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zoom RSS 昭和期の軍人だけの責任ではない?そして温暖化説は陰謀?

<<   作成日時 : 2010/03/03 03:12   >>

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さて、最近少し冬季オリンピックとか、中国TVドラマ(『漢武大帝』というレンタルDVD)に嵌っていて、十分勉強が出来ていないのだが、その中で小生が注目した産経新聞の記事を2つほどご紹介したい。産経新聞の宣伝屋みたいになって、申し訳ないのだが、多くの新聞を購読する気もないので、ご勘弁願いたい。

1.「坂の上の雲」時期の日本人だけが偉かったのか?:佐伯啓思(サエキ・ケイシ)氏の指摘
 2月15日付産経紙に佐伯啓思(京都大学教授)氏が『歴史の「ものがたり」と「論理」』と題して寄稿されている論文の内容が、小生にとっては、目から鱗の論理だった。
 佐伯氏の論点を勝手に要約させていただくと、
(1)幕末における革命は、若い下級武士達が「国の将来」を憂える純粋な行動力で、旧秩序を破壊し、新生日本を生み出し、更にそれに続く明治期の指導者達は、アジアの植民地化をもくろむ列強と並ぶ一等国にまで日本国を持ち上げた。
(2)しかし、日露戦争の勝利に酔い、第一次大戦でも戦勝国となった日本国は、過度の傲慢に陥り、昭和期の軍人達は、過剰な愛国心によって道筋を誤り、国家を破滅に導いた、という「ものがたり」的な歴史観が蔓延っている。
(3)しかるに、「論理」の問題として、冷静に見れば、明治と昭和をそれほど簡単に、明と暗に区別することができるのだろうか?
(4)そもそも、近代日本の目的の第一は、西洋列強による植民地化を回避し、日本を強国とすることであったが、それに成功すれば、必然的に、日本も列強と同様の行動を取り、そのことは結局列強との摩擦を生じるのだ。要するに何れは、列強との戦争は、不可避だったのだ!
(5)福沢諭吉は、このことを明快に意識していた。列強の仲間入りをした日本は、列強と争わざるを得なくなる!福沢は「自分は決して主戦論者ではないが、行き着くところは戦争と覚悟だけは決めておけ」と述べていた由。
(6)また、たった30年間で、西欧的な近代化を成し遂げた日本は、同時に、「日本的なものの深い喪失感」になやむことともなった。
(7)日本人は、国の方向が見えにくくなり、自信喪失に陥ると、急激な西欧化に成功した「ものがたり」(陽の側面)を訪ねるのだが、他方で、西欧模倣の近代化がもたらした「日本的なものの喪失」という「陰の側面」も忘れてはならない。(注:陽の側面、陰の側面、という表現は、小生が勝手に使用しています。佐伯氏は使用していませんが、論理を明白にするため、小生は、このように表現してみました。)

2.小生の忸怩たる気分
(1)本当に責任者はいないのか?

 小生は、このブログの昨年の記事(09年8月10日付「日本海軍の無責任」、09年12月12日付「ドルと米国は復活する?」の2.)などで、昭和期の秀才軍人エリート達が、明治期の真の英雄軍人達に比べ、小粒で、本当に勝てる戦略というものを描かないまま、無謀な戦線拡大に突っ走り、国家を滅亡させた、と批判してきた。戦後の東京裁判でも、彼らは、自分たちがそれぞれ担った、国家滅亡への責任に関して自覚が無く、そもそも開戦時においても、自らが開戦への道筋で、何らかの責任を背負っていたという感覚すらなく、単に時流の中で流されて、その流れの中で、自らの担当する分野について、実直に実務的に仕事をこなした、という程度の感覚しかないと、彼らの「時流こそが責任」という論理を非難してきた。しかし、佐伯氏の解釈では、まあどういう経過にせよ、或いは、どういう指導者が出ていたとしても、結局は列強との利害摩擦が起き、戦争にいたり、日本国は敗北した、ということらしい。

 しかし、どうも小生には、納得がいかない気分が残る。確かに、日露戦争もかなりギャンブル的な部分があったが、明治政府は、英国、米国の支持を得る、ロシアを列強の中で孤立させるという、外交的な包囲網にも気を配ったし、日露間の戦力比較もきちんと計算して、海軍艦艇を充実して、バルチック艦隊との決戦に備えていたし、新型砲弾すら用意して、艦隊決戦にのぞんだ。戦費調達でも英米の投資家に国債を売って、上手に確保した・・・・・しかるに、昭和の中国大陸への無謀なほどの戦線拡大、或いは、無謀な対米対決(太平洋戦争の開戦)への決意などは、何ら長期戦略に基づかない、単なる冒険ではなかったのか?やはり昭和の陸軍参謀も、海軍軍令部参謀達も、バカすぎたのではないか?・・・・・??

