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zoom RSS 虚構の計画経済A

<<   作成日時 : 2009/12/30 12:07   >>

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 さて、社会主義の欠陥に関して、経験に基づき書き残すのが、小生の一つの使命と感じているので、今日も長々と書きます。小生自身、忘れたい過去の苦痛、悩みに関連する事柄も多く、書くのに苦痛も伴う場合もあるのですが、書いておくのが皆様の参考になると思い、続けます。どこまで記憶がよみがえるかの勝負でもあるのですが、来年まで書き続けられればよいと思っています。


@からの続き、
(畜産に関する補足)
 :ブルガリア人の食卓には、個人保有の羊から自家消費できる羊肉を除けば、上記のように羊は、中東地域への輸出が優先されたので、都会住民達が肉屋の店頭で羊肉を買えることはほぼ無かった。牛肉も、元来牛肉用の牛は、乳牛に比べて計画経済としての優先順位が低く、滅多に市場に出なかった。この故に、肉食の欧州人としての家庭への供給が重視されたのは豚肉で、養豚は、大規模集団農場(アペカ)でも、或いは個人の自宅での家畜としても重視された。
 豚は、羊、山羊に比べても、放牧という手間がかからず、農業労働者の副業として、自宅飼育が容易という側面もある。飼料も、アペカ農場からトウモロコシを盗んできたり、野菜を盗んできたり、安価な故に飼料に回されることも多かった人間用のパンなども使えた。
 アペカの養豚場も、豚に関する計画的な国家買付への納品義務をはたすことは、相対的に優遇された公定価格設定もあり、優先したため、豚肉の国営商店での販売は、社会主義末期(80年代後半)においても、相対的に順調だった。
 小生の自宅付近の国営肉店では、ごく稀に羊肉、牛肉が入荷しても、品質が悪すぎて、買う気がしなかったが、豚肉のみは良質なものが、週1度ほどは入荷した。妻は高層アパ−トのベランダから、目の前の肉屋への入荷状況をチェックして、豚肉が入ったと見ると、買いに行くのである。入荷時でなくとも、少し市民の出入りが頻繁であれば、良い品物がある証拠だから、駆けつける価値があるのだ。ちなみに、ブルガリアでは冷房車両、冷凍車両がほとんど無く、肉類も普通の商用バンで入荷するが、通常肉屋への豚肉の供給は、週に1度程度で、即日完売するから、豚肉の鮮度に関しては、余り問題はなかった。

 鶏肉・鶏卵:鶏に関しては、鶏卵採取と、鶏肉用との二つの目的で、それぞれ別の大規模鶏舎(技術的にはほぼ同じ)が幾つものアペカで稼働していた。鶏卵は、社会主義圏でも不思議と価格面で元来優遇されていたし、大規模養鶏場で大量生産される(飼料も大規模工場でトウモロコシを中心に生産され、アペカに供給されていて、不足は少なかった)ので、鶏卵に関しては相対的に国内市場への出回り状況は、良好だった。もっとも、社会主義商業の常として取り扱いが荒っぽいから、輸送時の鶏卵破損比率は相当高かった。
 また、同じく大規模養鶏場で大量生産されるブロイラーも、西欧、日本に輸出するくらいの数量があったほか、国内用にもかなり頻繁に入荷していたので、肉屋の店頭でも、ブロイラー肉は、豚肉以上に頻繁に売られていた。つまり肉屋の店頭で、普通に頻繁に買える商品は、鶏肉、鶏卵と鶏肉に豚の脂肪を混ぜた不味いクレーンヴィルシュ(ウィンナーソーセージ)というのが、普段の風景。もっとも、クレーンヴィルシュと鶏卵は、肉屋以外の食品店でも買える。

 要するに、社会主義農業で、唯一計画生産が、ある程度機能していたのが、鶏肉、鶏卵であり、少し不足しがちだが、それでも市場から消えなかったのが豚肉だ。鶏と豚、これが計画経済でも、それなりに計画値を満たしえた、稀な食肉系農産物と言える。



