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zoom RSS 近代化が未だにできていない隣国と、いかに付き合うか?

<<   作成日時 : 2017/03/21 11:15   >>

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 今日考えてみたいことは、極東情勢を不安定化している理由に関する考察だ。

 @共産主義を謳いながらも、実際には中国式の王朝体制で「金王家」の独裁政権を維持したいだけの北朝鮮、A近代以降の西洋から受けた国土への侵略と言う恥辱を払拭し、再度「世界に冠たる中国王朝・漢民族王朝の復活」を誇示したい習近平(Xi Jinping)政権、B日本式民主主義を学んだはずが、相変わらず中国式思考(華夷秩序、日本国蔑視)から脱却できず、李氏朝鮮時代の行動パターンにはまってしまう韓国・・・・いずれの体制も、自己正当化のためには「歴史の歪曲、改竄」を重ねることで、日本を敵視し、これをテコに国内体制・世論を誘導して、古代式の中央集権体制を復活したり、継続することに血道をあげている。

 これらの、我々から見れば「愚行」としか言いようのない、国内政治の迷走に関し、最近井沢元彦氏は、『週刊ポスト』誌の連載で、南宋時代に成立した、「現実」を一切見ず、全てを偏見に満ちた「排外主義・夷狄蔑視」と「自己正当化」(観念論)の極論に依存する、実学無視、思考停止型の「儒教の一派:朱子学中毒」の害毒と断定されている。

 最近の小生の新聞切り抜きでも、極東情勢混迷の元凶として、古代以来の中国思想の悪弊、近代化で人類社会の一定の進歩を実現した西洋思想への無理解、などを指摘する声がある。下記に古代思想が継続し、近代化が難しい中国式思考を指摘する2つの論文を紹介しておきたい。

1.高い近代化のハードルを乗り越えた日本と、そもそも近代化する気がない周辺国(筆者:筑波大学大学院教授・古田博司(ひろし)、1月19日付産経紙「正論」欄、http://www.sankei.com/life/news/170119/lif1701190024-n1.html

 インターネット、グローバリゼーション、イノベーションは近代以後の三種の神器だ。これらを用いていかにベターな選択をするかが、近代以後の生きがいである。

 日本にとって、近代のハードルは実に高かった。合理主義、科学主義、民主主義、統一された自我の理想像や人権主義など。またドイツ観念論のつくりあげた明治以来の教育体系のトンネルは長く暗かった。「トンネルの中に意味のないことはない。それを学べば学ぶほど知識は蓄えられ、それが教養になり、立派な人格になれる」と教えられ、トンネルを抜けたところで、終わりに気づかなかった秀才たちが自己愛でボロボロと転落した。

(1)ダークサイドに落ちた隣国
 ハードルを越えられず、トンネルを抜けられなかった隣国は、ダークサイドに落ちた。近代の終わりとともに、ドイツ渡来の進歩史観も崩れ、古代→中世→近代などという段階を踏めたのは、世界のほんの一部の国だったことが明らかになってしまった。
 だから、いま世界で、紛争やいざこざや奪い合いが起きている国は、全部近代化に失敗した国である。で、本当は中世がなかったので、そのまま古代が露呈した。
    (小生注:日本は、西欧同様に、封建制の時代=中世があり、この故に、地方毎の自治と言う体験があり、かつ、下の階級にも一定の参政経験が積み重ねられた。明治維新も、封建制の中で、それなりに革新性を持った小国家(藩)を実現していた薩摩藩と長州藩が、しかも現実主義の下士階層が、日本人による近代統一政権を目指したので、近代化への道を歩むことができた、と言われる。
   ちなみに、最近韓国を厳しく批判する論評を次々に発表し、日本の論壇に活を入れておられる古田教授の奥様は、実は韓国人であると聞いた。「韓国愛」も捨てがたい教授の背中を押して、「あなたは日本人でしょ、日本人の立場で考え、書きなさい」と叱ったのが、夫人だった、とどこかで読んだ覚えがある。立派なご夫人が、学者としての夫の視野をまっすぐに矯正したのだ。


 韓国の“シャーマン”の国政介入(小生注:最近の朴槿恵(パク・クネ)大統領が、近しい友人女性に「洗脳」されていたという事件)しかり、産経新聞ソウル支局長の新聞報道や韓国人学者の書物に対する学問の自由の弾圧は、古代の「文字の獄」である。専制者の怒りに触れた「筆禍」というやつだ。「従軍慰安婦」は、歴史上奴隷制のなかった分業国家・日本国に対する、奴隷制国家からのぬれ衣(ぎぬ)である。自分たちの古代が日本にも当てはまると思い込んでいる。ロシアのシベリア抑留は、奴隷労働のシベリア捕囚である。みんなが働くので奴隷のいらなかった日本人には、彼らの古代がよく分からない。
    (小生注:韓国軍は、ベトナム戦争時に、ベトナム人女性を強姦し、強制連行して「トルコ風呂」と称した売春宿(韓国軍高級将校が経営)で「性奴隷」として働かせた。日本軍に対して着せている濡れ衣は、全て、自分たちがベトナム戦争時に行った犯罪行為から類推、連想して、昔の日本軍に当てはめた「妄想史観」に過ぎないのだ。日本の歴史家たちが、日本の朝鮮統治、第二次大戦時の「慰安婦」に関する実態を掘り起こして反論しても一切受け付けず、他方で、左派のハンギョレ紙ですら認めている、ベトナム戦争時の韓国軍の売春宿経営の犯罪に関しては、全て知らんぷりして、謝罪すらしていない・・・・その卑怯さについて、自覚すらしないのが、朱子学的な視野狭窄、自己正当化の論理体系なのだ。次を参照:http://www.sankei.com/west/news/170120/wst1701200001-n1.html。)

(2)「自制の予感」が働かない
 古代の大国だったシナは、じつは打たれ弱い大国である。遼陽(小生注:中国東北地方の都市、瀋陽の南)を落とされれば直隷(小生注:北京に直属する地区)まですぐに占領された。地政学的にヴァルネラビリティ(vulnerability=打たれ弱さ)があるので、現在でも「威嚇」と「牽制(けんせい)」の国際政治しか知らない。昔どんなことをやっていたかといえば、朝貢人数を水増しして儲(もう)けようとしたモンゴル族を威嚇しようと出兵し、逆に王様が捕まってしまった、土木の変(1449年)がある。

 李朝には軍馬を3万頭出せと牽制したが、李朝は分割払いの9千頭でごまかした。で、シナの王様が捕まると李朝はすっかりおびえて、次の満洲族征伐には村一つを襲ってすぐに逃げ帰った。成化3年の役(1467年)という。

 朴槿恵大統領のセウォル号事件のときの空白の7時間も、これで分かるだろう。彼女は何をしていたのか。ただ逃げていたのか。コリアの為政者は、緊急時に「遁走(とんそう)性」を発揮する。
     (小生注:古代国家・王朝というものは、ある一つの「家族」が全て、と言う「家系中心」思想だから、国民の安全とかは二の次で、さっさと遁走するのだ。儒教の言う王道、君主の徳、忠誠心、孝行、などの徳目はあっても、民への仁慈の心、民の幸せに対する配慮などは、基本的には理想論で、二の次でしかない。秀吉軍が朝鮮を攻めた時も、朝鮮国王は民衆を置き去りにして、真っ先に北に遁走した。下記の、中国には「近代化する気がそもそもない」というのも、凝り固まった儒教の朱子学思想から、未だに脱却できていないからだ。)

 現代中国は近代化の失敗ではなく、近代化をする気がそもそもない。ウクライナから買った旧式空母を南シナ海に浮かべ、アメリカの技術をパクッた飛行機を飛ばしても恥じない。「恥」を知らないので、こんなことをすると恥をかくという「自制の予感」が働かないのである。そちらの方は、やってしまってから失ったものを取り戻そうとして怒り出す古代的なあの「面子(めんつ)」だ。これは韓国・北朝鮮も同じである。

 シリアが滅茶苦茶になり、代わって「イスラム国」が台頭すると、また古代が露呈した。「敵は十字軍」、「理想はカリフ制の再興」であり、占領地では奴隷制を復活している。要するに近代化できなかった国々は、みんな古代回帰するのである。
      (小生注:ロシア、中東諸国なども、極東同様に「古代回帰」の力学が強いらしい。)

 日本にも近代の終焉(しゅうえん)に気づかず、あるいはそれを嫌い退行してしまう所が部分的に見られる。日本の場合には、古代ではなく中世に退行するのである。所謂(いわゆる)「藩」化してしまった自民党東京都連などがそうである。自分たちで決めた不合理なおきてを脱藩者に科し、除名したりするわけだ。

(3)三種の神器使いこなす人材を
    (小生注:この項は、上記の論点と異なり、普通の「教育論」ですが、古田先生は筑波大学の大学院生を教えておられるので、日本の大学教育に関し持論をお持ちらしい。削除はしませんが、読まなくても結構です。)
 さて、近代以後はインターネット、グローバリゼーション、イノベーションの三種の神器をうまく使いこなせるような「新しい秀才」を教育しなければならない。そこでアクティブ・ラーニングが盛んに言われるようになったのだが、実のところどうしたらよいのかわからず、模擬試験問題を流布するだけとなっている。

 理工系や医系の研究系には、実験の課題を課すのがよいのではないだろうか。近代の秀才は、勉強はうまいが実験がへたな者が多い。医系の臨床系には、手先の器用さを課題として課すのがよいだろう。手先が不器用では手術もへたになる。

 人文社会系は、ストーリー形成がうまい者を育てるのがよい。現実の世界も社会もただの出来事の連鎖だが、そこにストーリー性がないと人間には認識できないのだ。出来事を並べておいて、ストーリーを導き出す出題をするとよい。何ごとも有用性を基準にし実験、手技、説得力を育成するのである。そして人生は、自分を実験しながら生きるのがよいと思う。


2.人民解放軍の源流は「私兵」だった:中国の政治と軍の悩ましい関係史 (澁谷由里・帝京大教授著『<軍>の中国史』、2月1日付産経紙「書評」欄、磨井慎吾筆、http://www.sankei.com/life/news/170201/lif1702010033-n1.html

 中国の歴史の中で、軍の位置付けは常にやっかいな問題だった。国が丸抱えすれば財政が破綻するし、地方に委任すれば内乱の温床となる…。中国独特の軍と政治の悩ましい関係を切り口にしたユニークな通史『〈軍〉の中国史』(講談社現代新書)を刊行した澁谷(しぶたに)由里・帝京大教授(48)は「この歴史は現代の人民解放軍を考える際にも参考になる」と語る。

 もともと、張作霖など中華民国時代の「軍閥」を研究していた澁谷教授。軍閥とは当時の中国に特有の地方に割拠する私的軍事集団であるが、中世史の研究などを参照するうちに、「意外と昔からある存在なのではないか、と近代からさかのぼる形で考えるようになった」のが本書だという(澁谷教授は、作家・浅田次郎さんの『中原の虹』などの歴史考証も担当した)。

 国土が広大で、かつ北方や西方の異民族との攻防が絶えない中国は、どうしてもある程度の規模の軍隊を必要とした。強大な直轄軍を作るのは皇帝にとって理想的であるが、莫大(ばくだい)な経費と民への大きな負担で深刻な社会不安を招く。反対に各地の有力者に軍の維持運営を委ねると財政面は楽になるが、皇帝の権威は弱まるし内乱のリスクも高まる。この両極での往復運動が中国史の中で繰り返された、と澁谷教授は説く。

 例えば古代の前漢では、国が丸抱えする形で兵農一致の強兵策を取ったが、結果的に財政破綻と王朝滅亡につながった。その前漢に範を取った唐の軍事制度も同様に行き詰まり、後期には地方軍が自立した存在になっていった。澁谷教授は「千年のスパンで中国史をみると、強い中央権力を維持できた時代は短い」として、地方勢力が独自に軍の徴集や維持運営を担う「私兵」中心の時代の方が長かったと指摘する。
       (小生注:バカでかすぎる国土のほか、漢民族といいながら、北京官話の他に、上海語、四川語、広東語、閩語など、方言というには大きすぎる言語的な差異があることから明らかなように、少数民族は言うに及ばず、理論的に漢民族と言う主要部分の国民も、本当は幾つもの異人種、異文化から成っているので、地域ごとの軍閥・私兵集団・・・と言う方が、むしろ自然な形態であるのかも。)

 近代の軍閥も、そういった中国独特の私兵の流れの上にあると理解できる。中国の歴史の中で、政治と軍との関係は常に微妙なバランスの上で成り立ってきた。だからバランスの確保に失敗した近代中国の国父、孫文の力量について澁谷教授は批判的だ。一方で、民国政府を乗っ取った軍閥首領として悪評高い袁世凱(えん・せいがい)については、孫文が投げ出した政権を引き受けたとして再評価を提案しているのが面白い。

 実は現在も中国には国家の軍隊がない。中国共産党が指揮する軍である人民解放軍は、党の「私兵」ともいえる。それは党が国家を指導するというマルクス・レーニン主義の理念を輸入したようでいて、実は中国的な文脈の中に落とし込まれているのでは、と澁谷教授は指摘する。

 「一見、非常に近代化されたように見える現代の人民解放軍も、掘り下げてみると中国の歴史的な軍のありかたを受け継いできた要素が大きいのではないか」。大規模な企業経営に乗り出して自前の経済的基盤を確保するなど、近代国家の国軍の常識がそのまま当てはまるわけではない人民解放軍。度重なる対外威嚇など他国から見て不可解な行動は多いが、それは必ずしも中国の国家意思の反映だとは限らない。中国の内在的論理を理解しようとする際に、一読の価値ある一冊だ。
      (小生注:中国国家が、未だに近代的な「国軍」を確保できていないのは、中国共産党が、古代の「王朝家系」に奉仕する家臣団的なもの(士大夫階級)に過ぎず、更には、人民解放軍が、その家臣団に従属する「私兵」的な存在に過ぎない、という、古代以来のDNAがあるからと思う。近代的な国民の意志と利害に立脚した「国民国家」の形成が、未だに不可能で、相変わらず「皇帝」のようにふるまう共産党指導者に直属する「私兵」的要素を否定して、民主的市民が支える「国軍」としてしまっては、独裁政権の指導部にとっても困る集団となってしまう。軍隊と国家と言う関係ではなく、あくまで独裁者に奉仕する「私兵」的要素を残すしかないのであろう。これでは兵隊たちも、古代同様に、いざとなったら=危なくなったら、さっさと逃げることを優先するはずだ。
    なお、日本国も、戦後の占領軍制定憲法の改正を怠っているが故に、自衛隊が未だに「国軍」としての合理的存在となりえていないという弱点を保有している。自国の防衛に関しても、きちんとした国家と国軍と言う形を形成しておかないと、いざと言う時に機能しない惧れがある。

           

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。

 記事に見る、隣国における行動や思考パターンは興味深いですね。あの吉田教授の夫人が韓国人だったとは知りませんでした。夫の背中を押した夫人の姿勢は立派ですが、このような韓国人妻は残念ながら少数でしょうねぇ…。
「三種の神器使いこなす人材を」という意見には全く同感です。ネットを使いこなせるはずの日本の若者には、サヨク学者やメディアに感化され、未だに平和や友好を唱える者もいるようです。かつての赤軍派もこうして形成されたのでしょう。

 日本の科学者たちが、軍事研究拒否宣言していたのは絶句させられます。余りにもナイーブ過ぎて、超の字のつくバカ学者の集まりにしか思えない。こんな輩が学会を牛耳ることには絶望を覚えます。
mugi
2017/03/23 22:23
こんにちは、
 中韓両国が、井沢氏の言うように、未だに朱子学中毒の悪弊から脱却できておらず、国際関係というか、世界感として、自国を文化・文明国として勝手な自己満足体系の主観の中に行き、他国、特に隣国で先に近代化して欧米化を果たした日本国を見下す・・・・見下し、軽蔑し、罵倒し、そういう劣等感の裏返しを行うことでしか、国民の間の結束感覚、国民としての一体感も、感じることができない。
  何しろ、2千年以上もの間、皇帝・国王とそれに仕える士大夫階級(科挙と言う四書五経をそらんじることが唯一の学問とする選抜試験に合格しただけで、本当に合理的な統治能力とは、必ずしも関係のない官僚が生み出された)、そして彼らが徹底的に搾取した、庶民(平民)階層、更には、これら平民にさえ数えられない奴隷階級さえが、近年に至っても存在していた社会では、血縁を中心とした同族関係での自衛組織で上に対抗するしかなかったのですから、人間個人の独立、自立を起訴として、市民としての自治体制とか、国民として議会を通じて民主的に統治に参加する、などの近代社会の原則などは、なかなか浸透しえない、異なる世界の原理と映るのではなかろうか。
  ともかく、封建主義の時代には、小さい国家が並立することで、自治とか、村単位での政治への参加とか、色々な形を経つつ、近代への階段を上る準備がなされるのであり、これを経ていない中国、韓国では、近代とか現代への会談を上手に登れない、と言うことで、古代以来の様式での、反乱とか、歴史の歪曲、他者への罵倒、一方的批判、などの形式しか採れないらしい。竹島、尖閣諸島などを日本国以外が領有したことがない、という明白な歴史的事実さえも、ごまかせると考えることからも、彼らの異常な心理形態が分る。
室長
2017/03/25 15:56

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