テーマ:ロシア

ソ連、中国が相変わらず仕掛けている「日本悪玉論」の元凶

  昨日偶々、電子版「産経新聞」を参照していて、Ironna記事欄で見付けた記事に驚き、呆れてしまった。   実際には、2015年に雑誌『歴史通』7月号に掲載された記事だというが、小生は全くこれまで気づかなかったし、知らなかった、恐ろしい歴史の真相、裏面史なのだ。   小生自身、韓国、中国の歪曲史観、執拗な反日言論のありように…
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読書:満洲におけるロシアの権益拡大時代と植民地朝鮮を統治する日本帝国主義の時代に関する書物

 さて、最近小生は、偶々Book offで購入した2冊の翻訳本を読んだ。ともに米国人学者が書いた、第二次大戦以前に関する本で(注:後者の場合は、1945年8月の終戦まで、小生は1945年7月生まれだ)ある。小生自身、今では老人としての感覚しかないが、それでも、戦前或は戦中を含めての1945年8月以前の時代に関しては、自分の時代の歴史で…
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社会主義国独裁者と民主主義国の世襲議員

  さて、このブログでは、最近小生の創造力が衰えているせいで、新規記事の掲載が少なくご迷惑をおかけしています。そこでいつもの姑息な手段ですが、mugiさんのブログのコメント欄で最近小生が投稿した内容のリサイクル記事で、ごまかそうというのが今回の記事です(注:原文は以下で参照: http://blog.goo.ne.jp/mugi411…
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偉人百選:ストヤン・ザイーモフ

  94番目の偉人は、Stoyan Zaimovという、ブルの歴史、特に四月蜂起などの歴史的瞬間の記録者としてZahariy Stoyanov(20番目の偉人)と似たような役割につき功績が認められました。とはいえ、SZの記録者、伝記作家としての才能は、ZSよりかなり低いとの評価で、このように後ろの順位となりました。ZSに比べれば、元来富…
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偉人百選:アレクサンダル・バラン

  91番目の偉人は、Aleksandqr Balanという言語学者で、なんと99歳まで生きるという長寿の人でした。同人は、スラヴ言語学、スラヴ方言学、ブル言語の歴史、近代ブル文語などに関するブル最高の学者で、共産党革命後のいわゆる「近代ブル文語の民主化」(簡素化)にも寄与しました。ロシア帝国BessarabiaのBograd市付近の生…
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偉人百選:ディミータル・モローフ

  90番目の偉人は、Dimitqr Mollovという外科医師です。同人は、愛国者でもあり、幾つもの戦争に参加している(ただし、医師として)のですが、政治家としては親露派であったことから、Stambolov政権によって睨まれ、拘禁された(7年間)という苦い経験もあるようです。   とはいえ、1878年以降の「新生ブルガリア国」で、最…
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偉人百選:ヴァシール・ドゥルーメフ

  87番目の偉人はVasil Drumevという、復興期末期に出現し、近代ブル文学史上で最初の短編小説家、或は最初の脚本作家として功績のあった人物です。つまり露留学時の文学者としての功績(1860--72年、19--31歳)が評価され、この『百選』に場所を与えられているのですが、その生涯の軌跡を見ると、高僧、政治家としての経歴の方が長…
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偉人百選:ツァンコ・ツェルコーフスキ

  77番目の偉人は、通称Tsanko Tserkovskiといい、ブル政界に1920年代初期、農民党支配時代をもたらしたBZNS(ベゼネセ)の創設者です。その思想背景は、ロシアのナロードニキ運動で、左翼の社民党(共産党の前身)に参加したこともあるのですが、本当は政治活動ではなく、農協的な活動をしたかったようです。文学にも関心があり、農…
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偉人百選:ヴァシール・ズラタールスキ

  75番目の偉人Vasil Zlatarskiは、31番目の偉人Marin Drinov教授によるブル歴史研究を更に深め、より一層科学的な資料検証、中世年代記に対するより詳しい検証を通じて、画期的にブル歴史学のレベルを高めた巨頭です。しかも、Drinov教授がどちらかと言うと、ロシア、ウクライナで活躍し、ブル本国での活動が短かった(ブ…
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偉人百選:イヴァン・ボゴーロフ

  74番目の偉人は、Ivan Bogorovと言い、復興期のかなり初期に活躍したブル近代文語の創設者の一人です(G.Rakovski、N.Gerovらとほぼ同時期で、学んだ学校も重なる)。ブル言語学者としては、ブル語の純粋性に拘り、ロシア語、トルコ語、ギリシャ語の影響を排除しようと提唱しました。しかし、これらの言語から派生した単語はあ…
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偉人百選:コンスタンチン・ストイーロフ

