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zoom RSS 日本辺境論:そこそこが国是?

<<   作成日時 : 2010/01/23 12:12   >>

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 今、内田樹(うちだ・たつる)著『日本辺境論』(09/11発行、新潮新書336)を読んでいます。日本の外交路線を日本人の心情面から解析して、日露戦争後何故日本が道筋を過ってしまったのかについての、分析が鋭くて、気持ちが悪いほどです。バルカン専門家として育った小生は、バルカン式の現実主義思考に慣れたせいもあり、日本人の本性というか、日本的心情というか、そういう「自己分析」には余り関心がなかった(どうせ日本人論は、日本人の欠点ばかり誇張する書物。根っこがバルカンの小生には無関係と思っていた)のですが、この著者の解析は、日本史解説としても見事であり、びっくりさせられました。もちろん、著者も最初から断っているように、大部分の解析は、先人の知恵によっていて、独創的なところは少ないのかも知れないけれど、分かりやすい新書型式の書物として、読みやすく、かつ深く反省させられます。

1.規範は何時も先行者の側にある
 この著書の前半部の大部分は、東夷としての日本国家の成立過程から、日本は常に中華帝国の後を追いかける後発国家として、中国に朝貢する遠方の夷狄国家として誕生し、その後も常に規範を先進国に求めて、他方で自らは世界に新しい秩序などを提案する(国際社会の平和実現に関する構想を描く)という、先行者の役割を何ら果たさず、むしろ自分自身でこの役割を否定している国家である、という日本国の基本スタンスを説明しています。

 日本人は、後発国、東夷の「王化の程度の浅い国家」としての「利点」にもめざとく、中華帝国に対しては、何度も「中国式の正式の儀礼を知らないフリをして」狡猾に振る舞う、という。聖徳太子が、隋の煬帝に対して、「日出ずる処の天子、書を、日没する処の天子に致す」という国書を書いたのも、中華式の礼儀、プロトコルに疎いことを装って、逆に自国の自主独立の立場を誇示して見せた、と言う風に理解できるらしい(p61)。

 他方で、日本人は何時も「きょろきょろして」(丸山真男の表現という)先頭に立っているのは誰かと言うことを確認しつつ、先行者に「キャッチアップ」する際には、非常に効率的に動き、有能だという。大英帝国の帝国主義が盛んで、アヘン戦争を清国に仕掛けて、中国市場の利権を奪い、領土的にも簒奪するのを見た日本人は、幕末期に帝国主義列強の力量を認知して、早速「キャッチアップ」の才能を発揮した。「キャッチアップ」に成功したばかりか、同じく後発の帝国主義国ロシアが東亜に進出してくると、英米の支援を得て、日露戦争でこの企図を挫き、今度はそのロシアの東亜戦略を模倣して、韓国を併合し、清国から満洲を奪い、更には中国大陸本土部分に進出したり、インドシナ、フィリピンにまで侵攻した。

2.ロシア戦略を模倣した不幸
 著者は、せっかく日本が、大義名分として、清国の領土保全、機会均等という、国際社会の正義を大義名分として、英米、そして国際社会からの支援を得つつ、日露戦争を戦い勝利したのに、戦勝後には直ちに、打ち負かしたロシア帝国の「東亜戦略」をそのまま採用して自国の戦略「絵図」としてしまったことが、日露戦争後直ちに欧米諸国によって見抜かれ、その30年後には、国運の消滅の危機に瀕することが運命づけられた、と書きます。(注:イェール大学教授の朝河寛一が、そのことを日露戦後に直ちに見抜き、このまま日本国が国際正義に相反する行動を重ねていけば、国運は危ういと喝破したそうです。)

 第一次大戦における、あまりに膨大な機械(機械化された兵器)による人命犠牲の数、余りに甚大な負傷兵の人体欠損ぶりなどに驚愕して、欧米諸国が将来を心配して、戦争回避、国際新秩序の構想を話し合ったのに、五大国として列強に伍するようになった日本国の代表達は、新秩序構築という、未来志向の、先行者の役割という部分での議論には一切参加しなかった、自国利権に関わる協議の場でしか発言しなかった、と言う風に、著者は後発者マインドの欠陥を指摘しています(もっとも第一次大戦における日本の人命喪失が千単位で、余りにも少なかったことも指摘)。最先端に立って、他者をリードするときのリーダーシップ的な役割においては、思考停止に陥り、何らの智恵も出てこないのが日本人だという。

