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zoom RSS ブルガリアのムスリム事情

<<   作成日時 : 2009/10/09 11:34   >>

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 最近、Sofia Echo紙(ブルガリア電子ニュース、英文、 http://sofiaecho.com/)には、二つのムスリム関連の記事が掲載されており、興味深いので少しコメントする。因みに、ブルガリア国は07年以来EUの正式メンバー国となって、欧州の一国として新しい歩みを始めており、この7月には元警察官僚(制服組)のボイコ・ボリーソフ新首相が誕生して、汚職・マフィア犯罪
への対策も本格化する見通しで、中東のような不安要因は少ないので、下記の放火事件報道も、さほど重要性を持つ事件ではないことをお断りしておく。
 ただし、ブルガリア専門家としては、エスニック対立、宗教対立などの視点から、或いはGERB党政権が誕生し、長らく独占してきた政権与党としての地位を失ったトルコ系政党DPS党の苛立ち(注:日本国においても、少し似たような話がある)という視点からも、少しコメントしておく必要を感じた次第である。

1.ニコポル町(Pleven県のドナウ川河畔の港町)におけるモスクの焼失事件
(1)報道要旨
  10月7日、約100年の歴史を持つニコポル町のモスクが焼失した。消防隊は、早期に現場に到着して消火作業に当たったが、火の回りが激しく建物全体が消失した。
  現地イマーム(導師)のミミーシェフ(Gyursel Mimishev)が、BNT(ブル国営テレビ)記者に述べたところでは、「今回の事件は、自分(ミ)が、ボリーソフ首相率いるGERB(ゲルプ)党の支持者であることに反感を持つDPS党( デペセ、トルコ系市民の政党)地元活動家による放火である」。また、ミはBTA(ブル国営通信社)記者に対し、「この事件は、エスニック的怨恨に基づく(すなわち、ブル正教徒による)放火ではなく、政治的動機によるものだ」、と強調した。

  他方で、ニコポル町長のジェリャスコフ(Valerii Zhelyazkov)は、本件は「単なる事故であり、政治的動機による放火ではない」、と上記の見解を否定している。また、町長は、ニ町においては「エスニック間の緊張はなく、宗教的対立感情もない、単なる事故」である、と強調した。

  ちなみに、ブルにおけるイスラム最高指導者(Chief Mufti)のアリシュ(Mustafa Alish)によれば、08年中にブル国内で起きたモスク、乃至はイスラム教関連の聖地(墓地など)への攻撃、破壊活動は、110件を数えた。その上、犯人は一人も逮捕されていない。
  当局によれば、ニ町では00年にも、もう一つのモスクが放火されたが、犯人は逮捕されていない。他方で、政府当局は8日付の政府公報で、ニ町の2件のモスクと、更に同じく最近破壊行為被害にあったブラゴーエフグラット市のモスク、併せて3件のモスクの修復費用として、2.5万Lev(1.25万ユーロ)の支出を約束した。

(2)小生コメント
  現地イマームが、DPS党による放火を疑い、町長は我が町には宗教対立もエスニック対立もないと強調して放火説を否定するという、複雑な様相を示している。現地における当事者の感情は、色々な思惑を秘めていそうだ。他方で、中央のMufti(ムスリム最高指導者)は、一般ブル人市民による反トルコ人感情が根強く、モスク、ムスリム聖地への破壊活動が頻発するが、警察の無能により、犯人が誰一人摘発されていないことに憂慮の念を表明している、との構図である。
  トルコ系市民の中にも、DPS党に反感を持ち、対立する人々がいるし、ブル国内のイスラム教にも、単にシーア派ばかりではなく、スンニ派内にも対立派閥が存在する。ミミーシェフ導師も、そういう異端系のムスリム指導者であるらしい。

  なお、今年(09年)7月5日実施の総選挙により、トルコ系政党のDPS党は、89年末のブル自由化以降、長期にわたって保持してきた政権与党としての地位から滑り落ち、野党となってしまった。長らく政権与党一員として連立内閣に閣僚を出し、ドガン党首を中心に、与党の一員として政府に寄生し、甘い汁を吸ってきた(注:ドガン本人、およびDPS党によるマフィア的な汚職システム、犯罪は、現地紙でよく追求される話題の一つ)のが、このほど初めて、野党として冷や飯を食らう結果となったのであり、その意味で、GERB党に対するDPS党の怨恨感情は強いはずで、その故にミミーシェフ・イマームとしては、GERB党を支持する同人を嫌った「DPS党による嫌がらせ、放火」という可能性に言及したわけである。

