ブルガリア研究室

アクセスカウンタ

zoom RSS ギリシャ危機と財政規律

<<   作成日時 : 2011/10/23 11:53   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 2

 最近のギリシャにおける金融危機は、最終的には、ギリシャ国債はデフォルトさせる(つまりギリシャ国家はいったん破産となる)しかなく、その上で、ギリシャはユーロ圏から離脱して貰う、という措置をEUとして採らざるを得ない、と見られている。
 その最終処理にいたるまでの期間、EU内のユーロ通貨採用国16カ国は、金融安定化基金に対する巨額の支出を強いられ、この意味での「ギリシャ支援国」となる各国では、国内世論が「何故俺たちが遊んでばかり居るギリシャ人を助けなければならないのだ?」とか、スロバキアのような東欧新興国からは、「自分たちよりずっと豊かなギリシャ人達を何故俺たちが援助しなくてはならないのだ?」との怨嗟の声が充ち満ちている。

 すなわち、現在のギリシャに関するイメージは、「キリギリスのように、繁栄を貪って、明日に備えなかった怠け者達」ということ。或いは、東欧新興国から見れば、既に先進国として、あらゆる贅沢をしてきた国、勝手に財政規律も緩めて、借金までして贅沢三昧した国、放蕩国民だらけの国、と言うものであろう。

 このユーロ危機の中でも、最近までブルガリアは「ユーロ圏昇格」を目指してきていたのだが、さすがにスロバキアが十億ユーロを超す安定化基金への貢献を強いられている様子を見て、とんでもないと思ったらしく、ボ首相も、当面ブルはユーロ圏昇格を求めない、と方針転換した。9月下旬に「シェンゲン圏昇格拒否」されて、プライドを傷つけられたばかりだが、逆にスロバキアの窮状を見れば、ユーロ圏昇格が遅れていて、却って得した、という気分でもあろう。何でも「一人前のEUメンバー国」へと、急いで上っていけばよい、と言うものではない、ということを初めて学んだ、とも言える。

 さて、以上でも、今回の前文(リード)部分は、普段の小生の書き方に比べて、少し重すぎるのだが、今回書きたいことをここでようやく明らかにすると、要するに、政治が大衆迎合主義、ポピュリズムに劣化すると、政府側は、当面の政権維持のためには、財政赤字を気にしなくなり、累積赤字を貯め込みすぎて国家が滅亡する、ということを、我々日本国民も、より真剣に意識すべきだ、ということを言いたいのだ。

1.いつも繁栄していたギリシャの記憶(60年代末〜70年代)
 隣国ブルガリアを専門としていた小生は、社会主義時代の物資欠乏を、せめて自分の家族分だけでも緩和するために、しばしばギリシャに旅行し、食料品、日常消耗品を車のトランク一杯に詰め込んで、ブルに帰国する、という方法で切り抜けていた記憶が、未だに鮮明だ。

 社会主義時代、町の街灯なども、未だに裸電灯程度と薄暗い町が多く、人が集まるようなレストランとか、酒場なども地方都市ではほとんどない、と言う風に、暗くて貧しい印象しかないブルガリアから、国境検問所を抜けてギリシャにはいると、国境から南に30kmほども走れば、地中海式の太陽がまぶしく、明るく、乾燥した気候のエーゲ海岸の港町テッサロニキが待っている。
 そして、湿気、寒気、陰鬱というブル側の気候、町の印象とはうってかわって、国境を越えれば、20世紀の普通の近代都市としてのテッサロニキの喧噪が待っている。実に、「19世紀から20世紀に移動した気分」なのだ。

 この「ギリシャに行ったら、本当に20世紀に戻った気分となる」、と小生が学生時代にブル人の同級生らに述べたところ、西側の20世紀の風景を一度も見たことがないブル人学生の一部は、「ギリシャは後進国で、ブルは先進社会主義国だ、そんなはずはない!」と言葉では反論したが、大部分の学生達は、既に誰それか、近親者でギリシャに行った、或いは西欧に旅行した者が居る様子で、こっそりうなずいていた。

そもそも、5時間以上を費やして車でソフィアからテッサロニキの町に到着しても、町の入り口から、お目当てのホテルまで到達するのに、市内の渋滞のおかげで、30--45分はかかることが普通だった。一般市民が、高価な乗用車を持っているから、これほどの渋滞が起こるし、トヨタ、日産などの日本車さえもが、走っていたのだ。貧しいブル市民とは、水準が違いすぎた、といえる。