 ともかく、後発者の「キャッチアップ」時の役割においては有能で、他方その後はロシアが描いた絵図のままに、東亜で振る舞い、墓穴を掘った、というのが日露戦争後の日本史のあり方という。帝国主義路線が既に行き詰まり、次の新秩序が模索される時代に、その流れの中で英米に上手に追随しなかったのが、国運の尽きた原因らしい。著者は、満州事変などにおける国軍出先機関の「暴走」が、日本国家の破滅を導いたとは考えず、むしろ国策、戦略として明記はされていなくとも、東亜で覇権を握るという「設計図」は、既に国民の意識の中に刷り込まれていたので、結局は全てがそのような「既定路線」として動いていったという。常に先頭者の顔色、その場の雰囲気(空気)を気にして、きょろきょろする日本人の本性から、誰か(参謀本部など中枢部)が理性的な戦略を描かずとも、下の出先機関ですら、国家の方向を知っていて、勝手に動き出すが、これを制止させうるのは、天皇陛下の「聖断」だけだったという。

3.「国体」の中身すら詳しく誰も知らなかった論理思考の欠如、思考停止
 著者はp52--53で、太平洋戦争における大日本帝国の指導原理は、国体護持、国体明徴であったはずだが、その内実については誰も実体的には知らなかった、故に、ポツダム宣言にある「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は、連合国最高司令官に従属する」という条項の解釈を巡り、これが国体を変革することになるのかどうか御前会議で議論が紛糾し、降伏が遅れたので、更に多くの人命を無駄にした、という。
 また、ナチ・ドイツのヒトラーとか、ヒムラーなどの指導者は、「勝てば官軍」という風に目的を鮮明に描いていたし、自分が「開戦を決意し、何を目的として戦争するか」と言うことに関しては、極めて明快な決意を有していたという。それに反して、日本の指導者らは、「自分は三国同盟に反対だった」とか、「満州事変は、出先が勝手にやった」が、自分自身は反対だったとか、自分の考え方は違っていたと弁明し、誰も自分が戦争を主導した責任者であるということを自覚し、主張しなかったという。
要するに、その場の空気の中では、もはや躊躇したり、議論しても無駄で、既定事実、起こってしまった現実に併せて、その中で努力する、という、受け身の姿勢しか日本人にはないのだという。基本的に、自分の意見をしっかり持たず、被害者意識ばかりが過剰というのが日本人らしい。

 「勝てば官軍」と割り切り、自らの戦略が「悪であろうと、何と呼ばれようと構わない、重要なのは勝つか負けるかだ」と言うほどに、きちんと自らの立場を明白にしてから行動するドイツ人流のニヒリズムも、悪としての自覚もなく、これが国家、国益にとってとりあえずは最良、最高の選択と考え、小利(小さい利益)を嗅ぎ取っては出先が動く、というパターンの繰り返しで、日本国が破滅に向かって一直線に下降路線を走った(誰も大局的な戦略を考えていなかった)のだとしたら、何とも愚かな国民としか言えない。何しろ、大上段に国体、国体と、掲げていくべき大義があるフリをしながら、実際には、その国体の中身など、誰も全うに議論して決めていなかったというのだから、さすがの小生も呆れて言葉もない。それほど我々は、理論とか、大義という、自前の大きな物語、理性を持てない国民なのだろうか?

 著者は、キャッチアップ後の新しい方針とか、新構想などを世界に先駆けて描く段階になると、日本人は思考停止に陥るという。今日本国は、中国の台頭、キャッチアップに戦々恐々としているが、また鳩山政権は、早くも次のご主人様は中国と見て、対米距離を取ろうとするような、怪しげな動きをし始めたが、これも先進国として先頭を走りつつも、対米追従以外に先進国としてどう行動するかとか、これからの戦略をどう描くか、ということに関しては、一切思考停止してきた日本国の通常のパターンなのかも知れない?!そう考えるとバカバカしくなるではないか?