  バルカン半島には、ムスリム社会、或いは地中海地域に共通の「ヴェンデッタ(復讐)」という伝統もあり、モスクへの放火が、ムスリム内部の対立によるのか、エスニック対立に基づくものなのか、それとも単なる愉快犯によるのか、放火ではない単なる事故(電気系統の故障による失火など)なのか?・・・・・犯罪が多発し、警察の捜査能力が弱いブルガリアでは、真相究明の可能性は低いと思われる。

2.国際的機関によるブル国内及び欧州のムスリム人口に関する研究発表
(1)報道要旨: 欧州のPew Research Center下部機関Forum on Religeon and Public Lifeが最近公表した報告書のデータ
   ブルガリア国内におけるムスリム人口は、全人口の12.2%に達し、このうち約10--15%がシーア派である。

  他方、欧州におけるムスリム人口は、欧州人口の約5%。もっとも、欧州における新規移民に関する統計が曖昧なため、ムスリム人口推定値は、かなり大きな幅を持っている(正確を期しがたい)。
  欧州におけるムスリム人口は、東欧、中欧に特に集中しており、ムスリム比率が特に高い地域は次の通り:コソヴォ=90%、アルバニア=80%、ボスニア・ヘルツェゴビナ=40%、マケドニア=33%。 
  絶対値として、欧州最大のムスリム国家はロシア=1600万人(欧州におけるムスリム人口の4割強)。

  ちなみに、ブルガリア、ロシアを含む上記諸国におけるムスリム達(欧州ムスリム全体の6割を占める)は、何世紀にもわたって居住してきた、いわば固有の住民・国民の一部であり、西欧におけるムスリム達が、新規の移民(トルコ、北アフリカ、南アジアから)とその子弟であるのとは、一線を画す事情と言える。

西欧におけるムスリム人口:
 ギリシャ=約3%、スペイン=約1%、イタリア=1%未満で、欧州において最低レベルのムスリム人口数。
 独=400万人強で、南北アメリカ大陸を併せたムスリム数とほぼ同じ。ドイツのムスリム数は、人口が2--300万人のレバノンにおけるムスリム数を超えるし、西欧一のムスリム人口数と言え、全人口に対するムスリム比率の高い国家10カ国の一つにドイツが挙げられるほど。
 仏=人口に占めるムスリム比率は独より高いが、絶対値ではドイツより少ない人数。
 英=200万人未満、人口比約3%。

 全世界規模では、09年の世界人口68億人の内、15.7億人、すなわち23%がムスリムである。

(2)小生コメント
ブルの人口が700万人程度とすると、その12.2%は85.4万人となる。ブルガリアにおいて、ムスリムには次の種類が存在する:
  トルコ系(一番多数)、ジプシー系、ポマック系(注:ポマックとは、ブルガリア語を話すが、衣服、習俗、宗教などで、トルコ系に近い人々で、主として南部のロドーパ山脈地方=スモリャン県、ブラゴーエフグラット県南東部=に居住するムスリム達。ポマックの一部は、北部ギリシャにも居住)。



日本のムスリム社会 (ちくま新書)
筑摩書房
桜井 啓子

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タイトル (本文) ブログ名/日時
ドガン党首暗殺未遂事件
さて、小生は、土日に一泊二日の小旅行をして、田舎にある別荘の雪かきなどしに行ったのだが、帰ってみると、novinite.com紙で、党大会の席上、ドガン(Ahmed Dogan)党首が暗殺未遂事件に遭遇したとの報道を見てびっくりした(http://www.novinite.com/view_news.php?id=147011)。  関連情報が、どしどしこのネット紙に出ているが、全部に目を通す暇もないので、中間報告として、次の通り要旨をご紹介する。 ...続きを見る
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2013/01/24 09:31