2.Goat, goat・・・everyday!!
 もっとも、当時の物資不足で原始的だった社会主義国ブルガリアと同様に、ギリシャの田舎に暮らすと、70年代末に起きた商業革命:スーパーとか、西欧風の大規模商店の発展、が未だになかった頃のせいで、結構物資的な不満もあったようだ。つまり、小さな個人商店しかなく、流通機構が未だに古すぎたせいなのだ。

 小生も、エーゲ海の島であるタソス島で、毎日海で泳ぎ、民宿と村のレストランで生活するスタイルを1週間ほど続けて、やはり、田舎暮らしでは、食生活に一定の不満も残った。朝食として民宿が出してくれるのは、キュウリ、トマト、パプリカの漬け物、スクランブルド・エッグ、フェタ・チーズ、バター、ジャム、パン、それにミルク程度で、単調だった。その上、ミルクが牛乳ではなく、うっすらと表面に油が浮いた山羊の乳なのだ。この山羊の乳、というのは、結構飲みにくい。少し温めてぬるくしてみても、やはり口に合わない。「牛乳はない」ということで、もうミルクは要らない、というしかなかった。

 ソフィアに戻って、あるドイツ人女性達と話したとき、このgoat milkしかなくて、飲めなかった、という話しをしたら、彼女たちも笑って、同様の体験を話してくれた。
 彼女たち二人のドイツ人女性は、前年の夏、ギリシャ人知人の故郷で、ギリシャ北部の田舎町(内陸部)に1週間滞在したのだが、野菜、果物は美味しいのだが、魚はないし(注:小生の泊まったタソス島は、島だから、海の魚が豊富に取れ、レストランで毎晩、焼き魚、イカ・リングのフライ、などを楽しめたし、ワインも美味しかった)、出てくるものは、全て地産地消だから、実は肉、乳ともに全て山羊しかなかったという。毎日朝から晩まで、山羊のミルク、山羊のチーズ、山羊の肉・・・しかないのだという。「Goat, goat----Everyday!!」で、すっかり食欲が失せてしまったという。

3.テッサロニキでは、70年代末に商業革命
 その後、70年代末(77--79年頃)になると、テッサロニキの町では、郊外に1軒、アメリカ風の巨大スーパーが出現して、我々の買い出しも楽になった(テ市内のあちこちの個人商店を巡って、必要な各種の商品を買い付ける、という作業を省き、一つの店舗でなんでも揃うから)。

 田舎町でも、小規模ながらスーパーが出現し、それ以前に比べると、様々な物資の調達が楽となった。知り合いのアメリカ大使館の館員の中には、土曜日早朝にソフィアを飛び出し、ギリシャ国境を越えて最初の田舎町セレにあるスーパーで、魚類、肉、ソーセージ、果物、その他の食料品を買い込んで、とんぼ返り(要するに日帰り)で帰ってくる、と言う者まで現れた。テ市の朝の市場でなくとも、ある程度の新鮮な魚類が、田舎町のスーパーでも買える、と同人は主張していた。我々は、どうせ国境を越えるなら、テ市東はずれの海沿いのレストラン、などでの食事を楽しみたいから、それにとんぼ返りする体力もないから、セレ町で買い物という経験は、結局しなかった。

 小生家族は、テッサロニキの中心部のホテルで一泊後、早朝ホテル近くの大規模市場で、魚類、果物、新鮮野菜などを買付け、車のトランクに入れると、ホテルをチェックアウトして、一目散に郊外の大規模スーパーに走る。その途中では、我々が偶々見付けた、手作りの美味しいケーキ、クッキーを焼いている専門店で、これらを買い付ける。大規模スーパーに着くと、トイレットペーパー、紙タオル、その他の文明的な商品を大量に買い、その後、食品売り場で、新鮮な牛肉、ソーセージ類、羊乳製の素焼きの皿入りヨーグルト、各種のパン類、ドルマ(ブドウの葉っぱに包んだご飯という、ギリシャ料理の定番)、などなど、いろんなモノを買いまくる。
 結局、車のトランク一杯に(スイカ、リンゴ、梨などかさばるものの一部は、車内の足下にも積み込む)、大量の食料品、生活消耗品を買い込んで、ソフィアに戻るのだ。そして到着すると、直ちに、早朝買い付けた巨大ロブスター、鯛、スズキ、その他の魚類を調理する。大部分は、捌いて適当に切り分けたら、すぐにラップして巨大冷凍庫に直行だ。しかし、ロブスター、鯛、スズキなどの一部は、刺身として、すぐに食卓に出る!