 もっとも鳩山氏は、日本人にしては珍しく、「友愛外交」だの、「対米対等で、米中日正三角形」などと、一応は自らのビジョン的な標語を掲げてはいるのですが、日本人の誰も「友愛」の意味は分からないし、そんなことに関心はない。むしろ惰性というか、これまでの成功体験というか、「対米追従」で米軍に守って貰うのが最善と考えているように思う。小生も、大米帝国の忠実な藩兵に徹しつつ、時折甘い汁を期待する程度の、ソコソコの国家として「生き延びる」というのが、当面日本の正しいスタンスであるような気もする。

4.大きな物語 
 未来に関する戦略、思考を著者は「大きな物語」と呼ぶ。大きな物語を思索し、描いてこそ、未来戦略は策定が可能で、大きな物語が苦手の日本は、生来の辺境人であるから、そのことを自覚しつつ行動していかねばならない、という。
 日本の中学生に、あるべき日本国憲法草案を書かせたら、「そこそこの国家を目指せ」という文章が出てきて、これこそ日本人の中核的意識と著者は言う。模範となるような、立派な国を目指す、或いはその新しい模範を自ら指し示す、という、そういう志はなく、「ソコソコ」の国として、平和に生き延びることが出来ればよい、というのが日本人の大半が共有する意識だという。

 まあ、バルカン半島の小国であれば、「ソコソコ」の国家に成れればよい、と言う風に憲法に書いても構わないだろうが、恐らく実際には、彼らは、過去の歴史における自国の繁栄、文明の高さなどを回顧して、再度高いところを目指そうと書くだろう(言葉は大きいが、実際には、自国民の能力にさほど期待感はないので、本心は諦めているのも、また、バルカンの人々ではあるが)。他方日本人は、本来これほど多くの偉業を達成し、世界第二位の経済力とかにもなったし、自ら米国に戦争を仕掛けた世界に希有の国家であるとか、色々実際には「大きな物語」を歩んできたのに、意識的には、先頭者の後からキャッチアップすることしか考えておらず、自らが大きな物語を描くことはあり得ないのだ。

 こういう風に言われると、情けなくはなるが、他方で、「まあそんなところか」と、奇妙にうなずいている自分がいる。日本人の「縮み思考」は、「ソコソコ」で何が悪いか、という関西人的居直りの発想となるのだろう。困ったものですが、村社会の中で、「人様に迷惑をかけるな」と、それだけを親から口うるさく教わりつつ、成長してきたのが日本人ですから、ソコソコが国家目標として相応しいのかも!?






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内 容 ニックネーム/日時
 私は以前、この著者の『こんな日本でよかったね 構造主義的日本論』を立ち読みしたことがあります。好みの問題もあり、私はあまり共感しませんでしたが、やはり内田樹らしい新書のようですね。
 この本を未見なので論評できませんが、どうも私には、「その場の空気の中では、もはや躊躇したり、議論しても無駄で、既定事実、起こってしまった現実に併せて、その中で努力するという、受け身の姿勢」の日本人こそ、著者自身にも思えました。この人物も案外スタンスがなく、構造主義という外来思想を振りかざしていた。妙に小ずるく、理論とか大義という、自前の理性を持てない人だと、私は感じましたね。
 神戸女学院大学文学部総合文化学科教授をしているそうですが、言いたくありませんが、大した学問ではないでしょう。『こんな日本でよかったね』で、女子大不要論に対し、ムキになって抗弁してましたが、日本の女子大は就職と結婚の肩書きのためにあるのだし、学者養成の役に立ってないのは事実。

 wikiにも内田樹についての記載がありますが、なるほどアメリカに屈折するゆえのひねくれがあった訳です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E7%94%B0%E6%A8%B9