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
 ブルガリアのムスリム事情、興味深く拝読させて頂きました。
 町長がモスク放火を「エスニック間の緊張はなく、宗教的対立感情もない、単なる事故」と強調したそうですが、逆に単なる事故と強調することで、速やかに処理したいように思えます。同じトルコ系でも一同団結していないというのも面白いですね。ブルでもスンニ派とシーア派の確執があるようで、本国トルコもこの問題を抱えております。トルコ政府の公式発表ではムスリムの9割以上はスンニ派となっていますが、実際はシーア派が1割を超えるようで、公式発表は当てにならない。

 モスク放火犯が捕まらないのも意味深ですね。インドも宗教対立の折、ムスリムに殺傷や強姦をしたヒンドゥーはあまり逮捕されず、されても罪が軽かったり、すぐ釈放されたり。これがエスニック間の緊張の原因となっています。
mugi
2009/10/11 20:25
 mugiさん、コメントありがとうございます。ブルのムスリムには、民族基盤から3種あることを書きましたが、宗派的にも3種類あり、@シーア派は15%以内、スンニ派も、ADPS党と提携しているChief Mufti(現在の最高Muftiは、DPS党の支援の下に選挙に勝ち就任した人物)の派閥と、Bドガン党首が絶対的権力を握るDPS党から分離した分離派が支持する派閥(分派スンニ派)です。@は元々独立していたので、抗争の圏外で、AとBの間の対立が根強い、といえます。
 アフメット・ドガンは本当はトルコ人ではなく、1954年ドブリッチ県(ブルガリア東北部、ドブルジャ地方)のロマ系部落生まれのタタール人らしいといわれる。81年ソフィア大学哲学科卒、卒業後ブルガリア科学アカデミー哲学研究所に勤務した秀才ですが、その後85年4月に故郷に近いヴァルナ市で、改名運動(トルコ系のムスリム名をブル語名に改名させる当局の運動)反対闘争を開始して、86年12月から、自由化革命の起きた89年12月まで、まる3年間死刑囚として投獄された。
 このような経歴から自由化後は、トルコ系の政治運動指導者として、ずっと先頭を切ってきたのですが、本当のトルコ系ではない、とか、投獄も秘密警察のエージェントとして獄内で、他の囚人らから情報を収集する役目を背負っていた、など、噂は色々です(エージェントというのは怪しいですが)。

室長
2009/10/12 09:22
 (続)
 また、本人も一切隠さないように、ドガンは学生時代には既にブル人女性と結婚していたし、その後も次々に再婚したり、愛人を囲ったりと、女性関係は派手です。
 政治家として、またマフィア系企業の庇護者として、豊富な裏金を集めているので、別れた女性には家とか財産を持たせて、誰からも苦情が出ないと豪語しています。小生がブルにいた04年には、17歳の美人モデル(トルコ系)を愛人として、パーティーにも連れ歩いていたし、この女性も「偉大な人物の愛人で幸福」と平気で記者らに述べていました。
 汚職(岸信介流にフィルターがあり、絶対自分までは罪が及ばないようにしてある)も、美人好みも、全て堂々とやる、これがドガン流。国会内で、少数派のDPSは連立与党として、公明党のごとく常に与党内に潜り込み、与党としての政治力を発揮してトルコ系のマフィアを庇護したり、ブルガリア系のマフィア財閥(MG財閥というのがあった)を庇護したり、更には政局安定に大いに協力したりと、まさに公明党と同じ手法でした。
 他方、与党内でDPSは、トルコ系に農民が多いことから、農業利権に関心が深く、農民優遇のための色々な施策を実現したり、トルコ系住民の多い地域で公共事業をしたり(日本と同じで、日雇いの職が増える)、EU加盟後には、EUからの農業補助金を確保したり(もっとも、補助金詐欺などの汚職スキームがEU監視網にひっかかり、支出停止処分などを受けた)と、それなりにトルコ系住民支援をしてきています。
 これらのDPS施策は、汚職部分もあるが、トルコ系住民の差別解消、所得向上、などに貢献し、社会安定にも寄与していると、評価できる側面も大きいです。
室長
2009/10/12 09:33

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