 そういえば、ギリシャまで出かけて、スイカ、トマト、ジャガイモ、ナス、リンゴ、梨、など、ブルでも買える物品まで買い込むのは何故か、と問われれば、甘さとか味がずっと勝るからだ、というしかない。バナナ、ミカン、柿などの、普段ブルでは手に入らなかった(今では入手可能、輸入できるから)モノではなく、手に入るモノすら、社会主義時代の農業が作り出す商品は、品質が劣悪で、不味かったのだ
 以前にも述べたが、社会主義農業は、篤農という概念を知らなかった。精魂詰めて良い品質の果物、野菜を作るには、それなりに工夫を重ね、技術に磨きをかける必要性があるのに、スイカならスイカ、甘かろうが、不味かろうが、kg単価で値段は同じ・・・これが社会主義の制度だから、篤農という概念がなくなるのだ。誰も農業で、工夫したり、努力したりしなくなってしまうのだ。ジャガイモなどは特に、ギリシャでは大きくて、美味しいモノを売っていた。リンゴも、本当に味が違った!

4.ギリシャ財政破綻の原因
 10月21日付産経紙では、ギリシャ危機の原因は、80年以降左派と右派が政権交代を繰り返し、両派が国民の支持を得るために、年金などの社会保障を充実させた。また、支持者を公務員に積極採用して、公共部門を肥大化させた。01年にユーロ圏に参加し、その結果金利が低下したので、低金利国債を安易に発行できるようになり、放漫財政に拍車がかかった、という。

5.日本国債乱発の危険性
 上記4.の記述を見ると、その大部分の記述は、そっくりそのまま日本国にも当てはまっている!!ではないか。結局は、同じなのだ。

 ギリシャは、国債の買い手が外国人だから危険で、日本は、買い手が国内の銀行とか、国民の預金が原資だから、大丈夫という議論は、十分ではない。既に1000兆円という上限に来ているのだ。
 早く赤字国債、建設国債などを止めて、財政均衡を達成しないと危ないに決まっているのだ。ちなみに、もう一度記述しておくと、ブルガリアでは、消費税(付加価値税と呼ばれる)が、一律(例外無しで)20%である。日本でも、消費税を少なくとも10%に直ちに引き上げて、財政均衡を達成すべきなのだ。

 公務員削減、国会議員削減、などを先にせよ、という議論は、もちろんそれを出来るならやって欲しいが、何時までも「他の手段がある、という形の議論で増税議論を潰している」から、累積赤字が相変わらず増えている。
 他の手段がある、といいながら、それが不可能なことを知っている、狡い政治家が多すぎだ。結局は時間稼ぎして、政権を取りたいだけなのだ。国民への迎合主義(問題の所在を不明瞭化して、国民を甘やかしている)からは、国家破滅の、破産の縁に近づいている今、もはや政治家達は、即刻卒業すべきなのだ。

 国民は、歳出が歳入の2倍という、そう言うことにあまりにも無頓着で、子供手当が減るとか、復興財源は十分確保すべき、など、使うことばかりを要求する。増税には、すぐに拒否反応だ。収入が減っている、というのは、新興国との競争に負けつつあるから、或いは、新興国との賃金格差を縮小しないと企業が生き残れないから、という理由もあるのだ。既に日本の多くの市民は、家も、車も取得済みで、大きな買い物はしなくて良い場合が多い。そう言う社会では、給与が伸びなくても、デフレだし(つまり物価が安定している)、工夫次第で生活は可能だ。これ以上政府から、金を引き出す要求ばかりしてはならないのだ。

 なお、日本の場合、官僚機構は、さほど政治任用による影響を受けないが、それでも民主党は労組(官公労中心の「連合」など)と提携していて、官僚機構の整理、縮減には手をつけないし、自民党も、政策を丸投げして官僚に依存してきた歴史がある。すなわち、それなりに公共部門の肥大化、というのは、日本でも問題であるといえる。特に、基金、社団法人、その他の名目で、半民半官としてきた付属機関は、一応独立行政法人などに再編されたとはいえ、実質はお役所、すなわち省庁からの予算バラマキで、相変わらず機能している。

