における金曜日の意義をご紹介します。    この次にご紹介するのは、在ブルのジプシーたちの祭日紹介となります。 13.Sayadzhilar或は、Dzhamaldzhilar(仮装祭) (1)由来 …
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ムスリムの祭日:マホメット降誕祭から立冬まで

 今回は、マホメット生誕祭、マホメットの一夜の旅、そして立冬の3件をご紹介します。 10.Mevlit(トルコ語、英語:Mawlid、Maulid、 ブル語:Rozhdenieto na Mohamed=モハメットの生誕祭) (1)由来   8月29日に、Mohammedの生誕が祝われる。この祭日は、「生誕の夜」と呼ばれて…
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ムスリムの祭日:7--9.夏の始まりから新しい火の採取まで

   今回は、3種類のムスリムの祭日をご紹介します。 7.5月6日:Hqdqrlez(Hidrellez、立夏) (1)由来   5月6日に、ブル在住のトルコ系住民らは、Hqdqrlezという、ブル人のGergyovdenに相当する祭りを祝う・・・この日は、夏が始まる日(立夏、1年の後半の始まり)と見做されている。   この…
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ムスリムの祭日:ハジとアーシュラー祭

   今回は、メッカ巡礼と言うう義務を果たして、ハジと言う尊称を得る習慣と、アーシュラー祭についてご紹介します。 5.ハジ(英語:Hajj)とは? (1)由来   Hadzh(ブル語、トルコ語:hac)とは、Kurban bayramの祭日時期に実行される儀式、慣例である。   全ての富裕なムスリムにとっては、生涯に一度…
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ムスリムの祭日:スイーツ祭、犠牲祭

   今回は、在ブルガリアのムスリム住民たちの祭日、スイーツ祭と犠牲祭の二つをご紹介します。 3.Sheker bayram(Sweets festival) (1)由来   Ramazan bayramの最後の3日間(お祝いの賑やかな部分)をこのように呼ぶ。なぜなら、まさにこの3日間にAllahはKoranを預言者Moham…
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ムスリム系の祭日:前書き~断食祭

  さて、いよいよ小生が苦手な領域、ムスリムの祭日に関し、これからご紹介する。小生の手持ちのトルコ語辞書(トルコ語と英語の対訳形式)では見つからない単語もあるし、イスラム教に詳しいわけでもないので、間違いもあろうかと思うが、間違いなどの御指摘はコメント欄にどうぞ。 Ⅳ.在・ブルガリア・トルコ人、シーア派教徒たち(Kazqlbash…
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偉人百選:トンカ婆さん

  95番目の偉人は、四月蜂起を含め何度もの対トルコ解放闘争を仕掛けた在Gyurgevo(ジョルジュ)市ブル中央革命委員会のドナウ川対岸(ブル側)Ruse市で、革命闘士を匿ったり、書簡の往来拠点=クーリエ拠点として重宝された「家」(自宅)を提供したBaba Tonkaと言う女性の話です。彼女自身の活躍としては、隠れ家の提供、子息、娘たち…
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偉人百選:ナウム・テュフェクチーエフ

  83番目の偉人(またもやマイナスの偉人)は、あの偉大な解放後の大物政治家St.Stambolovの暗殺を企画し、実行させたテロ活動の専門家Naum Tyufekchievです。武器商人として、ロシアのボリシェヴィキに対しても、或はVMOROにも武器を売り込んだし、殺人請負人として種々の政治的陰謀にも加担したようです。   現在…
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偉人百選:ミハイル・ゲルジーコフ

  81番目の偉人はMihail Gerdzhikovと言います。ブルでは珍しいアナーキストの理論家兼アナーキズム運動創始者ですが、他方で、マケドニア解放運動にも参加したことがあるし、結局はPlovdiv市(トラキア地方の中心)出身者として、Gotse Delchevによってオドリン地方(東トラキア)の解放闘争の指導者に指名され、Ili…
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偉人百選:アレクサンダル・マリーノフ

  66番目の偉人は、Bolgrad市近辺のブル人村(Yambol県からの亡命者村)で誕生し、キエフ大学卒の法律家としてブル国に帰還し、P.Karavelov(33番目の偉人)に引き立てられて政治家、民主党党首となったAleksandqr Malinovです。   同人の業績としては、1908年にオスマン帝国からの「完全独立宣言」…
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偉人百選:ガヴリール・クラーステヴィッチ

  65番目の偉人は、G.Krqstevichという人物です。Sliven県Kotel町出身の秀才であったため、Sofroniy Vrachanski(Kotel町出身)の孫にあたるStefan Bogoridi(オスマン帝国高官)から目をかけられ、帝都Kuru-Cheshme地区所在のギリシャ語学校で中等教育を受けた他、パリのソルボン…
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偉人百選:ゲオルギ・ベンコフスキ(その二)

   Georgi Benkovskiに関する、その二です。 ★GBに関する『15—19世紀の著名人』による追記 (1)出生   Koprivshtitsa町生まれ、本名はGavril Gruev Hlqtev。恐らく1841年、或は1844年生まれで、1876年の四月蜂起後、追跡され、殺害された。四月蜂起では、第…
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ブルガリア史の偉人100選:フェルディナント王

  さて、偉人百選の第9番目は、今でもブル国民の間で評判が悪いフェルディナント王です。この本の2名の著者は、歴史の偉人の選定基準は、その人物がブル歴史に残した影響の大きさであり、肯定的か否定的かでの評価には依存しないと説明している。 9.フェルディナント王=ブル国土拡大の夢を破滅させた不運の王(Tsar Ferdinand、186…
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トルコのエルドアン首相が窮地に陥った背景

 最近トルコにおける警察・検察による汚職摘発でエルドアン政権が大打撃を受けている情勢を横目で見て、ブルガリアにおけるSotir Tsatsarov検事総長が、12年12月20日に検事総長に選出されたのち、主としてGERB党の醜聞にまつわる検察捜査などでGERB党を追い込み、13年5月の早目(2か月ほど前倒しされた)の総選挙によるBSP(…
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ブルガリアとトルコの隣国関係

 最近のブルガリア英字ネット紙Novinite.comは、ブルガリアとトルコという、自由化後は関係が相当改善されたはずの隣国関係に関し、2種類の興味深い記事を掲載している。   一つは、トルコ系大企業の投資で東北部(注:ブル東北部のドブリッチ県、シリストラ県、ラズグラット県、シューメン県は、元来がトルコ系住民が多い地域)のある町が…
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