  73番目の偉人Konsitantin Stoilovは、2度も首相を務めた解放後の新生ブルにおける指導的政治家だ。Simeon RadevはKSのことを「全てのブル人政治家の中で、最も西欧的な政治家だ」と評した。   Plovdiv市の富裕な商人たちが住む旧市街で生誕したし、母親の家系はKoprivshtitsa町出身のMor…
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偉人百選:ヴァシール・アプリーロフ

  70番目の偉人は、Vasil Aprilovという人物です。自分自身はGabrovo商人の兄たちのおかげで、ルーマニアのBrasov市の高校、或はウィーンの大学医学部などでも学ぶことができたが、兄たちの商売が傾き、医学部を2年で中退し、Odessa市で自らも兄たちと一緒に商売に励みました。蒸留酒工場、製糖工場などで成功したほか、食品…
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偉人百選:アレクサンダル・マリーノフ

  66番目の偉人は、Bolgrad市近辺のブル人村(Yambol県からの亡命者村)で誕生し、キエフ大学卒の法律家としてブル国に帰還し、P.Karavelov(33番目の偉人)に引き立てられて政治家、民主党党首となったAleksandqr Malinovです。   同人の業績としては、1908年にオスマン帝国からの「完全独立宣言」…
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偉人百選:ソフロニー・ヴラチャンスキ(その二)

  Sofroniy Vrachanskiのその二です。 ★『15—19世紀の著名人』により追記   SVの自伝『罪深きSofroniyの人生と受難』には、オスマン時代の生活に関し、多くのデータが含まれいて興味深い。この「著名人」でSVに関し書かれているデータの多くは、この自伝に依存している。そこで、その大部分の翻訳…
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偉人百選:ソフロニーヴラチャンスキ(その一)

  47番目の偉人Sofroniy Vrachanskiは、1739年生まれと、前回のAntim代理に比べれば、77年も前に生まれ、死亡年が1813年とAの生年1816年より3年前の人物・・・そうとうに時代が遡ります。この故に、実はこのSVは、直接例のブル・ナショナリズムの先駆者・先覚者であるPaisiy Hilendarskiと会って…
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偉人百選:アンティム総主教代理(その一)

  46番目の偉人は、Antim総主教代理と言う僧侶です。ブル民族復興期の僧侶ではあるのですが、カルジャリ県という、Rodopi山系の東端に位置する、トラキア地方の貧しい家庭(父親は雇われ庭師、母親は助産婦)に生まれました。このブル南部地方は、ブル北部のミジヤ地方とは異なり、純粋なブル人村は少なく、A自身の生地の村もトルコ人、ギリシャ人…
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偉人百選:ゲオルギ・ラコーフスキ(その二)

  41番目の偉人Georgi Rakovskiに関する、その二です。     ★「15--19世紀の著名人」からGRに関するデータを追記 (1)ギリシャ国籍を取得、おかげで死刑判決から免れた    1840年(19歳)帝都のギリシャ学校を卒業直後にギ国籍を取得したのかも。そして、1841年(20歳)、Ilarion Makar…
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偉人百選:ゲオルギ・ラコーフスキ(その一)

  41番目の偉人は、ブル歴史書に頻繁に名前が出てくるGeorgi Rakovskiです。この人物も、帝都Istanbulでの活躍、投獄経験、国外追放・亡命など、数々の波瀾万丈の生涯を生きますが、一番の同人の資質は、解放闘争に関連する種々の夢想的な「構想、計画」を出版してブル人達を扇動する能力でした。また、露外交方針策定の中で生れた、ブ…
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偉人百選:ナイデン・ゲーロフ(その二)

  さて、今回は、Nayden Gerovに関する、その二です。 ◎Nayden Gerovに関する追記  上記以外の情報源から、更に下記に追記しておく。特に★★では、なかなか面白い事実(波瀾万丈の人生)が満載だ。 ★Gaberoff百科事典からの追記    Isutanbulで発行されていた『Tsarigradski …
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偉人百選:ナイデン・ゲーロフ(その一)

  38番目の偉人は、ナイデン・ゲーロフと言う人物で、留学そのものは5年程度ですが、この期間にロシア国籍を得た。その後クリミア戦争時には、Plovdiv市のギリシャ系市民らから攻撃され、トルコ政府もロシア国籍を持つ同人を国外追放処分としたので、再度3年ほどロシアに滞在。そして、帰国後は教師として基盤を築いたPlovdiv市で、ロシア外交…
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偉人百選:ドラガン・ツァンコフ