(2)機械工業
(ア)粗悪な品質、性能

 ブルガリアでは、工作機械、トラクター、フォークリフトなどが製造されていた。また、軍需産業部門では、カラシニコフ機関銃、装甲人員輸送車両・戦車(トラクター工場で)、大砲、砲弾類などが生産されていた。
 特に、鉛電池を使用するバッテリー式フォークリフト、ディーゼルエンジン式フォークリフトに関しては、COMECON貿易体制の中で、独占的にブルガリアのみで製造されていて、対ソ連・東欧への主要輸出品となっていた。ソフィア市内のフォークリフト工場は、ブルにおける機械製造業の花として、繁栄を極めていた。

 ところが、このフォークリフトの品質が、極めて悪く、ソ連でも、東欧圏でも、悪名が高かった。ブルガリアが、日本企業と合弁で、日本にフォークリフトの輸出をしたことがあるのだが、あまりの品質の悪さに、入荷と同時に工場で検査して、欠陥を除去して日本製の部品に取り替えたりして、更に整備工場できちんと動くかを再確認してからでないと出荷できなかった。特にバッテリーに関しては、初めからほとんど使い物にならず、鉛工場に引き取って貰っていた。つまり、ブルガリアが豊富な鉛の生産を基盤に発展させたはずの、鉛バッテリーも、品質的には最悪だった。まあ、輸入するソ連の企業も、東欧の企業も、品質の悪さは初めから承知で、どこをどう整備し直せばよいか、初めから承知だからこそ成り立つ貿易関係だった。それが、コメコン圏の貿易の実体だった。
 
 機械に関しては、皆そうで、ソ連製のジグリというフィアット・ベース(伊のフィアットの古い型の自動車の設計図、製造ノウハウなどを導入)の自動車も、ブル人達は長年一種の前払いの形で、月々資金を銀行に積み立て、10年ほども待機した後に、ようやく自動車本体を入手するのだが、これも自宅に持ち帰ると、早速自らが全てを解体し、欠陥部品とか、組み立ての間違いがないかを点検した上で、再度組み立て直しつつ整備し直して(一部の欠陥部品は、何とか代替部品を入手し、交換して直す)、ようやく安心して乗れる代物となるのが普通だった。だから、自動車整備技術を持つ友人は、貴重な財産であった。実際、自動車修理工場などは、そこに預けても、優良な部品を粗悪品と取り替えられたりして、信用が出来ないので、友人関係とか、自分自身の能力を磨いて、自ら整備するしかなかったのだから、自動車を保有することも、楽ではなかった!!

 自動車に関して言えば、ソ連製ジグリが一番人気で、次いでチェコ製のシュコダ、最後に東独製の2気筒エンジンでプラスチックボディーの「ボロ車」、悪名高きトラバントという順位だったが、その何れも、西欧製、日本製に比べると、何十年も古い型式の、ひどい性能の代物だった。そもそも、量が不足する社会では、新型などを作らなくとも売れるし、部品の入手可能性まで考えれば、モデル・チェンジなどされては困るというもの。

 要するに、機械工業では、社会主義の数量主義は、品質無視で、長年いかなる改良も、改善もなされず、それでも売れるので、計画経済としては、扱いやすい産業の一つだった。とはいえ、市民の物欲を満足させるという意味では、最悪の状況だったとも言える。それでも、需要の高い自動車に関して、十年も待機してからでないと、また代金を「積み立て」名目で一部前払いしつつでないと、入手できなかった!!市民にとっては地獄とも言え、日本人には想像も出来ない状況だ!!

