ユダヤ人の祭日:9--10.断食とシャバット

   今回で、ようやくユダヤ人の祭日の最後となります。驚いたというか、さもありなんというか、世界中のユダヤ人達が英語、その他の言語でユダヤ教、或はユダヤ歴、などに関し、豊富なwiki記事を掲載しているので、今回は、用語などに関する疑問は、たいてい検索で何とか見つけることができた。アルメニア人に関しては、料理レシピは多く検索でヒットするのだが、ほかの事柄に関しては、必ずしも充実した解説は見付からなかったのだが、ユダヤ人に関しては、検索でほぼ何でも分る。

9.Tisha be Av(ティシャバヴ、ヘブライ語:Tisha B‘Av、ブル語:Zadushnitsa=断食、英語:Ninth of Av)
(1)由来
  ユダヤ人達は、1年間に数回、断食して祈祷に明け暮れる日を持っている。例えば、Yom Kipur、Purimの祭日に際しても、厳しく断食を守る。Av(第5月)月(グレゴリオ暦では7--8月に相当)の9日に当たるTisha B'Avもその一つだ(http://en.wikipedia.org/wiki/Tisha_B'Av)。この祭日は、全世界のユダヤ人に、バビロン人によるエルサレム神殿の第一次破壊(上記wikiによると紀元前587年に、Nebuchadnezzar率いる Babyloniansが破壊した)、そしてローマ皇帝Tit*による第二次破壊(紀元70年8月)を想起させるための祭日なのだ。
 
  (*小生注:紀元70年に破壊とあるので、69年7月1日 – 79年6月23日在位したウエスパシアヌス(ウェスパシアヌス:TITVS FLAVIVS CAESAR VESPASIANVS AVGVSTVS)帝の時代と言うのが正しいようだ。同人を継承したフラウィウス朝2代目のティトゥス(ティトゥス:TITVS FLAVIVS CAESAR VESPASIANVS AVGVSTVS、在位:79年6月24日 – 81年9月13日)とは、ローマ字綴りの名前が同じでややこしいが、破壊時期が西暦70年とすると、1代目の話で、2代目のティトゥス帝の時代ではない。ローマ皇帝一覧表を参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E7%9A%87%E5%B8%9D%E4%B8%80%E8%A6%A7。)

(2)習慣
  この祭日の直前の9日間は、服喪期間であり、ユダヤ人達は、この月(Av、Abh)の残りの3週間においては結婚式を挙げてはならない。また、この時期には、成人式(bar mitzbah、http://en.wikipedia.org/wiki/Bar_and_Bat_Mitzvah)を挙げた青年をユダヤ人成人共同体に受け入れることも、結婚式を祝うことも、合計45日間禁止される。

  ティシャバヴ祭は、ユダヤ式のZadushnitsa(断食)であり、この日には、体を洗うこと、買い物をすること、「こんにちは」と挨拶すること、ワイン、mastikaを飲むこと、2つの皿盛り料理を食べること、魚・果物・サラダ・漬物などを食することも禁止だ。子供たちは、黒い石を隠し持って、それに向かって泣いた。皆が低い食卓で食事した、この食卓は黒い布で覆い、2本のロウソクを灯してある。ティシャバヴの夜は「慰めよ!」と呼ばれる。
  つまり、「Ashuraの断食(ブル語:posta ashura)」をすることで、モーセに率いられてユダヤ人達が、その軍隊ともども紅海に飲み込まれたエジプトのファラオから、救出されたことを記念しているのだ。Ashuraと言う名称は、Yom Kipur(大贖罪日)、即ち「救出の日」を念頭に置いていることを示している。   (小生注:イスラム教におけるAshura(アーシューラー)の宗教行事は、元来がこのユダヤ教の大贖罪の日に由来するという。なお、仏教の阿修羅の場合は、元来がサンスクリットのアスラ(asura)で、更にこの神はペルシャのゾロアスター教のアフラ(ahura)・マズダーとも関連するという。) 
10.その他の祭日
(1)Makaveiteの日(Maccabeesの記念日)
  上記の9件の祭日を紹介したが、このほかに、Seleucus(セレウコス)帝国(アレクサンダー帝国の後継国、シリアが本拠)に対し紀元前161--141年、反乱を起こしたユダヤ人の戦争指導者たち・・・Maccabeesたちを記念する祭日が、12月*に存在する。
   (*注:クリスチャンの祝日「The Holy Maccabees」としては、8月1日に行われるらしい。ブル、マケドニアでは、Св. седум маченици Макавеи(「マカビーたち聖7名の殉教者記念日」として、2013年8月13日から12日間記念行事が続くとある:http://www.time.mk/cluster/5934bc9061/denes-e-prviot-den-od-makaveite.html。)

  反乱指導者たちは、ブル語でMakaveiteと呼ばれ(マカビーとはヘブライ語で「金槌」を意味する由)、英語でMaccabeesと呼ばれる(http://en.wikipedia.org/wiki/Maccabees)。
  セレウコス朝シリアの皇帝がAntiochus IV Epiphanes (約紀元前 215–164年)となったのが紀元前175年。その後、同帝統治下のパレスチナ地方で、エルサレムの大祭司職につき争いが生じ、ギリシャ式文化(ヘレニズム)を受け入れたHellenized Jewsの側が、アンティオコス帝に賄賂を贈り、大祭司職を手に入れ、ユダヤ人達に改宗を強いたりした。いずれにせよ、大祭司職に関してユダヤ人内部で争っている間に、結局はアンティオコス帝自らが介入し、ユダヤ人達を徹底的にギリシャ化することを強制した。

  しかし、ギリシャの神々を受け入れることを拒み、ユダヤ教に忠実なHasmonea家のMattathiasが蜂起し、その子息Judas Maccabee も、ユダヤ人の反乱軍を率いて抵抗をつづけ、結局はゲリラ戦争を通じてセレウコス朝軍に勝利して、ユダヤ王国が再建された。彼らの伝記と、苦闘はMaccabeeの第2書(旧約聖書の一部)に描かれている。
  7名のMaccabeesは殉教聖人としてキリスト教でも称えられており、彼らの名前はHabim、 Antonin、 Guriah、 Eleazar、 Eusebon、 Hadim (Halim)、 Marcellusとされ、母親の名前はSolomonia、 更に彼らの教師は Eleazarだという。
  この祭日には、より裕福なユダヤ人達は、貧しいユダヤ人達に布地を分け与え、これで自分たちの衣服を縫うように奨励したという。

(2)Shabat(Sqbota:土曜日、英語:Sabbath、ヘブライ語:Shabbat)
(ア)由来
  土曜日は、神との永遠の同盟を証明する日とされる(http://en.wikipedia.org/wiki/Shabbat)。神は6日間で世界を創造し、7日目には休んだ。週の最初の日としては日曜日が置かれた。最初のユダヤ教とイスラム教の接触としては、コーランの中に次の時間が記録されている・・・モハメッドがメッカを去り、メディナに行こうとした時のことだ。この時との関連で、金曜日がイスラム教の祭日と定められた・・・これは、ユダヤ人達のShabat(土曜日)・・・神から休日と決められた日・・・と重ならないように、と言う配慮なのだ。ユダヤ人らによれば、神は荒野における先導者であり、戦争時における勇気の鼓舞者だし、論争時における最高の裁判官だ。神は、苦しい時に助言し、神との約束によって与えられた義務を果たしていない者が、罰を与えられたかどうかをずっと監視する。神はユダヤ人達が土曜日の休息を守らなかった場合、激怒する。

(イ)伝承
  伝承によれば、海の側の町に住んでいたユダヤ人達が、土曜日に漁に出かけた。この日魚は姿を見せなかった。しかし、他の日には魚たちは水面近くに姿を見せ、思いのままに泳いだので、漁師たちは大漁だった。この故に、ユダヤ人達は、土曜日の休日を厳しく守るようになった。
  土曜日のためには、色々と準備が必要だ。「土曜日の消費分(sqbotni harchove)」が事前に分けておかれる。金曜日の昼食前には、土曜日のメニューがすべて用意されていなければならない。4種類の料理を二皿ずつ料理し、この中には、魚のマヨネーズ*、一種のbanitsa、小麦粉製のスナックかスイーツ、卵焼き、などが入る。この方法で、各家庭は、金曜日昼には2皿、金曜日夜には2皿、土曜日昼には2皿、土曜日夜には2皿の合計8皿を用意できるのだ。
  (小生注:土曜日の安息日は、金曜の日没から土曜日の夜(3つ星が現れるまで)の約25--26時間らしい。上記のwikiの説明では、この期間、金曜日の夜食、土曜日の朝食、そして土曜日午後の遅い昼食があるという。しかし、この著者によれば、土曜日朝食は無いかのような記述ぶりであり、矛盾する??。)
  (*小生注:魚のマヨネーズ(mayoneza ot ribaと書かれている)とは、タラコ(魚卵)を使って、塩、お酢、食用油を注いでかき混ぜて作る、魚卵マヨネーズのことであろうか??ギリシャの魚屋では、タラコの皮をはぎ、中身のみを広げて塩を振ったもの(英語でroe spreadと言う、ブル語ではtarama hayverと言う)を売っているが、これにお酢と食用油を加えてかき混ぜると、魚卵マヨネーズができる。魚卵マヨネーズは、プラスチックの容器に入れて、ギリシャ、ブルで売られていることがある。小生も好きだったが、普通のマヨネーズと比べると、少しやはり魚っぽい味となる。)  

(ウ)習慣
  土曜日には、火を起こさないし、重労働はしない。金曜日には、公衆浴場に行き、清潔な衣服に着替えた。夜(金曜夜らしい)には、男性たちは夕刻の典礼に出席するために、シナゴーグに行く。そこで、宗教的な讃美歌を歌い、祈祷を捧げる。更には、ダビデの讃美歌の一つを歌い、土曜日(シャバット)を賛美する。その後銀の杯からワインを飲み、祝福する。
  家では、女性たちは祭日用の食事を用意する。食卓には、白いシーツを敷き、シャバットのろうそくを灯す。男たちは家に戻ると、次のように祝福する:「シャバットの日が平和で、祝福されたものでありますように(shalom shabat)」。女性たちは、(シナゴーグから戻った)男たちの手に水をかけ、手を洗わせる。食卓に座り、祭日の御馳走を開始する・・・・ウサギの丸焼き、などを肴に、mastikaを飲む。
  隣人とか親戚などもやってきて、シャバットの讃美歌を歌った。

(エ)シャバットの讃美歌
   以下に、一部の連(strofa、英語:stanza:韻を踏んだ4行以上の詩句)を示す:  
 I reche Bog: „Kak hubavo shte e da ima svyat! ”  神様が言った「この世があるといいな」。
Sqzdade toy Zemya,                 そして神は、大地、
Nebe i reche: „ Da beshe svetlina !“    天を創造し、言われた:「光よあれ」。

Den pqrvi ot shabat hoy, hoy, hoy,     第1日目は、シャバットから数えて・・・
  vodi otvred da doydat izobilni,       あちこち行って、豊饒が到来するようにと、
vodata ogqn da ne gasi -----       水は、火を消さないように・・・
Tqy reche Bog ----vqrhoven povelitel.  と神様は言われた・・・最高の命令者が。

Den vtori ot shabat hoy, hoy, hoy      第2日目も、シャバットから数えて・・・
reche Bog : „Da ruknat dqzhdove obilni,   神様が言った:「雨がたくさん降るように、  
moreto ribi da naselyat,           海には、魚がたくさん住むように、
nad zemyata ptitsi da letyat.“  大地の上では、鳥たちが飛び回るように」。


(オ)土曜日朝の様子
  土曜日の朝には、朝のお勤めの後には、mastika酒を飲み、スナックを食べ、その後家長はユダヤ教の宗教文学の導入部を読み上げる。ピーナッツ、水でふやかしたクルミ、干しぶどう、ヒヨコマメを砕いたもの、砂糖をまぶしたカボチャの種、などを食べるが、その日に生まれた卵は食べないし、この日に搾乳された牛乳も飲まないし、この日に木から落ちたリンゴも食べない。
  また、彼らは一切仕事をせず、非ユダヤ人の下僕たちにやらせる。

(カ)墺外交官の記録
  1575年、コンスタンチノープルに駐在した墺外交官のStefan Gerlahがある事例に関し証言している。

   トルコのスルタンが、ユダヤ人らとともに、ユダヤ教の祭日としてのシャバットを祝った、なぜなら同人の母Valideの産婆はユダヤ人だったからだ。しかし、スルタンの妃は娘を産んだので、産婆はこの子を外に運び、代わりにユダヤ人の男の子を連れ込んだ・・・まさにこの子こそがShyuleymanなのだ。