 うーーむ、しかし、確かに、佐伯氏に、明治維新の新生日本国の国家論理そのものが、福沢が「覚悟せよ」と言っていたように、究極的には、列強との戦争という結論に結びつくものだったといわれると、やはり昭和の軍人エリート達だけに、責任を押しつけられない、日本国民全体の偏狭な愛国心、ナショナリズムが産み出した弊害、「陰の側面」が、近代の日本の歴史にはあったという、「そういう歴史観もありかな」という風に、段々納得している自分がいる。残念ながら、昭和期に、卓越した指導者、我々が尊敬できる偉大な指導者が見あたらないのは、単に結果として、戦争に負けたからなのか?・・・・まあ、それはそうで、勝っていたら、誰も文句は言わない!

(2)東京裁判の結果ではない、本当の戦犯は誰なのか? 
 でも、結果論ではあるけど、多くの識者は、開戦時に既に、米国には勝てない、と予測して涙を流していたとも言う。そこのところが、情けない。東京裁判でも、勝てると思って、こういう戦略で勝利を確信したから、思い切って開戦した、と自らが開戦論者だったことを認め、責任は自分にもある、と言う風に言い切った軍部指導者が、誰もいないというのも、不思議でしょうがない。だから小生は、昭和の軍人が嫌いだし、未だに納得がいかないのだ。誰も、闘争心が薄い政治家達、天皇、皇族達の反対論を押し切って、開戦決意を皆に押しつけた、自分が開戦決断の「本当の責任者だ」と、自ら名乗り出るものがいなかったことが気に入らない。要するに、日本国の、備蓄ガソリンが無くなって、せっかくの最新兵器を持ちながらも、戦争も遂行出来なくなっては、どうしようもないから、一か八か、早期開戦の方向に自分が皆を押しまくって、決断させた、という犯人が、なかなか特定できない、これこそが、未だに小生や日本国民を悩ませている、昭和の謎なのだ!

 真の戦犯がはっきりしないし、彼らを的確に処罰した、故に、過去の歴史はもう二度と繰り返さないだろう、などと、昭和の歴史にきちんと終止符を打てない気分が、小生にとっては最も嫌なことだ。確かに、左派系の論理としては、戦犯は陸軍参謀、海軍軍令部参謀達、なのだろうが、右派系の論者の間では、必ずしも、誰が一番の責任者か、というところがはっきりと語られていないと思う。そこが嫌だ。

 ちなみに、小生自身は、やはり戦犯達は、昭和期の青年将校だと結論している。幕末の志士たちが「攘夷という名目の革命運動」を、「藩主達の意志に反して」勝手にやったのと同じく、昭和期の青年将校達が、陛下の意志を勝手に自分らに都合良く解釈して突っ走る独断専行が、中国大陸でも、国内政局でも横行して、それら「革命派青年将校」達の意志を、軍部首脳らも尊重しすぎて(事実暗殺される虞もあった)、国家方針として退路が無くなり、自滅戦争へと突き進まざるを得なかったという、青年将校達の実力行使、および、これに押し切られた、主体性のない国家指導部(皇室、お公家様達、昭和天皇御自身も含めて)の無責任さにある、というのが小生の結論である。

 佐伯氏のように、「ものがたり」の「論理」が、既に昭和期の戦争を運命づけていた、といわれても、それでも、負ける戦争は回避するという戦略が、絶対にあり得なかったのか?英米と協調して、延命しうる国策は、皆無だったのだろうか?偏狭なナショナリズムを抑制して、列強との対決を回避するような賢明な路線は無かったのか?そういうことを主体的に、強い意志で貫徹する政治家は、なぜ居なかったのか?・・・・まあ、歴史にイフは無いし、後智恵で昔の人を裁くのは、むごいですから、こういう議論は無意味なのですが。

3.地球温暖化論はやっぱり間違っていた!
 3月2日付産経紙は、ワシントン駐在の同紙編集特別委員の小森義久氏による『地球温暖化論への懐疑』という記事を掲載している。
 (もちろん、今冬が、欧州、米国でも厳しい部類に入って、厳寒とも言えること、日本も結構寒い冬だったことなど、体感的にも、日本国民の多くが、地球温暖化説は間違っていると、既に理解しているように思うが、鳩山政権が、相変わらず、滅茶な25%削減政策を引っ込めないし、日本のマスコミも、相変わらず、間違いを積極的に報道していないのが不満なので、この記事を使って再度、国民に警告したいのである。)