(イ)補修用部品が存在しない 
 機械工業に関しては、もう一つ社会主義特有の不思議な状況があった。補修用の部品が市場にほとんど出回ることがないと言うこと。自動車のワイパーなどは、日本では、ゴムの劣化で拭き取り効率が下がるから、普通は2年ごとに交換する。ところが、共産圏では、交換用のワイパーすら売っていることは少ないから、皆貴重品として、盗難を恐れ、普段は取り外して、トランクの中に入れたままだ。雨が降り始めたら、面倒だけど、いったん停車して、トランクからワイパーを取り出し、取り付けて走ることとなる。
 タイヤなども、交換用のタイヤがなかなか入手困難だから、古いタイヤをいつまでも使おうと努力する。穴が開いたら、ゴムをつぎはぎして、内部用チューブを入れて、いつまでも使うのだ。安全面からはチューブレスが当たり前だが、共産圏では、穴が開いたりした欠陥タイヤをずっと使うために、チューブを入れて再利用しているから、釘が刺さると破裂して、大事故となりかねない。

市民用の機械のみではない。ソ連では、空港の片隅に、絶対に飛ぶことのない機体が置いてあることが多い。少し古くなった航空機は、部品補給用にこうして置いたままなのだ。古い航空機は、新しい航空機の部品補充用に利用されると言うこと。補修部品がゼロではないにしても、ストックが少ないから、補修部品が届くまでに日にちがかかる。そこで、古い航空機から、まだ使える部品を外して修理するのだ。これは戦車でも、トラクターでも同じ発想であり、修理工場には、必ず、部品を採取するための個体が置かれている。技術進歩に併せて、新型機体を開発するということは、こういう古い機体から部品を採取して修理するという、現場における工夫を難しくするから、必ずしも歓迎されないと言うことになる。

 なぜ、余分に補修部品を生産して、市場で売ろうという発想にならないかというと、社会主義の数量主義から言えば、例えば部品が揃っているなら10機の航空機を製造して納品する方が、増産に成功したと言うことで、ボーナスが貰える。ところが、8機のみ組み立てて、2機分は補修部品に回すと、生産台数としては8で、ボーナスが貰えなくなる、ということもあり得るのだ。統計用の数量のみを重視するから、こういうバカげたことになる。

(ウ)Just in timeは、あり得ない
 トヨタの生産合理化で有名なのがジャストインタイムの発想だ。在庫の部品を持たず、必要なだけ部品工場から納品して貰うことで、在庫品という金融面からの損失とか、在庫を保管するスペースなどの無駄を省く、というもの。実は、こんなことは、そもそもがモノ余りというか、過剰生産基盤があるから出来ることなのだ。トヨタ本体側の組み立て工場ではジャストインタイムの発想は合理的だが、部品工場側にしてみれば、トヨタからの注文が何時、何個と電話とかファクスで届いたら、数時間以内にこの数量の部品を直ちに納品しなければならないのだから、以前に比べても余分に在庫品を事前生産して、待機している、ということである。部品企業側から見れば、保管倉庫の役割までも、抱え込むと言うことでもある。とはいえ、システムとしては、部品工場側は100社とか、そういう多数に上るし、それぞれが抱えるべき部品は、自社製品のみだから、さほど大規模な保管倉庫は必要ないであろうし、そもそもトヨタ側の発注動向をよく観察していれば、急に膨大な注文は来ないのだから、生産のリズムを調整すればすむことで、在庫をさほど抱え込むこともないであろう。全体としても、部品在庫は減少し、合理化となるのだ。

 ところが、社会主義の場合はどうだったか?部品工場の場合、生産力基盤がそもそも余り余裕がない場合が多いし、原料の特殊鋼とか、石炭、重油などの工場用燃料の調達が、常に綱渡りだし、給与水準は低いので労働者の勤労意欲も足りず、故に年次計画分の部品の数量を達成するのに、何時も苦労している。従って、自動車組み立て工場への部品納品は、何時も計画数値より不足しがちだ。

