再びアイルランドについて(その二)

  前回に引き続き、「再びアイルランドについて」のその二です。


9.共通旅行地域 (室長)2013-07-30 11:59:11
 こんにちは、
 もう少し、英アイ関係を説明させてください。
 現在のEUの「シェンゲン圏」アイデアの元となったのは、実は英国が採用したCommon Travel Area=共通旅行地域、という概念なのです。
 アイが、独立した後も、アイ人が英本土に渡る時に旅券を携行し、入国手続きしなくともよい、という制度です。もちろん逆も真なりで、英国人も、アイに旅行するときに、何らかの身分証はあるべきだけど、旅券は必要としません。
 まるで、独立後も、いちいち旅券を携行し、移動するのは面倒だ!という感じでしょうか。或は、独立と言っても、それは一定の「フィクションだ」、というか。

 だから、小生は、1989年にブルガリアからアイに赴任先が変わった時、ロンドンの空港で、ダブリン行に乗り換える時に、「国内線=Domestic Airlines」に乗る必要性がありました。空港内の掲示で、Domestic Airlinesという表示版に従ってTransit移動しないとだめなのです。これにはたまげました!!まるでアイの独立など「無かったがごとく」英国は対応しようとしたのです。

 更には、「同国人待遇」という、不思議な制度もあります。例えば、アイ人が、英国内で、英国旅券を申請すれば、「はいどうぞ」と言って、British Passportが入手できるのです。住所が、アイ国内のDublinとかになっていても、構わないのです。もちろん、逆も真なりで、英国人も、アイ旅券の方が都合がよいと判断すれば、アイ旅券を申請し、所持して、外国に行けます。
 
 その利点はと言うと、例えば、ベイルートで英国人が逮捕されたという時、この英国人は実は本当はアイ人である、とアイ外務省が乗り出して、身柄釈放交渉ができます。中東では、北アイ、または英本土*でのIRA闘争が有名である故に、アイの方が評判が良かったので、アイ外務省が乗り出して交渉した方が、身柄解放の近道となることもあったのです。もちろん、英国外務省がこっそり、アイ外務省に、解放交渉の担当を依頼するのです!!
   (注*:ちなみに、IRAは英本土での爆破事件なども引き起こしたが、Loyalist側は決して北アイ域外には出ず、故に、例えばダブリンでロイヤリストのテロ事件が起こるようなことは、ありえなかった。多数派側は、それなりに行動を自粛したのです。)

  すなわち、両国関係が、敵意と対抗心のみに基づいてはいないという証拠だし、英国は、アイ国内のプロテスタント系人士(官僚、政治家を含む)との接点を未だに保有していて、微妙な裏の要請もできる、ということなのです。

10.RE:アイルランドの歴史 (mugi)2013-07-30 21:36:36
 >こんばんは、室長さん。

 英国史も愛蘭史もややこしそうですね。ウェールズ語が特殊なのは、日本に帰化した作家C.W.ニコルさんの話で知りました。彼は常に自分をウェールズ人と自称、絶対に英国人と言わない。一般に日本で、ウェールズは英国の一地方と思われているのが面白くないようでした。シャーロックホームズものでもウェールズ人は、一般英国人と違った描き方をされていました。この辺のところは、英国通でもなければ判らないと思います。

 それにしても、アイ国内では「1割強」のプロテスタントが居住していたとは知りませんでした。しかもアイ社会で上流層であることが多いとは。これでは反英一辺倒にはなり難いでしょう。
 私が先に「オレンジ党」と書いたのは、ジャック・ヒギンズの小説でプロテスタント過激派がその言葉で表現されていたからです。翻訳で見たので原文は不明ですが、室長さんのコメントからは、「オレンジ党」よりもロイヤリストの方が相応しいようですね。

 確かフレデリック・フォーサイスの小説だったと思いますが、1920年代のアイの独立運動家を逮捕、英国に連行する際、集まったダブリン市民が余計な騒動を起こしやがった・・・と悪罵を投げつけたことが載っています。大半は貧しいカトリック庶民だったそうですが、このことは建国の神話に相応しくないので、アイの教科書には載せていなかったとか。しかし、処刑となれば激高、処刑反対の暴動が起きたのですね。

 アイルランドは今でも妖精の国と呼ばれるし、それを信じている住民も少ないないそうですね。厳格なキリスト教倫理では、妖精を信じる等“異端”のはずですが、辺境の島国ということも影響したのやら。古くからキリスト教化したイタリアなら、妖精は信じられていないと思います。

11.RE:共通旅行地域 (mugi)2013-07-30 21:38:24
 >こんばんは、室長さん。

 「共通旅行地域」なる概念は初めて知りました。シェンゲン圏という用語さえ私は初耳です。コメントにある室長さんの体験には私も驚きました。ロンドンの空港でダブリン行に乗り換える時は「国内線=Domestic Airlines」となるとは!
    (小生注:あくまで、小生が最初1989年4月にダブリンに赴任した時の例であり、今も「国内線」扱いなのかどうかは、定かではありません。)

 さらに「同国人待遇」という制度も興味深いですね。これも数世紀に及ぶアイと英国の関係から来ている。このような制度は他文化圏では見られない現象ではないでしょうか。

 これまたフレデリック・フォーサイスの小説だったと思いますが、殺人事件でアイと英国の警察が連携する話がありました。形式を重視する英国人に対し、アイの警官が内心、「英国人は妙な儀礼を使うので、付き合いにくい」と毒づいているのです。
    (小生注:NY市警察では、警官の多数派がアイリッシュなのはよく知られています。現実主義者のアイ人は、現場の警官として、かなり荒っぽいのですが、そのおかげで逮捕などの際に勇敢です。米国の警官とか、軍人の間にはアイリッシュの比率は高いと思う。アングロサクソンの警官が、何時も意外と穏健で、優雅な感じもするのに比して、アイの警官は荒っぽいけど実務的な気がする。アイ内務省の話では、アイの田舎の村の警官は、ほぼ独裁者で、10年以上も、毎年年末に、事件はゼロとだけ報告するそうです。全ての事件は、地元のボスでもある警官が揉み消したり、何らかの手打ち儀式で解決してしまうから、結果として事件はゼロとなるという。昔の西部劇のsheriffのようなやり口です。)

 アイと英国関係が敵意と対抗心のみに基づいてはいないことを詳しく教えて頂き、有難うございました。30数年だった日本の韓国統治とは期間が違いすぎるにせよ、少なくともアイは国際常識は持ち合わせている。
 日本はさて置き、千年以上宗主国と属国の関係だった中国と朝鮮の間で、「共通旅行地域」「同国人待遇」の概念など考えられるでしょうか?韓国もアジア諸国で唯一中華街のない国だし、これだけで「恨」の精神が伺えます。

12.訂正:4%でした (室長)2013-07-31 07:01:29
 おはようございます。
 その後、過去の小生論文を読んでいたら、アイルランド国内のプロテスタント少数派の人数は、たった4%となっていました。
 1割強というのは、小生の誤った記憶、印象で、90年代初期の統計では4%ということ。

 生徒たちがカトリックでも、プロテスタント系の高校、大学などで、教師の多数派がプロテスタント系のようでしたし、ダブリンの日本企業などでも、プロテスタント系社員は、○○社への売り込みは、自分にまかせてくれ、と特定の企業に対しては、凄く自信があるけど、それはどこの企業の社長、幹部がプロテスタントかを知っているから。かれら新教系社員は、カトリック系が握る会社については、初めから、営業に行っても無駄とあきらめている由。カト系企業には、カト系社員が担当すべきということ。
 顔に宗派が書いてあるわけでもないけど、話し方、ちょっとしたしぐさとか、考え方から、双方ともすぐに相手の宗派が分るらしいのです。

 結局、国内に分断された2つの「コミュニティー」が存在するということは、経済・市場原理すら通用しないということらしいです。
 そういう住みにくさがあるから、南アイからは、独立後徐々にプロテスタント系住民が、英国へ逃げ出し、小生がいた90年代初期は4%ほどに低下していたのです。
    (小生注:アイの田舎の生活で言えば、教会、パブのどちらも、プロテスタントたちは自らの系統の教会、パブにしか絶対に行かない。しかし、大都市は別として、小都市、村などの田舎では、どんどんプロテスタント系人口が減少して、教会も、パブもカトリック系のみになれば、プロテスタント系の人々は、大都市、或は英国へと移住せざるを得ないのです。)

 
13.Orange order (室長)2013-07-31 18:12:19
 こんにちは、
 そう言えば、北アイで、Orange Parade(7月12日)、その他のプロテスタント系行事、伝統を誇示する行事などをオーガナイズする「友愛組織」として、オレンジ・オーダーという団体があるのを思い出しました。Lodgeもあるし、所属員はOrangemenと呼ばれるし、一種の秘密系組織(Free mason)に近いというべきかもしれません。
 もちろん、Loyalistの加盟者も多いはずで、この団体の示威行進=オレンジ・パレードが、カトリック教徒の居住地域近くをわざと通過したりして、緊張を増すことも多かった。
   http://en.wikipedia.org/wiki/Orange_Orderを参照してください。北アイのみではなく、スコティッシュ・アイリッシュの出身地、スコットランドの低地地帯とか、米国、カナダなどにもこの団体のLodgeが所在するようです。

 スコティッシュ系は、イングランドとの対立も長らく継続してきたし、大英帝国では軍人が多かったし、血の気が多いらしい。(注:あのbagpipeのかしましい音は、スコティッシュたちの武勇を鼓舞するものらしい。アイリッシュもbagpipeを演奏することもあるけど、アイルランドの楽器の代表は、竪琴です。)
 米国大統領も、古い時代には、多くのスコティッシュ・アイリッシュ系(要するに北アイ出身のスコティッシュ系)の大統領を輩出しています。WASPというけど、所謂米国の「貴族名簿」(古い、東部地方に、植民地化初期に入った移民たちの名家を、米国貴族として名簿が作成されているらしい)には、スコティッシュ・アイリッシュのプロテスタントも多くがリストされているのです。
 
 そもそも、アングロ・サクソンという名称からは、ゲルマン系のアングル族とサクソン族のみの血液が想像されるけど、実際には、イングランド地方にいたブリトン族というケルト系民族(仏のブルターニュ地方から入ったケルト人)が基盤になり、ノルマン族、アングル族、サクソン族なども移民してきて混血したのが、アングロ・サクソンですから、ケルト系の血液も当然入っているのだと思う。
 だから、スコティッシュ・アイリッシュたちが、アングロ・サクソン系に何らの劣等感も持たないのは当たり前です。

 実は、小生はWelsh族に関しては、イングリッシュと仲好い、問題ない人々と思っていたけど、C.W.ニコル氏にそのようなこだわりがあったとすると、やはり、心理面では複雑なのですね。とはいえ、アイリッシュも第二次大戦時に、建前として中立を保ちつつも、時折は、西部のShannon空港を米軍に使わせていたし、それなりに裏では英国にも協力していたように、やはり大ブリテン諸島としての防衛協力という際には、こっそり裏で基地提供までしていたし、情報も流すのです。

 豪州、NZにおけるアイリッシュ系の立場も、立派に「白人多数派、クリスチャン」としての立場で共闘するし、必ずしもアングロ・サクソンに対する敵意のみではない。
 Irish、Welsh、ScottishとEnglishは、やはり大ブリテン諸島の防衛という面では、大陸欧州とは利害が反するし、何しろ前回も述べたように、電気のコンセントの形式、家の設計図、街づくりの在り様など、全くすべてが英国式で、米国のワシントン州*(訂正:ワシントンDC、下記訂正参照)に出張した時、小生はワシントン州の家屋が、街づくりが、あまりにも、ダブリン、ロンドンと同じなので驚き呆れたほどです。同じ文化圏としか言いようがない。
 交通面でも、左側通行で、韓国のように、日本とは異なる右側通行へと変えるようなことはしていないのが、アイルランドであり、スコットランドです。


14.訂正 (室長)2013-07-31 21:38:10
 こんばんは、
 すみません、上記のワシントン州は間違いで、ワシントンDC(米国首都)のことです。
 NYなどの摩天楼とは違い、ワシントンDCは、小都市ですから、その雰囲気は、高層建築が無く、普通の平屋(2階建て程度)がずらりと並んでいたりする。本当に、写真にとってみても、ダブリンとも、ロンドンとも、何ら変わらないので、驚きました。

15.RE:訂正:4%でした (mugi)2013-07-31 22:01:03
 >こんばんは、室長さん。

 90年代初期の統計で、南アイのプロテスタントは4%代でしたか。現代はさらに減少しているかもしれませんね。日本でキリスト教徒が1%台そこそこという低い数値が続いているのも興味深い現象ですが、欧米諸国に憧憬しつつ彼らは移住しない。

 >>顔に宗派が書いてあるわけでもないけど、話し方、ちょっとしたしぐさとか、考え方から、双方ともすぐに相手の宗派が分るらしいのです。

 これも凄いお話です。同国人のキリスト教徒という考え方がないのですね。宗派が異なれば殆ど異教徒と見なされる中東と変わりない様な。もっとも日本のように、宗派が違っても同じ仏教徒日本人と見る国の方が世界的には稀でしょう。
   (小生注:前にも書いたように思うけど、アイにおけるカトリックとは、ケルト系アイリッシュ族で、プロテスタントとは、Scotish系またはAnglo-Saxon系ですから、混血も少しはあるらしいけど、ほぼ民族的にも系統が別で、異民族同士なのです。プロテスタントは、僧侶も結婚できるし、女性僧侶も近年は増えている。まったく別の宗教教義とも言えます。ともかく、異民族感情が根本にあるところを忘れてはいけません。だからこそ、共存するために、お互いに慎重に、言葉を選んで対応するし、捏造歴史で非難するなどという、無茶もしない。結局韓国人には、共存する知恵というのが皆無なのです。)

16.RE:Orange order (mugi)2013-08-01 21:40:10
 >こんばんは、室長さん。

 先に私が書いた「オレンジ党」とはオレンジ・オーダーという団体を指していたのかもしれませんね。リンク先にはこの組織の旗が載っていますが、見事にオレンジ色です。北アイの当局がカトリック住民を刺激するオレンジ・パレードの中止を求めても、団体は示威行進を行うとも聞きました。さらにこの団体、スコットランドや、米国、カナダにもLodgeがあったとは。IRAも米国に支援組織があるから、新教過激派も同じでしたか。

 スコットランド人といえば英国ではケチで知られていたはずですが、私には合理的なイメージがありました。しかし、血の気が多い人も少なくなかったようですね。WASPと一括りにされますが、アングロサクソンばかりではなかったとは。スコティッシュ・アイリッシュが古い時代に米大統領を輩出していたとは知りませんでした。

 英国の住民もゲルマン系だけでなく、その前はケルト系のブリトン族もいましたね。後に大陸から渡ってきた民族と先住民が混血するというのは日本も同じです。ウェールズについては、一般日本人はよく知りませんが、ニコル氏がウェールズを強調したため、ようやく知られるようになったと思います。ニコル氏は日本で何度も英国人と呼ばれたのが面白くなかったようです。この拘りは彼個人のものなのか、ウェールズ人全般の傾向なのか、分かりませんが。

 米国の首都でありながら、ワシントンDCはNYやロスに比べ、日本では一般に影が薄いですよね。ちなみに台湾も左側通行から右側通行に変更しています。一方インドは独立後、左側通行から右側通行に変更しませんでした。
  http://gigazine.net/news/20071216_driving_directions/
     (注:今朝、スリランカをTVで紹介していたけど、やはり左側通行でした。画面から見ると、日本製の中古車が、右ハンドルのままで活躍している。とはいえ、小生がパラオにいた頃(05--07年)、やはりパラオでも日本の中古車が大活躍していて、小生も10年を経過した中古のカローラに乗っていたのですが、米国式に右側通行となっていても、右ハンドルで何ら困ることはなかった。却って、崖の多いパラオの山道などは、崖っぷちをきちんと見ながら走行できるので、右ハンドルで右側走行は視界的に運転しやすいと思いました。)
   

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