 ソコソコが国家目標として相応しいと私も感じますが、気概や富を失えば現状も維持するのが難しいのは確かでしょう。
mugi
2010/01/23 14:26
mugiさん、適切なコメントありがとうございます。
 大きな物語を描いたり、書いたりする大風呂敷は、縮み思考の日本人には会わないけれど、冷静に国際情勢を見つつ「生き残り作戦を練り、国防を怠らない」というのが、小生の理想ですが、確かにそれでもスケールは小さいです。
 こんなに本で良かったね、は読んでいないですが、この「辺境論」は、ご丁寧にも陸軍参謀、海軍参謀達についても免責して、きちんと書かれてもおらず、参謀本部、大本営でも司令所に書かれていなかった、現地の出先機関の「暴走」も、国民意識の中では既に「設計図」としてあった既定路線だったから、結局こういう既成事実が次々に積み上げられていった、というような書き方です。
 軍人というのはそもそも、本部からの指令に基づき軍を動かすし、作戦を実行するというのが、近代的な軍隊のあり方だし、軍の規則を踏みにじって独断専行する軍隊など聞いたこともない。小生には、日本陸軍の全く不可思議な暴走としか思えない。もっとも、薩摩の西郷とか、大久保らは、通信手段が発達していなかったことを良いことに、藩主の意向などは全く聴取することもなく、勝手に自らの戦略で倒幕に軍を動かすわ、天皇陛下を道具扱いして「錦の御旗」を押っ立てて、倒幕の東征軍を江戸に、東北にと遠征させるわで、結局幕末の薩長軍が「革命軍」的に、勝手に動いたことが、日本軍の伝統となってしまったのではないかと思う。
 陛下のご意向を勝手に忖度して、勝手に動くという、自由な発想というか、自分勝手なのが軍人達だった。国家存亡の大きな戦略は、何もないくせに!!
室長
2010/01/23 15:53
室長様
はじめまして。
mugiさんのブログ経由で最近こちらの記事を拝見させていただいております。

>他方日本人は、本来これほど多くの偉業を達成し、世界第二位の経済力とかにもなったし、自ら米国に戦争を仕掛けた世界に希有の国家であるとか、色々実際には「大きな物語」を歩んできたのに、意識的には、先頭者の後からキャッチアップすることしか考えておらず、自らが大きな物語を描くことはあり得ないのだ。
と決め付けてかかっているところが、内田樹氏そのものが自虐史感に陥っているのでは?
(もっとも内田氏の著述は読んだことがないので、私には言う資格がないのですが)
わたしのような大半の小市民はどこの国にいてもソコソコ程度を目指すので、そんなものかもしれませんが、日本のそうでない若い人に期待したいです。問題はそういう若い人が伸び伸びと能力を発揮できる場所が、今、日本にはあまりなさそうな気はしますが。
内田樹氏の著述に何だか反感がありそうな若い人のブログがあるので、この人の意見など、室長さんはどのようにお受け取りになるか、よろしければ伺ってみたいです。私などは、よくこんなに素早く情報をキャッチして自分の考えを構築できてすごいなぁ、と思うんですが。ここのブログに出入りしてる若い人も、面白そうな面々ですよ。Twitter も使っているようです。
http://rionaoki.net/
ap_09
2010/01/24 13:30
ap_09様、
 コメントありがとうございます。ご提示のブログを少し覗かせていただきました。内田樹で検索すると、3つほど内田樹の研究室の論点に、鋭いツッコミを入れていて、かなり妥当な意見のようです。
 小生も、内田樹氏の辺境論を半分以下しか読んでおらず、とりあえずその段階で、結構日本近代史、現代史を理解するには、手っ取り早く面白い理論として推薦しました。小生は、基本的に、書物の要約をする際に、自分の言葉でなるべく紹介しているので、必ずしも内田樹氏の原文の引用でない部分が多いのです。貴兄引用部分も、ほぼ小生の言葉です。
 小生自身は、自虐史観は嫌いですが、他方で、敗戦をもたらしたのに誰も主体的な責任を取ろうとしなかった戦前、戦中の首脳達も大嫌いです。従って、少し前にも、日本海軍軍令部関係のNHK報道を歓迎する記事を書きました。
 内田樹が言っていることで、海外居住経験者として、一番腑に落ちた部分は、日本人が自分自身で考えないで、回答・正解は誰か偉い人、賢い人が既に出しているはずだから、きょろきょろ見回したり、本を探したりして、それを探せばよい、と考えて自らの思考で回答を出そうとしない、という態度です。また、意見を求められても、ほとんどは自分自身の意見を持っていないか、或いは、朝日、毎日などの新聞でいつか読んだ意見に依存する、という他力本願、無責任性です。自分の意見を持たない、或いは言えない、というのは、普段から何も自主的に物事を考えていない証拠と思うから。
 ともかく、内田樹に関して、小生としても、必ずしも他の書物も読んでいないし、この本も途中だし、全体としてまともな人かどうか(左翼ではないようですが)、分からない。まあ、小生が感心した部分について、この記事を書いたと言うことで、了解願います。
室長
2010/01/24 17:37
室長様
ご丁寧にお返事をいただき、ありがとうございます。