<<機械工業でも、マフィアが誕生していく>> 
 その上、この部品(例えば、ブレーキ)は、闇で売れば、正規の取引で納品するより2倍、3倍の価格で売れる。何しろ、市場に部品は出回らないのだから、需要はいくらでもある。唯一の心配は、警察による逮捕だ。何しろ公道を走るトラックには、常に警察による抜き打ち検査があり、ブレーキ工場から自動車組み立て工場へという、正規の輸送ルートを示す荷送り状がないと、運転手は逮捕されてしまうのだ。ところが、工場従業員が1個、2個程度の少量ずつくすねて家に持ち帰るのは、工場の出入り口における警備員の荷物検査だけだし、警備員さえ上手く買収しておけば(ウォッカ1瓶=0.5リッターで140円程度の賄賂)、ウインクして通して貰える。
 工員はかくして、土曜、日曜日に、知り合いを通じて、1週間にくすねたブレーキ2--3個を横流しで闇市場に売って、儲けることが出来る。そういう不心得な労働者が、多くなればなるほど、工場からのブレーキの出荷台数は、生産台数に比べて減ってしまう。工場側では、納品すべきブレーキの数量が、益々減ってしまって、上部からはお叱りを受けるし、ボーナスは貰えないで、困惑してしまうのだが、工場長らはやがて、部品をくすねている「マフィア」達をだいたい特定することができる。彼らを警察に通報するか、或いは、彼らから闇の「売り上げ」の一部を自分たちに「上納」することを義務づけるか、どちらかの措置を執るようになる。1ヶ月当たり、盗むことを黙認する数量も、裏で取り決め、被害が過剰とならないようにも気を配る。何れにせよ、市場における部品供給の不足は、闇市場を巧みに利用する「マフィア」達によって緩和される。

 なお、自動車組み立て工場側としては、上記のような事情で、協力企業からの部品の納品が、恒常的に計画値を下回るので、対策としては、出来るだけ沢山の部品を自社工場内の倉庫に抱え込もうとすることとなる。つまり、08年度自動車生産台数の計画値を満たすことが出来なくとも、来年には挽回して、少しでも沢山の台数を組み立てられるように、あらゆる部品を多めに発注して、ともかく在庫を増やしたいと考えるのだ。実際には、他の部品に比べて、例のマフィアが蔓延り始めた、ブレーキばかりが不足しがちなのだが、他の部品工場でも、何時そういう納品数急減が起きるか分からないから、自動車工場側は常にあらゆる部品を多数在庫品として抱えておきたいと考える。
 実際には、盗んで闇で売れば、公定価格の数倍で売れると考える工員は、あらゆる工場で発生するし、物資欠乏を種として徐々に誕生し、「マフィア組織」として成長したワルのグループでは、全ての部品を調達したがるから、他の部品工場の工員も次々と盗みはじめ、どの部品工場からも納品数量が減少し始める。
 自動車工場を例としたが、他の機械関係工場でも、同じような理由で、マフィアによる横流し、裏流通組織が形成されるのだ。
 もっとも、特殊な機械、フォークリフトとか戦車などが中心のブルガリアでは、自動車工業が盛んなソ連ほどは、横流しが少なかったであろう。他方、セメント、煉瓦などの建材、石炭などの暖房用燃料は、ブルガリアでも横流しが激しく、マフィアの活躍も目立ったはずだ。

 要するに、社会主義社会における、非合理な「供給体制」と需給を無視した「価格体系」が、物資欠乏を深刻化し、結局盗みを基盤として、供給不足を緩和する「マフィア組織」が発生し、発達していくのが社会主義圏の通常のパターンなのである。マフィア経済が発達すると、不正をはたらく工場幹部とか、不正を見逃し庇護してくれる悪徳警察官などが、賄賂を目当てに続々とマフィアの「準構成員」となって、マフィア経済が高度化し、結局は、「金さえあれば何でも手にはいるし、何でも可能」という、資本主義的な原則が、裏社会のみでは通用し始めるようになるのだ。

(3)消費財工業・医療部門:全くのダメ部門で「社会主義への幻滅」を助長  
 既製服:デザインがださく、価格も高めで、確かに各地にある百貨店に並んではいたが、余り売れなかった。時折、少し趣味の良い既製服が出ると、行列が出来てすぐに売り切れた!下着類も、ともかく体格のでかい共産圏女性に合わせた、巨大なブラとかパンティー(ダサイ、分厚いだけ)が衣紋掛けにぶら下がり、日本人の旅行者らは、こんな代物しかない共産圏の女性達に同情してしまったものだ。