 その内容は、07年にIPCC(国連の「気候変動に関する政府間パネル」)報告書で提示されていた、温暖化の主犯は、「人為的な温室効果ガスである」という結論について、ほとんど全ての主張部分が、「予測は間違っていた」、「記述に科学的根拠はなかった」、などとして、最近IPCCによって、自己否定され、米国内で地球温暖化論への批判、懐疑論が議会、経済界で広がっているという。07年にこの地球温暖化説で、ノーベル平和賞を受けたアル・ゴア元米副大統領、並びにIPCCの理論の根拠が、ほぼ全て全くのデタラメと判明したらしいのだ。産業活動規制、排出ガスの総量規制などの根拠が、全て壊滅したのには、そもそもこの報告書作成の中核を担った英国の大学教授が、データを意図的選別で温暖化を誇張したことを告白し、世界の平均気温は、この15年間、上がってはいないという事実を認めたことがある由。

 小生も、英国大学の研究者達のEメイルが、ハッカー達によって傍受され、学者達によって意図的なデータ選別手法が採られていたことが判明し、温暖化数字が根拠を失ったという報道を、既に他のブログ記事などでも読んでいたのだが、今回の小森義久氏の記事では、議会で大物議員達が、オバマ政権の政策にも異論を唱えだしていること、経済界でも大企業3社がオバマ政権の温暖化対策組織から離脱した、ということを知って、やっぱり小生がこのブログの08年7月10日付記事(「晩婚と温暖化」)で書いたことは、正しかったと、再確認できて嬉しかった。何も小生が偉いわけではない。小生は、自然科学系知識には弱いのだが、高校の同窓生に物理の専門家がいて、その人に地球温暖化説は怪しいのではないか?と質問したら、全くデタラメな議論だと、肯定してくれたので、怪しいと確信しただけだ。

 他方、アル・ゴア副大統領が、政治家として名声を獲得する意図で、怪しげな著書でノーベル賞を貰ったり、英国の大学が、でっち上げのデータで、沢山の研究費を獲得したり、温暖化説に懐疑論を示す本物の科学者らは、発言するとすぐに、頑迷な反動分子とののしられたりしたこと、すなわち世界全体を巻き込んで、「科学の名前を借りた、魔女狩りのような怪しげな現象が起きた」ことを、是非皆様にも、再度認識して欲しい。

4.英国の意図は何だったのか?
 さて、温暖化説が、いよいよでっち上げの偽科学理論と判明してみると、その原因を形成した英国の主犯である大学教授とその研究所は、実は英国のMI6などの片棒を担ぐ、国際陰謀に加担する人物達だったのではないか?と言う風に疑問を持つのが、正しい国際認識ではないだろうか?
 もしそうだとすると、英国の国家指導者達が狙った、国際的陰謀の目的は何だったのか?

 小生は、日本国の経済水域から天然ガスを盗んでいる中国の片棒を担ぎたくはないのだが、しかし、09年12月のコペンハーゲンでのCOP15国際会議で、中国とインドという新興国が、先進国からの圧力を断固退け、CO2規制に関して妥協せず、今後の自国の産業化、工業化の利害を守り通したことが想起されるべきだろう。要するに、CO2規制議論は、中国、インドなどの急成長を遂げている新興国の、その成長路線を、汚い手法で妨害しようとした英国、EU諸国による、新興国潰しの国際陰謀路線だったのではないか、という疑惑を抱かざるを得ない。日本のマスコミも、単純に中国による余りにも酷い、国際社会の進歩に反する、エゴ丸出しの拒否反応だったと批判していたが、どうやら真の悪人は、西欧先進国だったのでは無かろうか。そして、そんな汚い国際陰謀に、また本来日本はターゲットでもなかったのに、易々と、お人好しにも乗っかったバカ総理が、鳩山氏なのだ!

5.鳩山総理も、早くCO2大削減政策から撤退せよ!
 中国、インドは、断固そういう議論に乗らず、無理な目標などは絶対に提示しなかったというのに、我が総理鳩山由起夫殿の場合は、日本の経済界の反対論を一切無視して、また自国の利益を重視する各国のような、冷徹な計算も無しに、一人国益無視の、無謀なCO2大削減を国際公約して、得々と帰国したし、その後の国際社会における「温暖化説は間違っていた」という諸報道も全く無視して、未だに何らの軌道修正声明もしていない。呆れるほどの、無責任さである。

 また、日本のマスメディアのほとんども、少しは「間違っていた」との報道を流してはいるのだが、TVなどではほとんどそれが真剣に議論もされていないし、鳩山政権への責任追及もなされていないのは、本当にマスコミとしても、無責任では無かろうか?どうして日本国は、何時も、国際的な常識に反した、不可思議な行動を取るのだろうか?民主党は、失業対策に熱心なはずではないのか!それなら、日本の工業部門に壊滅的な被害をもたらし、失業を増大させうるような、大削減政策などを、どうしてそう無責任にも国際社会で声明してくるのだろう?政治家が票を得るために、官僚批判ばかりして、官僚を過度に萎縮させて、それ故に今では勇気を持って諌言する官僚が皆無という、情けない国に成り下がっているのではないだろうか? 