 地方自治体も、中央官僚以上の高給をいつの間にか当然のごとく受領している。地方公務員が、中央の国家公務員以上の高給をはむ理由が分からないし、諸外国に類例を見ない。  地方公務員は、親が購入した自宅から通えるし、通勤も多くは自家用車と、中央官僚よりも実に生活が楽だし、仕事の中身も、中央に比べれば、知的レベルが低く、気楽だ。地方公務員に、何故多額の給与が出されるか、というと、やはり選挙の際の票としての機能が、県知事、市長達によっても意識されるから、ついつい給与を上げてしまった、或いは、賃金カットしにくいのであろう。府の職員に大幅賃金カットを、声高に主張した橋本知事は、その意味では偉い、と褒めたい。

増税しても、景気が悪化して税収は伸びない、と一部の学者はポピュリズムに迎合するが、増税しても官僚がいい生活を継続しているのなら、益々公的部門への非難の声が増大して、いよいよ国会議員定数削減、公務員削減、などの「本丸への攻撃」も本格化するであろう。全てを一挙にとは行かないのが、民主主義の弊害だ。豪腕の独裁者−−ローマの皇帝みたいな存在がいれば、増税と同時並行しての公的部門縮減も可能なのだが。

ともかく、先進国では、もはや景気拡大とか、賃金上昇とかは、夢のような誇大妄想でしかあり得ない、と悟って、デフレ、賃金縮小の中でも、心の豊かさを失わない工夫などをしていく方が、賢い、と思う。まさしく、仏教思想(禁欲主義)で我慢すればよいのだ。ギリシャのように、キリギリスでも良い、まずは先に楽しもう、などという地中海哲学は、邪道だ。その邪道と、実は同じことをしている、と反省すれば、道は見えてくるのだ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

 ギリシア危機は遠い国の出来事とは思えません。日本も巨額の財政赤字を抱えているし、これも深刻な問題です。日本はギリシアよりもイタリア化する、と言った人がいますが、地盤沈下と低落は避けられないでしょう。この件で、主婦ブロガーさんの面白い記事もありました。 
http://blog.livedoor.jp/rihotan221-sekaishi/archives/51707885.html

 最近、ヒンドゥー思想に関する本を見ていますが、ヒンドゥーの聖典「バガヴァッド・ギーター」にもハッとさせられる言葉がありました。
「執着を捨て、成功と不成功を平等(同一)のものとして、ヨーガに立脚して諸々の行為をせよ」
 ヨーガと言えば、美容や健康のための体操をイメージしますが、この場合は「平等の境地」を意味しており、心の動きを滅することでもあるそうです。仏教の小欲足知といい、やはりインド思想は奥が深く、共感させられます。
mugi
2011/10/24 22:10
mugiさん、こんばんは、
 アラフォーブロガーさんの、散文詩的な評論、少し読ませていただきました。自分の頭で考えるのは、この方の良いところだけど、コソボの記事など、やはり荒っぽすぎで少し誤解も多いと感じる。
 また、素人過ぎる人は、やはり興味本位で、何でも陰謀論に走ってしまうと言う乱暴さもある、と思う。
 小生が見てきた限りでは、英米の政治家も、外交官も、その時々に精一杯自国の国益を守ること、そのために努力し、奮闘している、ということです。結果としては、うまく立ち回って利益を得ている、と言うことになるけど、西欧列強同士、或いは台頭してきた米国、など、お互いに牽制しあったり、出し抜いたり、賢明に競争している、と言うのが実態。武力でも、技術力でも、二流のフランスは、何時も真っ向勝負の競争では負けるから、情勢変化の先読みをして、真空地帯で抜け駆けし、利益を独占しようとする。
 ドイツと日本の凄いところは、汚い手段を使わず、正々堂々と戦って勝てる底力がある、ということ。他方で、これは、外交下手と言うことにも繋がっているけど。要するに、技術力、民度の高さ、など、正面で戦える能力があった、と言うこと。
 米国も、20世紀入ってからは、徐々に大国として、正面から大兵力で世界の課題に取り組み、介入して、結局泥沼戦争となり、大きく国富を傾ける、と言うへまばかりしている。陰謀論で言うほど、日本は損ばかりしているわけでもない。
 
室長
2011/10/24 23:28

コメントする help

ニックネーム
本 文
ギリシャ危機と財政規律 ブルガリア研究室/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる