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<<   作成日時 : 2010/10/25 18:34   >>

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神谷秀樹(みたに・ひでき)著『ゴールドマン・サックス研究:世界経済崩壊の真相』(文藝新書、2010年10月)を読み終えた。
 経済学、金融業、ベンチャーキャピタル育成、など処方面の経験を通じて、「健全な経済学」の王道を主張する筆者は、実需経済中心の金融業への回帰を訴える一方、日本の借金依存の経済浮揚政策も、古い産業、過剰生産設備を温存するだけの愚作と酷評する。 
西欧諸国は、財政緊縮という、正しい道筋を選びつつあるが、日米両国は、借金の上積みしかしておらず、将来性がないという、厳しいお告げである。残念ながら、反論の理論が見あたらない!

1.マネー資本主義への反省
  ゴールドマン・サックス社という、ウォール街の名門投資銀行にかつて籍を置いていて、現在は自前の小規模な投資銀行を経営している筆者は、昔のGS社は、将来性のある産業・企業に助言しつつ、新興企業を長期的に育成し、その成功の代価として、一定の利益を確保するという、バンキング部門が中心で、いわば銀行業の王道を歩いていた。しかるに、80年代頃からGS社の体質が、トレーディング部門中心となり、しかもIT技術の進歩で、コンピュータソフトに依存して、短時間に株式売買を繰り返すフラッシュ・トレーディングが主流となって、投機専門の不健全な金融業となっているという。

2.二番底への警告 
  神谷氏が提唱する基本的な理論としては、リーマンショック(2008年9月)のような「大恐慌」は、根本的には、直ちに公的資金をじゃぶじゃぶと注ぎ込んで、大銀行を延命させたり、大企業を延命させて、一部の巨大企業のみを生き残らせる措置を執る、ということは、邪道であり、将来必ず二番底の苦しみを再現するし、国家に借金の山を築くのみで有害だ。実は、まず不健全に膨らんだバブル部分(実需経済でない部分)は清算して「身の丈にまで経済を切りつめ」、引き締めによる塗炭の苦しみを一時経験した後に、安定期を迎えて、更に経済が自律回復軌道に戻しはじめた段階で、初めて刺激策をとることが、正解だという。・・・しかし、選挙を控えた政権党には、採用が難しい政策だ!

 自律回復軌道段階を見極めるまで、公的資金投入を控え、適切な時期に刺激策をとって経済成長・浮揚を実現したのは、ドイツとポーランドであり、今緊縮財政で「身の丈に戻す」努力をはじめたのが、英国、その他の欧州諸国であるという。

 他方、日本と、米国は、ケインズ流経済学=財政赤字額を気にせず、ともかく公的資金注入で経済の転落を防ぎ、他方で、通貨安レートで輸出を促進して、成長路線を回復しよう=という旧来の手法に固執して、現実を直視せず、真に有効な政策をとっていないから、国家の借金をやたらに積み増し、将来の二番底に脅えるだけだ、と酷評している。その前例は、1929年の米国の大恐慌で、ニューディール政策(公的資金注入、公共工事による雇用拡大策)にもかかわらず、10年後の1938年に二番底を迎えたことで明らかだという。ちなみに、1938年の二番底は、第二次大戦という、戦争経済で、ようやく克服できたという。すなわち、今回の2008年の「大恐慌U」も、10年後の二番底に追い込まれる可能性が大で、その克服は、大インフレか、大戦争でしかあり得ない、ということであるらしい。

3.先進国の資本主義経済が、新興国との競争に負け、公的資金投入方式を継続していけば、結局先進国経済は社会主義化していく! 
  神谷理論では、自分がGS勤務時代に経験した、イノベーションに基づく新技術を持ち、新しい産業を創造しようとしている起業家達に資金を貸し付けて、新興企業を育成するという、旧来のバンキング業務を最上としているから、例えばデトロイト市における倒産工場の建物を再利用して、大豆などを生産する、などという、「工場化農業」などの、全く新しい産業分野を切り開く=イノベーションによる新産業を提唱する。しかし、先進国の高い賃金(米国の時給は18ドル、他方メキシコなら4ドルだという)から見て、同じような製品を作る「旧産業」部門では、勝ち目はないという。
  (注:小生が最近書いた、「汗かき経済学」理論とほぼ同じだ。もっとも、屋内農業、などの新技術により、どの程度旧来技術に対抗できる、安価で良質な商品が供給できるのだろうか?、「新産業」が膨大すぎる失業者を吸収できる可能性はあるのか?など、疑問というか、実現可能性には、小生も首をひねらざるを得ない。
 小生は、種々な形で「美味しい伝統野菜などの高付加価値農産物」、「伝統技術を継続しつつ、現代性を持たせた高付加価値繊維製品」、などなど、技術的には先進的ではなくとも、他所では作っていないニッチ商品で稼ぐ、高付加価値=高い価格商品に特化したモノ作り、という先進国における方向は、今後も可能性があると思うが、これらによる雇用吸収能力には限界がある。やはり自動車、家電、工作機械、電子部品、などの日本の主要産業をなんとか延命し、継続させる工夫を、経営者らが重ねていくしかないと思うのだが、とはいえ、これら産業分野は既に、韓国、台湾、中国などにより、追いつかれてしまっているとも言える。逃げ道がないようにも見えるのだ!)