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タイトル (本文) ブログ名/日時
昭和期軍部への断罪
さて、3月3日付のこのブログの記事「昭和期軍人だけの責任ではない?」( http://79909040.at.webry.info/201003/article_1.html )で書いたことの続きというか、昭和期青年将校ら、特に満州事変を企画、実行した関東軍参謀らが、日本国を敗戦へと導いた「主要な戦犯」であり、彼らの歴史上の過ち、罪状をきちんと議論して、昭和の歴史にそれなりの「反省を込めての断罪」部分を書く作業をしてみようと思う。実は、今回の記事は、小生がよくコメン... ...続きを見る
ブルガリア研究室
2015/10/01 09:37
環境問題、温暖化交渉はドイツの目くらまし外交だった
  3月23日付の産経紙に掲載された下記論文は、小生に国際政治の場における理想主義と言うものの怪しさ、そういう名目に隠された裏の事情を忖度しない、馬鹿正直で騙されやすい日本国・・・・と言う構図を改めて認識させてくれる好論文だ。 ...続きを見る
ブルガリア研究室
2017/03/24 16:15

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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
 ナショナリズムの問題は難しいですよね。日露戦争は「偏狭なナショナリズム」の成功例ですが、大失敗が昭和期なのは書くまでもありません。成功に増長しすぎて、酔ってしまった?「偏狭なナショナリズム」といえば、インドはじめ第三世界の独立運動家を宗主国はそう呼んでいたそうです。そう言う西欧人もまた、歪んだナショナリズムで植民地支配をしたものです。

 やはり環境保護活動の黒幕はイギリスでしたか。本当にイギリスの策謀にはキリがない。イギリス人の女婿がいる室長様には大変申し訳ありませんが、私がイギリスがもっとも嫌いな国なのはこの狡猾さです。外国人をすぐ信用する能天気日本人とは雲泥の差ですね。この国の発信は決して鵜呑みに出来ない。
 アル・ゴアの映画は友人に誘われて見に行きましたが、どうも生来のへそ曲がりなのか、怪しい感じが拭えなかったし、記事にもしました。私の直感が当たっていてもさして嬉しくもない。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/1dc2a2519165d5978ee6452a72e1add6
mugi
2010/03/05 21:22
mugiさん、コメントありがとうございます。
佐伯啓思教授のご意見を、最初はそうか、と納得していたのですが、やはりだんだんそうでもない、やはり明治期の人材の方が、国家の生き残りと言うことを真剣に考えていた、昭和期の青年参謀達は、結局明治期の軍人の偉業にあこがれ、自分も英雄になりたいという、そういう個人的な欲望が先走って、また、同じ軍人同士の競争心も手伝って、真の国益、国家の生き残りのためには、何でもするという、その心がけに書けていた、という風に思えるという、従来からの小生の持論に戻ってしまいました。

地球の気温の変化、気候の変化は、ある特定地域のみを見れば、温暖化していても、他の地域では逆に寒冷化しているとか、色々毎年違っていくものだし、より大局的に地球全体の平均気温の変動とかを見なければならない、しかも各地の温暖化の理由は異なる。総合的に見て、温室効果ガスが原因で、○○年で、○度平均気温が上昇した、などと、きれいな数値は一切出てこないのに、都合の悪い数値は全て無視して、理論をでっち上げた・・・これが英国の学者達です。それがばれても、相変わらず、COP○○の会議が続き、CO2の国際的売買で、日本は出さなくても良い金を支払おうとしている。ばからしいです。
室長
2010/03/05 22:03
室長さん、今晩は。
初めてコメントさせていただきます。よろしくお願いいたします。

今回の記事を拝見して、真の戦犯がハッキリしないという室長さんのご指摘はごもっともだと思いました。
確かにこれが真の戦犯だと決定できる決め手がないように私も思います。

確かに表面的には、これだと思われる戦犯はいます。
室長さんが指摘する青年将校や、一般的に言われる陸軍参謀など。

しかしながら、彼らは皆その位置に立たされただけで、自ら主体的に動いていたとは到底思えません。

考えてみれば、日本の社会には独裁者と言うものが存在しませんでした。
しかし、それでいながらファシズムと呼ばれる状況が出現した。

一体それはなぜなのか?

結局のところ、私は、真の戦犯というのは、日本人の行動規範・行動原理そのものではないかと考えております。
責任の所在がハッキリしない日本のシステムそのものに、その原因を求めることができるのではないでしょうか。

そう考えると、戦犯探しは無意味だと思います。
具体的な戦犯を探すことは、単なるスケープゴート探しに過ぎず、真の原因から目を逸らすだけに終わってしまうのではないでしょうか。

それよりも、我々日本人の行動規範そのものに、そうした危険性を内包しているということを自覚することでしか、戦前の二の舞を防ぐ道はないのではなかろうか…と考える次第です。

>そういうことを主体的に、強い意志で貫徹する政治家は、なぜ居なかったのか?