  35番目の偉人は、ドラガン・ツァンコフといいます。   この男は、83歳という当時としては異例な長寿を全うした人物ですが、他方政治家としては、結構ふら付いて、異端・極端方向に走りました。   そもそも、ブル教会の独立のために、カトリックとの提携(帰一教会方式)などを提唱するし、解放後のブルでは、最初は民主主義・急進主義のタル…
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偉人百選:ディミータル・ブラゴーエフ

  34番目の偉人は、ディミータル・ブラゴーエフです。社会主義時代には、ブル共産党の創設者として、9月9日の革命記念日における集団行進の際には、1番目に肖像画が登場する人物でした。2番目がGeorgi Dimitrovで、3番目がTodor Zhivkovでした。もちろん、実際には、ブルのこれらの英雄(?)の前に、ソ連の英雄(ただし、レ…
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偉人百選:ペトコ・カラヴェーロフ

  33番目の偉人は、ペトコ・カラヴェーロフです。この人物は、政治手腕にも優れていたほか、見識、政見にも一貫性があり、19番目の偉人St.Stambolovと同じリベラル党の指導者として、活躍しました。あるいみ、スタンボローフ政権の準備をしつつ、新生ブル国の基盤を固める作業をスとともに、成し遂げた人物と言えるでしょう。   特に蔵相と…
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偉人百選:マーリン・ドゥリーノフ

  31番目の偉人は、マーリン・ドゥリーノフという歴史学者です。1838年10月生まれですが、1858年以来ロシアに留学し、その後は著名ロシア貴族夫人に気に入られて家庭教師となり、子供らを教えると同時に、この一家に付き添って1865--70年の5年間ほど、ウィーン、スイス、Praha、イタリアなどを歴訪し、これら各地の図書館を回ってブル…
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偉人百選:ペトコ・スラヴェイコフ

  暑い夏の日が続き、小生も毎日は散歩に出る勇気も失せました。その分、この偉人伝は次々に完成しているのですが。   さて、30番目の偉人は、Petko Slaveykovです。オスマン統治期末期のブル民族としての自覚、そして民族解放運動に向けて、ブル国民を啓蒙し続け、教師、記者、作家、政治家として活躍し続けた、いわばブル国における「幕…
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偉人百選:アレクサンダル・バッテンベルク公

  29番目の偉人は、ドイツのヘッセン州出身のアレクサンダル・バッテンベルク(Aleksandqr Batenberg)公です。ア公は、22歳の時、親しくしていた叔父にあたる露皇帝Alexander IIの推奨を受けてブル公として派遣されてきました。ブル第3次王国の初代君主(Alexander I of Bulgaria)としての着任で…
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ウクライナ情勢は、台湾の分離独立の可能性を広げる?

 前回クリミア・ウクライナ情勢について、社会主義時代のソ連との連続する歴史としての視点を忘れてはならないと書いた。未だに、クリミアの併合に取り残された形のウクライナ東部・東南部では、ロシアシンパたちによる、「共和国」としての分離独立→ロシアへの編入を期待する動きが激しくなってきた。  米欧の視点からは、これらの動きの背後にはロシア…
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クリミア、ウクライナ情勢についての一考察

  さて、ブルガリア専門で必ずしもロシア、ソ連などについての専門家ではないので、最近のロシアによるクリミア半島、及びセヴァストポリ特別市のロシア連邦への編入という事態をどう解釈すべきか、当惑しつつ眺めてきた。とはいえ、小生も、社会主義時代にブルガリアに何度も長く住みつつ(1967--89年の期間に、3回、合計12年間在住した)、ブルガ…
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マクシム総主教の逝去

 さて、11月6日(火)早朝に、ブルガリア正教会トップのマクシム総主教が逝去したので、関連情報をNovinite.com英字紙に基づき、とりまとめてご紹介しておくこととしたい。  実は、同人が総主教に就任したのは、1971年7月4日と、小生が第1回目のブル勤務時代の話なのだが、恐らく小生はその頃外国旅行していたのか、かつまた、共産圏時…
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シェールガス開発を巡る米露の新冷戦

7月14日付とかなり陳腐化した記事( http://www.novinite.com/view_news.php?id=141257)がある。これをこのほど要約して、ご参考に供したい。   米国とロシアは、ある意味で、国内の豊富なエネルギー資源を根幹として帝国主義的発展、対外拡張した「似た者国家」である。近年米国は…
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