>日本人が自分自身で考えないで、・・と考えて自らの思考で回答を出そうとしない、という態度です。また、意見を求められても、ほとんどは自分自身の意見を持っていないか、或いは、・・依存する、という他力本願、無責任性です。
耳の痛いお話ですね。ただ、私としては日本では「自分で考えたり、意見を発表するのを禁じられて育った」と感じています。
また自己表現をすると、村八分になっていじめられるので、極力kyにならないよう、常に迎合姿勢を保たなければならない、というのが生育過程でも実際の社会生活でも求められて来たと感じています。羊の群れに埋没して生きるよう育てられているので、そういう点で邪道な左翼勢力にとって、御し易い集団なのでしょう(全般には社会主義的な考えが戦後の日本の繁栄に大いに貢献して来たと思っています)。
あるいはそこから派生して、自分を明確に示さず相手を操作するという、アングロ文化では悪徳である処世術を身に付けるよう推奨され、それがうまいと生き残れたり出世できるという部分が、日本社会にはあると思います。無責任とはそういうことにも関係した、文化に根ざした問題なのかも知れません。もっともこれは中国人に比べれば、稚技に等しいレベルですが。
しかし、ネットを徘徊してみる限りでは、若い世代の方がこの迎合主義、操作性は低いように見えます。
私も現在外国にいるんですが、外に出て始めて、自我がないことに気づき、かなりショックでした。遅まきながら、自分のアタマで考え、自分の意見を表現する訓練をしているところです。
というわけで、見当はずれのコメントをするかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します。
ap_09
2010/01/24 23:23
連投もうしわけありません。
上記社会主義的やり方を評価したいというのは、共産圏とは反対の一極である、資本主義国アメリカと日本を比べての話で、戦後の日本での格差の小ささ、社会保障の充実度ということを評価したいという意味です。
室長さんのご体験からのブログでの貴重なお話は、大変勉強になります。また自分でも見聞きする東欧の人の様子からは、共産主義圏の国の人々の生活は、目を覆いたくなるくらいのものがあると感じますし、日本のいわゆる人権運動家や左翼運動家というのもいい加減にして欲しいと思っています。
どうも私は言葉使いを知らないようで、ご無礼お許し下さい。
ap_09
2010/01/25 07:17
ap_09様、
 あなたが現在外国にいるとすると、外国人(欧米人)との会話では、いかにしっかり自らの立場とか意見を持たないと、インテリとして扱われ得ないか、存分に痛感させられていると思います。
 女性にもてるという、単純な目的ですら、女性を感服させられるような、気の利いた笑える話とか、時には自らの得意分野の少し難しい話などを、長々と論じて相手に自らが本物の賢人であることを証明しないと、相手にしてもらえないのです。沈黙は金などと、相手の出方を待っていて、黙りなど決め込むと、女性達は逃げていきます。男相手でも、議論を通じて、相手にやり込まれないこと、自分の意見を維持できること、場合によっては相手を言い負かせること、などを見せないとダメですよね。
 日本社会は、目立たないように、とか、他人様に迷惑をかけないように、とか、長いものには巻かれろ、とか、縮み思考の発想ばかり。
 もちろん英国紳士などは、かなりの程度黙りを決め込んで、相手になるべくしゃべらせて、相手の知能を見極めてからようやくしゃべるという、結構小ずるい対応もするけど、それは英国も島国の伝統社会で、やはり出しゃばってはダメとか、そういう部分もあるからです。中東とか、ムスリムの社会も「長老、部族長、父親」などの父権制社会ですから、若い者は黙っていろと言うことになるけど。
室長
2010/01/25 16:32

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