岸田秀が、「どんな国家でも、その国民一般の平均水準以上の指導者を持つことはできない」と指摘していますが、仮にそんな政治家がいたとしたら、ただちに暗殺されていたことでしょう。

私は最近、鳩山首相を見るにつけ、これが日本の平均水準なのだ…と痛感させられることしきりです。
一知半解
2010/03/06 00:27
一知半解様、
 『日本辺境論』の内田樹氏なども、日本人の性格というか、習慣、などを歴史的に観察しつつ、「日本人論」という形で、定型化する議論をしています。
 しかし、この種の議論には、相当警戒が必要ではないか?
 独裁者がいなかったから、主体的に日本国を指導した人間がいない、責任者はいない、と簡単に割り切れないし、日本人、国民の大部分が、ファッショ的な侵略主義者だった、というのも、偏狭なナショナリズムの風潮と言うくらいの意味なら理解できるけど、武力侵略論者が国民的世論で、陸軍参謀達も同じように「流されて」、そういう方向で、それぞれが「小さな役割」をしただけ、というのも、政治、軍事の役割を過小評価している議論です。
 理論的には、日本国には、独裁者に相当する政治・軍事権限を独占する「天皇」という存在があったし、本来は自ら動かないのが「天皇」ですから、補佐する立場の首相、外相、陸軍大臣、海軍大臣、その他閣僚、高級参謀達が、より重大な責任を担うべきです。ところが、二二六事件などで、「革命派青年将校」による政府首脳へのテロ事件などが起きて、軍部若手参謀・青年将校らの意見が、暴力的な裏付けを得て、国家指導部の元来責任を持つべき人々さえも、彼らを怖れて、対米妥協路線から身を引いて、強硬路線に乗っかっていった。国家の破滅より、自分自身の安全を優先したようにも思える。
室長
2010/03/07 00:27
(続)
それにしても、やはり一番の「戦犯」は、満州事変を「独断専行」で成功させてしまった、関東軍参謀の板垣征四郎、石原完爾、その他、及び彼らの独断専行を結局追認してしまった陸軍大臣、満洲に独断で支援部隊を派遣した朝鮮軍司令官、及び関東軍の勝手なその後の行動を止めることが出来なかった、若槻礼次郎首相など、1931年9月当時の政府、陸軍首脳だと思います。 「自分の行動に関し主体性」を持っていた、関東軍参謀達が、独断専行で、その後の日中関係を最悪としたし、米英などとの関係も悪化させ、日本を外交的、軍事的に孤立化させたのですから、板垣、石原こそが、その後の軍部の独断専行、勝手な戦線拡大、青年将校らの「英雄気取り」、「昭和維新に名を借りた、革命的独断主義」など、国家を破滅路線に導く、日本国の民主主義制度解体への最初のきっかけ、一撃となったと思う。
 国民の大部分も、ナショナリズムに基づき、陸軍の青年将校達を応援していた、などという屁理屈はおかしい。やはり、一番悪いやつ、責任者というものは、よーーく考えれば存在すると思う。
 よく歴史家が間違うのは、個人として立派な人だったから、○○は悪人ではない、責任者ではないというような評価。歴史観を誤り、国事において間違った判断で、国家を破滅に導いた人物こそが、日本人として糾弾すべき責任者です。そして小生は、1931年の関東軍参謀(板垣征四郎、石原完爾)、陸軍大臣、若槻首相などを、その意味での責任者=戦犯だと思う。
室長
2010/03/07 00:31
室長さん、レスが遅くなりスミマセン。

定型化する議論には要注意すべきとの室長さんのご意見はわからなくもないのですが、私は日本の場合、個人に責任を帰すのは難しいと見ます。

確かに室長さんが挙げた石原莞爾らは戦犯と見なされて当然だと思いますが、(左遷させられ、無事畳の上で往生できるような人物が)独裁的人物だったとは思えません。東條ですら、青年将校を抑えられないと天皇に申し上げていたとか…。
そうした人物が本当の戦犯と果たして言えるのか?