 家電製品:単純なラジオ、ステレオなどが製造・販売されていたが、何時までもモデルチェンジしない真空管製品で、性能は悪い。デザインが悪くて売れない衣料品と同じく、百貨店の店内で、品物はカラではないと見せるために、陳列されていただけ。テレビは、ソ連製が多かったが、性能は悪く、売れ行きは良くなかった。白物家電の洗濯機、冷蔵庫なども、恐ろしく旧式で、ださく、性能が悪そうなものばかり。

 薬品:共産圏で製造される、効能に少し疑問がある、包装も極めてちゃちな薬品のみ。薬局では、女性用の生理用品も一切売られておらず、代わりに女性は、真綿を買うことが出来た。避妊用のコンドームも、肉厚で使用感が悪そうな代物ばかり!!日本製のコンドームが、ソ連圏への土産物として、歓迎された!日本製の薄くて丈夫なコンドームは、洗浄後何度も使用されたという!!?

 さて、この大衆消費財工業部門・医療部門こそは、社会主義経済部門で、ほぼ完全に大失敗した部門である。要するに、社会主義計画経済の原型を、レーニンらが考えた当時(20世紀初頭)には、しゃれた既製服とかファッション衣料品、技術的に進化した家電製品、種々のしゃれた化粧品、生理用品、下着類、高度医療などは、まったくの贅沢品で、社会主義では考慮する必要性のない、切り捨てるべき部門だった。

 (以下に、小生の経験について書いてみる。読者諸兄は、呆れかえるはずだ。)
 外国人の我々を日々悩ませたのが、日本製家電製品の補修用部品を何とか手に入れて欲しいという、裏でのブルガリア人友人らからの依頼が、絶え間なくあること!!アイワの小型テープレコーダーが動かなくなった、見てくれ、という依頼があったのが最初だ。自分は電気技術者ではないと、何度断っても、ともかく壊れたテープレコーダーを持ち込んでくる。そして、「たぶんこの駆動部分の部品が壊れているはずだし、小さいものだから、持ち出せるはずだ。ウィーンにあなたが出張したときに、修理してきて欲しい」と要請された。「このレコーダーは旧式で、恐らく既に西欧では売っていないし、アイワは小企業で、欧州に修理基地を持たないから無理だ」、と断ったが、断られたブル人にしてみれば、何とか入手した貴重な外貨(ドル)で購入した宝を、「もう旧式だから修理不能」と平然という小生の感覚が分からない。断ると、殺されそうな形相で睨まれるのだ。本当に怖い思いを何度もした。日本人だからお前には責任があるとでも言いたそうな剣幕なのだ!!

 他の例では、日々ポルノビデオ鑑賞に使っていたらしいビデオ(NIVICO製)が壊れた、原因はヘッドがすり切れたからだ、ヘッドをウィーンで買ってきて欲しい、というような依頼もあった。小生は、家電製品の場合、故障箇所が一カ所とは限らず、しかも部品も種類が多くて、ヘッドといっても他種類あるから、なかなかビデオの機種に適合するヘッドを見付けることはウィーン中の電気屋を走り回る大仕事となる、自分の仕事もあり、そんな時間は取れないと断る。相手は、大勢の友人らと共に、しょっちゅう鑑賞していたポルノビデオという楽しみが無くなるのだから、そんな「小生の都合などどうでも良い」ので、ともかく粘りまくる。小生は、呆れて、絶交覚悟で追い出すのだ。何しろ、誰かの依頼を満たせば、何十件もの依頼が、次々に持ち込まれることは必至だから、こちらもうかうかとお人好しにはなれない!!

 もう一つ多かったのは、ニットの編み機。日本製の編み機を何とか入手したが、マニュアルが日本語で分からない、マニュアルを翻訳してくれという依頼。マニュアル類の翻訳ほど難しいことはなく、かなり語学ができるものでもまずこなせない。それに小生は、編み機など自分でも使えないのだ。学術書の翻訳依頼も多かったが、これもどうしようもない。専門用語辞典はないし、自分でも分からないことを翻訳など出来るはずもない。大学の先生などが、平気で(闇の仕事ではないか!教師が商売するな!)、「この翻訳をしてくれたら、卒業点数をやるよ」と餌付きで持ち込むことも多かった。「卒業はしなくて良いし、翻訳は絶対無理」と断った!!

 物資欠乏社会で、闇のマフィアルート(国内商品なら、ほぼ何でも調達可能だが、輸入品はまず無理)でも入手困難な、西欧製品、日本製品の部品探しというのは、引き受けても損をするという例を挙げよう:学生時代小生の同級生の男性が、小生がテッサロニキに行くと聞き、依頼してきたのが、フィリップスの電気カミソリの替え刃だ。小生も、うかつだったが、フィリップスの電気カミソリといっても、何種類もの型式があり、替え刃の種類も幾つもあるのだ。小生が買って帰った替え刃は、せいぜい10ドル程度と思っていたのが、ギリシャでは25ドルもした上に、規格が異なる種類だった。くだんの同級生は、その後小生を避けている。代金の返済もないので、思い切って尋ねてみたら、「規格が合わない、使い物にならない、故に25ドルは支払えない」と、そっけない。自分から依頼しておいて、規格についての情報も無しに購入を依頼したくせに、と小生の怒りも収まらないが、ともかく最小限の抵抗として、「現物は返還せよ」と要求して、必要のない替え刃が小生の手元に残った(クヤシーイ)。

 もう一つ、どうしても断り切れなかった例が、同じ職場のある女性(部下)から依頼された、特殊な薬品だ。これは日本においては、処方箋無しでも入手可能な薬品で(どこでそういう情報を入手できたのだろうか?)、ある親戚の特殊な病気の児童が、病気回復とまでは行かないが、少しの延命、生存期間延長には使える薬品という。かなりの金額(200ドルほどだったか)を渡され、日本の薬局で注文すると、数日後には入手でき、ブルに帰ってその女性に手渡すと、ありがとうといって引き下がったが、普通切実に欲しがっている場合の喜びようには至らないクールさがあった。後日判明したのは、実は、依頼人はその女性本人ではなく、同人の同僚女性(すなわち小生にとっても同じ職場の女性で、小生とは余り仲が良くなかった人物)だった。彼女の子息が、その難病の主だったのだ。小生に依頼した彼女は、小生のお気に入りの部下の一人であったから、そのことを知っている別の女性が、彼女に頼み込んで、小生に依頼させたのである。

 小さな世界だから、後で嘘がバレルのは、覚悟の上だったようだ。その女性の子息は、2年ほど後に亡くなったが、その女性はその後、年に一度ほど稀にではあるが、小生がかなり難しい仕事を命令しても、必至にこなしてくれた。その薬品に関し、二人で話題としたことは一度もなかったが、人道的支援として小生も間接的に役立てて嬉しかったし、女性も小生には恩を感じて、医学情報関連など、普通の医師以上に医学知識が豊富な彼女(子息の延命のため、独学で医学書を読みまくったのだ)は、小生の役に立ってくれることがあったのだ。

 もっとも、薬品関係は、処方箋の問題のほかに、依頼した相手が使用して生命に危険性がないかどうかに関する、医師との連携がない場合もあり得るので、実際には、海外で外国人から医薬品入手を要請されても、絶対に仲介をしてはならない、というのが、海外駐在員の間の常識である。命の危険性がある医薬品に関しては、相手がそれだけに必死であり断りにくいのが悩みの種で、結局余り多数ブル人の友人を作らないというのが、こういう不愉快から逃れる唯一の自己防衛策だった。

 共産圏では入手不可能な、高度の医薬品類は、山ほどあった。彼らは、西側製の医薬品があれば、必ず、すぐに病気が治ると、期待しがちだった。隣人がうるさいので、使用期限が切れていた西欧製のアスピリン(それしかなかった。我々自身、外国滞在が長いと、期限切れの薬品、食品でも、結構使うことが多い)を、きちんとそう説明してやったことがあるが、同人は、「何度医者に行っても治らなかった風邪が、一発で直った」と、後で嬉しい報告をしてきた??
 