 筆者は、もはや過剰生産力でしかなく、古い淘汰されるべき旧産業である分野を、公的資金で延命させることには、何らの意義も認めない。例えば、最近の日本政府がとった省エネ家電製品へのエコポイント制とか、省エネ自動車への補助金制度とかは、削減すべき過剰生産力を温存するだけで、しかも政府債務を上積みするので、よくないという。
 米国政府がとる、政策金利ゼロ政策による市場への資金供給も、これら資金の受け皿は中小企業ではなく、銀行業界であり、投資銀行の投機資金となるか、或いは国債を買い取って終わりとなるだけである。既に輸出産業と言えるほどのモノ作り企業は米国には残っていないので、輸出が増えることもあり得ない、という。

 つまり、神谷理論では、コンピュータソフト委せのフラッシュトレーディングでは、市場に多く所在する主要企業の株式に取引が集中するから、企業は益々大企業しか生き残れない、中小企業を丁寧に育成してくれる銀行家は既に存在しない、銀行も大恐慌Uで、既に多くの中小銀行が消滅して、益々政府が生かしてくれる大銀行しか残らない、大企業、銀行も、不況、その他の際に公的資金に助力を嘆願するから、結局どんどん資本が政府側に移り、国営銀行、国営企業の様相を深め、将来性、成長性は低くなるし、経済全体は、いつの間にか、社会主義化していく、と危惧する。大きな政府は、結局社会主義体制に近づく、というのは、そういえばさほど新しい理論でもないが、共産主義大嫌い論者の小生には、いやーーな気分になる。なにしろ、マルクス予言の復活だというのだから!

4.日米の政策を全否定 
  筆者の論点は、分かりやすい。
(1)日本の政策批判(p.188)
 −−−日本のGDPは、20年前も、今も470兆円の水準でちっとも伸びていない。まさに「失われた20年」である。土地バブルがはじけ、その後は衰退の一途だ。バブルを膨張させた銀行、証券会社の幾つかは消滅した。この20年間、国の借金だけは増え続け、とうとうGDPの2倍という水準にまで到達した。借金を3倍にしたが、GDPは全く伸びなかったのだ!それでも、もっと借金して使えという人々の声が大きい。金利ゼロが当たり前となり、預金者、年金受給者から銀行に所得移転され続けている。銀行はそのお金を、投機に使うか、国債を買うだけで、民間への貸し付けは縮小する一方だ。新しい事業など生まれない。国債は、子供、孫の世代からの所得移転である。その上、この金も、新しい産業を育成する原資として使われてはいない。「子供手当」、「高速道路無料化」などの所得移転に消える。ゼロ金利の世界では、淘汰されるべき旧産業が生き残り、そうした産業の経営者も温存されてしまう。新産業は興らない。旧産業の過剰設備と需要のギャップは年間30−−40兆円といわれる。デフレになるのは当たり前だ。このギャップを政府支出で埋めるという発想が、そもそも間違っている。

(2)米国政策の批判(p.192)
 −−−米国の住宅市場が、元のように元気になり、経済を牽引する時代は、もはや二度と到来しない。
 「個人消費がダメなら、製造業と輸出で稼げ」と人々はいう。オバマ大統領も、「借金と消費の時代から、貯蓄、生産、輸出の時代へと切り替えよう」という。それが出来ればいいのだが。しかし、米国の製造業は半分死んでいる。GDPに占める割合はたったの10%である。米国で時給18ドルの仕事を、メキシコ人や中国人が時給4ドルでするというのなら、製造業は全て国境の外に移管されてしまうのは自明だ。時給18ドルで儲かる産業を、未だにこの国は築けていない。製造業の国外移転は、シリコン・バレーの技術開発力の低下すら招いている。発明と、それによる製造業は、車の両輪として共存していなければならないのだ。「発明業」に限れば、その生態環境は、イスラエルの方がよいエコシステムを形成している。
米国が貿易収支を黒字化するのは、達成できない目標だし、ドルの切り下げで解決しようというのも、間違った方策だ。イラク・アフガニスタンで使った1兆ドルは、配当どころか元本も戻ってこない!国家が疲弊していくのに、ウォール街だけ繁栄を続ける、ということもあり得ない。

5.ルネッサンス、文化大革命?? 
  筆者は、フィレンツェの人々がルネッサンスを興したように、或いは鎌倉幕府が、禅宗を取り入れ、「武家の政治」をはじめたように、一種の文化大革命を成し遂げなければ、日本の再生はあり得ないと、発想の大転換、革命的新発想に基づき、日本の政治家も、若者達も、奮起せねば、将来はないと示唆している。
 小生としては、そういう大革命を起こせるのは、もっと貧しい時代の、より荒々しい世代のように思える。豊かな時代に、「ゆとり教育」という間違った教育を受けて育ち、大学には誰でもが入学できるほど、席が余っている時代、文明の利器に囲まれて育った恵まれた世代に、革命的な新発想があるのだろうか?せいぜい、今盛んな、B級グルメ開発のアイデアくらいしか出てこないような、頼りないイメージしか沸かないのが残念だ。いや、そういう悲観論は止めるべきなのだが。

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