日本の場合、ヒットラーのような雄弁型の独裁者は現れませんでした。
なのに、ファシズムが現出した。

無能な小物でも、なぜか主導できてしまう素地が、日本の組織にあるのではないでしょうか。

なぜ、そうした人物が主導権を握るかという事を考えると、日本人の組織そのものに何か欠陥があるのではないかと思えてならないのですけど。

そう考えますと、やはり個々の戦犯探しというのは、この問題から目を逸らすことになるような気がしてならないのですが…。

勿論、室長さんの「政治・軍事の役割を過小評価してしまうのではないか」というご懸念もわからなくはないのですけどね。

余談になりますが、日本の場合、戦犯を自らの手で裁けなかったということも、この問題を非常にややこしくしているような気がします。
一知半解
2010/03/10 23:02
一知半解さま、
 まず、最初にきっかけを作り、独断専行で、現地軍が勝手に戦線拡大しても、結局は本国の方が追認してしまうと言うことを証明したのが、板垣征四郎と石原完爾です。彼らが独裁者でなく、その後左遷され畳の上で死んだから、「戦犯」ではない、というのではなく、歴史の流れを作った大罪があるから、戦犯とすべきというのが小生の趣旨。
 東条ですら「青年将校を抑えられない」と言って、陸軍の青年将校を弾圧しようとしなかった・・・というのも、東条が無責任だったことを示している。総理大臣が、下っ端の青年将校を抑えられない、などというのは、無責任極まる。特高警察を使って左翼は弾圧したのに、軍部内の下克上は止められないというのは、東条が独裁者ではない証明ではなく、無責任だという証明でしょう。
 というか、東条を含め、他の陸軍、海軍の首脳の大部分も、結局は冷徹な国際社会における生き残りという、国家の最大課題よりは、「米国から屈辱的な条件を突きつけられて、これに屈服したら、青年将校達に殺される」という当面の自分自身の安全を優先したと言うことでしょうか。
 ともかく、戦犯捜しは不可能、などというのはおかしいし、今の時点でよいから、理論上の戦犯を決める、誰の責任が一番大きいかを議論する、というような作業がなされないのが、小生には不思議です。特定の個人を弾劾しないから、日本人全体に罪の感情を抱かせ、占領軍の扇動した「一億層懺悔」論に陥り、自虐主義に陥ってしまう。
 
室長
2010/03/11 00:37
横レス、失礼致します。

 日本で強大な権限を持つ独裁者が現れなかったのは、辺境の島国で純然たる農耕社会という背景もあるはずです。片や欧州は牧畜社会。以前の記事にもあったように、牧畜社会は合理性と機動性に富む強力な指導者が出やすい。ひと口に全体主義と言え、日本型ファシズムと欧州型はやはり内実は異なっている。日本の指導者は欧米基準で見れば無責任で無能ですが、日本基準では違います。日本では強い指導力で集団を率いるタイプより、組織間の調整型リーダーが好まれるのではないでしょうか?組織間の調整が上手い者がトップになり、皆の顔を立てるタイプを有能と見るような。

 同じ欧州型独裁者でもヒトラーとムッソリーニは違いますよね。後者はいかにもイタリアンで人間的な面もあり、マフィアの大ボスを大きくしたような。ドイツで相手にナチと呼ぶのは禁句らしいですが、イタリアでファシストの言葉は気軽に使われているそうです。恐るべき独裁者の意味ではなく、強引で身勝手なニュアンスがあるようです。
 この2人の独裁者の最後も好対照でしたね。ムッソリーニは愛人と共に民衆に殺害され、広場に逆さづりにされた。男はともかく、愛人まで殺害したことにイタリア人の中には行き過ぎと感じた者も少なくなかったそうです。東條を逆さづりなど、日本では考えられません。市民自ら独裁者を裁いたことでイタリアは連合国でのイメージは悪くないし、ムッソリーニの子孫もいる。ムッソリーニの孫娘は国会議員にまでなり、なかなかの美人で日本の何かのCMにも採用されました。

「英雄を必要とする国は不幸だ」と言った人がいますが、「英雄」が出ない日本は不幸な国ではないといえるのかもしれません。
mugi
2010/03/11 22:38
室長さんのご意見を私なりに解釈すると、真の戦犯を突き止め、その人間がどのような行為を行なった故にあのような悲劇を招いたかを分析すべし…ということで宜しいでしょうか?

そして、まずその戦犯を特定すべきということを、真っ先に重視しておられる。

そこが私と考えが違うところかも知れません。

私はそこをあまり重視せず、戦犯が活躍できてしまった「背景」の分析こそ最重視したいと思うのです。

室長さんの仰るように石原莞爾らが歴史の流れを作ったキッカケであったというご指摘はそのとおりだと思います。

私も言い方が悪かったかもしれませんが、そうした彼らを真の戦犯だと指摘するのを止めろと言っているわけではないのです。

私が言いたいのは、たまたま彼らがその時点に出現したから、日本はあのような「不幸」に見舞われたのか?という疑問なのです。
彼らが存在しなくても、いずれ第二、第三の石原莞爾が出てきていたのではなかろうかと思います。