   当時の大宰相(Velik vezir)は、Rustan pashaだった。同人は、スルタンに対し、ユダヤ人達を宮廷から追い払うように進言した。スルタンは、黄色と白の花を折り、大宰相に聞いた「これを好むか?」。大宰相はこう答えた:「はい。なぜなら、このような姿に神が創造したから」と。するとスルタンは、今度は黄色い花を折り、またもや聞いた:「この花はどうだ?」。大宰相は応えた:「今度は、姿がよくありません。完全なものではなく、一色が欠けているからです」と。今度はスルタンは、白だけの花を折り、聞いた:「この花は美しいかな?」。大宰相はまた同じように回答した:「一つの色が欠けていて、完全な姿とは言えません」と。

   そこでスルタンは言った:「お前は種々の色がある完全な花が好きらしい。それならなぜ、同じことを人間に関しても言わないのだ。人間も神様が創造したのだよ?一つの花に、色々な色が存在してこそ美しいのだ。トルコ人は白いターバン(chalma‘)を冠り、モハメダン(アラブ人ムスリム)たちは緑で、ギリシャ人は青、アルメニア人は雑色(白、赤、青、黒)、ユダヤ人達は黄色のターバンだ。このように、神様は全ての宗教を好まれるのだ」。

(キ)ブルのユダヤ人は2つの集団に分かれる
  まず第1の集団はセファラディたち(sefaradski)だ。彼らは15世紀末にスペインから追い払われてオスマン帝国時代のブルに移住してきたユダヤ人達だ。移住の過程では、仏、伊、ギリシャ、トルコを経由してきた。
  第2の集団は、アシュケナージ(eshkenazki)で、ドイツ系のユダヤ人で、彼らはドイツ、ポーランド、ハンガリー、ウクライナ、ロシアから移住してきた。移住してきた時期は、19世紀から20世紀初頭だ。
  上記の2集団は、同じ宗教を信仰してはいるが、生活習慣、文化面でかなり異なる。(小生注:ブルのユダヤ人としては、セファラディ系が多いと聞いた。彼らは未だにスペイン語を話せるらしい。アシュケナージたちは、イディッシュ語を話せるらしい。)

  アシュケナージは、特別の結婚式用の儀式的歌謡を持たない。唯一歌うのは、ローシュ・ハッシャナー(Rosh Ashana、新年)において、十戒を読んだのちに歌われる。
  この新年の歌は次の通り:
Ravinqt kaza da sme veseli,   ラビ様が、陽気にせよと言われた、
da yademe meso i pieme vino,    肉を食べ、ワインを飲もう、
da yademe meso i pieme vino,     肉を食べ、ワインを飲もう、
da sme veseli , da progonim zloto.   陽気に騒いで、悪霊を追い払おう。

  N.Kaufmann教授によれば、この新年の祭日に歌うのは男性のみで、相互に向き合って歌うという。この宗教では、女性たちが人前で歌うことは厳禁だという・・・家で自分の子供たちにのみ歌うのだ。男性たちは、歌い、踊る・・・親指をチョッキの脇の下に付けて踊るのだ。祭日、結婚式、その他のお祝いに際して。
  現在では、セファラディ系ユダヤ人らは、シャバット毎にシナゴーグに集まり、典礼を聞き、その後、パンとスナックについて祈祷する。mastikaを飲み、マーツォ、サラダ、果物を食べる。そして、歌うのだ!

(3)Yom Atsmaut(Yom Ha'atzmaut=ヨム・ハアツマウート、ブル語:Den na nezavisimostta=独立記念日)
  イスラエル国家の独立記念日は、5月(Iyyar)15日に祝われる。この祝典は最初は、1948年5月15日の新国家創設後、初めて現地で祝われるようになった。しかし、徐々に、この祭典は、全世界に散らばっているDiasporaのユダヤ人社会でも祝われるようになっている。
  何しろ近年になって創設された祭日なので、この国祭日に関しては、未だに特定の儀礼はない・・・・とはいえ、この日には、世界中で、イザヤ(Isaya)の予言が読み上げられるし、讃美歌が歌われ、祈祷が読み上げられ・・・この中では、英雄たち、殉教者たち、そしてナチスのホロコーストの犠牲となった人々のことに言及される。
  また、羊の角笛(shofar、http://en.wikipedia.org/wiki/Shofar)が悲しげな音色で吹き鳴らされる。同時にこの笛の音は、メシアによる救出が間近いことを告げてもいるのだ。

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