 共産圏は、医療面での「無料制」を誇示し、宣伝していたが、薬品は処方箋に基づき「有料で薬局で購入する」のだから、完全な無料ではない。その上に、薬局に置いてある薬品の種類とか品質には、それなりに問題があった。難しい病気には、それなりに最新の薬品が必要だが、共産圏では、新しい医薬品の製造技術が無く、高度医薬品は、共産党高級官僚しか利用できない「国立病院」でしか供給体制がなかった。若い頃の小生の下宿先の、すぐ近くに「国立病院」はあったが、これを利用できるのは、大臣、共産党幹部、共産圏の上位外交官のみであった。また、最新の、西欧から輸入する医療機器も、この「国立病院」にしかなかった。大部分の病院は、首都ソフィアの大病院ですら、恐ろしく不潔で、使われる医療機器も原始的で、使い捨ての注射器すらなく、煮沸消毒した注射器、胃カメラなどが使い回されていた。

 医療面での原始性、医薬品での「物資欠乏」への恨みが、共産圏の解体を促進した裏の要因の一つであることが、多くの識者によって見逃されていると思う!!これは現地滞在が長く、市民の不便、不満を身近に観察できた我々専門家でしか、理解できないことなのだ。しかも、我々外国人は、必要に応じて、西欧の病院に駆け込んだり、西欧の薬局で医薬品を入手できるから、案外忘れてしまう「小さい苦痛」なのだ。小生のように、「友人」になりうる多くの人々から、「物資欠乏の付けを回されて」苦労した経験が無ければ、現地人の怒り、恨みは、切実に理解できないだろう。「ビールの味がまずい」くらいではない、切実な苦しみを伴うのが、物資欠乏社会の本当の問題なのである!

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内 容 ニックネーム/日時
 私はバルカンの歴史はもちろん、共産圏のことはまるで無知でしたが、記事から本当に言葉もありません。
 共産圏と言えば、医療福祉が充実しているとのイメージが一般にありましたが、全くそうでなかったことは愕然とさせられました。薬もろくにない、女性の生理用品もないのないない尽くし。この記事で唯一苦笑させられたのが、日本製のコンドームが重宝され、洗浄後何度も使用されたという箇所。

 とにかく、共産圏に住まわれた方の体験談はとても貴重です。ネットをしていなければ、私もこの情報を知りえなかったでしょう。未だに共産主義に憧憬を抱く一部日本人、本当にバカとしか言いようがない。日本の左派知識人を皮肉った旧ソ連のジョークを見たことがありますが、要するにコケにされていたのです。日本の学者の幼稚さはどうしようもない。
 共産圏の実態をより多くの人々に知らしめる必要がありますね。今後の記事を楽しみにしております。

 今年は拙ブログに一般に知られず、面白くて為になるコメントを多々頂き、有難うございました。来年もよろしくお願い致します。それでは、良いお年を!
mugi
2009/12/30 21:18
mugiさん、こちらこそ、あまり皆さんが関心を持たない分野の、ミニ情報に興味をお持ちいただき、更に色々コメントをいただき、ありがとうございました。
来年も、少しずつ書いていきます。記憶がよみがえり次第という、いい加減なやり方で書いているのですが。
お宅のブログでは、歴史関係とか、トルコ、中東、インドなどが、なかなか興味深い記事が多くて、時折おじゃまさせていただいています。
まだまだ、色々ネタをお持ちのようなので、楽しみです。
 新年が、よりよいお年になるようお祈りします。
室長
2009/12/31 10:18

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