そう考えると、彼らの活躍を許してしまった「背景」こそ、真に問うべきものではないんじゃなかろうか…と。

そして、戦犯探しをすればするほど、東京裁判の評価や戦争の是非とか他の論題にすり替わり、本来の分析がおろそかになってしまっているのが現状ではないでしょうか。

そう考えると、私には、戦犯探しというのは不毛に思えまして、このようにコメントさせて頂いたわけです。

勿論、室長さんが指摘するように「一億総懺悔」はよくありません。
ただ、特定の個人を弾劾すれば、「一億総懺悔」論に陥らないかも知れませんが、その代わり、左翼が好む階級闘争的な二元論に陥ってしまうような気もします。
難しいところですね。
一知半解
2010/03/11 23:00
mugiさん、
 まあ、農耕型で調整型の指導者で、牧畜型の独裁者は日本社会では出現しにくいという、そういう考え方には、納得できる面が大きい。
 しかし、東条は陸軍の代表として総理になったし、海軍には干渉しなかったと言うことで、調整をきちんとしたということでもないように思う。それに石原完爾らは、国家のセンターで権力を握っていたわけではなく、関東軍という出先の首脳というにすぎなかったけど、配下の軍隊を勝手に動かして、独断専行した。時の陸軍大臣も、総理大臣も、満州事変の結果を追認した!相互に「友情」みたいなものがありすぎて、誰も国益の大所高所から、謀反、反乱として処罰をしなかった。要するに、満州とか大陸に関するグランドデザインが無くて、現地軍の作り出した既成事実に流された!不思議な国家指導部です。
 バルカン思考の小生には、とうてい理解できない。やはり、当時処罰できなくとも、後生の評論家とか、政治家が、「戦犯」と判断すべきではないか?そういう議論はどうしてそれほど強くないのか、ということ。
室長
2010/03/11 23:27
一知半解さま、
 エーと、小生とは思考の仕方が違うようです。大東亜戦争、太平洋戦争をきちんと総括して、歴史的視点で、国家に一番害をなした人物、指導者などを特定して、きちんと評価してこそ、その後の日本国の戦略とか、指針とか、「戦後日本の生きる道」というのがしっかり見えてくるはずで、その作業を軽視して、日本社会の性行研究とか、そういう風に責任をぼかした作業にする方がよい、などという、仲良しごっこみたいなやり方は、おかしいです。
 すなわち、小生は、戦犯探しを不毛などとは、全く考えないです。それこそまずきちんとやるべきだった、戦後における知的作業の第一歩であったはず。そこを皆が、和気藹々と、皆が間違っていた、一億層懺悔で、国民みんなが少しずつ罪を犯した、などといってしまうと、補給・兵站無視の故に、餓死したり、肉弾突撃主義の犠牲となった、気の毒な下級兵士も、責任があったことになり、浮かばれません。彼らの親族も、無念のままとなる。
 やはり、戦後の社会において、歴史を見直し、本当に国家の道筋を誤る元を作ったのは誰と誰なのか、という風に、きちんと責任者を見つけ、断罪しておかないと、正しい国家のビジョンは描けないはずです。
 しつこいようですが、不毛な議論とは、絶対に思えません。
室長
2010/03/11 23:41
 バルカン思考では、理論上の「戦犯」探しが可能となるのですね!この発想は目からウロコです。
 どうも日本人は和を尊ぶのか、和気藹々主義で責任を追及するよりも身内の庇いあいを優先するように思えます。戦後の知識人もそうした作業は怠り、結局は「一億総懺悔」に陥ってしまう。これでは責任の所在が曖昧になるし、女子供まで罪があると解釈されます。
 原因というか、「戦犯」を日本人の行動規範・行動原理そのものに求めるのならば、「一億総懺悔」からずっと抜け出せないのでは?自虐趣味の「仲良しごっこ」なら、戦後生まれの日本人にはますますあの戦争と向き合いたがらなくなるでしょう。

 インド式だと、こちらも責任追及の点が曖昧な傾向がありますね。独立後、英国に協力した裏切者の責任をあまり追及せず、英国と組んだマハーラージャの城や領土を没収しても、ちゃんと年金や保証金も払うわ、さらに特権も付与する。中共のような粛正はしない。議論好きなはずなのに、なぜ植民地に落ちたのか、「戦犯」探しのような総括はかなり少ないように思えます。同カースト間で「仲良しごっこ」、国家全体より所属カースト優先…
 元から多民族、多宗教圏、英国支配でやっと民族主義が芽生えたのだし、日本とは背景がかなり異なりますが…
mugi
2010/03/12 22:25
mugiさん、
 歴史の視点から、誰がどこで間違っていたのか、という「戦犯」探しは可能です。別に本当に裁判にかけるわけではないけど、誰が何故、どこで間違ったか、故に誰それは批判されるべきだ、という議論は、何時だって可能なはずです。
 バルカン社会では、日頃の政治に関しても、男どもはカフェに集まって、或いは酒場で、侃々諤々議論していたのです。過去の問題であろうと、それぞれの視点から、責任を追及すればよいのです。
 近衛文麿が、優柔不断で、軍部に引きづられて、対中戦争にけりを付けれれなかった、とか、お公家さんに責任を押しつける議論もあるけど、これは軍人の責任逃れの議論で、小生はやはり、まず陸軍の青年将校らが、天皇陛下の統帥権という法理を利用しながら、その陛下のご意志を確かめもせず、勝手に現地軍が配下の兵隊を動かし、満州国を建国する方向へと道筋を作ったし、その後も中国各地へと戦線を勝手に拡大した、もはや出先の軍隊を抑制する手段が、東京の参謀本部にはなくなった、などが一番の悪行だと思います。
室長
2010/03/13 23:49
室長様

初めまして。1年半ほど前からブルガリア関係記事よりこちらへ辿りつき、
毎回興味深く拝読させて頂いております。
室長様とは年代が異なるようですので、敬愛の意味も込めまして、あまりに拙いものになるとは思いますが、書き込ませて頂きます。

高度経済成長期からも外れた両親の元、公立学校では地球温暖化について
真剣に教わった世代としては、室長様の議論は新しく、新鮮で刺激的です。
昔から、何故一番大事に思える現代史を学校では教えてくれないのか、と
思っておりましたが、教員の知識不足は元より、国家としての方向性が
常に不安定(…羅針盤の針すら失くしたように思えますが)、
力のある指導者(層)がいないため、ああだこうだ言ってるだけの現状を
教員が子供に教えられるわけもなく…
その中で育った多くの国民も、経済競争から落っこちないことだけを
最低限のモラルや目標とするしかない(それすら国際競争下で崩壊間近のようですが)…、そんな実情のようです。
情けないこと極まりないですが、私も私の多くの友人も殆ど学がなく、(『高等教育』は受けているはずですが、あれらが高等だとは到底思えません)
世界情勢(日本のことすら)には疎すぎて、違う星の感覚にすら近い気がします。
何をしてもバーチャル的感覚が強いのは、生まれたときからメディア印象が強すぎることに原因があると思いますが。
世界の変容に対し、個人が微々たる恐怖は常に感じていますが、その恐怖の度合いと同じほどしか、私の世代は民主主義国家の責任を感じてもいないのだと思います。
kupichika
2010/03/20 12:07
(連続コメント失礼致します)

戦争も貧困も不平等も知らない世代が、これから世界競争の中に投げ出されますが(というか経済界では沈没し始めています)、日本国民全体として、「国」や「民族」等意識をこれほど求められ、「世界」を見せ付けられることになるだろう世代もそうなかったろうと思います。(全国民が、という意味で)
私個人としては非常に新しく、面白い時代だと思いますが。
この中でイニシアチブを取るのが「戦犯」を出さない政策を取れる指導者であり、高等教育を真摯に受けた青年なのだろうと思います。

ソフィア市内の公園で、ベンチに座っていた老年の男性陣が共産時代の良し悪しについて議論していたのを思い出しました。
もっとあの時ブルガリア語が出来ていたら、様々な意見を聞くこともできたのに、と思います。

ブルガリア研究所様からは、大変に好奇心や向学心を刺激されております。
室長様も何卒お体ご自愛され、バルカン思考という他にはない点でこれからも情報発信され続けて下さい。
心から楽しみにしております。

記事とは殆ど直接関係のないコメント、前半部に関しては改行のミス等…大変に申し訳ありませんでした。

最後まで乱文にて失礼致しました!
kupichika
2010/03/20 12:10
kupichkaさま、暖かいお言葉ありがとうございます。
 国際社会の変遷、世界の中で日本が生き残る方策、確かに難しい課題です。指導者として、立派な人材を生み出すことが苦手な日本社会は、良きリーダーが出現しにくい・・・なぜなら、お前はまだ若すぎるとか、もう少し待て、とか言う圧力で、順繰りに年寄りが自民党総裁、総理になってきたからです。
 今の時代なら、国民人気が一番の舛添さんを総理候補=自民党総裁にする、そういう選択、推薦が党内からも十分出てこない・・・選挙に勝つ意志が弱すぎるし、嫉妬心が強すぎて、英雄を生み出さないということでもあるでしょう。それで、国家の前進に時間がかかるし、国際社会ではタイミングを逸してしまう。いつまでそういう、決断力のない、だらだらした政治をやるつもりか?
 小生が天皇制に疑問を持つのは、形式的とはいえ、最高位に天皇陛下が居るから、安心して自分らは権力闘争に専念できるという風に捕らえて、年寄りどもが、今度は俺が総理になる順番だと主張して、才能のある若手潰しを延々と続けているし、本当に集中すべき隣国との競争に関し、何も注意を払っていない。国防問題は、米国に勝手にお任せしていて、本当は危険が増大しているのに、もう戦争の時代ではないと、簡単に安心、安全と思いこんでいる・・・相手国がどう考えているか、警戒心が無さすぎる。
室長
2010/03/21 00:27

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昭和期の軍人だけの責任ではない?そして温暖化説は陰謀? ブルガリア研究室/BIGLOBEウェブリブログ
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